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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
最終章 乱れた常磐の歯車編
156/194

供物

それは書き留められた、短い話だった。

――――――――――

2020/04/04 改稿

 


 ――昔昔、誰も知らない程の昔。創り出す力を持った小さな生き物が、形が定まらない世界の端っこに住んでいた。名前を持たない生き物は創り出す力によって大地を整え、宝石のような世界の土台を完成させた。


 ――その生き物が住むのは、誰も知らない花畑の中に(そび)える一つの塔。生き物は何もない世界に凸凹を創り、流れを創り、昼と夜を創り、宝石のような世界を装飾していった。


 ―― それでもまだ、その生物に名前は無い。名無しは出来上がった世界を眺めて過ごし、自分と一緒に生まれた赤い鉱石を時折観察した。鉱石は世界の地面の下に土台として存在しているようで、名無しはあまりそれが好きではなかった。


 ―― ある日名無しは、自分が別の世界へ行ける力を持っていることに気がついた。そして、美しいだけの世界を離れて、世界を渡り、自分以外の「生き物」に出会ったのだ。その世界を観察した名無しは自分の世界にも生き物が欲しいと考えた。


 ――名無しは何度も世界を跨いでみせた。世界と世界を見比べて、向こうの世界にあるものを創ってみせた。最初に創り出された二つの生き物は黒と白。紅蓮と紺碧。


 ――生き物は自分が創った二人を黒と白と呼んだ。黒も白もそう呼ばれれば自分の事だと学んだが、名無しは別の世界の生き物とはどこか違う彼らを不思議に思った。そこで、名無しは別の世界の者に助言求めた。


 ――「黒と白って、それは名前?」


 ――そう問われた名無しは初めて「名」というものを知った。そして同時に「感情」というものも知ったのだ。


 ――「名前を呼んであげなくちゃ。楽しいを、嬉しいを、感じなきゃ、生きてる実感が出来ないよ」


 ――名無しにそう告げた別の世界の生き物は、名無しに初めて笑いかけた者だった。


 ――そこから名無しは考えた。別の世界に渡り、歩き、巡り、どんな名前が黒と白に相応しいか。学んで悩み、考えた結果、生き物は黒に「メタトロン」白に「サンダルフォン」という名を与えた。


 ――そうすればメタトロンとサンダルフォンは初めて笑い、名無しも笑った。


 それは、いつかの本で読んだ話と似通っていた。あれはそう、コロポックルさんの途切れた始まりの話。あの話はここで終わり、別の世界の誰かの言葉までは書かれていなかった。


 梵さんの話は続いていた。


 ――名無しは別の世界の者と「友」というものになった。共に笑い、共に驚き、相手を自分の世界に招待するほどの友達に。友は言った。


 ――「この世界は、美しすぎて泣きたくなる」


 ――その時、名無しはまだ泣くという感情を知らなった。友はそれを笑い、美しい世界に名前を付けてはどうだと問うたのだ。


 ――問われた名無しは名前を考えることにした。同時に、三人と友には広すぎる世界により多くの生き物を創ることも決めた。


 ――三番目に創られたのは、監視人のぺリ。名無しでも操れない天の変化を見極め、食い止める為の存在として。その姿は名無しの友を元に創られ、許可なく似せられた友は怒り、名無しは初めて怒られると言うことを学んだ。


 ――四番目に創られたのは、番人のシュリーカー。ぺリだけでは抑えられなかった天の変化と地の変化を察知し、これから創られていく生き物達を守る者として。誰もが一目見て危険だと分かる姿が良いとして、彼らは創られた。


 ――五番目に創られたのは、守護者のガルム。名無しと同時に生まれた赤い鉱石を守り、近付く者を見極める四つの目を与え、変化があれば直ぐに伝達する者として。目に力を注ぎすぎたせいで声が出せなくなった彼らに、名無しは謝るということを初めてした。


 ――彼らは最初の五種族と呼ばれ、その後も世界には生き物が増やされていった。名無しは五種族を元にして命を増やしていき、世界の輝きは増すばかりだった。天を守護するぺリからは妖精達を、危険を叫ぶシュリ―カ―からは精霊達を、四足で駆けるガルムからは幻獣達を。


 記憶の中にラドラさんが蘇る。彼女は中立者さんの眷属になることを願っていたが、それを中立者さんは知っていたのだろうか。


 御伽噺おとぎばなしは続いていく。華やかだった今までと毛色を変えながら。


 ――ある日、名無しは世界の名前を思いついた。考え抜いた名だった。それを友に報告しようと世界を渡った名無しは、初めて「敵意」に触れた。


 ――友と友の親を傷つける生き物がいたのだ。それらは名無しも恐れ、友とその親を妖だと罵り傷つけた。


 ――名無しはそれに耐えられなかった。どれだけ言葉を送っても聞き入れられず、火をつけられ、石を投げられて。敵意をぶつけられた名無しは友の血を見た瞬間、生き物達を殺してしまった。


 ――しかしそれでは遅かった。友の親は既に命の灯が消えており、友の傷も深かった。名無しはそこで自分に新たな力を創った。時間を戻す力だ。だが友の傷は戻らなかった。


 ――そこで名無しは傷を切り離す力も創った。けれどもやはり友の傷は消えなかった。


 ――名無しは友を自分の世界に連れて来た。美しい世界が友は好きで、そこで死にたいと言ったからだ。


 ――名無しは初めて「死」を見た。冷たくなって目を開けず、言葉を吐かず、眠るように息をしなくなった友を抱いて名無しは「泣いた」


 ――弔い方は知らなかった。知らなかったから、名無しは友を大地に寝かせて傍にいた。いつか目を開けてくれるかもしれない。また起き上がってくれるかもしれない。けれども死は無くならない。


 ――ある日、友の体が光りの粒となって弾け消えた。名無しは流されていくその光りを追った。どうか連れていくなと叫びながら。


 ――友を吸い込んだのはガルムが守る赤い鉱石だった。駆けたガルムから聞いた名無しは、そこで鉱石の力を知ったのだ。


 ――鉱石の力は死んだ者を吸い込むこと。そして、世界を輝かせる鉱石に変えるのだ。


 私の心臓が凍り付いたように息がしづらくなる。手を自然と握り締め、時沼さんが隣で息を呑んだ音を聞いた気がした。


 梵さんは続けてくれる。


 ――世界はより美しくなった。命を眩い宝石に変え、それにもなれなかった欠片は光りの鱗粉として大地を踏みしめる者を祝福する。名無しは地表から現れた輝かしい鉱石が友の成れの果てだと知り、桜色のそれを搔き集め、隠してしまった。


 ――世界では誰かがいつも死んでいる。名無しが創った生き物達の命は永遠ではないのだ。


 ――世界は彩られる。その世界で誰かが死ぬ度に。その命を吸い込んで、鉱石に変えて。そして鉱石としての寿命を全うしたものは、また新たな命として生まれ出てくる。


 ――名無しは知った。それが運命であり、輪廻であり、流れなのだと。


 ――残酷な美しさで世界は出来ているのだと。


 ――世界の名前はアルフヘイム。愛しい友へ捧げる、世界の名前。


 ――名無しは友が住んでいた世界にも名前を付けた。友を殺した生き物達の姿を思い浮かべて、敵意と恐怖を嫌悪して。


 ――世界の名前はタガトフルム。傲慢な夢という意味を込めた、友を奪った世界の名前。


 ――名無しは守っている。友が愛してくれた世界を、忘れてしまいそうになるほど長い時間。


 ――名無しは愛している。自分が創った生き物達と、彼らが住む尊い世界を。


 ――これは世界を保つ者の話。終わってしまった昔の話。変えることは出来ない、御伽噺おとぎばなし


 ……そこで終わった話。梵さんは首をゆっくり傾けて、私は口を噤んでいた。頭の中で整理が追いついていない。


 その話がもしも事実ならば、アルフヘイムで死んだ人達は命の鉱石に吸い込まれたあと鉱石になっていることになる。


 色んなシュスに行ったが、あの家も、お城も、地面も、かつては誰かだった物だってことになる。


 ラ―トライやサラマンダ―のシュスにあった道具の動力が、誰かの終わった命だってことになる。


 あぁ、しかし私は、アルフヘイムに初めて行った頃からずっと思っていたではないか。聞いていたではないか。気づいていたではないか。


 ――葉も幹も枝も発光しているような、淡い光りを零していた


 ――歩けば微かに舞う鱗粉のような光りの粉は、私を童話の世界に迷い込ませていく


 ずっと踏んできた。ずっと見てきた。眩いばかりの世界の美しさを。


 ――アルフヘイムは宝石のようなのだと。幻想溢れる童話なのだと。全てが魅力的なのだと


 そう、私は知っていたではないか。


 その美しさは命を元にしていた。もしも本当にそうならば、頷ける。頷いてしまう。


 だって、そうだろ。


 命ほど美しいものは、ないのだから。


「それは……何処にあった御伽噺おとぎばなしなの?」


 翠ちゃんが慎重な口ぶりで確認する。梵さんは目を一度瞬きさせると、ゆったりと思い出しているようだった。


「メタトロンの、書庫だ。書いたのは、サンダルフォンと、共にだと。忘れては、いけないこと、だから、と」


 あぁ、ならば、それならば、決まってしまった。


 この御伽噺おとぎばなし御伽噺おとぎばなしでは終わらない。確かな伝記だ、事実だ、ノンフィクションだ。


 私は生唾を飲み込んで、翠ちゃんは「そう」と呟いた。


 また静かになる。この話を知ってしまったからには、反芻はんすうして考えることが必要だ。


「鉄仮面、その話は今手元にある?」


「あぁ、ある」


「そ、ならペ―ジ全部写真撮って送ってくんない? 壮大すぎて一回じゃ飲み込めない」


 そう言ったのは帳君。梵さんは頷いてくれて、メッセ―ジで共有してもらえることになった。有り難い。


「今日の、零時まで、には、送ろう」


「どうも、よろしく」


「ありがとうございます、梵さん」


「ぁ、ありがとう、ございます」


「ありがとう」


 落ち着く為に笑いながら、私達は順にお礼を口にする。帳君は「さて、」と呟くと無表情のまま言葉をくれた。


「これにて報告会は終わりだと思うんだけど、まとめていい?」


 画面越しに目が合った気がする。気のせいかもしれないが私は自然と頷いて、帳君も頷き返してくれたんだ。


「ルアス軍の戦士は残数十九で、八人は意識を抜いてスクォンクの洞窟に投げてる。俺達の祭壇は無事で生贄の人数は四人。ディアス軍の戦士は残数十五で、十人にはラキス・ギオンを渡し終わってる。ディアス軍の兵士は中立者を悪だと思うっていう質問に首を縦に振って、ルアス軍の兵士も否定する奴はいなかった。ここまで間違いない?」


 帳君に確認され、首をまた縦に振る。翠ちゃんも祈君も、梵さんも同じで、時沼さんと闇雲さんは静かに画面を見つめていた。


 帳君は「じゃ、こっからは御伽噺おとぎばなしからの仮定ね」と前置きしてくれる。


「中立者はアルフヘイムの神様で、アルフヘイムを守る者。力は生き物を創るってことと、時間を戻す、切り離すの三つ。世界を渡るも出来るっぽいけどそれはいいか。で、さっきの三つの力はタガトフルムの人間には作用しない。それなりに感情もあるし、出来ないことだってちゃんとある。住処は何処かの花畑の塔だったっけ」


「ずっと、変わって、いな、ければ」


 梵さんが相槌を入れて帳君は頷く。そして「じゃ、氷雨ちゃん」と声をかけられた。何事だ。


「俺達もアルフヘイムで死ねば光りになって鉱石にされるわけだけど、なんで戦士に選ばれたと思う?」


 戦士。


 選ばれた理由。


 面白そうだと思ったから。思われたから。


 私は夕焼けを思い出しながら口を結び、画面を見つめる。


 帳君が聞きたいのは、きっとそう言うことではないから。


 もっと根本的な事を彼は聞いている。


 私は頭の中を整理して自分なりの答えを探す。


 それは仮定。正答ではない。考えでしかない。だと思うでしかない。


 鉱石になる。鉱石は動力。鉱石は生活に欠かせない。生贄、生贄、生贄、戦士、傲慢……あれ。


 生贄って――誰への生贄だ?


 私の頬を冷や汗が流れて、自然と髪を引いていた。


「――鉱石を、増やす為でしょうか」


 答えて、帳君を見る。


 彼は先を促すジェスチャ―をして、私は言葉を続けた。


「鉱石は、アルフヘイムでは欠かせない物です。生活する上で、シュスを作る為にも。でも、御伽噺おとぎばなしによれば鉱石にも寿命がある。だから、鉱石を増やす為に生贄を集めさせるのでは? 負けた軍の戦士を殺すのでは? アルフヘイムで死ねば、私達だって鉱石に変換されるから」


 言葉にして怖くなる。もしも統治権の競争が伝えられていた意味とは違ったら、なんて。


 あれ、私はいつかその話を、そんなことを思わなかったか?


 頭が混乱していく。帳君は静かに頷いて、祈君が続けてくれた。


「でも、ディアス軍はずっと負け続けだよ。生贄が欲しいなら、ディアス軍に有利にさせる筈だよね?」


 ルタさんを抱き締めた祈君の言葉にも頷ける。そうだ、生贄がもしアルフヘイムへのものならば、ディアス軍が勝たないと意味は無い。


 私は自分の髪を引いて、翠ちゃんが言ってくれた。


「中立者はアルフヘイムの住人を愛しているんでしょう? それを生贄にするとは考えにくいけど」


 私は自然と「そっか……」と呟いている。梵さんは何度も首を傾げており、不意に闇雲さんが言ってくれた。


「……生贄は六人集めればいいけど、それは少なくないかな? もしもアルフヘイムに鉱石を増やしたくて、してるなら……さ」


 闇雲さんの言葉の先を予想する。


 口を噤んだ彼は言葉を選んでいるようで、その先を言ったのは時沼さんだった。


「生贄って――俺達か?」


この競走は、根本から矛盾だらけだった。


明日は投稿、お休み日。

明後日か、出来なければ明明後日に、致します。

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