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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
181/194

荒唐

2020/04/25 改稿

 

 

 帳は振り返ることなく、階段に足を着くこともなく、ただ上を目指して飛んでいた。


 鼓膜を揺さぶる風の音。滲んだ視界は彼の心の表れで、それを少年は受け入れない。


 七つの階を越えてたった一人で辿り着いた最上階。


 帳は最後の扉の前に足を着き、重たくて堪らない体を無視していた。


 汗が流れて肩で息をしてしまう。震えた指先は疲労を酷く溜めており、握り締めることによって落ち着かせた。


 帳は肺いっぱいに空気を吸い、ゆっくりと吐き出す。


 塔の八階。


 彼らが求めた悪が住まう、その場所へ。


 悪ではないと誰も否定しなかった神の元。五人目の生贄。


 これは通過点。生きる為に必要な子ども達の過程。


 帳は口を結び、両手で扉を押し開けた。


 明日を求めて生きる為。体の中に巣食う感情を悪だと思った相手へ伝える為。


 決して集中を欠くことはなく扉を開ける戦士。


 神とは一体どんなものかと想像しながら。


 だからこそ少年は部屋に入った時、体が傾くような感覚を覚えたのだ。


 壁一面が大小様々な歯車で覆われた、光りが入るのに暗く広大な部屋。


 歯車達は各所で止まり、かと思えば噛み合って動き、そしてまた別の場所が止まり、ある所からは砕けた破片が落ちていく。


 帳は(おびただ)しい歯車に目を見開くと同時に視線を一点で固定する。扉とは真反対の壁の方を向き、歯車の動きを合わせようとする存在で。


 その者は全身を灰色のローブで隠し、歯車を掴む手は細く白い。骨と皮だけのような手だ。背丈は帳よりも低く、今までの部屋ので感じた威圧感は存在しない。


 そう、無いのだ。


 今ままでの獣達のような威圧も、威厳も、凄みも。この部屋には無い。


 あるのは酷く不安定な――不満と焦りだけだ。


「なんで……なんで死なないんだ」


 灰色の彼から小さな声がする。声変りをしていない男子のような声で、帳は後ろで扉が閉まる音を聞いた。


「早く、早く死ねよ。なんでこうも上手くいかないッ」


 歯車を無理やり噛み合わせようと力を込める灰色。帳は重たい体を無視して右腕を前に向けた。


 意図も容易く――捕まえられるのではないか。


 帳の脳裏をそんな考えがよぎったが、それは驕りだと少年は自戒する。


 この部屋にいる相手は競争の中立者であり、この世界の神なのだ。


 中立者は壁の歯車だけを見つめており、帳は自然と息を潜めてしまう。


 早まる心臓を落ち着かせながら少年は腕を動かし、慣れ親しんだ行為を実行した。


 空気が動き、風ができ、その渦は中立者を掴むのだ。


「早く死ねって言ってるのに」


 不意に。


 奥歯を噛み締めた中立者が風の中で振り返り、瞬きの間に少年の前へ現れる。


 虚を突かれた行動に帳は目を見開き、中立者は戦士の胸倉を掴んだ。そのまま床に背中から叩きつけ、帳が起こったことを理解したのはガラス張りの天井を見た時だった。


 油断はしていなかった。油断などする気はなかった。それでも意識の外から飛び込んできた中立者に、帳は反応出来なかったのだ。


 顔目掛けて中立者の拳が叩き下ろされる。帳は反射的に体を横に転がし、風を使って距離を取った。


「オリアスの戦士か」


 中立者は顔を上げ、フードの奥から銀から黒へグラデーションがかかった髪が零れている。


 帳は頬を流れた冷や汗を拭い、紫色の瞳を見つめた。


 その紫に冷静さはない。


 浮かんでいるのは酷い焦りと怒りの感情。帳は目を見開きながら空気を操った。


 中立者を捕まえる為に風を唸らせ腕を振る。


 彼の目的はそれなのだ。悪を捕まえて生贄に。自分達が生きる為に。仲間との明日が欲しくて、手に入れたくて。


 だから彼は、仲間の全てを背負って進んできた。


 分厚い風の壁が中立者を包む。瞬間、それまでいた場所から再び中立者は消えたのだ。


 帳は視線を走らせて、最初の場所に中立者が()()()()()のを確認する。


 転移ではない違和感を纏う中立者。帳は御伽噺おとぎばなしで聞いた神の力を思い出そうとし、一瞬だけ行動が遅れた。


 その瞬き程度の隙に中立者は床を蹴り、帳の顔を殴り飛ばす。反応出来なかった戦士は吹き飛び、それでもすぐに立ち上がった。


「ッ馬鹿、しっかりしろ!」


 帳は自分に苛立ち、目に映した中立者の空気に再度傾けられそうになる。


 肩で息をする中立者はまるで酸欠にでもなっているような姿だ。


 顔を隠すフードを掻きむしり、乱れた壁の歯車に反応する。


 歯車に駆け寄る姿は酷く幼く、それが神の姿なのかと戦士は一種の落胆を覚えていた。


 自分達を選んで戦士にし、二つの軍に分けた中立者。それはもっと傲慢で、貪欲で、無慈悲で、揺るぎ無く、正に強者であると想像していたのに。


 会ってみた中立者は、どうだ。


 壁一面の歯車ばかりを気にして、神経質そうに動きを正そうとし、「なんでだ」とばかり繰り返す。


 絶対的な強さも恐怖も感じさせず、今まで出会った何よりも脆いという印象を与えてくる。


 今にも泣きだしそうで、手折(たお)られそなその背中。


 それが兵士を殺し、戦士に罰を与えてきた神の姿であるならば。


 帳は奥歯を噛み締め、切れた口内に溜まった血を吐き出した。


 少年の体には苛立ちが募る。


 思い出したのは、青空に向かって泣き叫んだ梵と氷雨の姿だ。


「ふざけんなよ……」


 帳のこめかみに青筋が浮かび、風が勢いよく中立者を捕まえる。神はフードの奥から戦士を睨み、また最初の場所へと移動した。


 中立者の目は、自分が先程までいた壁の歯車に向いている。


「また、また、ずれ、あぁ、くそ、なんでッ、今日に限って……ッ、何をしているんだ!」


 歯車を睨む中立者は今にも発狂しそうな声を吐く。帳は風に乗って一気に迫り、風は灰色を捕まえた。


 中立者が風の中から再び消える。今度は帳を殴った位置に戻り、フードを掻き毟っていた。


 帳は舌打ちし、拳を握った中立者は床を蹴る。戦士は風に乗って身を(ひるがえ)し、今度は殴られることなど無かった。


 それに中立者は歯痒そうに顔を歪めている。


「お前達のせいだ。お前達がルール通りに動かないからッ」


 苦々しく吐かれた言葉を聞く帳。少年は風で中立者を捕まえるが、灰色は別の場所へと戻って喉を掻き毟った。


「なんで俺の所に来るんだよ。そんな考え、今まで持った奴なんていなかったのにッ」


 また歯車がずれていく。一か所の綻びは徐々に周りの歯車に影響を与え、動きが(いびつ)になっていく。


「お前を悪だと思ったから」


 帳は答える。口を開く気はなかったが、目の前の中立者が余りにも取り乱すものだから。


 神とはもっと絶対普遍のものではないのか。


 帳は自分の考えが偏見であったように思う。目の前の灰色には、全く持って「神」であると言う空気が無いのだから。


 だからこそ、戦士は中立者が許せなかった。


 自分達はこんな奴に選ばれて傷ついてきたのかと頭に血が上っていく。


「俺達を戦士にしたお前が、戦士を殺そうとするお前が憎くて、御伽噺おとぎばなしのお前が俺達を利用してるとしか思えなくて、だからッ」


 帳の頭に硝子が砕けた音が響く。


「お前が兵士を殺した時から、俺達は神こそ悪だと決めたんだッ!!」


 どれだけの痛みが伴ってきた道だったか。どれだけの傷が増えた道だったか。


 泣いて、泣いて、痛んで。それでも歩き続けた戦士達。


 選んだ戦士に死ねと言い、死ぬことこそが正しいと言う者の不安定な姿が帳の沸点を上げていく。


 中立者は発狂しそうだった体の揺れを止め、帳の方へ顔を向けた。


「俺が悪なら、俺の今までは何なんだよ」


 落とされた声が帳の肌を泡立たせる。


 空気が変わった中立者は戦士を見つめ、帳は風に乗って後ろに飛んだ。


「何も知らないくせに……ッ」


 中立者が床を蹴り、一息の間に迫り寄る。振り抜かれた拳を何とか躱した戦士ではあるが、その足首を中立者が掴んでいた。


 帳は抵抗する前に顔から床に叩きつけられる。


 目の前が一瞬真っ白になった少年はそれでも体勢を立て直した。


「俺が何をしてるかッ」


 起き上がった帳の顎に中立者の蹴りが鋭く入る。帳の脳が揺れて目が回りかけたが、戦士は操る風で神を壁に叩きつけた。


 いや、叩きつけようとしたのだ。


 また風の中から中立者が消え、帳の後ろに立っている。


 少年は直ぐに飛ぼうとした。しかしそれより早く、神は戦士の側頭部を蹴り飛ばす。


 反射的に受け身を取った帳は起き上がり、連続した頭への衝撃に吐き気を覚える。足はふらつき手も震え、そんな少年の回復を待たずに中立者は床を蹴った。


 流れを乱す歯車を壁からもぎ取り、それで帳の頭を殴打する。


 奥歯を噛み締めた帳は飛び散る赤を見つめ、風で中立者を捕まえた。


 締め上げ捕らえて、外へ。


 考えた帳の目の前でまた中立者が消える。


 少年は自分の左腕が掴まれ、(ひじ)が折れない方向から歯車で殴打された。


 固いものが砕ける音が響く。帳の頭が真っ白になるが、意識を戻したのは体を駆け抜けた熱さだった。


 言葉にならない叫びが漏れそうになり、戦士は(かたく)なにそれを飲み込む。その努力に反して左の前腕部分は動かなくなり、砕かれた(ひじ)が動かすだけで痛みを叫ぶ。


 少年の全身から脂汗が噴き出した。必死に呼吸を整えようとする音が自分のものだと、彼は数秒経ってから気づくのだ。


「何も知らないんだろ……お前らは」


 帳の前に立った中立者が呟いている。その手に握られた歯車には血がついており、灰色は奥歯を噛み締めた。


 戦士は体全体で呼吸をしながら風を操る。


 それでもまた、中立者が消えるから。


 帳は悔しくて堪らないのだ。


 自分が任されたのに。自分が捕まえなくてはいけないのに。自分が成さねばならぬのに。


 風をすり抜けて中立者が消える。折られた腕が少し動くだけで悲鳴を上げる。それを堪えて立ち上がるのに朦朧とする頭では何も判断が出来なくなっていく。


 考えろ、考えろ、考えろ、自分。


 帳は必死に言い聞かせる。


 痛みがなんだ。腕がなんだ。逃げられることがなんだ。


 簡単に捕まえられない相手だと分かっていた。それでも五人の中で一番可能性があるのは自分だと、四人が選んだから。


 自分が選ばれると帳は思っていなかった。選ばれるのは氷雨であると思っていた。


 いつも戦士として正しくあろうとし、決して自分は優先せず、誰かの為を思っていたあの子だと。


 けれども違った。


 意見が合わない紫翠も。


 何かと馬が合わない祈も。


 会話が少なかった梵も。


 可能性があると考えた氷雨も。


 信じて選んだのは、帳なのだ。


 それぞれが傷ついて、悩んで、泣いて、苦しんできた。


 自分の無力さを叩きつけられ、多くのものを無くし、感情を溜めてきた。


 悔しさも歯痒さも。怒りも憎しみも。熱された感情を神へ向けると決めた。


 誰でもない、誰よりも優しく心配性な少女が決めたのだ。


 それに皆が賛同した。自分達を戦士に選び、殺そうとする神こそ悪なのだと。その票を集めた。集まった。誰も否定しなかった。


 それが答えだ。


 帳は震える足で立ち上がり、前を向く。中立者は歯車を持った手を振り被り、躱した戦士の体には激痛が走ったのだ。


 それでも帳は叫ばない。


 叫ぶことなど決してしない。


 腕を折られても、泣きも叫びもしなかった戦士を知っているから。


 帳は口角を上げ、顔を流れた汗も体を蝕む痛みも無視してみせた。


「知らねぇよ。お前が俺達戦士に何を求めてるかなんて。死ねってことは鉱石にしたいんだろうけど、それもまだ俺達の中では御伽噺おとぎばなしから読み取れた内容ってだけ。確証はない」


 折れた左腕を支える為に風が包む。帳は痺れた指先や全身に広がる痛みと疲労を感じさせないよう、努めて口角を上げ続けた。


「折角だから教えてもらおうか。お前、なんでこんな回りくどいことしてるわけ? 戦士なんて肩書き寄越して競い合わせて、負けた方を殺してさ。祝福は、誰にとっての祝福だよ!」


 中立者の肩が揺れる。


 いつか耳にした問いを思い出して。業火を操る青い兵士の声が反響して。


 中立者は奥歯を噛み締め、帳に向かって床を蹴った。


 帳は風に乗り後ろではなく前に進む。


 風を操り中立者を叩き潰そうとするが、消えた灰色は少年の横から飛び出してくる。


 横腹を蹴られて宙を飛ぶ帳。床に足を着いて堪えた少年の後ろでは、乱れた歯車達が必死に動いているのだ。


 中立者は何度か口を開閉させた後に少しだけ目を瞑り、意を決したように瞼を上げた。


「祝福は――アルフヘイムにとっての祝福だ」


 中立者の雰囲気が嫌に凪ぐ。


 帳の目は灰色を見つめ、痛みは麻痺するように馴染んでいった。


「アルフヘイムで死ねば、力を付与してるお前達は鉱石になる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 部屋の唯一の色が光る。


 桜色の鉱石は御伽噺おとぎばなしにも出てきた筈だ。


 周りの音が遠くなる帳の中では感情が、感覚が、ザワついていた。


 中立者は続けている。


「お前達は()()だ。競争に負けた戦士達を殺せば良い鉱石になる。勝った戦士達に祝福を与えていれば、タガトフルムで死んだ時もアルフヘイムへ渡ってこられる」


 帳の目が見開かれる。


「お前達戦士は全員選んだ時から――アルフヘイムの鉱石にするって決めてるんだ」


 中立者は喉を掻き、帳の理性が――切れた。


 床を蹴り、圧縮した風を中立者に叩きつける帳。中立者はそれを躱し、揺れた歯車達に気を配る。


「ふざけんなよ、ふざけんなッ、なんだよそれッ!!」


 笑顔が剥がれた帳が叫び、部屋の中を嵐が巻き起こる。豪風は部屋にある全てを壊そうと巻き起こり、中立者は桜色の鉱石が揺れたのを見たのだ。


「じゃあ競走の意味はなんだよ!! なんで生贄なんて集めさせた!!」


「生贄もアルフヘイムへの生贄だ。祭壇は祀った生贄が鉱石になる質を、量を上げるように設計した。だから祀り殺せばより沢山の鉱石が出来る。負けた戦士を殺せば、より長期間に渡って鉱石の発掘は揺るがなくなるッ」


「それでも規則はルアス軍が優位になるものばかりだろ!!」


「ルアス軍に勝ちやすくしないと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」


 あぁ、なんて傲慢で、自分勝手なんだ。


 帳は歯を食いしばり、左腕の痛みなど忘れてみせる。


 目の前にいる者を殺したい。


 こんな競争に意味などなかった。


 流した涙も受けた痛みも、全部、全部、全部ッ


 帳の感情が暴れ回り、答えるように風が荒くなる。


 それに巻き込まれた鉱石を見て中立者は目を見開いた。


「俺達の命を、材料なんて言うんじゃねぇよ!!」


「この世界の悲鳴が聞こえない奴は黙ってろッ!!」


 中立者は桜色の鉱石を抱え、帳の視界から消える。


 後ろから音を聞いた帳は振り返り、目の前に迫っていた中立者の歯車を躱すのだ。


 風が唸る。


 叫びが、雄叫びが、木霊こだまする。


「この世界にとって鉱石は全てだッ!! 生活する為に、この世界の輝きを持続させる為に!!」


「そんなことに俺達を巻き込むんじゃねぇよ!!」


「鉱石が()()()()()()()()この世界を守るには、そうするしかないんだよッ!!」


 中立者は桜色の鉱石を壁際に起き、床を蹴った戦士に立ち向かう。


 風を纏った帳の右拳は中立者に届く前に真横に払われる。そのまま動きが鈍い戦士の顔には灰色の膝蹴りが入れられた。


 血が飛んで、それでも帳は後退しない。


 払われた右腕を握り直し、中立者を殴り飛ばす帳。


 中立者は血を吐きながら帳の前髪を掴んだ。


 二人の視線が強く交わり、意見がぶつかり合う。


「この世界から鉱石が無くなればどうなると思うッ!! 住人の生活が揺らいで輝きが失われ、荒廃した世界になるんだよッ!!」


「その正しさを並べれば、殺される俺達のことはどうでもいいってことかッ! 考えなくていいってことかッ!!」


「考えてないわけないだろッ!!」


 中立者が帳の前髪を勢いよく引いて鳩尾を蹴り上げる。帳は呻きを堪えて中立者を睨み、踏まれた自分の右足で目を止めた。


「お前達の命だって考えた!! 命は尊いと教えてくれた子がいるからだッ、それでも、その子を殺した世界の奴なんてッ、傲慢な世界に生きるお前らなんて、俺は大切になんて出来なかったッ!!」


 桜色の鉱石が揺れる。


 帳は御伽噺おとぎばなしを思い出し、額を勢いよく中立者に打ち込んだ。


 お互いの額が切れて血が床に飛ぶ。唸る風は中立者と帳を包み、戦士は灰色の胸倉を掴んだのだ。


「だから殺すのかよ!! 意味無い競争させてッ、殺して、殺してッ、この世界の為に!! 俺達が今までしてきたことは無意味ってことかよ!!」


「競走なんて建前だ!! 統治権なんて、ルアス軍が握ろうとディアス軍が握ろうと構わないッ!!」


 帳の脳裏に並び立てられた墓が浮かぶ。


 誰からも忘れられた子ども達に、花を手向け続ける兵士達が浮かんでしまう。


 帳は目を充血させながら、聞かねばいけないことを聞いていた。


「生き残っても忘れられるのか、お前の勝手でッ!!」


「そうしないと体が消えた時ッ、残された人が悲しむだろッ!!」


 あぁ、この神はどこまで愚かで――どこまで無垢なのか。


 帳は歯ぎしりし、中立者の顔をもう一度殴る。中立者はそれでも倒れることはせず、帳の膝を一瞥した。


「ふざけんなよ、ふざけんな、ふざけんなッ、なんで俺達がアルフヘイムの為に死ななきゃいけないんだッ!」


「この世界を守り保つ為ならば、俺はなんだってするんだよッ!!」


 中立者は帳の膝を砕く勢いで蹴り、悲鳴を飲み込んだ戦士の手から消える。


 帳は周囲に視線を走らせたが、動く度に激痛が走る左腕に意識を乱され、背後からした声に遅れを取ったのだ。


「この世界の為に死ね」


 まるで、スローモーションのように。


 伸びる手が見える。自分の体を動かす速度が遅く、重たく、歯痒くなる。


 帳は悔しさに体を支配された。


 自分達の心を押し潰して、生きていたいから集めてきた生贄も。突き放してきたルアス軍も。様々な場所を駆けずり回ったことも。全てが無意味だと言われたら。


 自分達が受けてきた痛みは何だったのか。


 悔しさは、辛さは、息苦しさは。


 全てを無駄だとは言わせない。


 言わせたりしない。


 そう思うのに。


 疲弊している少年の体が言うことを聞かない。


 神を捕まえる理由が分からなくなっていく。


 理不尽、理不尽、理不尽。


 帳は奥歯を噛み締めて、首にくい込んだ中立者の指を振り解けないのだ。


「――駄目ッ」


 そんな、聞いたことがない声と一緒に。


 ――青い業火が、中立者に向かって放たれた。


ならば何故、競争なんていう方法を作ったんだい。


青い業火はそう問いたくて堪らない。


明日は投稿、お休み日。

明後日投稿、致します。

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