情愛
なんでなのかと、問い続ける。
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2020/03/27 改稿
兄さんが何を言ったのか理解が出来ない。
告げ鳥の痣を移せる? 誰に? 兄さんに? そうすれば私が生きて、兄さんが死ぬ。
頭に血が上る。
熱い、熱い、熱くて熱くて堪らない。
この人が何を考えているかは知らないし、分からないし、その綺麗な口から零れる呪文を止めろよふざけんな。
「雀色時目を逸らし、小夜に開きて潜れや呪縛。黒曜の兎が北に走り、紫の炎門は口を開く」
兄さんと私がいる地面に黒い円ができ、伸びた一本の線が交わっていく。紫色の光りが瞬けば、兄さんは笑っているように見えたんだ。
「白羽は立てられ、導く青嵐止みて終幕、奈落の門出に透雷が瞬き、悪鬼が手招く道は針」
兄さんが痣を押さえつける。
頬を走った痛みは私の目を閉じさせることはなく、胸が締め付けられるほど痛んだんだ。
お願い兄さん、そんな顔で笑わないで。
そんな覚悟をした目を、私に向けないでッ!
「レクディオン・ルムア・リフ」
頬の痣が脈動した気がする。円は強く輝き、私は反射的に目を閉じたのだ。
やめてくれと、声にならない思いを胸に抱いて。
瞬間、私と兄さんを繋いでいた黒い円が弾け飛ぶ。私の体は拒絶するように兄の手から弾かれた。
いや、違う。拒んだのは私の方だ。
余りの衝撃に体が傾く。
反応が遅れた。だから倒れることを覚悟した。
それでも支えてくれる腕があるから、私の感情が綯い交ぜにされるんだ。
「氷雨……お前、なんで……」
兄さんの顔から血の気が引いていく。震えている声が、近距離で伺える表情が言っていた。信じられないと。
感情が燃え上がる。
この人は今、してはいけない何かをしようとした。私が望まないこと。私が最も望まないこと。
肩が震えた。指先が震えた。これは、恐怖や不安で揺れているのではない。
これは怒りで、憤りで震えたんだ。
「なにしたの、兄さん」
必死に感情を押し潰そうと試みる。だから言葉の語尾は震えていた。息も声も荒くなりそう。
兄さんは首を弱く横に振るだけで答えない。私を見る目が言っている。信じたくないと。
その目、その目、その目!!
気づけば私の顔が熱くなり、手は兄さんの胸ぐらを掴んでいた。
「何を、しようとしたのッ!」
詰め寄りながら叫んでしまう。
体全体が熱くて、まるで血が沸騰しているようだ。手にはこれでもかと力が入ってしまい、らず君の輝きは私の目と耳に作用してくれた。
兄さんの顔がよりはっきりと確認出来る。息を呑んだ音さえも聞き逃さない。痺れるように残った頬の痛みなんてどうでもいい。
今関心を向けるのは、兄さんが何をしようとしたのかという事。それだけだ。
「氷雨、何してる、お前……何考えてる」
兄さんの肩が震えている。
何してるってなんだよ。何考えてるって、それはこっちの台詞だッ
「先に聞いたのは私だ」
「氷雨、俺に痣を移せ」
まただ。またこの人は同じことを言う。
痣を移せって、ふざけてやがる。
「そんなことしたら兄さんに呪いが行くんだろ」
「そうだ、それでいい」
なにが。
「呪いを解く方法は無いって言った」
「あぁ、無いよ」
なんで。
「それで移せば兄さんが死ぬんだろ」
「それでいいじゃねぇか。お前は俺が嫌い、俺もお前が嫌い。これはチャンスだっつったろ。お前が俺を殺せる、唯一の」
あぁ、コイツ。
「身代わりになられて、何がチャンスだふざけんな!! 残されるこっちの身にもなれよ馬鹿野郎!!」
お腹の底から声が出る。
兄さんの目は丸く見開かれて、本当に理解出来ないのだと悟らされた。
ふざけんな、ふざけんな、こいつ、こいつ、こいつ、だけはッ
「お前は、俺を殺す覚悟をしたんだろ」
「あぁ、したよ」
そうさ。
「俺のことが嫌いなんだろ」
「とってもね」
胸が締め付けられるほど。
「死ねばいいと思うんだろ」
「それは違う」
この、馬鹿。
頭はいいのに、聡明な考え方をする癖に。
なんでここで間違えるッ
「誰が、死ねばいいだなんて言ったよ」
「ひさ、」
「聞いて」
兄さんの言葉を初めて遮る。今日の中で初めてという訳では無い。今まで過ごしてきた中で初めて、私はこの人の言葉を遮った。
「殺す覚悟をした。兄さんを。敵だから。でも、死ねばいいだなんて思ったことは一度もない。憎くて殺したいと思ったことも一度も無い。殺さなければいけないと思ったんだ。私が、私の仲間と生きる為に。だから兄さんを殺して、腕に抱いて、消えていく貴方を記憶に、胸に、刻む覚悟をした」
声が震えてしまいそうになる。視界が滲みそうになって瞬きを増やす。
違う、今泣くのは違う。やめろ、堪えろ泣き虫。
「誰も身代わりになって欲しいなんて言ってない。私が犯した間違いは私が背負う。この痣が正にそれだ。兄さんには関係ない。兄さんが背負う必要なんてない。なのに、なんで肩代わりしようとするんだよッ、生きたいんだろ? だったら見放して進めよ! 私は貴方を殺したいと言っても、死ねばいいと言ったことなんて一度もないだろうが!!」
「ッ、ふざけてんのはどっちだ氷雨!!」
兄さんに胸ぐらを掴まれる。
青かった顔に色を戻して、眉を釣り上げ目元を赤くして。ここまで感情を顕にした兄は今まで記憶にない。
違う、私達はお互いを一方的に見るだけで、今まで正しく会話したことなんてないんだ。
お互いの横顔しか見てこなかったんだ。
今、初めて兄さんと正面から向き合える。
私は奥歯を噛み締めて、兄さんの襟を離すことはしなかった。
「なんでお前はチャンスを棒に振るんだ!! 生きられるんだぞッ、助かるんだよ!! 俺に移せ、俺に! その呪いを!!」
「嫌だって言ってんだよ!!」
「ふざけんな!!」
「誰かを身代わりにして、私は助かりたくなんかない!!」
「そんな綺麗事で自分を粗末にしてんじゃねぇよ!!」
「粗末にしてるのは兄さんじゃないか!!」
瞬間、こめかみに衝撃が入る。
見れば震えるほど拳を握り締めた兄さんがいて、殴られたのだとすぐに分かった。
あぁ、このッ
「どんだけわからず屋なんだ、氷雨ッ!!」
ど、っちがッ、!!
私は握り拳を振り上げて、綺麗過ぎる兄さんの顔を殴り飛ばす。数分前の平手なんて可愛いもの。全力で、全霊で、兄さんに拳を叩き込んだ。
それでもお互いの襟を離しはしない。兄さんは私の服を掴み直し、口の端から血を流しながら私の襟を勢いよく引いた。
額がぶつかる。低く固い音は脳の奥まで響いて、私の視界が回りかけた。
駄目だ堪えろ、ふざけんな。
私は呻き声を飲み込んで、不満と痛いを吐き出す為に叫ぶんだ。
「わからず屋は兄さんだッ!!」
「あぁ!?」
「私の敵なのに、なんで私を救おうとかするんだよ!? 嫌いなら嫌いを突き通せよ!! 今まで散々突き放しておいて、なんでここに来て手なんか伸ばすんだッ、ふざけんなッ!!」
奥歯が噛み締められる音を聞く。それは兄さんのものだ。
彼は私を投げ飛ばし、らず君が輝いてくれる。私は少し地面を滑ってから体勢を立て直し、早くなるだけの心臓と脈拍を抑えようと呼吸を繰り返すのだ。
深呼吸しろ、深呼吸、って、駄目だ、無理だ、そんなに冷静ではいられない。
兄さんの両手が擦り合わされて、接触面からは可視化出来る程の静電気が零れていた。
「もっと痛めつけたらいいのか」
吐き出されたのは予想していなかった静かな声。それを何とか拾いあげる。
彼の目は地面に向いて、言葉も私には向いていない。
「もっと傷つけたらいいのか」
兄さんの手から静電気が溢れ続ける。それは輝きを強くし、空気を震わせた。
「どうしたら……俺をもっと、嫌いになる」
あぁ、なんだよその問いは。そんな自問自答が必要なのか。
まるで、嫌われることを願うようではないか。
兄さん、貴方はずっとそんな問いを繰り返していたんですか。
兄さんがこちらを向く。眉間に皺を寄せた彼の顔は、今にも苦しいと叫び出しそうな色をしていた。
私は目を見開いてしまう。
「俺に呪いを寄越せ」
「絶対、嫌」
伝える。
絶対なんて単語は嫌いだ。けれどもこの瞬間だけはその言葉を使うしかない。使わなければならない。
兄から溢れる静電気は空気を轟かせ、雷へと昇華されていった。
あぁ、なんでこうなるかな。
悔しくて、歯痒くて、私は髪を掻き毟って叫ぶんだ。
「りず君ッ!! ひぃちゃん!! ごめん!!」
「ま、か、せろッ!! 氷雨ぇ!!」
「戻ります……ッ!! 氷雨さん! りず!!」
強く願う。
りず君は白玉さんに咥えられている状態で叫び、その姿を変えてくれた。
――モーニングスター
鉄球に針が無数につき、回して殴打する為の武器。
その針は白玉さんを傷つけ、背中に乗っていたらしい屍さんから驚きの声が上がっていた。
「しまッ!! 白玉!!」
「ぐ、ぁッ」
「行くぞひぃ!! 気張れよ!!」
「言われずとも!!」
りず君が瞬時に針鼠に戻り、伸ばされた屍さんの手を超えていく。彼の焦りと強い意思は私の中に流れ込み、霞んだ視界の中でも彼らの動きは伝わった。
りず君が飛び降りる。同時に針を伸ばして、ひぃちゃんの翼に刺さった手甲鉤を引き抜いた。お姉さんは片翼に穴が開きながらも滑空してくれる。
ひぃちゃんの背中にりず君が乗る。
翼を畳み、私の支え達が戻ってきてくれる。
私は強く後ろに地面を蹴り、屍さんと時沼さんの声を聞いていた。
「リーダーごめん!! 相良ぁ!!」
「はい!!」
時沼さんがひぃちゃん達と私の間に転移する。
「邪魔すんな、相良!!」
「退きなさい!!」
兄さんの腕はこちらに向き、私は右腕を天に掲げた。
「りず君!!」
りず君が変身する感覚が伝わってくる。
ひぃちゃんの牙から酸性液が溢れ出る。
ハルバードとなってくれたりず君を、尾で掴んだひぃちゃんが思い切り投げてくれる。
刃は時沼さんの横を一直線に通り過ぎ、驚く戦士の腕にお姉さんが噛み付いた。
時沼さんの呻きを聞く。それでも謝るな、振り返るな。
兄さんの手から雷光がこちらに向かって放たれる。
同時に、りず君を掴んだ私の右手。
私は腕を振り下ろし、強固な刃で、凝縮された静電気を弾き破った。
目の前が発光する。
強く強く瞬いて、雷の残骸を見た私は地面を抉る勢いで蹴った。
後ろから手が伸ばされていたように思う。確認はしない。時沼さんが転移出来ないよう必死に押さえつけるお姉さんを信じろ、信じろ、信じていろ。
ごめんひぃちゃん、頼んだ。
「大丈夫です、行ってください」
そう、返事を貰えた気がした。
これは錯覚か、幻聴か。流れ込んだ感覚を勝手に変換してしまったのか。分からないから、考えるのは後にしろ。
ハルバードを振り上げる。らず君の瞬きが激しくなり、兄さんはこちらに向かって掌を向けていた。
白い雷電が撃ち込まれる。右肩を掠めていった雷は私が避けたわけではない。空中でなんて、ひぃちゃんがいないのに避けられない。
その事実に痺れた右肩を気にする余裕はなくなる。
首筋にしがみ付いてくれているらず君から、ヒビが深まるような音がした。
ごめんらず君、ごめん、ごめん、ごめんッ
でもどうか今だけは、私の目を見えるように、耳を聞こえるようにしてくれと願ってしまう。
らず君はそれに答えてくれるように強く瞬いて、私の目と耳を補助し続けてくれる。
それに感謝しかなくて、私は奥歯を噛み締めた。
痺れた腕でもハルバードを手放しはしない。
奥歯を噛み締め、手をこれでもかと握り込んで兄さんを見つめた。
まだ掌はこちらに向けている。向いているのに雷撃はやってこない。
あぁ、畜生が。
悔しくて、悔しくて、私は腹の底から叫ぶんだ。
「諦めんなよッ、兄さん!」
兄さんの目が見開かれた。
私は握り締めたハルバードを地面に叩きつける。
白と黒の鉱石が砕けて、飛び散る欠片が太陽光を乱反射する。
私の顔が小さな光りに照らされる。兄さんの顔も照らされて、その表情は驚きを隠しきれていないんだ。
彼の足は少しだけ横に避けている。
黒い髪を数本切り落とされたことに驚いているわけではなさそうだ。
私は斑な鉱石の地面に着地し、後ろに距離をとる兄さんを目で追った。
ずっと掌はこちらを向いている。向けているではないか。
悔しくて、歯痒くて、苦しくて、私は地面を蹴る。
らず君は今までにないほど神々しく輝いてくれて、私の視界が彩られた。
りず君は掌から離れて姿を変え、痺れていない左腕に巻き付いてくれる。
かつて剣闘士が使っていたと言われる防具。腕に巻き付け使われていたと言う話。
それは空想だとも言われるが、そんなことはどうでもいい。空想でも妄想でも現実でも史実でも、今の私には知識があって、りず君が変身してくれるという事実があればいい。
武器の名前は――セスタス。
布状になったりず君が巻き付いた左手を握り締める。爪が掌に食い込む程に。
固く固く、自分に入れられるだけの力を込めたこの拳。右足に全体重を乗せて踏み込み、反撃してこない兄さんの懐に潜り込んだ。
「あ、あぁッ!」
言葉に出来ない音を叫び、兄さんの鳩尾に拳をめり込ませる。
肩から振り抜いた形も何もなっていない一撃は、それでも兄さんの体を叩き、呻き声を漏らさせていた。
「ッ、はッ、ぁ……ッ!」
兄さんの足が覚束なく揺れて、私の拳は彼の腹部に当たっている。呼吸は荒くなり、兄さんは苦しそうに噎せていた。
噎せていたのに、やっぱりその掌から雷撃は放たれないから。
私の腕も、りず君も、らず君も、震えている。
怒りで震えているのか、殺せるチャンスを掴まなかったことに震えているのか――兄さんの行動に震えているのか。
分からなくて、顔を上げられない。
上げられなくて、拳も引けなくて。
不意に、震える肩に掌が乗せられた。
俯かせてしまった頭にも手が乗せられた。
その温かさを私は知っている。
これは同じだ。
お母さんが抱き締めてくれる優しさと。お父さんが頭を撫でてくれる穏やかさと。
今、私に触れてくれている兄さんの温かさは――同じなんだ。
私の両目から細く涙が零れていく。
止めたいのに、止めたいのに、止められない。
この涙は気づいてしまった涙だ。気づきたくなかったことを察してしまった涙だ。
「なんで……なんでなのさ」
震える腕をゆっくり引くが、固く握り締めた拳は解けない。解く方法が分からない。
なんで殺さないの。なんで攻撃しなかったの。なんで呪いを貰おうとしたの。
数えきれない疑問全てを集めた「なんで」という問い。
それに兄さんは静かな言葉で返してくれた。
「死ぬな……氷雨」
それが、答え。
たったそれだけの言葉で、全てを兄は伝えてきた。
私の目からダムが決壊したように涙が溢れてくる。溢れて溢れて止まらない。
止まれ、止まれよ、泣いてはいけない。泣くな、泣くな、泣くな、氷雨。
兄さんの手は私の頭を優しく撫でて、その行動に心が締め付けられた。
「なんでだよ、兄さん、兄さん……兄さんッ」
「……妹を救いたいと思わない兄貴が、どこにいるんだよ」
その言葉に心が軋む音がする。
亀裂が入り、苦しくなって、痛くて痛くて堪らない。
あぁ、お願いだ、お願いだから止めてくれ。
「嫌だ、諦めないで、お願いだから、兄さん」
「諦めてねぇよ。俺とお前は元から目的が違ったってだけなんだ」
膝に力が入らなくなっていく。
「嫌い、嫌い、そんなの大っ嫌い」
「あぁ、いいよ、それでいい。嫌いでいてくれ、俺の事」
聞きたくない。そんな答えは聞きたくない。
崩れそうな私を兄さんは抱き締めて、一緒にしゃがんでくれたんだ。
「なんで諦めるんだよ。生きろよ、生きてよ、ッ戦ってよ!」
「生きるのはお前だよ、氷雨。死ぬのは俺で良い」
そんな覚悟は聞きたくない。そんな言葉を信じたくない。
地面に崩れるように座り込んで、兄さんは抱き締め続けてくれる。
頭を撫でてくれる手は本当に優しくて、だから涙が止まらないんだ。
左手の拳が解けていく。右腕の痺れも引いていく。
両腕をゆっくり動かした私は、兄さんの服を――縋るように掴んでしまった。
「……やっと、ちゃんと泣いたな」
頭を撫でられる。短くした髪を梳くように、穏やかに、穏やかに。
「泣いていい。無理に笑わなくていい。我慢だってしなくていい」
背中をあやすように叩かれる。嗚咽は我慢出来なくなっていき、私は唇を噛み締めた。
「……母さんと手、繋げて良かったな。父さんとも沢山、話しとけ」
それは貴方もだ。私だけではいけない。そんなの耐えられない。貴方だって、二人からの抱擁を待っているのではないですか。
私は兄さんの背中に腕を伸ばし、必死になって縋りつく。
離せばこの人が何処かに行ってしまう気がして。もう二度と出会えなくなってしまいそうな気がして。
そんな考え、持ってはいけないと分かっている癖に。
固く閉じた瞼の裏で笑顔が飛散する。血飛沫が舞う。青い業火が燃え上がる。
「もう、耐えられない。置いていかれるなんて、誰かが死ぬのを見るなんて、もう、沢山なのにッ」
「……頑張ってきたんだな」
兄さんの腕に力が入る。
私を抱き締めてくれる腕は温かくて、与えられた言葉に救われた。
気づきたくなかった。当たり前すぎて気づかなかった。
兄さんはいつも私の斜め前を歩いていた。私なんかより先へ先へと進んでいた。いつも私と目が合うことなんてなくて、手だって握ってくれなくて。
それでも知っていた。知っていたんだ。
兄さんがどれだけ先に進んでも――私が置いて行かれたことなんて、一度もなかったんだ。
兄さんにしがみつく。
指が震える。
嗚咽が漏れる。
なんでだよ、なんでなんだ、兄さん。
「妹が、守られるだけだと思うなよ」
私の前に広がっていた道が塞がれていく。崩れていく。進めなくなる。立ち止まってしまう。
梵さんの為に止まってなんかいられないのに。翠ちゃんの為に、祈君の為に、帳君の為に進まなければいけないのに。
苦しくて、苦しくて、酸欠になってしまいそうで。この痛みを抱えて立ち止まってしまった私は、歩き方を忘れてしまいそうになったんだ。
やっと泣いてくれた。
やっと話してくれた。
この腕を離せば、貴方はいなくなってしまうのだろうか。
明日は投稿、お休み日。
明後日投稿、致します。




