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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第三章 盤上のしがらみ編
118/194

情感

頑張りすぎないで。そんなの誰も、望んでないから。

――――――――――

2020/03/12 改稿

 


 凩氷雨は――優しすぎた。


 自分達が勝つという前提を持ったまま、その後の兵士の未来を案じる程に。自分達が勝てば死んでしまうルアス軍を想ってしまう程に。


 それが結目帳は許せなかった。自分を無下にする人間の末路を三度も見たからだ。


 一度目は父の愛情に苦しさを募らせ、自分に言葉の呪いをかけた母。


 二度目は焦燥と後悔に負けて傷を癒そうとし、何も学ばなかった父。


 三度目は愛した二人を亡くし、子どもへの接し方を学べないまま手を差し伸べた叔父。


 凩氷雨は帳の両親と同じような性格だと少年は気づいていた。いつか突如として居なくなる。誰にも言わずに身投げする。きっと笑いながら、静かに手首に線を引いてしまう。


 それが帳は何よりも恐ろしかった。


 そして同時に、決して手放したくないと思ってしまった。


 自分達を大切だと言い、自ら盾になることをいとわない細流梵より。


 自分の懐に入れた者は、何があっても見捨てない信念を持った楠紫翠より。


 幼さと憤りを抱えながらも、必死に飛び立とうと藻掻き努力する闇雲祈より。


 自分の仲間の為ならば熱湯を飲み干し、針の(むしろ)を歩く覚悟を持った凩氷雨が――帳は一等大切だった。


 どうかその小さな背中で、小さな両腕で、抱えきれないほど大切な存在を作らないでくれと。その胸に巣食う葛藤に苛まれるなと。


 帳は不安だった。


 不安は怒りに昇華され、氷雨が嫌いだと思っている相手を彼女に重ねた。彼女の心を壊した男に。苛烈な正しさと明るい未来しか望まないあの少年に。


 帳が掴んだ氷雨の手首は、力を入れれば折れてしまいそうだった。


 (ごめん、痛かったよね。もう一回ちゃんと話そう。無理しないで。結目さんって呼ばれるの、結構堪えるからやめてよね。俺もやめるから)


 柄にもなく謝ろうと思ったのに。決めていたのに。


 帳は、祈に背中を何度叩かれても言い返すことはしなかった。


 梵に頭を撫でられても抵抗しなかった。両頬を軽く挟まれて持ち上げられると言う、子どもにするような慰められ方をしたが暴れなかった。


 ごめんの三文字を、言いたかった筈なのに。


 折れそうだと思った少女は帳の腕の中で目を閉じている。耳が裂けて肩と足から出血する姿は、生きていることを疑う光景だ。


 帳は痛むあばらを無視して周囲に風の渦を作る。


 死にそうな顔で駆け寄った泣語音央の手にはイーリウがあり、必死に氷雨の傷を吸い上げていた。


「あぁ、メシア、メシア、お願いです、メシア、どうか目を開けて、死なないで、死んでしまわないで。嫌だ、嫌だ、貴方はどうして貴方を大事にしないんだ。いつも、いつも、あぁメシアッ」


 うるさい信者は大粒の涙を零しながら氷雨を見つめる。


 彼の植物が集めた氷雨の心獣、ひぃとりずとらずも元気が無く、氷雨の腕の中で今にも瞼を閉じそうだ。


 彼女の襟から零れた鍵が暴れている。その輝く宝石から青い兎が飛び出さないうちに、帳は自分の兵士を呼んでいた。


 現れた兵士――オリアス。


 彼はいつもの落ち着き払った空気を脱ぎ捨て、現実の光景を理解する為だけに目を見開いていた。


 帳は譲達から距離を取り、祈を包むリフカのドーム付近に足を着く。その両足は震えており、少年は自然と舌を打っていた。


「オリアス、兵士が競走に手ぇ出すとか何なの? バグ?」


 帳は問い、オリアスは口を開閉させる。


 水の弾丸を避けた帳は氷雨を抱き直し、音央もイーリウを離しはしなかった。


 茶髪の彼はドームに手を付き、赤い毛先の少年の戻りを待っている。それは心配からではなく、少しでも対抗出来る戦力が欲しいからだ。


「……何百年、何回も競走を見てきた」


 オリアスが呟く。帳は横目に兵士を見上げ、泣き出しそうな住人に対する言葉を探していた。


「並んで戦えるなんて……幸せだな、グレモリー、アロケル……フォカロル」


「じゃあお前も出てきたら?」


 風の渦に水と人形を吸い込み、勢いよく弾き返す帳。


 オリアスは唇を噛み締めて返事をせず、帳は息を吐いたのだ。


 彼ら兵士が出てこられないと帳は知っていた。氷雨が言わずとも競走のおかしな点にだって気づいていた。気づいていたが、自分には関係ないと思っていた。


「オリアス、戻っていいよ。落ち着いたらまた呼ぶから」


 帳はそう言葉を紡ぎ、オリアスは目を伏せて消える。「すまない」と呟いた兵士の声は、嫌に帳の耳にこびり付いた。


 気持ちを切り替えた帳はグレモリーと梵の死闘を確認し、隙を見て青年を風で引く。


 今まで見た事ないほど息切れしている梵は、いつも希薄な人間味というものを纏えているようだった。


 その目は曇りなくグレモリーを見つめており、握り締められた拳の皮は剥けている。


「鉄仮面」


 帳は青年を呼び、そこで初めて梵に睨まれると言う経験をした。


 (殺気立った獣みたいだ)


 帳は思うも怯むことはせず、抱えた氷雨を見せる。


 梵は目を丸くすると「氷雨、」と、少なからず切羽詰まった声で仲間を呼んだ。


「あんたの倍増化とそいつの植物で治して。万が一にも死なせたりなんかしたら、全員殺して俺も死ぬ」


 帳は淀みなく言い切り、梵は目を丸くする。頬や腕の至る所に切り傷・打撲・鬱血を作った青年は何故だか笑ってしまうのだ。


 自分を空から落とした時、目の前の少年は全てに興味を示さなかった。氷雨と帳が共にいることを不思議にも思ったが、それよりもあの時は紫翠を救いたくて堪らなかったのだ。


 だから深くは追求しなかった。その後も帳に対して諭せることなど梵は何も無かった。


 それが今では、狂気的な心中の言葉を口にする程になってしまって。


 振り幅がデカいのだと梵は思ったが、きっと怒られると踏んで黙っていた。


 (帳、知ってるか。お前はいつも一番に氷雨に意見を求めていると。名前を呼んで欲しそうにしているし、笑い方も自然になったんだ。俺は最初に会った頃のお前より、今のお前の方が良いと思う)


 梵は、喋るということが不得手だ。今まで自分の意見を持ってこなかったせいで、彼は頭に浮かべた言葉を口からそのまま出す事が出来ない。


 いつも途切れてしまう彼の言葉。しかし彼が愛する仲間の中に、それを急かす者も笑う者もいなかった。


 梵は目を伏せながら笑い、氷雨の額に手を乗せる。


「そう、だな。殺される、のは、後味が、悪いから、みんなで、命綱なし、の、バンジージャンプでも、しようか。あぁ、でも、紫翠と、祈は、生かして、やりたい、な」


「無理でしょ。氷雨ちゃんが死ねば二人も後追いするね。親友と畏友(いゆう)だよ。心壊れる方に賭ける」


 紫翠と氷雨は親友。


 祈にとって氷雨は畏友。


 梵は頭の中で繰り返し、腕に抱いた氷雨を見下ろす。少女の顔からは血の気が失せているが、音央のイーリウのおかげで一命は取り留めているように見えた。


 しかし、一歩間違えたら出血多量の救急搬送レベル。梵は少女の額に置いた手を通して彼女の治癒力に呼びかけた。


 普段持っている治癒力を倍に。倍にしたものを倍に。また倍に。さらに倍に。負荷は大きいだろうが、今優先すべきは目の前の少女の回復だ。


 泣きながら氷雨を治す音央を梵は見る。ルアス軍の彼は氷雨に近づく信者であり、自分の命すら軽んじる男だ。


 (いや、軽んじているのではなく捧げているのか)


 梵は直ぐに思い直す。


 泣語音央と言うルアス軍の戦士は青年にとって、未だ観察対象だ。


 祭壇を壊しに来た博人達は、救えば勝てると言う自分達の状態に(あやか)っていた。それが梵は嫌いだった。


 次に出会った相良達は底の見えない集団だった。何も読み取れず、話しているのに食い違うような感覚を梵はこの先忘れないだろう。


 ――俺が救いたいのは、俺を救ってくれた凩だけだ! けどそれがなんだよ! 敵軍だろうがなんだろうが、少しの時間でも共有した奴らを救いたいって思って悪ぃかよ!!


 (あの言葉も嘘だったのか、相良)


 梵は次にもし出会うことがあれば少年に問おうと決めていた。ヤケになりそうだった自分を止めた少年は、真っ直ぐ綺麗な目をしていたのだから。


 梵の目は氷雨から離れ、紫翠を見る。


 少女は灼熱の中で手裏剣を操り、鋭い刃を放つスピードは上がっていた。


 指輪が輝き、剣先の軌道が変わる。


 それに反応しきれなかった麟之介は肩を裂かれて負傷するも、直ぐに傍にやってきたグレモリーに治療をされた。兵士の手から出てくる淡い光は戦士の傷を癒していく。


「そんな時間いらないでしょ」


 紫翠は呟き、麟之介の足の甲にも手裏剣を容赦なく刺した。青年は呻き、グレモリーは直ぐに手裏剣を抜き捨てる。


 また傷が癒された。


 紫翠は舌打ちしながら指輪を光らせ、刃を自分の手元に呼ぶ。


 手によく馴染んだ武器を彼女は掴み、指の間で軌道を決める。今すぐヴァラクを呼んで状況説明をさせたい所だが、そんな余裕は無さそうだ。


 彼女は一瞬だけ氷雨を見る。


 彼女の友人は、無理をするなと言った矢先に瀕死の状態だ。


 無事にこの状況を打破した後は説教コースだと紫翠は息をつき、氷雨が申し訳なさそうに縮こまる姿も予想した。


 唯一学校での氷雨を知る紫翠は、タガトフルムの空気が友人である少女に合わないと思っていた。


 思い出すのはこの間も職員室への提出物を任され、掃除当番でも無いのに箒を持ち、クラス委員でも無いのに教師から伝言を受けて黒板に書き記し、かと思えば日直でも無いのに日誌を書く氷雨の姿だ。


 氷雨はそういう子だと紫翠は分かっていた。


 投げた手裏剣は太陽光を反射して目くらましの役も買い、刃ではなく捕縛用に広がってみせる。それに驚く麟之介は地面を滑りながら躱し、グレモリーはメスを握って突撃してきた。


 (そろそろ本気で怒るわよ、氷雨)


 紫翠はグレモリーのメスを避け、地面を殴った梵に気づく。彼の拳から地面に亀裂が入り、グレモリーは麟之介の横へ跳躍して戻っていた。


 顎を伝った汗を紫翠は拭う。


 彼女は役目を果たさなかった網を呼び戻して刃に変え、息を細く吐いた。


 (ねぇ氷雨、私、貴方といるのとても好きよ。でも、貴方が誰かの代わりになるのは凄く嫌。アルフヘイムで見る貴方はちゃんと意見を言うし、決めてみせるし、とても強いでしょ。けど、タガトフルムの貴方は自信がなさそうに笑ってるわ)


 友達だから知っていた。


 仲間である前に彼女の友人として、楠紫翠は凩氷雨に寄り添おうとしていた。


 誰にも踏み込ませなかった自分の範囲に、氷雨は土足で上がり込むことはしなかった。過去を踏み荒らすことも裸足で入って居座ることもせず、作った壁の外側で膝を抱えて笑ったのだ。


 その距離が良かった。少しくらいと思って扉を開けたら自分の方から外に出てしまった。


 (氷雨。もし明日あなたが私の隣からいなくなったら、小野宮さんと湯水さんは私と一緒にお昼なんか食べないわ。雲居はバンド一筋になるか別の女の子を目で追うし、貴方に仕事を任せる生徒はきっと別の誰かを拝むのよ)


 世界なんて、そんなもの。


 紫翠は思い、もしかしたら忍から再び連絡がくるようになるかもしれないと予想した。


 そんな現実は断固としてお断りではあるが、氷雨がいなくなってしまえば、紫翠はその穴を埋める為に彼の所に戻ってしまうかもしれないと思っていた。


 紫翠は自分を自嘲気味に笑う。そんなことをすれば二度と戻れなくなるし、きっと彼女の騎士は顔に出さずに怒るのだと知っていて。


 横目に見た梵は氷雨を治療しながらも、グレモリーに飛び掛りそうな勢いだ。


 どちらも優先度は高い。


 それでも、氷雨をないがしろにしたら絶対に許さない。


 (だからさっさと治しなさい)


 紫翠は麟之介の鳩尾を狙っている。彼の力さえ結晶化すれば、この戦いに終止符が打てると気づいているから。


 それでも、その一撃が遠い。


 紫翠はグレモリーの蹴りを間一髪で避け、地面を転がってから立ち上がる。


 熱い空気のせいで体が思うように酸素を取り入れない。元よりこの世界にある空気を酸素と呼んで良いかは知らないし、空に昇っているのだって太陽では無いかもしれないが、そんなことには微塵も興味が無いのが紫翠だ。


 彼女は息を吸う。それから吐いて、麟之介を見つめた。


 微かに感じる豪風は譲と大琥に帳が向けたもの。嵐と呼んでも遜色なさそうな風はディアス軍の戦士と兵士を襲い、紫翠は鼻で笑うのだ。


 帳のことは出会った時から気に食わない。と言うよりも嫌いな紫翠だ。それは今でも変わらない。傍若無人なお子様に付き合う氷雨の気が知れず、彼女が嫌気をさしてチームを止めると叫べば喜んで賛同するつもりだ。


 しかし、きっとこの先氷雨が帳を見限ることは無いし、帳がそれを許すことも無い。何故かと言われれば女の勘だと紫翠は腕を組んで言える。


 結局のところ氷雨と帳はお互いを評価して、必要としているからだ。


 全く違うようで、その実、似ている二人。


 (あぁ、気に食わない)


 氷雨の兄も、時沼相良も、結目帳も紫翠は気に食わない。誰かまともな奴はいないのかと思うのに、現れたのは盲信者の泣語音央。氷雨があまりにも不憫であり、いっそ雲居要にしてしまえと紫翠が頭を抱えそうになったことは幾度かあった。


 だがそれはそれで癪であるし、氷雨の兄と言う暴君は取り敢えず一発殴ると決めている。誰でも良くはないから、氷雨を幸せにする奴は挙手をしろと声を大にして言いたいと少女は常々思うのだ。


 (闇雲祈なら可能なのかしら)


 紫翠は考えながらメスを躱し、リフカの檻から這い出た少年を確認した。


 祈は肩で息をし、ルタとの同化は解いていない。


 水の縄は消えて頭の傷も癒えた少年。


 起きれば氷雨は倒れており、目の前では嵐が巻き起こり、突如として乗り込んできて「仲間になって兵士を殺そう」等とほざいた大琥達に祈は憤りしかなかった。


 (取り敢えず初めて会ったらまずは「はじめまして」と自己紹介だろ。挨拶も出来ねぇ奴は小学生からやり直せ。いやいっそ、産まれる前からやり直せ)


 祈の心情を表す言葉は彼の中だけで消化される。同化しているルタも怒りを感じているようで、少年の両翼からは鋭い羽根が零れ落ちた。


 祈の視界には、梵に抱えられて目を閉じる氷雨がいる。その原因は自分達に「仲間になるか潰されるか」の二択を迫った大琥達だ。


 祈は理不尽が嫌いである。


 努力が報われないこと。見える面しか評価されないこと。一時だけの栄誉を与えられること。


 それら全て嫌いで、ペリの天園で自分達を否定した兄とは家の中でだって顔を合わせていなかった。


 祈にとって鳴介は大きすぎる存在だ。


 品行方正、成績優秀、けれども少しだけ球技が苦手なところがまた憎い。祈の親代わりでもするように、親が家を空けている時は必ず自分を構ってくる兄が鬱陶しくて仕方がない。


 そんな兄でも、やはりどう頑張っても兄だから。


 祈は足踏みをした。進めなくなった。氷雨も同じだった。


 雨の中で自分に傘を傾けてくれた氷雨は、指を噛むのを止めろとは言わなかった。今までずっと周囲はそう言ってきたのに、氷雨だけは哀れみも教育もしてこなかった。


 指を噛むのは祈にとって行き場の無い感情を緩和させる一つの手段だ。これを取り上げられれば困ってしまうし、今度は首を掻きむしる自信だってある。


 その中で氷雨は祈が指を噛むのを止めず、悩んでいることを聞こうとしたから。


 彼女がいたから、祈は祭壇から出ようと決めたのだ。


 決めて、飛び立って、怪我をして、痛みに泣いてしまいそうになりながらまた飛んだ。


 彼は氷雨の優しさを目指していた。きっと行き過ぎた優しさは自己犠牲であり美談にもならないが、それでも憧れてしまったのだから仕方がない。


 泣いている人に優しく出来る人に。痛くて痛くて堪らない人に、寄り添うことが出来る人に。


 少年は憧れた。その憧れが進む道なら、例え茨であろうと追う覚悟は持っていた。


 ―― ……それでは、次の競走の時、兵士の方はどうなるのでしょう


 祈は氷雨の声を思い出す。勢いよく羽根を打ち出しながら。


 鋭利な刃は空を裂いて大琥に向かい、それを祈を締め上げていた兵士が止める。氷雨が切った両足首には水の糸で縫われた形成が残っていた。


 水に飲み込まれた黒の羽根は震えており、祈は奥歯を噛み締める。


 祈が自分の後に続く何かを考えたことは無い。彼の兵士であるストラスは何を考えているのか分からず、浮かぶのはいつも王冠を直している姿だ。


 しかしそんな兵士にも感情があって、口にすること全てが本当に全てではないと気づかされたから。


 (あぁ、俺はまだ――優しい人には程遠い)


 祈は正直、帳の胸ぐらを掴んだ氷雨に願ってしまった。そのままソイツを突き放せと。そう思った自分を少年はあざけた。自分は他者に嫉妬する弱い餓鬼だと実感したから。


 時々、氷雨の敬語が抜けるようになったのが嬉しかった。


 頑張ろうとしていれば彼女と梵が背中を撫でてくれるのに救われた。


 厳しくも正論を教えてくれる紫翠は少し苦手だが、学ばされた。


 容赦なんて言葉を持っていない帳が、自分に無いものを持つ彼が嫌いで、羨ましかった。


 結局の所、祈はこのチームが好きなのだ。相良も音央も基準はどうであれ兄以上に兄らしく嫌いではなかったし、受け入れられなかったルタとだって打ち解けた。


 彼の呼吸が楽になる場所。息が詰まることの無い場所。


 それを脅かす者は、何人足りとも許しはしない。


 祈の両翼から刃が零れて激しく打ち出し、水の兵士――フォカロルに向かう。


 フォカロルは大琥と共に水の盾を形成し、祈は羽根を打ち出すのを止めなかった。


 刃の雨。


 それが同じディアス軍に向かい、阻まれるのが読めていく。


 その時、渦を巻いた風が祈の刃をより早く鋭くするから。


 毛先の赤い少年は目を見開くのだ。


「気、緩めたら埋める」


 脅すような言葉で、けれども祈の背中を叩く手は強く揺るぎない。


 見えた猫っ毛の茶髪に祈は奥歯を噛み締めて集中力を途切れさせなどしなかった。


「誰に言ってんだよ」


「ッ、下がれ大琥!」


 一瞬で羽根の威力を見極めたフォカロルは叫び、大琥は後ろに避ける。


 より分厚く強固な水の盾を作り出した兵士は瞬きをせず、防がれていく羽根を見逃すまいと見据えていた。


「鬱陶しい」


 呟く帳は竜巻で水の盾を破壊せんと力を使う。


 フォカロルは舌打ちし、共に水を操った大琥は風に水が飲み込まれるのを見ていたのだ。


 嵐が轟く。


 梵と音央は氷雨を庇い、紫翠も風に飛ばされぬよう近くの瓦礫に避難した。祈は足の爪を勢いよく地面に突き立てる。


「兵士と戦士の戦争? ふざけんなよ、この競走は――自分の覚悟をどれだけ貫けるかの戦いだ」


 帳は言う。


 その声に導かれるように氷雨の瞼が揺れ、確かに上がっていくのだ。


 少女は、風と水の嵐を視界に入れた。


結局のところ、みんな仲間が、ね。


ブックマーク増えてて嬉しいです。感謝感激雨あられ、ありがとうございます!

気づけばユニークやpvも上がってて、感無量で御座います。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿、致します。


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