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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
ウトゥック・シュス・ノイン編
18/194

理由

新キャラ登場


―――――――

2020/01/23 改稿

 

細流(せせらぎ)(そよぎ)。大学二回生。ディアス軍だ」


 そう自己紹介をしてくれた男の人。細流せせらぎそよぎさん。


 身長が百八十cm以上はありそうな人。数十mの高さから落とされた事を「ちょっと、驚いた」で済ませてしまった人。体も無傷で、落とした張本人である結目さんと普通に挨拶し合ってる人。


 私は湿地独特の少し緩い地面に足を着いて、口の端だけが上がっていた。結目さんは地面に倒れている枯れた巨木の上に足を着いて、細流さんと同じ目線になろうとしているようだ。


「俺は結目帳、こっちは凩氷雨ちゃん、よろしくー」


「よろしく」


 結目さんは笑いながら手を振って、細流さんは頷いている。その光景を見て薄ら寒くなり、私は目を伏せた。


 まだ心臓が早鐘を打っているようで、目の前で落ちていった細流さんがフラッシュバックしてしまう。


 それを振り払いたくて、目を固く閉じても恐怖は消えなくて、私はりず君とらず君を抱き締めた。


 細流さんが助かったのは十中八九彼の力のお陰だろう。どんな力かは知らないが、心身共に宜しくない。目眩がして吐きそうだ。


 ひとつ間違っていれば、細流さんと地面にめり込んでいたウトゥックさん達は同じものになっていたのだから。


 ウトゥックさんだってあそこまで痛めつけることはなかったように思う。少し近づいて確認した時息はあったけれど、らず君が治せる範囲の傷ではなかった。


 何も出来ずに置いていくしかなくて、ごめんなさい。


 どれだけ謝罪したって許されないことに、私は頭の中で謝り倒していた。


 ウトゥックさんの怪我に触れようとした私を引き止めた結目さん。彼は私を風で引き摺るようにしてここまで連れて来た。そんな彼の目にはウトゥックさん達なんて映っていなかったように思うのは、私だけだろうか。


 チグハグな彼は、細流さんに聞いている。


「ね、何でさっき助かったの? 足の骨くらい折れる予定だったんだけど」


 足だけじゃなくて全身粉砕骨折ですよ普通。


 言わないまま結目さんを見てしまう。らず君が微かに痛がるから努めて深呼吸しながら。硝子の彼は腕の中で淡く光ってくれて、私の呼吸は確かに楽になった。


「俺の力は、何でも、倍にするんだ。生命体以外、だったら、何でも。筋力、視力、スピード、物質……だから、だな」


 ――全身強化


 そんな単語が頭を巡って、私はらず君の額を撫でる。この子と少しだけ似た力だと言うのが感想だ。


 結目さんは「へー」ともう興味がなくなったという声で、確認だけしているようだ。


「それじゃぁ今回は、自分の耐久力的なものを倍にしたって感じか」


「倍に、して、倍に、して……倍に、したな」


 指折りで何かを数えるようにする細流さん。結目さんはどうでも良さそうに笑っていた。


「あぁ、乗算可能なわけね」


「そう、だな」


 細流さんは結目さんの態度を全く気にしない様子で頷いている。その姿勢から寛容なイメージが細流さんに付いていった。


 そして、細流さんの力。ただの倍増化ではなく乗算可能は純粋に強い。


 細流さんは体躯的に元から筋力や体力があるように伺える為、既に持っているものを倍にすると言うのは打って付けだろう。推測だけれども。


 細流さんは何処か虚空を見つめて、ゆっくり思い出すように結目さんと喋っていた。結目さんとはまた違ったタイプの独特な人だ。


 そう感じていると、ふと細流さんに見られて肩に力が入る。顔が引き攣ったように笑った。


「さっきは、助かった。ありがとう」


 その言葉に、何かが崩れた音を聞く。


 私は曖昧に首を傾げて、笑って、髪を引っ張って、笑って、手を振って、笑った。


 頬が痙攣しそう。らず君がまた痛がった。


「……何も、してないです……ご無事で良かった」


 言葉の頭が掠れて、細流さんは首を傾げている。私も同じ方向に首を傾げて「細流さんは、」と話を変えた。


 もうさっきの件について話していたくない。私を見ないで。褒めないで。感謝しないで。


 私は、私の為に貴方を助けたくなっただけなんだ。あれはお節介でしかなかった。


 ――優しい笑顔の凩さん


 違うよ消えてくれ。


「ウトゥック・シュス・ノインに行かれたんですか?」


「……う、とぅっく」


 細流さんが片言に復唱して反対に首を傾けている。無表情に、無感情に。


 私は微笑み続けて、結目さんが簡単にシュスについて話してくれた。そうすれば、理解したように細流さんは「あぁ、」とゆっくり手を打っていた。


 ……この人、ちゃんとスイッチ入っているのだろうか。失礼だな。黙れ。


「行く、予定、だな」


「予定なんだ」


「予定、だな」


 呆れたように結目さんはため息をついて笑っている。細流さんも、ぼーっと言う効果音が着きそうな顔で頷いていた。


 ……胃が痛いかもしれない。いや、今日はずっと痛いと思う。


 私は自分の鳩尾をゆっくり摩って脳内で胃薬を所望した。無いけどな。


「二人も、予定か」


「まぁね」


「なら、ちょうど、いい」


 細流さんは若干上を向いていた視線を移動させ、結目さんと私を見る。


 何を考えているか、と言うか、何か考えているのか分からない目だ。


 それでもとても澄んでいて、自然と綺麗だって思わされる。


 彼は確かに言った。


「力を、貸して、欲しい」


 その言葉に、結目さんと私は顔を見合わせてしまう。


 力を貸して欲しい。何にだろう。


 私は分からなくて聞いてしまう。


「何にですか?」


「助けたい、人が、いる」


 無表情の細流さん。私はまだ理解が出来なくて、微笑み続けてしまった。


 えっと、どうするかな。


 細流さんは察してくれたように、また斜め上に視線を向けた。


「昨日、さっきの奴らと、似た奴に、捕まり、かけた。その時、俺を庇った、ディアス軍の、女の子が、いる。その子は、あの、シュスと、いう場所に、連れて、行かれた。だから、助けなければ、なら、ない」


 細流さんが指をさしたのはウトゥック・シュス・ノイン。私の耳の奥では、先程のウトゥックさんの言葉が反響した。


 ――奴隷


 まさか。だが可能性がゼロではない。


 ここで私達戦士は希少なんだ。


 でも、ディアス派のシュスがどうしてディアス軍の戦士を。


 そんな線引き関係ないのか。


 私が気に出来ていなかったように、彼らも気にしたことなんてないのかもしれない。私みたいな頭の中がお花畑の奴では、到底及ばない考えをお持ちなんだろう。


 アミーさんはウトゥックさん達を「心根が捻じ曲がった自己中心的生物」だと言っていた。奴隷制度を強いているとも教えてくれた。けれどもそれは何処かぼんやりしていて、恐らく私は信じていなかったんだ。奴隷なんて、と思って。


 細流さんは言う。


「頼めないか」


 その答えに、首を横に振る道理は無いだろう。


「はい」


「嫌だよ面倒くさい」


 私と結目さんの台詞が被る。


 目を丸くした自覚がある私は、口の端が引き攣った。結目さんを見上げる。


 彼も私と同じような表情をして、穴が空きそうなほど見つめられてしまった。


「……凩ちゃんさー、本当お人好しだよねー」


 耳が痛い。口を結んで笑ってしまう。らず君とりず君を抱き締めて。ひぃちゃんは首に尾を巻いてくれた。


 結目さんは私との距離を縮めて、超至近距離で見下ろしてくる。


 あぁ、また間違えたのか、私は。


 肩が引き攣った。


「昨日もそうだった。あのモデル君達なんて放って離れればいいのに、君は意見した。この人の時もそう。追われていたから助けた所で、君に実質的な利益は何も無い。今もそうだ。素性も知らない女の子を救出に行って何になるの? それは俺達がすべき事なのかな?」


 息が苦しくなる。


 結目さんの意見は正しい。私が頷いたのは、完全なる利益無視の自己満足だ。


 助けるのを手伝って欲しいと言われた。だから了承した。そこには崇高な正義感も無ければ、行った際の得も名誉もない。意味が無い行為だ。


 だから見捨てるのか。どういう状況に置かれているか分からない子を。


 助けられる保証がない。捕まったら本末転倒。


 分からないけど、分からないけれども。


 私は息を吸って、顔を上げた。


 悪意はないのだと示したくて。


 顔は、気味悪く笑っていることだろう。


「私達の目的は、ウトゥック・シュス・ノインで生贄を探すこと、です。ならば、手伝っても良いのでは……と、思ったんです。寄り道かもしれないけど、大きなタイムロスかも、しれないけど。あのシュスで生贄を探すなら、少しの手間も、いい、の、では……」


 自分の答えに、苦し紛れの理由を後付けする。


 元々頷いたことに理由なんてなかった。助けたいと言われたから手伝うと言っただけだ。


 結目さんは私を見つめるから、息の仕方を忘れそうだった。


 誰かを助ける為には、理由がいるんですか。


 あぁ、私はとても――悲しいんだな。


「ふーん……」


 結目さんの手が伸びて頭に乗る。荒く撫でられて「ぅぁ、」と声が漏れた。


 結目さんは怖いほどに、笑顔だ。


「良いよ。じゃぁ付き合ってあげる」


 言われて自然と安堵した時、髪が引かれた。


 無理矢理上を向くようにされて髪が痛い。


 結目さんのつまらなさそうな目に射止められた。


 肝が冷えて、目が彼から逸らせない。


「ただし、俺の言うことは聞いてね。さっきみたいな無断行動は無しだ」


 無断行動。


 細流さんに手を伸ばした自己満足行動。


 私が苦しくなりたくないだけの勝手な行動。


 あぁ、分かった、分かったから。


 どうかこれ以上、私から呼吸を奪わないで。


 私は無性に――泣きたくなった。


「……はぃ」


 私が頷けば、結目さんは「約束ね!」子どものように笑った。


 約束ではない気がするけれど、これは約束なんだ。命令ではなくて約束なんだ。


 言い聞かせて、空気の塊を吐き出す。頬が痙攣するが笑顔でいよう。


 大丈夫、大丈夫だよ。


「あと、その睨んでくる子達をどうにかしてね」


 ひぃちゃん達を見る。


 目が鋭く輝き、温かさが失せている私の心獣達。敵意が滲み出た顔は初めて見た。


 私は、彼らを呼ぶことしか出来ないのに。


「ひぃちゃん」


 お姉さんの頭を撫でて。


「りず君」


 猪突猛進君の鼻先を触って。


「らず君」


 怖がり君の額を摩る。


 そしたらみんなの眉間から皺が消えて、安堵するんだ。


「と言うわけで、手伝ってあげるよ」


 細流さんの方を向く結目さん。細流さんは私達を見下ろしており、瞬きもなく、まるで蝋人形のように佇んでいた。


 結目さんが「おーい」と声をかける。無表情の細流さんは一度目を伏せて、頷いてくれた。


「助かる」


 それはとても、平坦な声だった。


 私は笑って、何も返事はしないのだ。


 ――そこから作戦会議が始まった。


 ウトゥック・シュス・ノインは円形のシュスの周りに塀を建てており、簡単に入れそうにはない。ウトゥックさん達は飛ぶし、好戦的だとも聞いた。


 私はメモを見ながら、情報を共有だけしておく。


「ウトゥック・シュス・ノイン。ウトゥックの湿原に九つ目に出来たシュスです。それまでの八つのシュスが合併して、九人の王様がおられるそうです。彼らの性格は快楽主義の、自己中心的。奴隷制度を取っていて、他の種族と私達戦士は従えるものだと、考えているようです。奴隷を多く連れている者が強い。それが、彼らの強さの証なんだとか」


「ははは! 屑じゃん」


 笑い飛ばすように結目さんは言うから、何も答えず顔から力を抜く。情けなく笑って、手の中からはメモ帳が消えた。結目さんがメモに大変興味を示されてしまったのだ。


「何これチートノート?」


「いや、ぁの……心配で」


 頭を叩くように撫でられる。


 読まれているようですが、私にしか読める字で書いていないんです。大丈夫でしょうか。


 私は苦笑しながら確認しておいた。


「目的は、生贄を探すことと、女の子の救出で……」


「あぁ、間違いないよ。さて、どうやって潜入しようか。正面突破は愚策だし」


 結目さんはメモ帳を見ながら頷いてくれる。先程までの怖い雰囲気はなく、今は玩具を見つけた子どものような顔をしていた。


 彼とはもう少し時間をかけて話をしたいところだな。


 いや、今はどうやって潜入するかだ。正面突破は危険だって私も思う。


 私は髪を引きながら考えて、その時、疑問を微かに滲ませた細流さんの声が聞こえた。


「愚策、なのか」


 細流さんが首を傾げて聞いてくる。正面突破について。


 そりゃ愚策とまではいかないが、危険度は上がるのではなかろうか。


「目的の場所がハッキリしているなら、最短になり得るかもしれませんが……その、女の子の居場所とか、ご存知では……」


 首を横に振る細流さん。


 花火を上げ続けるシュスは、正直騒音だと感じている。


「その反応だと、アンタは正面切って返してくださいって言いに行く予定だったわけ?」


 結目さんは微笑みながら、何処か馬鹿にしたように問うている。


 細流さんは年上ですよ。私達よりも。流石にそんな考えは、


「いや、正面から、殴り込みに、行く、予定だった」


 おっと斜め上を行っていたなぁ。


 私は苦笑しながら細流さんを見上げて、結目さんは目を瞬かせていた。


 それから、お腹を抱えて笑い始める。声が響くなぁ。


「マジで!? 殴り込みとか正気かよ!」


「昨日も、俺の話は、一切聞いて、くれなかった、から、な。恐らく、次も、聞いては、くれない。だから、後は、拳で語るしか、ない」


 拳を握る細流さん。


 その姿を見て結目さんの笑い声はまた大きくなり、私は冷や汗が流れた。顔が引き攣りながら笑う。


 細流さん、言葉が通じないならば拳で行くとは素敵な考えですね。私にその発想はありませんでした……。


 結目さんは何とか落ち着き始めて、細流さんは「何か、可笑しかった、か」と不思議そうだ。


 不思議な空間だなぁ。なんて、現実逃避か。


「はー、おっかしいよー……あー……、よし、じゃぁアンタは特攻してよ。殴り込み万歳。俺が放り込んでやるから。そのまま俺はシュス観察して生贄になりそうな奴を挙げようかな。凩ちゃんは反対側から入って女の子探してね。生贄を捕まえるのと女の子救出を一回で終わらせたいとこだけど、相手が好戦的ならそれは難しいと思うから、最初は女の子優先で。助け出し終わった後、改めて生贄は捕まえに行こう」


「分かった」


「は、はい」


 返事をして、気づく。


 あれ、それって所謂「囮作戦」と言うやつでは無いのだろうか。


 細流さんが囮であり餌役。私は女の子の奪取。結目さんは生贄探し。


 いや、深く考えたら埒が明かないか。


 疑問を抱きながらも無理矢理納得しておく。


「女の子取り返したら、鉱石の谷底に集合ね。合図は……大声で叫ぶとかでよろしくー。俺が良さそうだと思った奴は後で情報共有するから、そこで絞っていこうねー」


 結目さんは鉱石の谷の方を指している。細流さんは機械的に質問していた。


「生贄の、情報、か」


「そ。昨日決めたんだよ。生贄は悪人限定。誰にも裁かれていない、それでも誰もが悪だと言うその人。素敵でしょ」


「ほぉ……」


 細流さんは言葉……と言うより、単語を呟いて頷いている。彼は無表情に、抑揚なく言っていた。


「いい案、だな」


「凩ちゃん発案でーす」


「ほぉ……」


 また同じ反応。細流さんは私を見て、頷いていた。


「いい案、だな」


 言われて、口の端が引き上がる。


 ありがとうございます。ただただ優しい人を選びたくなかっただけの妥協案です。私が苦しくなりたくないだけの提案です。適当に捕まえなければいけない生贄に条件をつけたのだから。


 細流さんは目を伏せて、息を吐いて、また瞼を上げて。


「行くか」


 と、低い声で言うから。


「はい」


 と、返事して。


「はーい」


 と言う声を聞くんだ。


「ルアス軍の戦士だったら、問答無用で助けなかったけどね」


「……はぃ」


 耳が痛い。


 結目帳さんは、満面の笑顔で飛び上がった。


次回、いざウトゥック・シュス・ノインへ。はよ行けって? ごめんなさい。

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