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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
180/194

貪汚

2020/04/25 改稿

 


 氷雨の足が揺れ、ひぃの口の端から血が流れていく。


 帳は息苦しさに耐えかねて、階段の途中に座り込んでしまう。


 光は余りの痛みに膝を崩し、(うずくま)った自分に嫌気がさす。


 二人の黒の戦士と一人の白の戦士が階段の途中で――立ち止まった。


 グリフィンの足に叩きつけられた体が軋んだ。疲労が溜まった体が思うように動かない。どれだけ息を吸っても肺が広がっている気がしない。


 ひぃは氷雨の腕の中で力が抜けており、りずはドラゴンの背中に乗っていた。


「ひぃ、ひぃ……起きろ、なぁ起きろ……起きろってばぁ……」


 りずの両目から涙が零れていく。らずもりずの隣に降りて泣き出しており、瞼を下ろしたままのドラゴンは返事をしないのだ。


 氷雨は三匹を抱き締める。服越しにまだ残っているひぃの体温を感じながら。


 弱くも拍動は続いている。


 それでも、氷雨の翼は負荷を受けすぎてしまったから。


「少しだけ、休ませてあげよう……りず君、らず君」


 氷雨は笑う。その表情を見た二匹の針鼠はパートナーの目にも涙の膜が張っていると気がついた。


 りずは鼻をすすって涙を止め、らずは強く輝き始める。温かな光りは氷雨達を癒していき、少女は視線を動かした。


 冷や汗を流している帳に氷雨は近づき腕を伸ばす。


 帳は酷く重たい体を起こし、自分を抱き締めた氷雨に目を伏せたのだ。


 らずの輝きが帳にも与えられる。それが少年の呼吸を楽にし、安心させ、氷雨はらずに視線で頼んだ。


 らずは帳の腕を渡って輝きを強めてみせる。


 氷雨は輝きを浴びながらドラゴンを膝に乗せ、白の戦士にも手を伸ばした。


 伸ばされた光は目を見開く。少年は左胸を掻きながら、ゆっくりと氷雨に手を重ねた。


 氷雨は彼の手を引いてらずに触れさせる。息苦しくて堪らなかった光は肩から力が抜けたのを理解していた。


 三人は、同じ高さに膝をついたのだ。


 十五人で飛び込んだ神の塔。


 上れば上るだけ人数は減り、今ではたったの三人になってしまった。


 誰も自分のことなど考えていない。


 みんなが自分ではない誰かのことを考えてきた。


 それは進み続けた三人も同じであり、その胸には崩せない目標を抱いている。


「もう少しだね」


 氷雨が呟く。帳は彼女の背中に片手を回して深く息を吐いた。


「そうだね」


 帳の空いていた片手はらずを触っている光に伸びる。


 その手は白の戦士の頭を一度だけ撫でて静かに下ろされた。


 氷雨は光の手を離して肩を叩き、目を閉じる。


 光が見る景色は滲んでしまい、少年は自分と違う色の戦士二人を抱き締めたのだ。


 それを氷雨も帳も突き放しはしない。


 光は震える唇で、声を、言葉を、痛みを――吐いていた。


「どうして、正しく生きるのが……こんなに苦しいんだッ」


 光の腕に力がこもる。


 氷雨も帳も少年に答えることはせず、正しくあろうとする戦士の叫びを受け止めた。


 お互いが壊れないように支えあって。生きたいと全員が願っている筈なのに。


 今まで反発していた黒と白が混ざり、灰色になろうとしている。


 最後の間を超えて神に会う為に。


 生贄にしたいと考えて。悪だと考えて。


 競争を止めてくれと言いたくて。


 氷雨は息を吐いて、光の背中を弱くも撫でたのだ。


 彼女の声はここまで共に来た仲間に向けられる。


「帳君、もしもの時、私は君を優先する」


 帳の体が揺れる。顔を伏せている少年は唇を噛み締めて、光は弾かれるように顔を上げた。


「氷雨さん」


「早蕨さん……ごめんなさい。私は貴方ではなく、帳君を先に進めたい」


 氷雨の手が光の服を掴んでいる。白の戦士は苦々しく顔を歪め、黒の二人に問うのだ。


「二人は神様を生贄にするんだよね……それで六人目を探すんでしょ?」


 それは光が望まないこと。否定し続けてきたこと。


 生贄なんて集めないように。悪にならなくていいように。誰かが傷ついてしまわないように。そう願って、彼は進み続けてきた。


「それを貴方は止めますか」


 顔を上げた氷雨は光に問う。彼女の目にある涙の膜は綻ぶことが無く、少年は目を見開くのだ。


「私は、神様が憎くて仕方がないんです」


 氷雨の手が震える。声も震えている。今にも叫んで泣き出しそうになるのを堪えた氷雨に、光は胸が締め付けられた。


「話した筈だよ、早蕨。この競争は元から破綻してる可能性が高いって。それでも、絶対的な確証は何処にもないって。だから俺達は戦士でいないといけないんだ」


 帳が光に伝えていた御伽噺おとぎばなし。神様の昔の話。


 光は口を結び、深呼吸をしてから顔を上げた。


「俺達は戦士である前に人間だよ」


「この世界では戦士です」


「そのレッテルを今日、これから剥がすんだ」


 光の目が氷雨を見つめる。少女は少年に答えることはせずに立ち上がった。帳もそれに続いて立ち上がり、眉を下げた光も膝を立てる。


 階段を再び上り始めた三人。


 帳はふと、小さな声で伝えていた。


「お前を優先したら、この競争は止まるのかな」


 それは答えを求めていない独り言。それでも光は目を丸くして、氷雨は目を伏せたのだ。


 それから帳は「ごめん、冗談」と氷雨の頭を撫でた。氷雨は困ったように笑い、光は二人の背中を見つめている。


 そして三人は七つ目の扉に辿り着いた。


「……ひぃちゃん、ごめん……おはよう」


 氷雨は抱いていたひぃを見下ろす。緋色のドラゴンは揺れると、ゆっくりと瞼を上げていた。


 片翼が開かれる。もう片翼が動くことは無く、それでもドラゴンは氷雨の背中に移動した。


「おはようございます、氷雨さん……ごめんなさい」


「ううん、ありがとう。ひぃちゃん大好き」


 氷雨は微笑み、ひぃと額を寄せ合う。折れてしまった片翼に泣きそうになったドラゴンではあったが、それでも氷雨が伝えてくれた「好き」に安堵した。


 氷雨はひぃから顔を離し、肩に乗っているらずを撫でる。りずはハルバードへと変わり、氷雨は武器を掴んでいた。


 石突の部分を床に置いて息を吐いた氷雨。彼女は扉に手をついた光と帳に続き、冷たい鉱石を押していった。


 重たい扉が開いていく。


「ようこそ、強欲な戦士達」


 中にいた獣は、今までのどの獣よりも小さい存在だった。体躯も声も威圧も、何もかもが。


 黄金に真紅の革が張られた玉座に座り、頭に王冠を被った猫のように見える一匹の生き物。


 玉座に頬杖を突き、豪奢ごうしゃな服を纏い、青嵐(せいらん)色の目を細めている獣。


 薄い金糸の毛並みは美しく、長い尾がしなやかに揺れていた。膝に置かれている丸い金縁の鏡は嫌に輝き、戦士達は目を細めてしまう。


 氷雨はハルバードを振り、光は剣を握る。帳は空気を揺らし、獣は笑っていた。


「そう躍起にならないでください。僕は君達と戦う気はないんだから」


 足を組んだ獣は笑い、鏡面を氷雨に向けている。


「僕はケット・シー。第七の階層を司る獣だよ。その身を焼く程の強欲を宿した戦士達。僕は貴方達に、貪汚(たんお)の罰を与えましょう」


 ケット・シーは笑い続け、膝に乗せていた鏡が輝く。突然のことに一瞬目が眩んだ帳達ではあったが、それに足を止められるようなことは無かった。


 帳が飛び、光と氷雨が床を蹴る。もう飛ぶことが出来ないひぃはそれでも翼であり続けていた。


 強く跳ねた光はケット・シーが持つ鏡に寒気を覚え、扉に向かう前に砕こうと剣を向けた。


「でーきた」


 語尾が上がるような可愛らしい声で。


 獣は笑い、鏡面の輝きが止む。


 揺れた鏡面を見た光は、既に振り抜いた剣を引くことが出来なかった。


 固いものがぶつかり合う音が響く。光は目を見開き、片翼で氷雨の移動速度を上げたひぃは叫んでいた。


「早蕨さん下がって!!」


 氷雨と帳の意識が光に向かう。


 視界に血飛沫が飛んだのは、その瞬間だった。


 光の体に突き刺さっている無数の針。目を見開いた少年は覚束おぼつかない足取りで後退し、鏡から出てくる物に顔色を悪くした。


「針鼠って言うんだっけ。良いよね、凄く良い」


 ケット・シーが笑う。醜悪に、恍惚と。


 鏡から次々と出てくるのはらずと瓜二つの、硝子で出来た針鼠達。


 その大きさはヤマアラシとまではいかないが、成猫(せいびょう)程の体躯ではある。それが何匹も鏡から飛び出し、らずとは違って針の先は鋭利になっていた。


「ごめんなさいねー。僕は戦わないけど、僕が創るこの子達には戦ってもらうから」


 ケット・シーが笑う。血を吐いた光は体に刺さった硝子の針を見下ろした。


 背中から針が無くなっている針鼠は砕けて床に散る。


 一気に氷雨の頭に血が上った。


 熱く、熱く、煮えた血液が少女の体を震わせて目は充血する。


 鱗が震えたひぃは燃えるように羽ばたき、口を作ったりずが叫び散らすのだ。


「その姿を、勝手に真似してんじゃねぇッ!!」


 床を蹴った氷雨がりずを振り上げる。らずは彼女の肩で強く輝き、氷雨はケット・シーに向かって刃を叩きつけた。


 そう、叩きつけた筈なのに。


 ハルバードが斬りつけたのは、創られた硝子の針鼠だから。


 飛び込んできた硝子を切り砕いてしまう氷雨。甲高い音と同時に背中の針は少女に向かって放たれ、氷雨の体から血が飛んだ。


 砕けた硝子が床に散り、ひぃとりずは大きく揺れる。


 氷雨は床に足を着くと、震える手で自分の肩や太ももに刺さった硝子を見つめていた。


 血が流れ、砕けた硝子が飛散するのと同時に針も消えていく。しかし光の傷も氷雨の傷も消えることはなく、帳の顔から血の気が引いた。


「氷雨ちゃん!」


「戻らないで!!」


 体を止めた帳に氷雨が叫ぶ。少年は宙で急ブレーキをかけて惑い、少女は指をさしたのだ。


 扉に向かって。閉まっていく道に向かって。


「行かなきゃ駄目、帳君」


 氷雨の目は強く前を向く。鏡から溢れ続ける針鼠は帳にも向かって針を飛ばすが、それを砕いたのは光だった。


 部屋が硝子で埋め尽くされていく。針鼠は背中の針を飛ばし、獣は楽しそうにほくそ笑む。


 氷雨は帳が傷つかないように、彼に近づこうとする針鼠から砕き壊していった。


 奥歯を噛んだ帳は震えるほど拳を握り、扉に向かって飛んだ。


 硝子の針鼠達は帳を追い、光と氷雨が壊し続ける。痛んだ体に鞭を打って。走って、砕いて、駆けて、傷ついて。


 二人の赤が床に散っても、呻きが漏れても、帳は振り返ることをしなかった。


 そんな姿を見てケット・シーが笑った時。


 帳の目の前で一気に迷いなく――扉が閉じた。


 容赦なく速度を上げて、少年が触れかけた扉が閉じたのだ。


 帳は息を呑み、氷雨と光も愕然(がくぜん)とする。


 第七の獣は口を開けると心底可笑しそうに笑っていた。


「僕が簡単に進ませると思ったかな」


 帳が扉に触れながら床に下り、首を弱く横に振る。


 床を強く跳ねた光も扉に辿り着き、二人に近づかないように氷雨は硝子の針鼠を砕き続けた。


「なんで、そんな……早すぎる。今までこんなッ」


 光が震える声を零し、ケット・シーが声高く笑う。


 勢いよく少年達は振り返り、玉座で尾を揺らす獣を見つめてしまった。


「今までの扉はもっとゆっくり閉じた? 最初から開けとけって命令だったしね。でも別に閉じることに関して命令は貰ってない」


 ケット・シーは笑い続け、細めた目を戦士達に向けた。


「僕はちゃんと開けてたでしょ?」


 氷雨のこめかみに青筋が浮かぶ。彼女は獣に向かって床を蹴ったが、行く手は針鼠達に阻まれた。だから少女は硝子を砕くことしか出来ないのだ。


「あぁ、そんなに怒らないで。まだその扉は完全に閉まってはないからさ」


 ケット・シーは指を振り、可愛らしく首を傾げる。


「一人だけ通してあげる。その扉を開いて通れた一人だけをね」


 それを聞いて、光と帳が瞬間的に目を合わせる。


 氷雨は素早く振り返り、先に喋ったのは白の戦士だった。


「……結目君――君に任せるね」


「……は、」


 帳は自然と声が漏れる。笑っている光は眉を下げ、帳は奥歯を噛みしめた。


 その手は光の胸倉を掴み、扉に向かって背中から叩きつける。光の傷にその衝撃は響いたが、帳はそれを気にするつもりは毛頭なかった。


 氷雨は硝子を壊し、砕いて、二人を守っていようと努めている。


 帳は目元を赤く染めて、白の戦士を怒鳴りつけた。


「なんでお前が先に諦めてんだよッ、お前は仲間に託されて、ここまで来たんじゃないのかよッ!!」


 博人が残り、茉白が残り、暁が残り、光はここまで進んできた。全ては競争を中止するよう神に頼みに行く為だ。


 光でなければいけないと、三人は思って残ってきた。


 それを光は手放そうとするのだから、帳には許せないのだ。


 光は唇を噛むとやっぱり笑って、帳の手を掴んでいた。


「君の方が俺より強い。神様を捕まえられる可能性が高いのは結目君なんだ」


「それとお前が残るのに関係なんてッ」


「あるよ! あるから俺は君に任せるんだッ!」


 光は帳の腕を振り払い、氷雨の刃が硝子を砕く。その音を聞きながら帳は目を見開いた。


 光は口角を上げて、眉を下げながら笑っている。


「勘違いしないで。俺は君達に先手を譲るだけだ。競争を止めるっていう目標を諦めたわけじゃない」


「いいや、先手を譲る時点で諦めてる」


「信じてるだけだよ」


 光は笑い、目を見開いた帳の隣を通り過ぎた。


 剣を振り抜いた少年は帳に向かっていた針を叩き壊し、自分から流れる血液に奥歯を噛む。


「結目君の部屋に入る前の言葉……冗談って言ったあの言葉。俺、信じてる」


 ――お前を優先したら、この競争は止まるのかな


 光は硝子を砕く合間に振り返り、悔しそうに、それでも嬉しそうに笑っていた。


「君だって、願ってたんじゃないか……嘘つきだな」


 そう言った光に迫る針を氷雨が砕き壊す。


 黒の少女は白の少年を見ると、口角を上げて並び立った。


 言葉が出ない帳に背を向けて、硝子を砕きながら。


 帳は二人の背中を目に焼き付けて扉に向かい、空気を唸らせ、固く重たい扉を開ける為だけに力を使い始めた。


 扉の隙間に指を突き立て、風を操り、奥歯を噛み締めて。


 その背中を守る光と氷雨。


 血が飛んだ。


 鋭利な硝子は凶器になる。


 ケット・シーは楽しそうに鏡から針鼠を作り続け、降りしきる雨のように針は飛び続けるのだ。


 獣の力は映したものを創り出すこと。自分が加えたいと思った力を一つだけ持ったものを創ってみせる。けれども創られた命は長くない。一分程で飛散してしまうのだが、その時間があれば罪人をケット・シーは殺せるのだ。


 神と似た、けれども神にはなりきれなかった獣の力。


 強欲なそれが貪汚(たんお)を司る獣なのだ。


 氷雨の腕が貫かれる。それでも悲鳴は噛み締めてハルバードを振るい続けた。


 彼女は先に進む気が無い。進む前に守ろうとしている。守って、守り抜いて、仲間を先に進めようとする。


 それを帳も分かっていた。分かっているから何も言いはしなかった。どれだけ苦しく息が詰まり、叫びそうになっても堪えたのだ。


 扉が徐々に開いていく。帳は必死に呼吸をして力を使い、決死の思いで一人が通れる隙間を開けてみせた。


 その音を聞いて氷雨は笑う。


 彼女に迫った針を砕いた光に感謝しながら。


 ひぃは氷雨の背中から飛び立ち、牙で針を溶かし壊す。


 ハルバードからスクトゥムに変形したりずは、数秒の時間を作ってみせる。


 その間に少女は振り返り、進もうと足を踏み出した少年の背中に手を添えた。


 強く、優しく、迷いなく。


 今まで、誰よりも共にいた仲間を送り出す為に。


 帳は奥歯を噛み締めて、自分を鼓舞する氷雨の言葉を聞いていた。


「帳君なら、大丈夫」


 氷雨の手が帳を押し出す。


 扉の奥へ。神の方へ。


 帳が入った瞬間に扉は閉まり始め、氷雨の手は目視出来ない圧に弾かれた。


 一人が通ったから。あとの二人は通さないと獣の空気が言っている。


 帳はその空気を感じ取り、振り返ってしまった。


 針の勢いに負けて倒れるりず。


 翼を貫かれるひぃ。


 背中に硝子が刺さった氷雨はそれでも笑い、帳に伝えていた。


 倒れかけた足を踏み出して。泡のように消えていく扉の奥に向かって。


 言葉を叫び、想いを乗せて。


「ッ、進めッ!!」


 瞬間。


 帳は突風に乗って、弾かれるように突き進んだ。


 振り返るな、進め、進め、進め、進めと自分に必死に言い聞かせて。


 どれだけ苦しくても。どれだけ痛くても。


 明日を求めて進むのだ。


 氷雨は血で汚れた手でハルバードに変わったりずを握り締め、光と共に硝子の雨粒を砕いていく。


 傷つき、痛み、それでもと。


 後ろで消えてしまった扉。それはケット・シーが消したのだ。今までの獣達とは違い、残った戦士を楽しく玩具のように殺す為に。


「君達を殺したらさっきの子も殺しに行こう。きっと僕の主様も許してくれるから」


 言葉の終わりに音符でも付きそうな、軽やかな喋り方をするケット・シー。


 氷雨は硝子の針鼠を壊し続け、光は剣を振りかざし続けた。


 明日を願った少女と、未来を望んだ少年。


 今まで敵であった二人はここに来て初めて、対等に肩を並べたのだ。


 光は自分から流れる血液を睨み、氷雨は奥歯を噛み締める。


 壊しても壊しても量産される硝子の針鼠達を嫌悪しながら。


 何度倒れそうになっても、何度跪きそうになっても、二人は立ち続ける。


 自分達が最後に託した一人を守る為に。


 氷雨は息を切らせながら、背中を合わせた光の言葉を聞いていた。


「ねぇ、氷雨さん……俺の言い訳、聞いてくれる?」


「良いですよ」


 氷雨は笑い、光も笑う。


「俺、本当は進みたかった。博人さんに、茉白さん、暁さんの努力、無駄にしたくなくて。俺が言い出して任されたんだから、俺が行かなきゃって思ったから」


 光の頬を汗が伝う。その中には一つだけ違う雫が混ざっており、それは少年の目から零れ落ちていた。


「でも、でもさ、譲りたくなるじゃん。氷雨さんと結目君を見てたらさ」


 氷雨は硝子を砕き、倒れかけた光を支える。


 少年は直ぐに立ち上がると、少女の背後に迫った針を斬り壊した。


「俺の言葉はきっと届かないって。俺の言葉より君達の言葉の方がきっと、神様に届くんだって。思っちゃったら、もう駄目だった」


 氷雨と光が再び背中を合わせる。息を切らせている二人ではあるが、その目の輝きは失われていない。


「あぁ、くっそ……悔しいけど、満足だって思っちゃったんだよ、本当」


 呟く光を氷雨は笑う。少女は床を踏みしめて、りずを勢いよく振り抜いた。


 血を流しながらも飛ぶひぃを視界に入れながら。嬉しそうに笑うのだ。


「ありがとう、私の仲間を信じてくれて」


 氷雨は硝子の針鼠を壊し、踏んで、奥の硝子も叩き壊す。光もそれに続き、少女の姿を追ったのだ。


「早蕨さん、私も言い訳して……いいかな」


「……いいよ」


 笑った少女は、微笑む少年と並んで戦う。


 明日を望んでしまった自分の懺悔を口にしながら。


「私もね、貴方達のこと――信じてしまったんだ」


 硝子を砕く音がする。


 二人の考えが交差する。


「最後の最後に、ね」


 心配性の少女は笑う。自分を守る盾としてではなく、堪え切れないと言うように。


 臆病者の少年も笑う。今までの苦しさを、痛さを、戦う為の糧にして。


 二人の戦士は刃を振るう。


 自分達が信じた一人を傷つけさせない為に。


 硝子がうごめく室内には、幾つもの血飛沫が飛んでいた。



進んだのは、一人。


皆に背中を押された少年は神の元へと辿り着く。


明日は投稿、お休み日。

明後日投稿、致します。


ブックマークが再び増えていて、本当に、心よりお礼を申し上げます。どうかこの子達を、見ていてあげてください。よろしくお願い致します。

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