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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第四章 不退転の決意編
142/194

低下

背中合わせで行きましょう。

――――――――――

2020/03/25 改稿

 


 ――視力が低下した。


 目と鼻が触れそうなほど近づかねば人の顔が判別出来ない。


 ――聴力が低下した。


 足音や呟きは拾えなくなり、世界が酷く静かになった。


 だが、悲観はしないと決めている。


 らず君は私の肩で光り続けてくれて、目と耳を補助してくれる。その補助があるだけで私の視界も音も明度を増し、一人ではないのだと再確認出来た。


 昨日、三日目全てをかけてブルベガーのシュスの資料を漁りつくしたが呪いを解く方法は見つからなかった。


 まだ目がいつも通り世界を映していた時、泣いているカウリオさんと話もした。


 進歩の確認でドゥースさんと共に資料室に来られたカウリオさん。彼は私が苦笑した瞬間、泣いていた。いつ何時、出会えば凛々しくあった彼が泣いたのだ。


 切れ長の双眼から溢れた雫は彼の頬を伝っていた。


 ――君は、正しい心を持って進んで来たんだろう。ディアス軍として、最初は一人だったが、仲間と共に歩み、受け入れ、その心獣達を傷つけながら進んで来たんだろう。なのに何故、ここに来て、ここまで来て……


 手で覆った顔を俯かせたカウリオさん。


 私の胸は締め付けられ、ドゥースさんを見れば両腕を広げるジェスチャーをしてくれた。


 だから私は良いのだと思って、考えて、カウリオさんを抱き締めた。温かな彼の体は小刻みに震えており、背中に回った手は強く抱き締め返してくれた。


 ――ヒサメ。初めて私に立ち向かってくれた愛すべき戦士。泣きながら笑い、震えながらも立ち上がってくれた立派な子よ。君の勝利を願っていた。手合わせをする度に磨きがかかる君の腕前に感服した。その背中にどれだけのものを背負ってきたのか私には計り知れないが、それでも君は、君には、幸せになってほしいと……願っていたのに


 私を見下ろしているカウリオさんから大きな雫が落ちてきた。まさか帰ったタガトフルムで、翠ちゃんも同じように泣いてくれるだなんて思わなかったんだよ。


 ――カウリオさん、私、諦めていませんよ


 伝えておいた。そうすれば驚いた顔で涙を止めてくれた彼がいて、私は笑ったんだ。


 ――ありがとうございます。泣いてくれて。まだ時間はあります。だから、あがいてきます


 それが、その日最後の言葉だった。


 諦めることは決してしないと誓い直した。翠ちゃんを抱き締め、壊れてしまいそうなほど焦っている彼女を知り、更に進むことを刻み付けた。


 目が霞んで周囲のことが判別つかなかろうと、なんだろうと。


 耳がほとんど聞こえなくて、呼び声に振り返ることが出来なくても。


 らず君の輝きに頼って平衡感覚を失うことはしなかった。


 ブルベガーのシュスを後にする。


 見送ってくれたドゥースさんとカウリオさん、一番最初にこのシュスに来た時懐いてくれたレヴ君、ディンちゃん、ピチェ君、アーヴ君などなど……。上手く顔が認識出来なかったが、服の裾を掴んでくれる手が複数あったことは判別出来た。


「この痣」


 言っておく。心配で心配で堪らないと言う彼らに。優しい優しい住人さん達に。


「消せた時、また来ますね」


 笑っておこう。笑うのは大事だ。これは大切なことだ。そう思おう。そう思うことにしよう。


 私は笑い続けて、カウリオさんの張られた声がした。


「君達に、幸あらんことを」


 あぁ、赤が目の前をチラついた。


 燃え盛る火の中で弾け飛んだ笑顔がある。


 それを振り払わずに、私は笑い続けたんだ。


「ありがとうございます」


 そう言って飛び立った。


 吸い込まれてしまいそうな青空に早蕨さんと手を繋いで。彼の片手は私のメモ帳を持って、次のシュスを探してくれていた。


 まだ行ったことのないシュス。


 そう、あった筈だ。聞いた筈だ。教えてもらった筈なんだ。


 ――治療と呪いのシュス。


 教えてもらった時、呪いなんてある世界なのかって思った記憶がある。背中合わせもいいところだとも。


 早蕨さんの手を握り締めてフォーンの森上空を進めば、風に頬を撫でられるだけで痛みが走ると知った。顔を刺されているような嫌な感覚。


 梵さん、ごめんなさい。私はまだ必要な一手を探せていません。


「氷雨さん! ありました! 治療と呪いのシュス!」


 大きくしてくれた早蕨さんの声が耳に入る。私はそれを聞き取ることが出来て、彼を見下ろした。


 やっぱりらず君の補助があっても、伸ばした腕二本分の先にある彼の顔が見えない。世界が霞んでる。心臓が焦りそうになるから深呼吸した。


「読み上げていただいてもいいですか」


 自分の声量をどの程度にしたらいいかが分からない。この変な感覚は本当に不安だ。


 自分の口から出た声が別の人のような感覚。耳に何か見えないものが詰まって、決して取れない不快感。


 けれども、最初にやってくるのが声が出ないではなくてよかった。それでは意思疎通が難しくなる。それはとても、今はまずい。


 早蕨さんが頷いてくれたのが何となく分かる。彼は私の拙い文字を読み上げてくれた。


「治療と呪いのシュス、カラドリオス・シュス・アインス。盆地に作られた、カラドリオスと言う鳥のような姿をした住人のシュスで、宗派はルアス派。あらゆる病を吸い出して治す治療者の宿命と、心に巣食う負の感情を呪いとして表に出させる呪術者の宿命、二つの宿命を持っている数少ない住人です。使命は付与されておらず、病と負の感情両方を見ることによって訪れた者に治療か呪いを与えるのだとか! 戦士の方に危害を加えるような方々ではないっぽいです!」


 よかった、なんとか全部聞き取れた。


 私は安堵しながら「ありがとうございます」と早蕨さんに伝える。


 彼は嬉々とした顔で頷いたようで、メモ帳をポケットに仕舞い、首元から鍵を抜き出しているのが分かった。


 彼の担当兵、アドナキエルさんが現れる。浅緑色の短髪に同じ色の瞳。肌は透き通るような白色で、伏せられた睫毛が儚い印象を与えてくる人……だったと思う。今はもう上手く見えない。


 アドナキエルさんは私を見ることはなく、シュスの方向を教えてくれたことは口が動くような姿で確認出来た。


 早蕨さんは鍵を仕舞って口が動く。メモ帳を取り出す仕草は確認出来るが、残念ながら声は届いてこない。


 らず君がより強く輝いてくれたがどうしてもくぐもってしまい、声は音としてしか拾えなかった。りず君が私の肩で喋るのは聞こえた。


「光、氷雨に聞こえてねぇから中継する。氷雨、こっから太陽とは反対方向の盆地にシュスはあるらしい。大丈夫、今日中には着ける距離っぽいぞ」


「飛ばします」


 りず君の台詞を聞き取って、ひぃちゃんが力強く羽ばたいてくれる。


 私の頬をより激しく風が撫でたが、そんな痛みは無視をした。


 奥歯を噛み締めて耐えろ。こんなのカウリオさんの殴打より、ベレットさんのラグスより痛くない。


「ありがとう」


 前を向く。今のはりず君に対するお礼で、ひぃちゃんに対する信頼だ。早蕨さんに対する感謝も入れているとは、本人には伝わってはいないだろう。


 一応下を向いてみる。そこには満足そうに、至極嬉しそうに笑う早蕨さんがいる気がして、私はため息を飲み込むことに心血を注いだのだ。


 * * *


 困った。


 カラドリオスの盆地に着いたことはとても嬉しい。


 そのシュスが白と黒のまだらの鉱石で作られた場所で、大きな鳥の巣のような形をしているのも幻想的で良い。


 なだらかなシュスは細く加工した鉱石を敷き詰めたようで、各々の家も鳥の巣型。お城は一本の太い柱に細い枝がついた木をイメージさせる形をしており、今まで訪ねてきたシュスとはまた違った輝きを放っていた。


 それらは良い。良いのだが、ね。


 シュスの上空に辿り着いた瞬間、カラドリオスさん達に捕まえられたのは何故なのでしょう。


 大きな鳥籠のような檻を投げられて、避けたら反対方向からも投げられ、反応が遅れた私は驚くほど綺麗にキャッチされた。せめてと思って投げた早蕨さんの無事は確認出来てない。


 檻には翼があるようで、お城の一番地面に近い枝みたいなテラスに引っかかって止まった。


 私が動けば檻自体も揺れる。何だよこれ。何故。


 カラドリオスさん達は戦士に興味がある方では無い筈では。私聞き間違えたのかな。アミーさんは呼んでも返事してくれないだろうなぁ。


 私はぼやけた視界で世界を見つめ、らず君には休んでもらっていた。


 りず君とひぃちゃんは揃って「なんで……」と呟き、私も息を吐いてしまう。時間ないんだけど。


 タガトフルムの季節は夏。朝日が昇るのは早まるばかり。


 何人、いや何羽……。数え方は分からないが、複数のカラドリオスさん達が檻を覗いてはいなくなるを繰り返しているとシルエットで判断出来た。


 何か言った方も嘴の動きを見る限りいるようだが、残念ながら聞こえない。今の私の世界は無音に近いのだから。


 鮮明に聞こえるのは、肩にいるりず君とひぃちゃんの声くらいだ。


「壊すか、氷雨」


「んー……次来たカラドリオスさんに真意を聞いてからがいいかな」


 出た所で戦闘にでもなったら困る。今日は本当に分が悪いのだ。絶対目測誤る。


 考えていると檻が縦の振動を受ける。何事かと驚いていれば、背中側から服の裾を引かれる感覚があった。


 見ると、早蕨さんらしき方のシルエットが見えた。


「……早蕨さん?」


 聞いてみるが返事は聞こえない。きっとしてくれたんだろうが今の私では聞き取れないのだ。


 申し訳なく思いつつも首を傾げ、早蕨さんは立ち上がっていた。この檻は地面にとても近いらしい。


 彼の口はまた動いたようだが、疲れているらず君は光ることが出来ず、りず君が中継をしてくれた。


「氷雨、光が檻を壊してくれるってよ」


「え、」


 剣を構えたようなシルエットの早蕨さんを見上げる。


 壊してくれるんだ。あぁ、そうか、早蕨さんってそういう人だもんな。


 少し後退しておく。霞んだ視界の中で、銀の剣が振り下ろされたような動作をした。


 金属が壊れるような小さな音もする。本来はもっと激しく聞こえるのだろうが、今の私では無理だ。


 視界にあった黒い棒のようなものがいくつか無くなり、穴が空いたようになる。


 檻のバランスも崩れたが地面から一mも浮いていないと思われる。だから擦り足で動く方が不毛だと思い、穴に向かって歩いて見せた。


 大丈夫、この程度なら歩ける。


 早蕨さんの手が差し出されたように見える。少し迷ったがその手を掴んで、跳んで降りさせてもらった。


 予想以上に檻の位置が高くなかった為、膝のクッションがおかしくなっが気がしたが気の所為だろう。


「ありがとうございます」


 手を離しながら早蕨さんに伝える。彼は笑ってくれたようだが、そんな気がするだけで違うかもしれない。駄目だ全然見えない。


 らず君は今日を通して強めに力を使ってくれたから、今は休憩していて欲しいしなぁ。表情を察しろ、氷雨。


 早蕨さんの口が動いた気がする。しかし声は聞こえない。聞き取れない。


「ごめんなさい」


 そう聞こえないのだと暗に伝え、爪先立ちになって耳を寄せる。早蕨さんも腰を屈めてくれて自分の身長差を呪った。


 同い年の筈……。男女という差は確かにあるのだが、これでは高校生同士ではなく高校生と小学。黙れ自分。


「無事で良かった。さっきは庇ってくれてありがとう」


 耳に入ってきた声を何とか聞き取る。お礼を言われたのか。


「いや、お礼を言われる程では……と言うか、投げてしまってごめんなさい、です」


「ううん、俺の能力的に投げられても怪我しないから、大丈夫だよ」


 近づいた早蕨さんの顔に笑みが浮かんでいると確認出来る。予想以上に近づいていたことに驚いて顔を引けば、早蕨さんは手をメガホンのように丸くしてくれたようだった。


 その顔は困ってないし、嫌そうでもないのかな。


「ごめんね、あんまり近づいてたら結目君に怒られちゃう」


 そんな言葉を吐いた彼は楽しそう。


 メガホンのお陰でしっかり届く声は、何とか聞き取れるレベルであった。話の内容は見えないが。


「帳君は怒りませんよ」


「いいや、怒るよ。賭けてもいい」


「はぁ……」


 気のない返事をしてしまう。


 この間もそうだったが、早蕨さんは何か勘違いをしている。帳君は私に好意を抱いているわけではない。使いっ走りの駒として認められているから、無くさないようにわざわざ気を配ってくれるんだ。


 誰しも車に乗り出したら徒歩移動は億劫になるでしょう。きっとそれと一緒だ。


 一人頭の中で結論づける。


 それより今は、カラドリオスさん達が何故私達を捕まえようとしたのかだ。


「光、カラドリオス達の目的はまだ分からねぇが、アイツらと普通に話せると思うか?」


「話せるよ。話せる、大丈夫!」


 その根拠が知りたい。


 りず君の問いにメガホンの手のまま答えてくれた早蕨さん。


 彼はポジティブだ。本当に全て良い方向に向かうと考えられる人。凄いよなぁ。


 ひぃちゃんのため息混じりの「根拠は……」が耳に入ったが、早蕨さんは何の問題も無いと言うように答えていた。


「悪い人なんていないから。悪いと思ってしまうのは、周りがその人をそう決めつけているか、こちらが原因で相手を悪くさせてしまっているだけなんだよ」


 あ――危ない。


 頭に浮かんだその単語。


 きっと今、早蕨さんは迷いなくこの言葉を言っている。


 ――いいえ、違うんです氷雨さん。俺、捨てられるのが怖いだけなんです。必要とされなくなるのとか、もういらないって言われるのが、怖くて怖くて……たまらない


 この人、生粋の怖がりだ。


 勝手に評価してしまう。そんな権利が私には無いのに。ピースがハマるように、感覚で言葉が浮いてくる。


 早蕨さんが私達を救おうと手を伸ばす理由。共闘を諦めずに願ってくる真意。


 この人は人を疑わないから。悪い人なんていないと言い切るから。


 だから彼は私達に真正面から向かってくる。悪いのは私達ではない、自分が悪い、自分の接し方が悪いのだと自戒して。


 早蕨さんはとても――幼い。


 幼くて真っ白で、怒られるのを怖がって、跳ね除けられるのを怖がって、友達百人作ろうとする、そんな子ども。


 私は手を伸ばして早蕨さんのメガホンの片方を掴む。彼は固まったように体に力を入れて、指先が震えていると感じ取れた。


 いつか翠ちゃんが私に言ってくれた言葉。体育館の中で、バレーボールが跳ねていたあの日。


「早蕨さん、貴方が貴方に、一番優しくないんですね」


 早蕨さんの手が揺れる。


 それは私の手の中で、握り直してもいいのか分からないと言うように迷っているから。私は少しだけ力を入れた。


 見えなくても見えないなりに、早蕨さんを見つめてみる。彼の眉は困ったように下がっている気がするぞ。


「私は貴方の敵です。相対する軍の戦士だから。でも今は、今だけは、同じ目的を持って歩む人だから。私の仲間を救ってくれようとするから。同じ道を歩いている限り私は貴方を捨てません」


 言い切ってやる。どうにも早蕨さんとは噛み合わないし同じ思考に至れる気はしないが、突き放してはいけないとも感じてしまうから。


 近づきすぎてはいけない。この痣が消えて敵に戻った時、私の手が、刃が、迷うから。だからこれは一時的な救済措置。


「この呪いを解くことが出来た時、私達はまた道を違えます。けれども闇討ちはしない。私の覚悟を阻むなら、正面から正々堂々、貴方を殺しに行きます」


「……じゃあ、俺はこの呪いを解く時に、貴方の覚悟も解いて、変えてみせますね」


 顔を近づけて宣言される。ちゃんと聞き取れたが、それには声が漏れてしまいますよ。


「それは困ります」


「諦めません。氷雨さん、是非、誰かを殺す覚悟じゃなくて、みんなで生きる覚悟をしましょう」


 ……嫌だなぁ……ほだされそう。


 苦しくなって、今までの自分を否定したくなくて、早蕨さんから手を離す。彼の言葉を振りほどく。


 彼の言葉は全て、いつか必ず実現されそうで嫌なのだ。


 いや、今こんなことしてる場合ではないな。押し問答はいらない。


 振り返ってカラドリオスさん達を探そうと決めれば、いつの間にやら包囲されているではないか。


 背中側にはお城と早蕨さん。前にはカラドリオスさん達の壁というか、柵というか、取り敢えず囲まれている様子。


 何故。


 頭が痛くなりそうな私は、カラドリオスさん達の向こうで何かが動いたような気もしたんだ。


癒しか呪いか。与えられるのは、どちらだろう。


明日は投稿、お休み日。

明後日投稿、致します。



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