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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第四章 不退転の決意編
148/194

眠時

目と耳の次は声だった。


そして眠りが、訪れる。


――――――――――

2020/03/28 改稿

 


 声が出なくなった経験は初めてではない。グローツラングの樹海から何とか脱出をした時、叱ってくれた翠ちゃんが声を抜いたことがあるから。


 けれどもその時はものの数分。何時間と喋れなくなったことはない。


 兄さん達から離れて様々なシュスを梯子した早蕨さんと私であるが、有力な情報は得られないまま日は沈み、タガトフルムで日が昇ってまた沈んだ。


 アルフヘイムに来る道中、暗い穴の中で喉に違和感があった。一瞬強く針で刺されたような痛みが走って、そのあと来たのは息詰まるような閉塞感。反射的に咳きこめばそれらは引いていったが、同時に声が出なくなった。


 空から勢いよく吐き出される。煌々《こうこう》とした美しさを纏った世界は健在で、頬の痣は疼くのだ。


 地面に目を向ける。そこに広がるのは青々とした高原。余りにも広大な浅緑の大地。


 その中に飛び出した白が何となく見える。霞んだ視界とこの距離ではシルエットすら上手く確認出来ないが。


 耳は音を拾わない。無音に近い私の世界には、ひぃちゃんの穏やかな声とりず君の明るい声が届いた。


「大丈夫です氷雨さん、行きましょう」


 その声に救われる。


「氷雨、俺達がお前の目になる。耳になる。声になる。だから安心しろ」


 その言葉に呼吸を許される。


 私は頷いて、緩やかな滑空と共に芝生に足を着いた。


 思い出すのは昨日の我武者羅な捜索。いや、自暴自棄に近い無策の放浪。その結果は痛かったな。


 派閥は関係ないと思った。だからルアス派の人達にもディアス派の人達にも聞き回った。


 呪いを見ただけで「近寄るな」と慌てだすディアス軍の住人さんにも出会った。石だって投げられたし、裏切り者だと言う言葉も耳に入った。そういう言葉は聞こえたくなかったのに聞こえた。一体いつ私が貴方達の味方になったのかと問いたくなったが、それは違うのだと直ぐに考え直したよ。


 彼らが恐れたのは私ではない。呪いを付与された戦士だ。ディアス軍の長に危険因子だと認識されるだけのことをした戦士を彼らは怒り、畏怖いふしたのだ。


 それに早蕨さんは怒ってくれたらしい。直ぐに離れようと私を抱き締めて地面を高く跳ね、彼は私の盾になってくれた。彼も石をぶつけられたのに私の心配ばかりして。


 裏表のない真剣な顔に私は謝った。申し訳なくて、貴方まで傷つく必要はないのにと気が重くなって。


 ――いいんだよ氷雨さん。貴方は悪くない


 あぁ、貴方とはもっと別の形で出会いたかった。


 そう何度繰り返し考えてしまったのか分からない。


 分からないが、そう思ってしまった自分がいる。そんな考えは決して口にしなかったが。


 気を引き締めてグウレイグさん達の元に戻りもした。呪いを浄化出来ないかも聞いた。出来ないのだと謝られた。大丈夫ですと笑ったな。


 オヴィンニクさん達の元も訪れた。呪いを盗んでもらうことは可能かと聞いた。それだけは盗めないとラドラさんにも謝られた。彼女は民に支えられる女王様になっていた。


 ガルムさん達ならば何とか出来ないかと、しんどさに何度も挫折しそうになりながら洞窟に向かいもした。駆けて来てくれたガルムさんには頬を舐められただけで終わったな。痛かった。


 浄化も盗みも、最初の五種族さえも駄目。


 そこまで突き付けられて昨日は終わった。だから今日はガルムの洞窟がまだ見える位置からのスタートだ。


 頭の中を一瞬で駆け巡った昨日の記憶を振り払い、早蕨さんを見上げてみる。


 彼の口は動いたが、らず君が輝いていない今の私では何も聞き取れないのだ。


 そして今日らず君は光れるか分からない。昨日輝きすぎてしまったから。無理をさせすぎてしまったから。その体のヒビが深くなってしまったから。


「てなわけで光。氷雨には俺とひぃが会話を中継するか、もしくは顔近づけるかなんかして合図寄越せ」


 りず君が早蕨さんに説明してくれる。私は早蕨さんに頭を下げておき、開きかけた口を閉じておいた。


 口を開いても声は出せない。意味がない。だから我慢。歯痒いな。


 深呼吸をして自分を落ち着かせる。出来ないのだから諦めろ。努力しようが何をしようが声は出ないのだ。


 言い聞かせて喉を触る。


 すると、頭に手が乗せられた。


 早蕨さんが私の頭を撫でてくれている。笑っているみたいだ。


 目を細めてみたけれど見えないな。困った。


 瞬きをしても変わらない視界に辟易し、早蕨さんは私の耳元に顔を寄せてくれた。


「氷雨さん、次は俺が先導しますね! タガトフルムで良いシュスを思い出したんです!」


 それは心強い。


 私は頷いて、超至近距離で早蕨さんの笑顔を見る。


 残念。近すぎて貴方の目しか見えないな。目というか眼球か。こんなにまじまじ見たことない。いや目も眼球も同じだわ。


 不意に逸らされた眼球を追ってから視線を上げておく。


 キャンパス全部を青で塗りこめたような、吸い込まれてしまいそうな空。私は対照的な緋色の翼を頼って今日も青の中を進むんだ。


「氷雨さんの目は綺麗ですね」


 そんな言葉が聞こえてくる。視線を戻せば、先程の距離で早蕨さんが笑っていた。


 綺麗とな。目なんて誰でも一緒だろうに。


 思った私は右手を動かして、早蕨さんの顔を軽く正面から叩いておいた。


「いで、」


「光、近い。行くぞ馬鹿」


 * * *


 タガトフルムの日本の季節は夏である。梅雨が終わって七夕も過ぎ、猛暑に向かって歩き続けるような時期である。


 だが、大変残念ながらアルフヘイムに四季は無いし季節もない。年中その土地特有の気温であり、春先のように過ごしやすいブルベガーの丘周辺の気温もあれば、サラマンダーの砂漠のように年中灼熱の場所もあると学んでいた。だからアルフヘイムへは基本長袖で来る訳だ。


 さて。


 心地良い、暑いとくれば残るは寒さだ。


 私達は冬入りの肌寒さなんてものは飛び越えて、筋肉が震える程の冷気が溢れる地へやって来た。


 白百合色の鉱石のシュスに、降り積もるのは白い雪のようなもの。タガトフルムと同じように冷たいが形は正に「雪の結晶」をして落ちてきていた。


 それらがシュスの鉱石に積もっていき、宝石の上に宝石が振り撒かれたような美しさを纏っている。目眩がしそう。


 掌で受け止めた雪は五円玉程の大きさで、タガトフルムでは考えられない「雪」に驚くのだ。


 イピリアさんが降らせた雨にも色がついてるのとかあったし、世界が違えば雪も違うわな。ならば何故「砂漠」とか「丘」とか言う名称は一緒なんだろう。いや、考えても不毛だな、やめ。


「氷雨さん、ここはジャックフロスト・シュス・ゼクス。ディアス派のシュスで、あ、ほら! あの可愛いのがジャックフロスト達です!」


 冷たく凍えた耳が砕けそう。


 そう感じざるを得ない声量で話してくれる早蕨さんは、ジャックフロストさんを見つけて破顔しているようだった。私は彼と同じ方を向いて、白くぼやけた物体を確認する。


 うん、駄目だ見えん。


 白い頭に白い体。球と球をくっつけて出来上がったような住人だと聞いているジャックフロストさん。背の高さはタガトフルムで言うバスケットボール三つ分位だとか。想像上は可愛いのだが実際も可愛いのだろうか。


 歩き出した早蕨さんはジャックフロストさんと話をしているようだった。白い住人と白い戦士が白い大地の中で近づいて、結果全部白に見える。頭おかしくなりそうだが集中しろ。


 滑る地面に足を取られてしまいそうで、ひぃちゃんが察して飛んでくれる。


 早蕨さんは盛大に転けたようだが、数回バウンドして立ち上がっていた。彼の周りをジャックフロストさん達が囲っている気がする。


 早蕨さんの体感系能力は常時発動形態らしい。彼自身制御が難しいらしいが、そのお陰で殴打による怪我はしたことがないのだとか。


 殴打されたことがあると彼は明言したわけであるが、実際私も彼に殴りかかった。と言うより、斬りかかったことがあるので深くは考えなかった。謝らないからな。


「氷雨さん、氷の花が咲いています」


 ひぃちゃんが私を下ろして教えてくれる。私のぼやけた視界では花と家の壁の区別すら付かないが、お姉さんの優しさに冷えていた心は温まった。


 ひぃちゃんは「すみません」と謝っているが、何も謝ることなんてないんだよ。


 両手でお姉さんの頭を撫でる。彼女は喉を鳴らして笑ってくれて、私は花違いの母を思い出した。


 母の名前は氷の華。花とは違って煌びやかという意味の華ではあるが、本当にお母さんは綺麗な人なのだ。


 この花を送ったらあの人は笑ってくれるだろうか。泣き出しそうな顔で笑う母を元気づけられるだろうか。


 考えはしたが、アルフヘイムの花を摘み取るのは気が引ける。摘むのは六人の命だけにしておきたいと言う警鐘も鳴った。


 不意に。


 私が立っている地面に亀裂が入り、煌めく何かが地を割って飛び出してきた。


「氷雨さん!!」


 早蕨さんの声が聞こえる。私の体は強くひぃちゃんに引かれて地面を転がり、勢いよく飛び上がった。


 地面から出たのは氷のような透明度のある蔦みたいなもの。距離をとった今では何かの造形物にも見えるが、地面を割って出てきた時の感覚はあれに似ている。


 輝く緑――リフカ。


 想像した瞬間、冷たい二つの掌が首筋に宛てがわれる。


 背後から突然、私の動きを止めるように。


 私は脊髄反射でその手から距離を取り、振り返った。緋色の翼はこれでもかと強く風を切り、りず君がハルバードになってくれる。


 見えたのは灰色。


 ルアス軍でありながら、白ではない色を纏う彼のシルエット。


「なんのつもりですか――泣語さん」


 ひぃちゃんが喉を唸らせる。それは威嚇、研ぎ澄まされた警戒心。


 葉に乗って宙に立っているらしい泣語さん。彼は口を動かしたようだが、私には聞き取れなかった。


「会話しろよ馬鹿!! 危ねぇだろうが!!」


 ハルバードに口を作ったりず君が叫んでいる。泣語さんはそれに何と答えたのか、やはり聞き取れなかった。


 泣語さんと私の間をいくつもの雪の結晶が落ちていく。


 彼は笑っているのだろうか。


 確認出来ない私の体は――竜巻に巻かれたんだ。


 髪を引く風がある。


 痛くはない、怖くもない。


 私はその風に抵抗なんて示すことはせず、ひぃちゃんも翼を動かさないでくれた。


 体が引かれる。地面に向かって。けれども悪意はない速さだ。


 私は進行方向に目を向けて、黒い人を見るんだ。


 黒を身に纏う茶髪の人。両手を広げてくれているようなシルエット。


 竜巻が消える。私の体が落下する。


 ひぃちゃんは翼を広げず、私は彼に横向きで抱き止められた。


 茶色い猫っ毛が見える。この距離なら目や顔の輪郭も確認出来る。ぼやけてはいるが。


「久しぶり、氷雨ちゃん」


 久しぶり、帳君。


 そんな挨拶すら返せない私は会釈をして、帳君の胸に頭を預けたのだ。そうしても許されると知っているから。彼が私を呼んで抱き締めるということは、そういうことだ。


 だから地面に足が下ろされても、彼に寄りかかることは止めなかった。


 予想通りと言ってはなんだが、帳君に頭を撫でてもらえる。うん、懐かしい。


「声、出ないんだね。耳と目も大丈夫ではないか」


 独り言のようでいて、けれどもそうではない声を貰う。


 私は曖昧に首を傾げ、りず君は針鼠に戻ってくれた。パートナーを肩に乗せれば私の声達が疑問を聞いてくれる。


「どうしたんだ帳、急に……」


「泣語さんと言い、様子がおかしくはありませんか」


 りず君は言い淀み、ひぃちゃんは確信を聞いてくれる。


 呪いを解く方法が分かったと言う雰囲気では無いのだろう。帳君達はサラマンダーのシュスにいた筈だ。


 私は顔を上げて、帳君の顔に焦点が当たるよう目を何度も瞬かせた。細めてもみたが、駄目だな、もう少し近くないと表情があやふやだ。


 帳君は暫く黙っていたようで、私の頭を叩くように撫でる。


「ごめん」


 そう、聞こえる声量と一緒に。


 何故。何があったの。


 よく分からないまま首を横に振る。帳君は頭を撫で続けてくれて、「時間がさ、」と口火を切った。


「時間が……足りないんだよ」


 それは静かな声だった。


「解けない呪いはない。そう雛鳥の兵士は言ってたでしょ? だから絶対、解く方法はある筈なんだ」


 思い出すのはストラスさん。王冠が斜めになっている彼は、宝石になりかけていた私を見て言ってくれたっけ。


「……信じないよ。解けるのがメタトロンだけだなんて」


 私の後頭部に手が置かれ、帳君の胸に顔を押し付けられる形になる。


 その腕も体も小刻みに震えており、私の手首を掴む手には痛いほど力が込められていた。


「だから今こうやって、色んなシュスを回ってんだろ?」


 りず君が言ってくれる。私は帳君の体温を感じながら目を伏せて、りず君とらず君は頬擦りしてくれたんだ。


「あぁ、そうだよ。でもやっぱり時間が足りない。無さすぎる」


 帳君が私を離す。数歩後退すると、笑っていない彼がそこにいる気がした。


 彼の口が動く。それを読み取ることは出来ない。きっと小さな独り言だったんだ。


「結目君!!」


 早蕨さんの声がする。視線を動かすと猛スピードでこちらに向かってくる白があるから、きっとあれなんだろうな。


 判断していれば、その白が不意に落下物によって潰される。緑と灰色。


「いだッ!!」


 そう聞こえた気がしたが、本当に微かだったから空耳かもしれない。……そんなわけないか。


 私の口角はぎこちなく上がって、ひぃちゃんが状況説明をくれた。ありがとう。


「氷雨さん。早蕨さんは着地した泣語さんの下敷きになりました」


 ……はは。


 苦笑と言うか空笑いしか出来なくて、肩を竦めてしまう。


 こちらに近づいてくる灰色が見えるな。泣語さん、あの、そちらの方は貴方と同軍の方ですから。って何回言ったっけ。今はもう言えないんだよ。


「氷雨ちゃん、呪いを解く方法は必ず探す。だから君は――眠ってて」


 え、


 頭が真っ白になる。


 言葉を頭の中で反芻はんすうする。


 何度も、何度も、何度も。


 眠ってて、眠ってて、眠ってて、眠って、て……?


 帳君の言葉が回っている。回って回って理解が追いつかない。


 私は泣語さんであろう方から帳君へ視線を戻し、首をゆっくりと傾げるのだ。


 眠るとはどういうことだ。眠っててとは、何をお願いされたんだ。何が、何で、何、どう、ぇ、っと。


 どう頑張っても意味が汲み取れなくて、ひぃちゃんもりず君も黙ってしまう。私の手首を掴んだのは泣語さんで、見上げた先にある彼の表情が微かに伺えた。


 口角を上げて目を細め、それでも眉を八の字に下げているらしい泣語さん。


 だから私は、早く理解をしなければいけないと自分を急かした。


 泣語さんの掌から硝子細工のような蔦が伸びてくる。それはきっと、先程地面から出てきたあの植物だ。


「メシア、これは「ラキス・ギオン」と言うサラマンダー達が作った花なんです。蔦で巻いた対象を氷に閉じ込め、内部の時を止める失敗作。止められる時間に限りはありますが、これがあれば、これさえあれば、貴方の呪いの進行を遅らせることが出来る」


 泣語さんが笑いながら、泣いている。


 私に近づき見下ろしてくる彼の顔はよく見えて、雫が流れていく頬に胸が締め付けられたんだ。


 帳君と早蕨さんが言葉を交わしているように見える。泣語さんは泣き続けている。


 時間を止める。呪いの進行を遅らせる。私は眠る。氷の中で眠る。だから眠ってて。けれどもこれは私の問題であり、梵さんの問題で、止まるだなんて。待って、待って、どうか待って。


「梵の時間も止める気か?」


 りず君が聞いてくれる。帳君は頷いてくれたようで、私は鳩尾辺りを握り締めた。


 雪が降りしきるシュスの中。


 吐く息は白い。耳は冷たい。音が無い。白に視界を奪われる。


 眠る、眠って時間を作る。探すのを任せて、任せきって、私達は眠る。余裕を作る為。眠って眠って、待つ側に……?


 時間を止められた私はその間、タガトフルムに帰ることが出来なくなるのだろうか。夜通し待ってくれているお母さんは、お父さんはどう思うだろう。失敗作って何。無事に止まるの。この行いは許されるのか、本当に呪いは遅れるのだろうか、戦線離脱、力になれない、残りの祭壇数、生贄、時間、呪い、人任せ、呼吸、眠り、眠り、目覚め、呪い。


 あぁ、それら全て、帳君達が考えてくれてないわけないだろ。


 うるさい頭の中を黙らせる。黙らせなければ泣語さんの涙を、帳君の目を否定してしまうことになる。


 私はりず君を抱いて目を合わせる。パートナーは私の瞳を見返して、頷いてくれたんだ。


 りず君が向きを変えて帳君に向かってジャンプする。それ友達が抱き留めてくれたのを見届けて、私は笑って見せたんだ。


 りず君の声がする。ひぃちゃんの頷きも。


「やれ、音央」


「それが貴方達の考えならば」


「そ、そんな!!」


 早蕨さんが顔を青くしているように見える。それを笑ってしまい、帳君は私の手を握ってくれた。強く、固く、確かに。


「待ってて、探してくる。りずは預かってたらいい?」


「はい、よろしくお願いします。私とらずは氷雨さんと共に眠ります。その間タガトフルムには帰れないんですかね?」


「……そうだね。でも大丈夫。眠りなんて感覚的には一瞬だろうよ」


 帳君がひぃちゃんに頷いてくれる。頭を撫でてくれる。


 私はそれに微笑み、泣いている泣語さんの頬を拭っておいた。彼は目を見開く。彼の手の中でラキス・ギオンが揺れていた。


「信じたぞ、帳」


「信じますね泣語さん。早蕨さんも」


 りず君とひぃちゃんが私の言葉を伝えてくれる。おかしなことに心臓は全く早くならないな。酷く穏やか。驚くほど平常心。肝が座ったね、氷雨。


 いや、違うか。


 信じたから大丈夫だと思えるんだ。信じているから安心出来るんだ。


 私は帳君を見上げて笑っておいた。


「信じて待っててね」


 首を縦に振る。


 そうすれば泣語さんの手から零れたラキス・ギオンが足元で円を描き、空に向かって伸びたんだ。


 私の視界を硝子が埋めていく。


 ひぃちゃんとらず君はしっかりと服を掴んでいて、私は瞼を閉じるんだ。


 ラキス・ギオンから冷気を感じる。痛くはない。震える程でもない。きっとこれならジャックフロストさんのシュスの方が寒いな、なんて感想を抱いて。


 帳君と泣語さんは、きっと考えて、悩んで、私にこの提案をしてくれた。


 梵さんにも苦虫を潰したような顔で提案をするんだろう。


 仲間の覚悟を疑うことはしない。私達の為だと信じて待つ覚悟をしろ、氷雨。


 何も出来ないことは無力ではない。待つことは悪ではない。信じていよう。信じて眠ろう。りず君、お母さんとお父さんに説明頼んだ。


 思う間に指先が動かなくなって、吸う空気が冷たくなり、私の瞼が開かなくなる。意識は朦朧とし始めて、何かを考えるということが出来なくなっていく。


 意識が混濁した。


 黒く、暗く、意識が落ちる。


 落ちて、落ちて、落ちて。落ちる。


 それを頭で考えた時、ヒビが入る音がした。


 ―― 一瞬だよ


 本当だね、帳君。


 暗闇に光りが指す。


 瞼が震える。


 私を固めていた氷が砕ける感覚を全身で受け止めて、目を開けたんだ。


 体が落ちる。力の入れ方が分からない。


 私の目に最初に飛び込んできたのは、茶色でも、黒でも、白でも、灰色でもなかったんだ。


眠りは一瞬。


時間はどれだけ、経ったのか。


明日は投稿、お休み日。

明後日投稿、致します。

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