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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第四章 不退転の決意編
128/194

消沈

後悔先に立たず。

――――――――――

2020/03/17 改稿

 


 私が朝、名前なんて呟かなければ。


 もっと気を引き締めていたら。


 お母さん達が部屋を覗きに来ることも無かったのではなかろうか。


「……失敗した」


「何を?」


 ズラトロクのシュスで。私は地面から吐き出されて直ぐ目眩を覚えてうずくまり、頭を抱えていた。


 同じように吐き出された泣語さんが右往左往する足が見える。「め、メシア?」と不安そうな声で呼ばれて「大丈夫、です」と呟いた私の意識は、あまり彼に向いていなかったと思う。申し訳ない。


 そんな私を見てだろう。帳君と祈君は小走りに近づいて来てくれた。


 すみません、すみません。


 問うてきたのは帳君。彼を見上げれば、静かに観察する目で私を見下ろしていた。


「……何かあったっぽいね。重大なこと」


「……帳ぃ……」


 我慢しきれなくなったりず君が泣き出して、帳君が抱き上げてくれる。らず君も困惑した顔で泣き出してしまい、私は硝子の彼を抱いていた。


 落ち着け、落ち着け、私が落ち着け、落ち着かなければいけない。時間は有限。有限を無駄にするな。慈しめと書かれた炎を思い出せ。


 私は深呼吸を繰り返し、自分に強く言い聞かせていた。


「見られた、見られちまった。お父さんとお母さんに、見られちまったんだよぉ……」


 りず君が泣きながら訴える。帳君は目を丸くすると私の前に膝をついて、ゆっくり確認してくれた。


「……お父さんと、お母さんに?」


 聞かれるから首を縦に振る。


「……アルフヘイムに来るのを?」


 また、頷く。


 そうすれば現実がより重くのしかかってくる。私はらず君を片腕で抱えて、もう片方の手で髪を掴んでいた。


 見られた、見られた、見られてしまった。


 絶対に知られたくなかった二人に。何も無いまま「おはよう」と言いたかった人達に。


「……私のせいです。私がもっと、ちゃんとしていれば……すみません、すみません、直ぐに立て直します。自分で解決します。すみません、ごめんなさい」


 考えろ、考えろ、帰った時に何と言う。なんて言って誤魔化す。駄目だもう、誤魔化しなんて効かない。


 ならばいっそアルフヘイムのことを話して。競走していると言って、その中身は極力伏せて。心配しないでって、何も心配いらないからって。それであとは、だから――


「氷雨さん」


 背中を撫でてくれる手と、翼がある。


 見れば祈君とルタさんが背中を摩ってくれて、私は細く長く息を吐いた。


 ルタさんは大人びた声で、諭す声色で言ってくれる。


「まずは落ち着きましょう。大丈夫、大丈夫です」


「……はい、すみません、ごめんなさい、完全な私情です。早く祭壇を建てて、翠ちゃん達と合流を、」


「急がなくて、いいよ」


 祈君が私の言葉を優しく遮っていく。


 ぎこちなくも笑ってくれる彼の手は、あやすように背中を叩いてくれたんだ。


「急がなくていいんです。俺だって、氷雨さんの立場だったら慌てるに決まってるから。一番気づかれたくない親に気づかれるんですもん……だから、氷雨さんは謝らなくていいし、急がなくていいんだよ」


「……はい」


 砕けた口調と丁寧な口調が混ざった言い回し。それが祈君らしくて、どちらの喋り方か決めきれていない彼が可愛くて、私は力を抜いて笑ってしまう。


 それに祈君は肩を跳ねさせて「お、落ちついた?」と早口に聞いてくれた。


「うん、ありがとう、祈君」


 どっちつかずな口調は私もか。


 未だに距離を測りきれていないこの関係。それが喋り方にも出ていて、お互いに踏ん切りがつかないから。近づいたり遠ざかったり。


 それでも、今は確かにこの距離感が心地いいと思うから。


 私の苦しかった肺は正しい速度で空気を吸い、吐き出していた。


 起こったことは変えられない。しでかしたことを嘆いても戻せない。


 だからもう悩むな、考えろ、それでちゃんと踏ん切りをつけろ、氷雨。


「ルタさんも、ありがとうございます」


 伝えれば、黒い心獣さんは嬉しそうに笑ってくれた。


「メシア、良かったらリエロルと言う花があります。この花の茎を切った時に出る液を飲むと一番最近の嫌な記憶が消えるんです。よろしかったら使われてみますか」


 不意にそう言ってくれたのは泣語さん。


 彼の手の中では青い種から芽吹いた花があった。それは花弁も茎も、夕焼けから夜になる境のような青さを持っていた。


 一番嫌な記憶を消す、花。


 嫌な記憶になるかな。驚愕や理解不能も嫌な記憶になるかな。混ぜるなら珈琲とか。


 いや、駄目、駄目だ氷雨。


「いえ……お気持ちだけで大丈夫です。ありがとうございます、泣語さん」


 一瞬だけ(なび)きそうになった自分を頭の中で殴り倒しておく。


 頑張って笑った顔を泣語さんに向ければ、彼は頬を紅潮させて叫んでいた。


「流石メシア! 姑息な手しか思いつかない俺にもお礼だなんて……!!」


「いや、誰も姑息とか思ってません、決して、断じて」


「心が寛大すぎる!」


「な、泣語さん……」


 困る。困った。姑息とか思ってないんですよ。本当です。


 私の顔は笑ったまま、頭を撫でてくれたのは帳君だった。


「もう、行けそう?」


「はい、お待たせしました」


 感情の読めない目で問われ、苦笑しながら頷いておく。


 もう落ち着いた。もう大丈夫。帰って部屋に少し籠って、考えて、考えて、話そう。


 信じてくれるだなんて思わない。信じて欲しいとも思わない。それでも目の当たりにさせてしまったことには誠意で答えなければいけない。そうしなければ、私はきっとこの先お母さんとお父さんに顔向け出来なくなってしまう。


 兄さんを殺すくせに。


 そうだよ、そうさ、そうともさ。


 私は自分に対する言葉に頭の中で返答して立ち上がる。


 祈君はルタさんと同化して、帳君の足は地面から浮いていた。風が私の腰を掴んで浮かせてくれる。


 りず君はハンググライダーになってくれて、泣語さんは浮かんだ大きな葉に乗っていた。


 植物のドームの一部が開かれる。開けてくれたのは泣語さんで、進行方向斜め上。そこを目指して祈君、帳君、私、泣語さんは住人の帰らないシュスを去ったのだ。


 目指すは太陽が沈む方角。エントの大樹がある場所。


 エントの大樹とは、たった一人の住人さんのこと。


 根が足で枝が手である世界を静観する住人さん。


 彼はアルフヘイムの中で三大(さんだい)大樹(たいじゅ)と言われる部類で、ドライアドの大樹、メリアの大樹、そして、エントの大樹と続くらしい。


 宗派はルアス派。シュスは無し。木々の緑を保つ先生であることを宿命とし、実った果物を他の住人に譲り渡すことを使命とする穏やかな場所。


 合流の目印にしやすいと言う理由でエントの大樹を目指す中、お母さんの声を頭の中で反響させてしまった。


 風がりず君を乗せて私達を運んでくれる。


 ――嘘ッ……いや、待って!!


 あの慌て方は正しかったのか。何も知らない時、あんな驚き方をするのか。


 どうして夜に部屋に来たのか。私が部屋に入ったのは一時間以上前で、お母さんもお父さんもその時間にはお風呂を出ていた。団欒と言った形でテレビを見ていて、それはただのニュースで、私に話があるならもっと早く来れた筈だ。


 まるで、待っていたようではないか。零時になるのを。零時が来る寸前を。そこで何も起こらないことを願うように。


 ――待って!!


 ――氷雨ッ!!


 お母さんの表情を見ていない。お父さんの慌てた声なんて聞いたことない。あの二人の慌て方は、あの言い方は――アルフヘイムを知っている驚きではなかったか。


 そんな考えが頭を巡って、怖くなる。


 怖くて怖くて、そんな筈はないと自分に言い聞かせる。


 二十三年前、お母さんとお父さんさんは。


 待て、止めろ、考えるな。


 高校生。


 違う、違う、違う。


 戦士は十二歳から二十歳の間。


 そんな訳ない。


 その時の心が力を付与しやすい。


 違う、馬鹿な、だって。


 あの手袋は、喋らないのは。


 何もない、何でもない、違う、違う、違う違う違う。


 ――祝福。


 考えが一つの単語を弾き出した時、私の手は一気に冷たくなり、りず君が大きく揺れた。


「大丈夫?」


「あ、はい、すみませ、」


 直ぐに帳君に確認されて私は即座に謝る。


 その時、私の補助された目が遠くにある茶色を発見するとも思わずに。


 茶色い鳥、大きい。こちらに向かって。あれは怪鳥。住人、鷲、あ、あぁ、あれは。


 あ、


「帳君、祈君……」


「ん? ……げ」


「うわぁ……」


 二人は私の視線を追ってくれる。その口から漏れた言葉はとても素直で、私は口を結んでいた。


 風の向きが変わって私達は空中に静止する。地面を進んでいた泣語さんも止まっているのが見えて、大きな葉は真っ直ぐ上昇してきた。


「メシア、方向を変えますか」


「……いや、多分もう見つかってますので……止めときます」


 泣語さんが確認されて私は首を横に振る。私の体を風が巻いてくれて、有難くそれを信じることにした。


 りず君がハルバードに姿を変えてくれる。それでも体は落ちることなく、帳君にお礼を伝えた。


「ありがとう」


「うん、その調子、そのままの口調でよろしく」


 言われる。


 そのまま……あ、「ございます」付けてなかった。


 気が緩んでいる訳では無い。集中してない訳では無い。ただ何となく、感覚的に、敬語でなくてもいい気がしたんだ。


 ただそれだけ。


 私は前を向いて、近づいてくる大鷲に焦点を合わせた。


 彼の名前を知っている。


 名は――イーグさん。


 その背に乗る四人の白い戦士も知っている。


 立ち上がる人がいて、茶髪が風に揺れていた。


「……あぁ、嫌な奴に会った」


「世間狭すぎ」


「だね」


 帳君が悪態づき、祈君はため息を吐いている。


 私はりず君を回して感覚を確かめて、泣語さんは「あぁ」と気づいた声を出していた。


「早蕨光とその御一行ですか」


「ぁ、泣語さん、ご存知で……?」


「はい」


 泣語さんが満面の笑顔で頷いてくれる。けれども目は笑っていなくて、私の背中に鳥肌が立った。


「メシアを泣かせた屑共ですね」


 認識がおかしい。


 私の頬は痙攣し、「ぃやぁ……」と情けなく笑った。


 泣いたのは私の心が弱かったからだ。彼らの意見を認めたくなかったからだ。ただそれだけ。それだけのこと。


「おい盲信者、ここで選べよ。あいつらの方につくか俺達の方につくか」


 帳君が話の中心を泣語さんに持っていく。その声に起伏というものはなく、それでも彼は笑っているから感覚がチグハグにされた。


 泣語さんは鼻で笑う。その表情を伺えば、彼は口角を引き上げて目を見開いていた。


「俺はメシアの味方だ。メシアの敵は俺の敵、以上」


「は、揺るがねぇな気持ち悪い」


 お互い笑っているのに笑っていない会話。


 私は泣語さんへの言葉掛けが見つからず、にこやかな彼には悪意も何も無いと重々承知していた。


 それでも、もし貴方が私の味方であるならば、貴方は同軍と戦うことになるわけだ。


 それはとても、心苦しい。


 思うのに、泣語さんの目は有無を言わせない色をしている。


 私はりず君を握り締めて、祈君のため息を聞いていた。


「二人共うるさいと思う」


「雛鳥に言われるとかウケる」


「はぁ?」


「お前ら喧嘩してる場合じゃねぇだろ!」


 りず君が帳君と祈君の会話を遮ってくれる。


 それと同時。


 鷲の背中から飛び出した白がある。彼は土の人形に投げられた。


 茶髪を揺らす彼は剣も盾も構えることはなく、その身一つでこちらに向かってくる。


 弾丸のように。真剣な表情で。


 私はハルバードを握る力を緩めて、帳君の風が飛んでくる早蕨光さんを捕まえた。


 空中で体が竜巻に巻かれて停止する早蕨さん。彼の目は真っ直ぐ私達を見つめてきて、戦意は感じられない。


 彼は捕まったことを気にも止めず、口を一度引き結んでから開いていた。


「お久しぶりです、凩さん、闇雲君……結目君。そちらの方ははじめましてですね。俺、早蕨光って言います」


「そうですか、どうも」


 泣語さんは名乗らない。帳君達と初めて出会った時のように。彼は笑顔で、それでも無感動な声で早蕨さんに聞いていた。


「貴方はメシアを傷つけますか?」


「メシア?」


 早蕨さんが首を傾げて目を瞬かせる。その幼い仕草を見ながら私は口を結んでいた。


 会いたくなかった人。会えばきっと平行線の意見を押し付けあってしまう人。私の心臓は早く早く血液を全身へ回し始め、目眩がしそうな気さえした。


「メシアはメシアです。俺の救世主、俺だけの光り」


「恥ずかしい台詞吐くなよ盲信者。氷雨ちゃん、そんな奴に頭悩ませる意味ないよ」


「氷雨さん、俺もそれはヤンキーに同意する。で、なんで早蕨さんは一人でここに来たんですか」


 嘲笑うように私の肩に腕を回した帳君。その手は私の頭を軽く撫でて、早蕨さんの姿が見えづらくなった。


 泣語さんが舌打ちする音がして、冷静な祈君は早蕨さんに問いを投げる。


 早蕨さんは息を静かに吐くと、はっきりと、それでも寄り添うような言い方をくれたんだ。


「話をしたいんです。君達と……今、きっと生贄を一番多く集めている、君達と」


 あぁ、嫌だな。


 ルアス軍と話すこと。ルアス軍と話せること。


 瞼の裏を兄さんがチラついて、呼吸はやっぱり苦しくなってしまうんだ。


世間は狭い。出会ってしまう人は、きっと、もしかしたら、鏡写しなのかもしれない。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿、致します。


この間のpv数確認したら1日で400超えてて、夢かと思いました。毎日読んでくださる方がいるのだと思うと、どうしようもなく嬉しいです。本当に、ありがとうございます。

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