貪汚
2020/04/25 改稿
氷雨の足が揺れ、ひぃの口の端から血が流れていく。
帳は息苦しさに耐えかねて、階段の途中に座り込んでしまう。
光は余りの痛みに膝を崩し、蹲った自分に嫌気がさす。
二人の黒の戦士と一人の白の戦士が階段の途中で――立ち止まった。
グリフィンの足に叩きつけられた体が軋んだ。疲労が溜まった体が思うように動かない。どれだけ息を吸っても肺が広がっている気がしない。
ひぃは氷雨の腕の中で力が抜けており、りずはドラゴンの背中に乗っていた。
「ひぃ、ひぃ……起きろ、なぁ起きろ……起きろってばぁ……」
りずの両目から涙が零れていく。らずもりずの隣に降りて泣き出しており、瞼を下ろしたままのドラゴンは返事をしないのだ。
氷雨は三匹を抱き締める。服越しにまだ残っているひぃの体温を感じながら。
弱くも拍動は続いている。
それでも、氷雨の翼は負荷を受けすぎてしまったから。
「少しだけ、休ませてあげよう……りず君、らず君」
氷雨は笑う。その表情を見た二匹の針鼠はパートナーの目にも涙の膜が張っていると気がついた。
りずは鼻をすすって涙を止め、らずは強く輝き始める。温かな光りは氷雨達を癒していき、少女は視線を動かした。
冷や汗を流している帳に氷雨は近づき腕を伸ばす。
帳は酷く重たい体を起こし、自分を抱き締めた氷雨に目を伏せたのだ。
らずの輝きが帳にも与えられる。それが少年の呼吸を楽にし、安心させ、氷雨はらずに視線で頼んだ。
らずは帳の腕を渡って輝きを強めてみせる。
氷雨は輝きを浴びながらドラゴンを膝に乗せ、白の戦士にも手を伸ばした。
伸ばされた光は目を見開く。少年は左胸を掻きながら、ゆっくりと氷雨に手を重ねた。
氷雨は彼の手を引いてらずに触れさせる。息苦しくて堪らなかった光は肩から力が抜けたのを理解していた。
三人は、同じ高さに膝をついたのだ。
十五人で飛び込んだ神の塔。
上れば上るだけ人数は減り、今ではたったの三人になってしまった。
誰も自分のことなど考えていない。
みんなが自分ではない誰かのことを考えてきた。
それは進み続けた三人も同じであり、その胸には崩せない目標を抱いている。
「もう少しだね」
氷雨が呟く。帳は彼女の背中に片手を回して深く息を吐いた。
「そうだね」
帳の空いていた片手はらずを触っている光に伸びる。
その手は白の戦士の頭を一度だけ撫でて静かに下ろされた。
氷雨は光の手を離して肩を叩き、目を閉じる。
光が見る景色は滲んでしまい、少年は自分と違う色の戦士二人を抱き締めたのだ。
それを氷雨も帳も突き放しはしない。
光は震える唇で、声を、言葉を、痛みを――吐いていた。
「どうして、正しく生きるのが……こんなに苦しいんだッ」
光の腕に力がこもる。
氷雨も帳も少年に答えることはせず、正しくあろうとする戦士の叫びを受け止めた。
お互いが壊れないように支えあって。生きたいと全員が願っている筈なのに。
今まで反発していた黒と白が混ざり、灰色になろうとしている。
最後の間を超えて神に会う為に。
生贄にしたいと考えて。悪だと考えて。
競争を止めてくれと言いたくて。
氷雨は息を吐いて、光の背中を弱くも撫でたのだ。
彼女の声はここまで共に来た仲間に向けられる。
「帳君、もしもの時、私は君を優先する」
帳の体が揺れる。顔を伏せている少年は唇を噛み締めて、光は弾かれるように顔を上げた。
「氷雨さん」
「早蕨さん……ごめんなさい。私は貴方ではなく、帳君を先に進めたい」
氷雨の手が光の服を掴んでいる。白の戦士は苦々しく顔を歪め、黒の二人に問うのだ。
「二人は神様を生贄にするんだよね……それで六人目を探すんでしょ?」
それは光が望まないこと。否定し続けてきたこと。
生贄なんて集めないように。悪にならなくていいように。誰かが傷ついてしまわないように。そう願って、彼は進み続けてきた。
「それを貴方は止めますか」
顔を上げた氷雨は光に問う。彼女の目にある涙の膜は綻ぶことが無く、少年は目を見開くのだ。
「私は、神様が憎くて仕方がないんです」
氷雨の手が震える。声も震えている。今にも叫んで泣き出しそうになるのを堪えた氷雨に、光は胸が締め付けられた。
「話した筈だよ、早蕨。この競争は元から破綻してる可能性が高いって。それでも、絶対的な確証は何処にもないって。だから俺達は戦士でいないといけないんだ」
帳が光に伝えていた御伽噺。神様の昔の話。
光は口を結び、深呼吸をしてから顔を上げた。
「俺達は戦士である前に人間だよ」
「この世界では戦士です」
「そのレッテルを今日、これから剥がすんだ」
光の目が氷雨を見つめる。少女は少年に答えることはせずに立ち上がった。帳もそれに続いて立ち上がり、眉を下げた光も膝を立てる。
階段を再び上り始めた三人。
帳はふと、小さな声で伝えていた。
「お前を優先したら、この競争は止まるのかな」
それは答えを求めていない独り言。それでも光は目を丸くして、氷雨は目を伏せたのだ。
それから帳は「ごめん、冗談」と氷雨の頭を撫でた。氷雨は困ったように笑い、光は二人の背中を見つめている。
そして三人は七つ目の扉に辿り着いた。
「……ひぃちゃん、ごめん……おはよう」
氷雨は抱いていたひぃを見下ろす。緋色のドラゴンは揺れると、ゆっくりと瞼を上げていた。
片翼が開かれる。もう片翼が動くことは無く、それでもドラゴンは氷雨の背中に移動した。
「おはようございます、氷雨さん……ごめんなさい」
「ううん、ありがとう。ひぃちゃん大好き」
氷雨は微笑み、ひぃと額を寄せ合う。折れてしまった片翼に泣きそうになったドラゴンではあったが、それでも氷雨が伝えてくれた「好き」に安堵した。
氷雨はひぃから顔を離し、肩に乗っているらずを撫でる。りずはハルバードへと変わり、氷雨は武器を掴んでいた。
石突の部分を床に置いて息を吐いた氷雨。彼女は扉に手をついた光と帳に続き、冷たい鉱石を押していった。
重たい扉が開いていく。
「ようこそ、強欲な戦士達」
中にいた獣は、今までのどの獣よりも小さい存在だった。体躯も声も威圧も、何もかもが。
黄金に真紅の革が張られた玉座に座り、頭に王冠を被った猫のように見える一匹の生き物。
玉座に頬杖を突き、豪奢な服を纏い、青嵐色の目を細めている獣。
薄い金糸の毛並みは美しく、長い尾がしなやかに揺れていた。膝に置かれている丸い金縁の鏡は嫌に輝き、戦士達は目を細めてしまう。
氷雨はハルバードを振り、光は剣を握る。帳は空気を揺らし、獣は笑っていた。
「そう躍起にならないでください。僕は君達と戦う気はないんだから」
足を組んだ獣は笑い、鏡面を氷雨に向けている。
「僕はケット・シー。第七の階層を司る獣だよ。その身を焼く程の強欲を宿した戦士達。僕は貴方達に、貪汚の罰を与えましょう」
ケット・シーは笑い続け、膝に乗せていた鏡が輝く。突然のことに一瞬目が眩んだ帳達ではあったが、それに足を止められるようなことは無かった。
帳が飛び、光と氷雨が床を蹴る。もう飛ぶことが出来ないひぃはそれでも翼であり続けていた。
強く跳ねた光はケット・シーが持つ鏡に寒気を覚え、扉に向かう前に砕こうと剣を向けた。
「でーきた」
語尾が上がるような可愛らしい声で。
獣は笑い、鏡面の輝きが止む。
揺れた鏡面を見た光は、既に振り抜いた剣を引くことが出来なかった。
固いものがぶつかり合う音が響く。光は目を見開き、片翼で氷雨の移動速度を上げたひぃは叫んでいた。
「早蕨さん下がって!!」
氷雨と帳の意識が光に向かう。
視界に血飛沫が飛んだのは、その瞬間だった。
光の体に突き刺さっている無数の針。目を見開いた少年は覚束ない足取りで後退し、鏡から出てくる物に顔色を悪くした。
「針鼠って言うんだっけ。良いよね、凄く良い」
ケット・シーが笑う。醜悪に、恍惚と。
鏡から次々と出てくるのはらずと瓜二つの、硝子で出来た針鼠達。
その大きさはヤマアラシとまではいかないが、成猫程の体躯ではある。それが何匹も鏡から飛び出し、らずとは違って針の先は鋭利になっていた。
「ごめんなさいねー。僕は戦わないけど、僕が創るこの子達には戦ってもらうから」
ケット・シーが笑う。血を吐いた光は体に刺さった硝子の針を見下ろした。
背中から針が無くなっている針鼠は砕けて床に散る。
一気に氷雨の頭に血が上った。
熱く、熱く、煮えた血液が少女の体を震わせて目は充血する。
鱗が震えたひぃは燃えるように羽ばたき、口を作ったりずが叫び散らすのだ。
「その姿を、勝手に真似してんじゃねぇッ!!」
床を蹴った氷雨がりずを振り上げる。らずは彼女の肩で強く輝き、氷雨はケット・シーに向かって刃を叩きつけた。
そう、叩きつけた筈なのに。
ハルバードが斬りつけたのは、創られた硝子の針鼠だから。
飛び込んできた硝子を切り砕いてしまう氷雨。甲高い音と同時に背中の針は少女に向かって放たれ、氷雨の体から血が飛んだ。
砕けた硝子が床に散り、ひぃとりずは大きく揺れる。
氷雨は床に足を着くと、震える手で自分の肩や太ももに刺さった硝子を見つめていた。
血が流れ、砕けた硝子が飛散するのと同時に針も消えていく。しかし光の傷も氷雨の傷も消えることはなく、帳の顔から血の気が引いた。
「氷雨ちゃん!」
「戻らないで!!」
体を止めた帳に氷雨が叫ぶ。少年は宙で急ブレーキをかけて惑い、少女は指をさしたのだ。
扉に向かって。閉まっていく道に向かって。
「行かなきゃ駄目、帳君」
氷雨の目は強く前を向く。鏡から溢れ続ける針鼠は帳にも向かって針を飛ばすが、それを砕いたのは光だった。
部屋が硝子で埋め尽くされていく。針鼠は背中の針を飛ばし、獣は楽しそうにほくそ笑む。
氷雨は帳が傷つかないように、彼に近づこうとする針鼠から砕き壊していった。
奥歯を噛んだ帳は震えるほど拳を握り、扉に向かって飛んだ。
硝子の針鼠達は帳を追い、光と氷雨が壊し続ける。痛んだ体に鞭を打って。走って、砕いて、駆けて、傷ついて。
二人の赤が床に散っても、呻きが漏れても、帳は振り返ることをしなかった。
そんな姿を見てケット・シーが笑った時。
帳の目の前で一気に迷いなく――扉が閉じた。
容赦なく速度を上げて、少年が触れかけた扉が閉じたのだ。
帳は息を呑み、氷雨と光も愕然とする。
第七の獣は口を開けると心底可笑しそうに笑っていた。
「僕が簡単に進ませると思ったかな」
帳が扉に触れながら床に下り、首を弱く横に振る。
床を強く跳ねた光も扉に辿り着き、二人に近づかないように氷雨は硝子の針鼠を砕き続けた。
「なんで、そんな……早すぎる。今までこんなッ」
光が震える声を零し、ケット・シーが声高く笑う。
勢いよく少年達は振り返り、玉座で尾を揺らす獣を見つめてしまった。
「今までの扉はもっとゆっくり閉じた? 最初から開けとけって命令だったしね。でも別に閉じることに関して命令は貰ってない」
ケット・シーは笑い続け、細めた目を戦士達に向けた。
「僕はちゃんと開けてたでしょ?」
氷雨のこめかみに青筋が浮かぶ。彼女は獣に向かって床を蹴ったが、行く手は針鼠達に阻まれた。だから少女は硝子を砕くことしか出来ないのだ。
「あぁ、そんなに怒らないで。まだその扉は完全に閉まってはないからさ」
ケット・シーは指を振り、可愛らしく首を傾げる。
「一人だけ通してあげる。その扉を開いて通れた一人だけをね」
それを聞いて、光と帳が瞬間的に目を合わせる。
氷雨は素早く振り返り、先に喋ったのは白の戦士だった。
「……結目君――君に任せるね」
「……は、」
帳は自然と声が漏れる。笑っている光は眉を下げ、帳は奥歯を噛みしめた。
その手は光の胸倉を掴み、扉に向かって背中から叩きつける。光の傷にその衝撃は響いたが、帳はそれを気にするつもりは毛頭なかった。
氷雨は硝子を壊し、砕いて、二人を守っていようと努めている。
帳は目元を赤く染めて、白の戦士を怒鳴りつけた。
「なんでお前が先に諦めてんだよッ、お前は仲間に託されて、ここまで来たんじゃないのかよッ!!」
博人が残り、茉白が残り、暁が残り、光はここまで進んできた。全ては競争を中止するよう神に頼みに行く為だ。
光でなければいけないと、三人は思って残ってきた。
それを光は手放そうとするのだから、帳には許せないのだ。
光は唇を噛むとやっぱり笑って、帳の手を掴んでいた。
「君の方が俺より強い。神様を捕まえられる可能性が高いのは結目君なんだ」
「それとお前が残るのに関係なんてッ」
「あるよ! あるから俺は君に任せるんだッ!」
光は帳の腕を振り払い、氷雨の刃が硝子を砕く。その音を聞きながら帳は目を見開いた。
光は口角を上げて、眉を下げながら笑っている。
「勘違いしないで。俺は君達に先手を譲るだけだ。競争を止めるっていう目標を諦めたわけじゃない」
「いいや、先手を譲る時点で諦めてる」
「信じてるだけだよ」
光は笑い、目を見開いた帳の隣を通り過ぎた。
剣を振り抜いた少年は帳に向かっていた針を叩き壊し、自分から流れる血液に奥歯を噛む。
「結目君の部屋に入る前の言葉……冗談って言ったあの言葉。俺、信じてる」
――お前を優先したら、この競争は止まるのかな
光は硝子を砕く合間に振り返り、悔しそうに、それでも嬉しそうに笑っていた。
「君だって、願ってたんじゃないか……嘘つきだな」
そう言った光に迫る針を氷雨が砕き壊す。
黒の少女は白の少年を見ると、口角を上げて並び立った。
言葉が出ない帳に背を向けて、硝子を砕きながら。
帳は二人の背中を目に焼き付けて扉に向かい、空気を唸らせ、固く重たい扉を開ける為だけに力を使い始めた。
扉の隙間に指を突き立て、風を操り、奥歯を噛み締めて。
その背中を守る光と氷雨。
血が飛んだ。
鋭利な硝子は凶器になる。
ケット・シーは楽しそうに鏡から針鼠を作り続け、降りしきる雨のように針は飛び続けるのだ。
獣の力は映したものを創り出すこと。自分が加えたいと思った力を一つだけ持ったものを創ってみせる。けれども創られた命は長くない。一分程で飛散してしまうのだが、その時間があれば罪人をケット・シーは殺せるのだ。
神と似た、けれども神にはなりきれなかった獣の力。
強欲なそれが貪汚を司る獣なのだ。
氷雨の腕が貫かれる。それでも悲鳴は噛み締めてハルバードを振るい続けた。
彼女は先に進む気が無い。進む前に守ろうとしている。守って、守り抜いて、仲間を先に進めようとする。
それを帳も分かっていた。分かっているから何も言いはしなかった。どれだけ苦しく息が詰まり、叫びそうになっても堪えたのだ。
扉が徐々に開いていく。帳は必死に呼吸をして力を使い、決死の思いで一人が通れる隙間を開けてみせた。
その音を聞いて氷雨は笑う。
彼女に迫った針を砕いた光に感謝しながら。
ひぃは氷雨の背中から飛び立ち、牙で針を溶かし壊す。
ハルバードからスクトゥムに変形したりずは、数秒の時間を作ってみせる。
その間に少女は振り返り、進もうと足を踏み出した少年の背中に手を添えた。
強く、優しく、迷いなく。
今まで、誰よりも共にいた仲間を送り出す為に。
帳は奥歯を噛み締めて、自分を鼓舞する氷雨の言葉を聞いていた。
「帳君なら、大丈夫」
氷雨の手が帳を押し出す。
扉の奥へ。神の方へ。
帳が入った瞬間に扉は閉まり始め、氷雨の手は目視出来ない圧に弾かれた。
一人が通ったから。あとの二人は通さないと獣の空気が言っている。
帳はその空気を感じ取り、振り返ってしまった。
針の勢いに負けて倒れるりず。
翼を貫かれるひぃ。
背中に硝子が刺さった氷雨はそれでも笑い、帳に伝えていた。
倒れかけた足を踏み出して。泡のように消えていく扉の奥に向かって。
言葉を叫び、想いを乗せて。
「ッ、進めッ!!」
瞬間。
帳は突風に乗って、弾かれるように突き進んだ。
振り返るな、進め、進め、進め、進めと自分に必死に言い聞かせて。
どれだけ苦しくても。どれだけ痛くても。
明日を求めて進むのだ。
氷雨は血で汚れた手でハルバードに変わったりずを握り締め、光と共に硝子の雨粒を砕いていく。
傷つき、痛み、それでもと。
後ろで消えてしまった扉。それはケット・シーが消したのだ。今までの獣達とは違い、残った戦士を楽しく玩具のように殺す為に。
「君達を殺したらさっきの子も殺しに行こう。きっと僕の主様も許してくれるから」
言葉の終わりに音符でも付きそうな、軽やかな喋り方をするケット・シー。
氷雨は硝子の針鼠を壊し続け、光は剣を振りかざし続けた。
明日を願った少女と、未来を望んだ少年。
今まで敵であった二人はここに来て初めて、対等に肩を並べたのだ。
光は自分から流れる血液を睨み、氷雨は奥歯を噛み締める。
壊しても壊しても量産される硝子の針鼠達を嫌悪しながら。
何度倒れそうになっても、何度跪きそうになっても、二人は立ち続ける。
自分達が最後に託した一人を守る為に。
氷雨は息を切らせながら、背中を合わせた光の言葉を聞いていた。
「ねぇ、氷雨さん……俺の言い訳、聞いてくれる?」
「良いですよ」
氷雨は笑い、光も笑う。
「俺、本当は進みたかった。博人さんに、茉白さん、暁さんの努力、無駄にしたくなくて。俺が言い出して任されたんだから、俺が行かなきゃって思ったから」
光の頬を汗が伝う。その中には一つだけ違う雫が混ざっており、それは少年の目から零れ落ちていた。
「でも、でもさ、譲りたくなるじゃん。氷雨さんと結目君を見てたらさ」
氷雨は硝子を砕き、倒れかけた光を支える。
少年は直ぐに立ち上がると、少女の背後に迫った針を斬り壊した。
「俺の言葉はきっと届かないって。俺の言葉より君達の言葉の方がきっと、神様に届くんだって。思っちゃったら、もう駄目だった」
氷雨と光が再び背中を合わせる。息を切らせている二人ではあるが、その目の輝きは失われていない。
「あぁ、くっそ……悔しいけど、満足だって思っちゃったんだよ、本当」
呟く光を氷雨は笑う。少女は床を踏みしめて、りずを勢いよく振り抜いた。
血を流しながらも飛ぶひぃを視界に入れながら。嬉しそうに笑うのだ。
「ありがとう、私の仲間を信じてくれて」
氷雨は硝子の針鼠を壊し、踏んで、奥の硝子も叩き壊す。光もそれに続き、少女の姿を追ったのだ。
「早蕨さん、私も言い訳して……いいかな」
「……いいよ」
笑った少女は、微笑む少年と並んで戦う。
明日を望んでしまった自分の懺悔を口にしながら。
「私もね、貴方達のこと――信じてしまったんだ」
硝子を砕く音がする。
二人の考えが交差する。
「最後の最後に、ね」
心配性の少女は笑う。自分を守る盾としてではなく、堪え切れないと言うように。
臆病者の少年も笑う。今までの苦しさを、痛さを、戦う為の糧にして。
二人の戦士は刃を振るう。
自分達が信じた一人を傷つけさせない為に。
硝子が蠢く室内には、幾つもの血飛沫が飛んでいた。
進んだのは、一人。
皆に背中を押された少年は神の元へと辿り着く。
明日は投稿、お休み日。
明後日投稿、致します。
ブックマークが再び増えていて、本当に、心よりお礼を申し上げます。どうかこの子達を、見ていてあげてください。よろしくお願い致します。




