表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第三章 盤上のしがらみ編
122/194

対策

一難去って、また

――――――――――

2020/03/14 改稿

 


 潰されると思った空気から抜け出した。抜け出させてもらえた。


 安堵しながら周囲を見渡せば綺麗な泉があり、住人さんの気配を感じない森の中だと確認出来た。


 私の体からは力が一気に抜けて膝が笑い、泣語さんが肩を支えてくれる。祈君も腕を掴んでくれた。すみません。


 私は、汗だくの二人になんとか「ありがとうございます」を絞り出した。


 駄目だ、まだ気を抜くには早い。しっかりしろよ氷雨。


「どこ、ここ……アロケル? ……麟之介君、どうし、どうしよう……」


 綿済さんが譫言(うわごと)のように言葉を紡ぐ。


 膝を着いている海堂さんは真っ直ぐ前だけを見つめて、その呼吸は徐々に荒くなっていた。


「麟之介」


 梵さんが海堂さんの前に立つ。無表情の彼は何を考えているか悟らせないまま、周りの音が聞こえていないような海堂さんを見下ろしたのだ。


 不意に。


 梵さんの手が海堂さんの襟を掴み、無理やり立ち上がらせる。


 急なことに目を丸くしてしまい、海堂さんも現状を理解出来ない顔をしていた。


「しっかり、しろ」


 梵さんの声が海堂さんに向けられる。


「お前は、そこの二人の、(しるべ)だ。それが揺らいで、どうする。年長者として、導いてきた、者として、最後まで、二人を見ていろ。さっきの輝きを、曇らせるな。兵士を、恨んで、いたんだろう。決意を持って、いたん、だろう。ならば、考えることを、やめては、いけない。考えろ、どうすれば、生きていられるか」


 梵さんが海堂さんから手を離す。よろめいた海堂さんは両手を握り締めて、噛み締められた唇からは血が流れていた。


「俺も、手を貸す。どうすれば、お前達を、逃がしてやれるか……だから、自分だけ、死のうと、するな。その心は、美しい。その気持ちを、忘れるな。強い心だ、賞賛する。けれども、残される身も、考えて欲しい」


 言い切った梵さん。海堂さんの肩は大きく震えて、梵さんの目は翠ちゃん、私、祈君、帳君を順番に見ていった。


 彼は微笑む。


「先に、行って、くれ。俺も、後で、追い付く」


 あぁ、そんなこと――


「出来るわけねぇだろ、梵」


 りず君が私の肩で笑ってくれる。茶色い彼はハルバードになって、私はその持ち手を握った。


「一人より、二人だと思うんです」


 梵さんは目を丸くする。私だって本当はここから離れたいし、これ以上干渉なんてしたくない。


 しかし、それ以上に海堂さん達から離れる方が夢見が悪くて、この先ずっと気にして歩かなくてはいけなくなるから。


「氷雨、ちゃん」


 綿済さんの不安そうな声が背中に当たった。


 振り返れば、宙で両手の指をさ迷わせている彼女がいた。


 私は綿済さんを見下ろして、言葉を選んでおく。


「アロケルさん達は綿済さん達に、生きていて欲しいから転移させてくれたんだと思うんです」


 彼女の目が揺れる。気づきたくないものに気づく時の感覚だと勘が言っていた。


 勘なんて不確かなものを信じ始めた私は肝が座ってきたと言うか、無茶が出来るようになったもんだ。


「メシアが残るなら俺も残ります」


「二人より、倍の四人が良いんでしょう?」


 泣語さんと翠ちゃんが笑ってくれる。いつか聞いたような彼女の言葉に私は驚きながら、笑ってしまうんだ。


 梵さんは「お、」と呟いて、私は泣語さんを見る。


 泣語さんは何の迷いもない顔でそこにいて、それは駄目だと強く思うんだ。


「ありがとうございます、泣語さん。でもこれはディアス軍の問題です。だから、貴方はもう、」


「メシア」


 先を言わせて貰えなくなる。彼の目が、声が、それ以上言うなと願っている。相手は最初の五種族、筆頭の一角、メタトロンさんだと言うのに。


 泣語さん、貴方はルアス軍だ。


 言わなければいけないのに、言っても彼は首を横に振るのだろうと予想出来てしまった。だから黙ってしまう私は狡いのだ。


「では、四人より六人でどうでしょう」


 腕に軽くぶつかってくる感覚に驚く。


 聞こえたルタさんの声は少しだけ楽しそうで、ぶつかってきた祈君は対照的に口を尖らせていたのだ。


「その二人の内に俺は入ってるわけ?」


「当たり前だろ」


 首を傾けた帳君に、祈君はため息を吐く。茶髪の彼は「あっそ」とピアスを触っていた。


「ならさっさと現実見つめてくれる? 堅物君達さぁ」


 呆然としていた紫門さんの背中を帳君が思い切り叩く。紫門さんは目を見開いて、帳君は梵さんに確認した。


「で、どうやって手を貸すつもりなの?」


「あの、メタトロン、と、言うのが、来たら、足止めする。その間に、麟之介達は、どこか遠くへ」


「ならここで迎え撃った方が良さそうね。先に逃がしても私達のことは無視されるでしょうし」


「手を貸そうとしてる時点で、既に俺達共犯なんじゃないのかな……?」


「俺らがここに一緒にいるのは兵士が一緒に飛ばしたからでしょ? 遠回しに守れって伝わってくるし、その時点で共犯にさせられてんだよ」


「あー……その、迎え撃つ前にまず、心を砕かれない方法を考えてはいかがでしょう?」


「ですね、メシア。全員体感系なら心を砕かれるのが恐らく処刑方法。どうすればそれを止められるか、ですね」


「ちょ、ちょっと!」


 六人であーだこーだと話しているのを遮ってきたのは、海堂さん。彼は目を丸くして、背中側には紫門さんと綿済さんを隠すように立って。


「な、なんで君達がそんなに考えてくれるのさ。俺達は、そんな……」


 なんで。


 なんでと問われると、何故だろうか。


 考えてみるが上手く言葉はまとまらない。首を傾げてしまい、その頭を梵さんが柔く優しく撫でてくれた。


「誰かを、助けようと、思うことに、理由は、いらない、だろう?」


 あぁ――呼吸が楽になった。


 私は笑ってしまい、目を見開く海堂さんを見るのだ。


 そう、そうだよ、誰かを助けるのに理由はいらない。それでも理由がいるというのなら、それは――


「もし理由がいるなら……助けたいからで、良いのではないでしょうか?」


 緊張しながら言葉を紡ぐ。この世界に来てから学ぶことばかりだなんて、皮肉なことだ。


 海堂さんの唇が震えている。その握り締められていた両手は開かれて、綿済さんと紫門さんの手を握っていた。


「ありがとう。でも、俺達も守られるだけじゃない。ちゃんと一緒に考えるよ」


「当たり前でしょ」


 息をつきながら翠ちゃんが答えている。その答え方はいつも通りで、私は苦笑してしまった。


 海堂さんも苦笑いして、綿済さんはこちらを確認している。


「でも、心を砕かれるってどうしようもないよ。創だって、何も出来ないまま……」


 言い淀んでいる綿済さん。


 そう、心は見えない。見えないから対策の仕方が分からない。グレモリーさんが心を砕けるのは担当兵だと言っていたが、長は例外。


 言われなくても分かる。メタトロンさんはディアス軍の長だと。彼にだってこの三人の心を砕く力はある。それにどうやって対処するんだ。対処出来るものなのか。


 いや、出来ないと考えたら道が無くなる。


 私は黙ってりず君を握り締め、ふと祈君が口を開いてくれた。


「あ、ねぇ、心を砕くのは体感系の力が埋め込まれてるからなんだよね? だったら……」


「ぁ、ッ、が、」


 それは――突然。


「ッ、大琥!!」


 耳をつんざく海堂さんの声がする。


 紫門さんが倒れることによって祈君の言葉が遮られる。


 倒れた彼は自分の体を抱き締めて、その顔からは血の気が失せていた。


 玉の汗が身体中から吹き出して胸を掻き毟り始めた紫門さん。その目の焦点は合っていなかった。


「紫門さん!!」


 背中に手を添えても紫門さんに声が届いていないのは一目瞭然。彼の目は充血していき、呼吸が上手く出来ていないようだ。


「まさか、もう?」


「待って、じゃあフォカロルは!」


 祈君が顔を青くし、綿済さんが声高く叫んでいる。


 海堂さんは紫門さんの隣に膝を着いて「考えろ、考えろ」と自分に言い聞かせていた。


 それでも時間は止まらなくて。


 綿済さんが息を呑んで、地面に崩れ落ちる音を聞いた。


「綿済さん!」


 目に涙を浮かべて喉が鳴る呼吸を繰り返している綿済さん。


 その背中に翠ちゃんと梵さんが触れて「なんで……」と海堂さんは頭を抱えていた。


「俺でいいって言ったのに、ッ、なんで、なんで二人からなんだ、ふざけんな!!」


「怒鳴ってもどうにもならねぇよ。雛鳥、さっき何言おうとした? 何を思いついた?」


 帳君が海堂さんを否めて祈君に聞く。


 酷く汗をかいている祈君は口を何度か開閉させ、震える声で言ってくれた。


「心に力があるなら……楠さんなら、特性の宝石を抜けるから……防げるんじゃないかって」


 反射的に翠ちゃんを見る。


 彼女自身も何かを一瞬考えて、直ぐに先に発作が始まった紫門さんの前に来ていた。


 彼女の左手が紫門さんの鳩尾に当たる。


「考えてる暇なんてないわね」


 翠ちゃんが目を見開いて、紫門さんの背中から花の宝石が出ていく。そのスピードは遅く、翠ちゃんは眉間に皺を寄せていた。


「ふざけてる、こんなに執着して……氷雨! 梵! その子もこっちに! 同時に盗る!」


「はい!」


「あぁ」


 紫門さんから離れて、翠ちゃんのもう手が触れる距離まで綿済さんを移動させる。


 喉を押さえている綿済さんの鳩尾に翠ちゃんは手を捩じ込み、背中から花が出てき始めた。


 海堂さんが紫門さんを支えて、梵さんと私で発狂しそうな綿済さんを支えておく。


 花の宝石は二人の背中から出てきてはいるが、そのスピードが今までにないほど遅い。


 執着してるって翠ちゃんは言ったけど、本当に、花の根が絡みついてるみたいだ。


 紫門さんの目が虚ろになっていく。綿済さんが上手く酸素を吸えてない。


 駄目、駄目、駄目だろ駄目だ!


「ッ、梵、抜いて! 無理やり花を取って!! 海堂もよ!!」


「分かった」


「いくよッ!!」


「氷雨! 海堂と一緒に引いて! このままじゃ紫門が間に合わない!」


「はい!」


 私は海堂さんと一緒に紫門さんの、梵さんは綿済さんの花の宝石を掴む。それは熱く今にも弾けそうで指先が震えた。


 あぁ駄目だ、恐れるな。もう、誰かが目の前で居なくなるなんて、絶対嫌なんだからッ


 らず君が輝いてくれる。


 光りが私の腕に力を(みなぎ)らせて、海堂さんとタイミングを合わせて腕を思い切り引いた。


 宝石の花が紫門さんの背中から完全に出てくる。


 輝いた宝石は熱く煮えており、それに耐えきれずに二人して花を地面に落としてしまった。


 掌が軽く焼けている。


 いいや、そんな痛みなんでもない。


 深く荒く咳き込む紫門さんの背中を摩り、色が戻っていく顔に安心するのだ。


「紫門さん、聞こえますか?」


「大琥ッ、譲!」


「き、こえる……聞こえる、よ、」


「は……ッ、ぁ、はッ、き、こぇ、る……」


 首を縦に振ってくれた紫門さんと、泣きながら答えてくれる綿済さん。


 紫門さんは弱くも翠ちゃんと握手して、海堂さんは泣き出しそうな顔で笑っていた。


「まだ安心しないで、貴方のも抜くわ、海堂」


「……あぁ、ありがとう、本当に、二人を救ってくれて――」


 海堂さんに翠ちゃんが手を伸ばす。


 帳君は祈君の頭を叩くように一瞬撫でて、撫でられた彼は瞼を目一杯見開いていた。


 それに笑ってしまった私は、熱く震える両掌を擦り合わせておく。


「これを考えたら、毒吐きちゃんの能力って結構チートだよね」


「そうね、でもこれで難が去ったなんて、」


「――思わない方がいいぞ?」


 ヒヤリと。


 ざわりと。


 肌がプレッシャーに撫でられる。


 私はその空気に気圧されて動けなくなる前にハルバードを構えて見せた。


 梵さんも私の隣に並んでくれて、翠ちゃんの能力が完全に止まる。


 現れたのはグレモリーさんでも、フォカロルさんでも、アロケルさんでもない。


「あぁ、お前はヴァラクの駒か。うんうん、アイツの能力は面白いよな。俺は好きだぜ、触れれば勝てる。良い力だ」


 卒なく笑う顔が恐ろしい。


 笑顔が怖い。


 黒い服の裾から、指先から赤が落ちて、芝を汚す。


「まさか心を砕くのを阻止できるとはな。新しい発見だ。思いついたのは? いや、言わなくていい、当ててやろう」


 一歩一歩近づいてくる。


 笑顔で、迷いなく、手に着いた血を払い取りながら。


「お前か? アミーの駒」


 紅蓮に見られて足がすくむ。


 それでもハルバードを握り締めていれば「ん? 違うらしいな」なんて、軽く言われてしまった。


「そうだな、ではお前だろう? ストラスの駒。勘が良さそうなのはお前達二人な気がして、迷ってしまった」


 黒い翼が広げられるのが見える。ルタさんと同化した祈君は荒く呼吸し、迫る彼を見ていた。


「当たりか。よしよし。あぁ、自己紹介がまだだったな、しておこう」


 立ち止まった彼は笑っている。血の付いていない手で、自分の胸の中心に触れながら。


「俺はメタトロン。ディアス軍の(おさ)をしている者だ。そこの海堂麟之介が殺したいと願った奴だな」


 紅蓮の瞳が細められる。強くなる威圧に肌が泡だった。


 少しでも呼吸が出来る時間を挟んだのがまた痛い。楽になっていた体が再び締め上げられている気分だ。


 いや、違う、この時間はアロケルさん達がくれた大事な時間。


 その時間を踏み(にじ)らせてなどやるものか。


「さぁ、特性を戻せ、ヴァラクの駒、楠紫翠。そして三人を置いて他の者は去るといい。俺も自軍の駒をこれ以上減らすのは嫌なのだ」


 思案するように顎を撫でるメタトロンさん。


 駄目だ、駄目だ、勝てない、足止めも出来るかは分からない。


 それでも決めた。決めたから、私の足は後退なんてしないんだ。


「逃げません」


 声が震えるのを抑えて、必死に抑えて前を向く。


 あぁ、怖い。怖くて怖くて仕方がない。絶対強者と言ってもいいような相手に楯突くなんて。


 怖いから――笑え、氷雨。


 いつも張りつけていたものを今使わなくてどうする。


 口角を上げてメタトロンさんを見つめる。


 彼は目を瞬かせると、大きな声で豪快に笑い始めた。


「笑うか! ここで! この状況で!! いやぁ良いなぁお前!! ッはっはっは!! 良い度胸だ!!」


 髪をかきあげて笑うメタトロンさん。その視線が一瞬、私達から外れていく。


 ――今


 私は思って、梵さんと同時に地面を蹴る。


 長がなんだ。最初の五種族がなんだ。


 誰であろうと、他者の命を決める権利なんて無いんだよッ


 ひぃちゃんが力強く羽ばたいてくれる。私はハルバードのきっさきを引いて、メタトロンさんの懐に入り込んだ。


 姿勢を低く、低く、低くッ


 足を削げ。


 頭は梵さんが狩ってくれる。


 私の上にいる梵さんの指が鳴る音がする。


 血管が浮き出た手は、獲物を見つけた肉食獣のよう。


 私はハルバードを振り抜き、梵さんがメタトロンさんの顔を吹き飛ばす勢いで殴ったのを視界に入れた。


 重たい感触がハルバードを伝い、体がメタトロンさんを通り過ぎていく。


 瞬間。


 頭を掴まれて、私の補助された眼球は打った筈の彼を見上げるのだ。


 首が捻れているメタトロンさん。


 彼の片手は梵さんの首を掴み、不敵に口角が上がっていた。


 足、切れな、


「いい度胸だ、凩氷雨、細流梵」


 私の首が鳴る。顔が痛む。皮膚が引き攣る。


 体が不自然に浮く。


 梵さんと私の体は宙に放り出される。簡単に、軽々と。


 メタトロンさんが体に回転をかけて捻り、地面を抉るのが見えた。


 梵さんが私を抱き締めてくれる。


「メシア!!」


「ッ、止めろ!!」


 目の前に飛び出してくれた黒い羽根と植物の壁。それを全て薙ぎ払ったメタトロンさんは犬歯を見せて笑い、宙を蹴り飛ばした。


 風圧。


 それだけで体が吹き飛んで視界がぶれる。


 木々の間を猛スピードで抜けた体は遠かった筈の泉を跳ねて、対岸の木に激突した。


 呼吸が一瞬止まる。


 体は後ろへ梵さんと一緒に倒れる。


 背後にあった木が折れて、風圧で落ちる葉がまるで雨粒のようだと思ったんだ。


 綺麗な、緑の雨。


 私の上で倒れ込んだ梵さんがせる声がする。


 彼の手はあらぬ方を向いており、私の全身から血の気が引いた。


 それでも何も出来ない。指先一本、動かせない。


 目が回ってる。焦点が合わない。


「そよ、ぎ……梵、梵」


 針鼠に戻ったりず君が泣きそうな声で呼びかけてくれる。


 体をゆっくり起こしてくれた梵さんの口の端からは血が流れて、あらぬ方を向いている右手と、全く動かない左腕が見えたのだ。


「そよぎ、さ、すみませんッ」


「ぁ、ッ……いい、ひさ、め……無事、か」


「……はぃ」


 節々が痛む体を無理やり起き上がらせる。


 りず君、無事。らず君、泣いてるけど、無事。ひぃちゃん……。


「ッ、ひぃちゃん!」


「すみ、ません……氷雨さん……」


 背中にいてくれたひぃちゃんの片翼が、一目見て折れていると分かった。他に異常はないようだがこれではもう飛べない、飛ばせてあげられない。


「ひぃちゃん、安静に、安静にしよう」


「駄目、駄目です氷雨さん。私は翼だけではない、牙もあります。氷雨さん、氷雨さん」


 ひぃちゃんが泣いている。両目から涙を出して震えている。


 そんなお姉さんを見ていられなくて、体に鞭打って抱き締めて、私はお姉さんを呼んだ。


「無理しちゃ駄目、無理は駄目。でしょ? ひぃちゃん」


「氷雨、さ」


「それは君も一緒だよ、氷雨ちゃん」


 声がする。聞こえる筈が無い声が。


 痛む体で振り返れば青い兎の被り物が見えて、その向こうでは竜巻と、それに混ざった黒い羽根が確認出来た。


「あみー、さん……」


 なんで、なんで貴方が。


 問いたいのに声が出てこない。


 アミーさんの手がゆったりと伸びて、私の左耳にピアスを埋め込んでいった。


「予備だよ。両方無くさなくて良かったね。片方でも会話に支障はなかっただろうけど、こういう事が時々起こるからさ。両耳あった方が可愛いし」


「アミーさ、」


「僕がなんでここにいるかって? 命令さ、そう言うね」


 振り返ったアミーさんの足が地面を踏み慣らす。


「後始末、頼まれるなんて……ほんと、酷い役回り」


 呟いた彼は両手で兎の被り物を外していく。


 今まで外したことが無かったそれを取った彼は、綺麗な青のグラーデションがかかった髪を風になびかせて振り返ってくれた。


 引き攣ったような右目を閉じて、開かれた左目は吸い込まれてしまいそうな青色。


 炎の揺らめきのようだと思って、色が変わり始めた空の光りは彼を儚く見せた。


 彼はぎこちなく口角を上げて私に近づき、兎の被り物を被せてくる。


 サイズが合っていないそれは視界を暗転させ、アミーさんの声がくぐもって聞こえてきた。


「駄目だな……やっぱりまだ、僕は笑うのが下手らしい」


「アミー、さん」


「動いちゃ駄目だよ、氷雨ちゃん。梵君も。君、肋骨折れてるんだから動いたら危ないよ。足もやってるね。早く治療に専念してな」


 その言葉を最後にアミーさんの気配が消える。


 被り物を与えていった意味。アミーさん、アミーさん、貴方は何をしようとしているのですか。後始末とは何ですか。酷い役回りとは、つまり、それは。


 考えるのが怖くなる。


 悲鳴が聞こえた。


 止める声がした。


 駄目だ、駄目だ、駄目だよアミーさん。彼らは、貴方と同じ兵士さん達が命をかけて守ろうとしたものなんだ。


 それを貴方が、優しい貴方が、まさか。


 私は震える指先で兎の被り物に触れ、意を決して光りを求める。


 目に飛び込んできたのは――青い炎の柱。


 燃え盛るそれはアミーさんの瞳と同じ色をして。


 私の手から落ちていった被り物は、泉の縁まで転がって止まっていた。


呼び声は届かない。


見えかけた答えが塗り潰された。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿、致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ