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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第三章 盤上のしがらみ編
115/194

出梅

意外と肝が座ってきた。

――――――――――

2020/03/11 改稿

 


「鍵の制作能力が無くなる、大事(おおごと)ね」


大事(おおごと)、うん、大事(おおごと)です」


 既に夏のバーゲンセールを始めているお店の服を端から見て、横では翠ちゃんが色々な物を私に当てたり自分に当てたりしている。


「作れなくなるのは仕方ないわよね。私達にはどうしようもないもの」


「……まぁ、極論そうなんだけどさぁ」


 鮮やかな空色のロングTシャツ。私が着るとただのワンピースじゃねぇか。嫌味か。違うわ、見るサイズが駄目なんだわ。翠ちゃんに当てたらぴったりだもん。可愛いなぁ、眼福。でも翠ちゃんは丸襟よりVネックとか似合いそうなんだよなぁ。戻そ。


「氷雨が気になってるのは、貴方の担当兵士のことなんでしょ?」


「大いに。アミーさんって一人だけ勝手に進んでいくというか、私は振り回されるだけというか。何かもう、半周回って憤りが」


「憤り」


 小さく笑う翠ちゃんの声を耳に入れ、私にグレーのオフショルダーが当てられる。タンクトップとセットになってるやつ。「違うわね」なんて言う翠ちゃんは無表情にハンガーを戻していた。


 翠ちゃんがお泊まりに来てくれた翌日。一緒に部屋で眠ってはいないし、定番であろう恋バナ等も微塵もしていない。お泊まりと言うか休憩所と言うか。いや、普通のお泊まりでも恐らく恋バナは地雷な気がする。考えるの止めよう。


 何はともあれ、取り敢えず一夜無事に明けた今日。翠ちゃんと私は、ショッピングと言うものに来ていた。ゴールデンウィークに私が小野宮さん達と一緒に映画を見に来た場所だ。


 翠ちゃんがよく行くお店に入り、お互いに色々な服をあてがっている時。傍から見れば女子二人のよくある買い物風景のようではあるが、会話の内容はタガトフルムとは違う世界の話だ。


 アミーさんが私の耳を周りからは分からないように開けて話を聞かせ、自分で重要な点を語り、上手い具合にオリアスさん達には語らせず、ちゃっかり話しても大丈夫だってことは知ってて、自分一人がルールに抵触する危険性を請け負った夜。


 アミーさんは優しい。いつもおどけるような喋り方をするくせに、自分以外の誰かを想ってばかりだ。私に自分が負っているものは聞かせないようにして、同じ兵士の皆さんが危ない橋を渡らないようにして。


 だからきっと彼は、自分のように呼ばれずして出てきて、手をこちらへ出した皆さんに少なからず怒っていたんだ。


 色々な情報が交錯する。最近情報過多過ぎる。検定なくて良かった。あったら何も頭に入らない現象が起こってしまう。一回メモを書いて整理しようかと考えて、私は試着室のカーテンを開けた。


「あら、似合うわね」


「ぁ、ありがとう。翠ちゃん……美人……可愛い……」


 選びあった服を試着した姿を見せて感想を言い合う。


 翠ちゃん可愛すぎて眩しい。シフォン系の白いブラウスに、裾に刺繍がされたブラウン系統のロングスカート。可愛い。後れ毛を残したアップの髪型も相まって可愛さが炸裂してる。ネックレスとかしたらより最高に磨きがかかると思います。しかし私の感性から出る言葉は戯言で蛇足なので言わないです。


 私は恐らく変な顔になりながら「可愛い」と壊れたように連呼していた。


 だって可愛い。疲れた頭にこの可愛さは、美人は、見る者の頭の螺子ねじを吹っ飛ばしてくる勢いだろう。少なくとも私は吹き飛ばされた。


「氷雨にそこまで言われるなんて嬉しいものね」


 翠ちゃんが頬を少しだけ染めて微笑んでくれる。


 あ、灰になりそう。


 今の笑顔おいくらですか。プライスレスですか。感涙です。その微笑み梵さんにも見せてあげたかった。


 私は試着室の前で翠ちゃんを拝みそうになり、シャッター音が聞こえて顔を上げた。一瞬泣語さんを思い出したのはご愛嬌である。


 彼の住んでる県を聞いたがここではなかった。何であの日図書館にいたのかは疑問だが、聞かせてもらえる雰囲気ではなかったので止めた。私の本能が聞くなって叫んでたし。りず君が全力で首を横に振ってたっけ。


 いや違う。今はなぜ私の目の前からシャッター音がしたかだ。


 見ると、翠ちゃんの手の中に彼女愛用の携帯があった。そのレンズがこっちを向いてる気がする。


 私の頬を一気に冷や汗が伝い「……翠ちゃん?」と聞いてみる。


 彼女は楽しそうに試着室に戻って、聞きそびれた私も渋々入り、着替えていれば携帯に通知が来ているのを見た。


 ハンガーに試着が終わった服をかけて着替えた自分を鏡で確認し、恐る恐る携帯を開く。すると、今朝作られた帳君達とのメッセージグループに私の写真が投下されているではないか。


 朝〈結局どう言うこと〉って、意外にも帳君が作った五人のグループ。祈君、梵さん、翠ちゃん、帳君、私のグループ。鍵の制作能力停止について話したグループ。


 そこにアルフヘイムと全く関係ない私の写真が投下されて、後に出てる翠ちゃんの言葉は〈癒し〉だ。


 何それ待って恥ずかしいごめんなさい、可愛いって言いすぎましたか謝ります。


 私は全面鏡に額を音が鳴るほど打ち付けて、私の写真が投下される前に繰り広げられていた鍵の会話文が霞んで見えた。


 ……なんで私、晒されたんだろう。


 ポコポコと通知音を立てて手の中の携帯が震える。見ると帳君や祈君、梵さんからの感想と翠ちゃんの受け答えが流れていて胃が痛くなった。文字読むのが怖い。


 帳君から個人でも連絡くるし。何事。グループから離れてそちらを見ると、ただ一言が送られてきていた。


 〈可愛い〉


 ……ふぁ。


 膝から崩れ落ちて、もう一度鏡に額を打付ける。


 服だ、可愛いのは服だ。確かに可愛かったもん。それが分かっていながらこうもダメージを受ける私は、このショッピングを始めた時にあったアミーさんへの憤りが薄れて、一度ちゃんと兵士さんと会話がしたいと思い始めていた。


 守ってくれたのならばそれは嬉しくて、「ありがとうございます」と言わねばいけないこと。


 助けてくれたのならば、それ相応のことをやってのけて返さねばならぬのが道理。


 思う間に電子画面に追加された〈それで街歩くの危ないね〉なんて言う文言には、「どう言うこっちゃ……」と情けない言葉が漏れるのだ。


「翠、翠ちゃん……」


「茹でダコね」


 試着室から這い出た私は翠ちゃんに笑われた。


 ……蛸壺たこつぼに入って蓋して隠れたい。


 * * *


「……アミーさん」


「はいはい何だい? 可愛い可愛い僕の駒!」


 翠ちゃんとショッピングモールを練り歩き、彼女が自宅に帰った後。私は片付いた自室でアミ―さんを呼んでいた。


 翠ちゃんが「片付けくらいするわよ」と布団を仕舞ってくれていたのが数分前くらいの感覚なのに、アミーさんを前にすると時間の流れが分からなくなるのだ。


 ベッドに座る私の横に現れてくれた兎さん。彼の青さも赤い目もいつも通りに見えて、けれども何故だか空気は違って見えて、私の脈は早くなった。


 言葉を探す。ゆっくりと、確かに。どんな言葉なら彼は答えてくれるのかと。


「アミーさん、その後どうですか」


「どうもないよ。平和さ平和、とってもね!」


 明るいトーンで彼は答えてくれる。至極楽しそうに、幸せそうに。大きく広げられる両腕は長く、舞うように私の頭を撫でてきた。


 その被り物の下の顔がどうなっているのか、私は知らない。そこに何を隠して、アルフヘイムで何があったのかも彼は語らない。


 それが彼なりの優しさで、私に聞いて欲しくないと思うことであるならば、私は聞かない方が良いのだろう。


 思うのに、彼の左腕の動きがぎこちないと感じてしまって。それは錯覚ではない気がしたから。私は黙っていられない。


「腕、どうかされたんですか?」


 アミーさんの膝に乗るらず君とりず君に視線を落とす。ひぃちゃんは私の肩で尾を揺らし、アミーさんは笑うのだ。


「何でもないよ!」


 何でもないなら、どうして貴方の腕は先程から一定より上がらないのだろう。そこでいつも止めていたっけ。分からない、分からないよアミーさん。


 貴方は何を隠してますか。


 貴方は、どれだけ痛い思いをしてきたんですか。


「アミーさん」


 言葉を決めていないのに呼んでしまう。自然とアミーさんの両手を握っていた私は何がしたいのだろう。


 アミーさんは突然のことに黙り、少し間を開けてから「何?」と聞いてくれた。


 言葉を探す。どうかこれ以上無理をしないでと、痛い思いはしないでと、私のことなど守らないでと、貴方に伝えたくて。


 私が呼ばないのに出てきて助言をくれたり、千里眼を使って住人さんの場所を特定したり、はたまた私の耳をその手で塞いだり、あまつさえ教えてはいけなかったかもしれないことを口走って。


 お願いですアミーさん。貴方は、私が知るだけでも危ない橋を渡りすぎているんです。


 それが勝つ為であろうとも、勝利をその手に掴ませる為であっても。


 考えて、はたと気付く。


 ――守る?


 私はどうして、今の中で「守らないで」などと思ったのか。


 だってその感覚は、おかしい。


 アミーさんは兵士で、私は彼の駒だ。彼らが統治権を得る為に生贄を集めて、祭壇を建てる手足が私達だ。


 彼が私を守る理由はない。私が死んでも別の駒が選ばれるのかもしれないし、選ばれなくともアミーさんへの実害は勝利する為の手足が一本減ったと言う所。結果勝てば何も無い筈だ。


 彼は優しい。最近ずっとそう思うし、頭の中でその言葉を重ねてきた。彼は優しい、彼は優しい、と。


 けれども、駒に優しくする必要がどこにある。チェスの駒に熱湯が降りかかりそうになって、はたまた剣山が落ちてきて、それを自分を盾にしてまで守る人はいるのか。


 私は、いないと思う。


 いないと思うから、熱湯から守り、剣山の盾になろうとしてくれるアミーさんの態度はおかしいのだ。


 貴方の口は私を「駒」だと(うそぶ)くのに、まるでその態度は家族に向けるような温かみがある。


 貴方は誰を見ているのですか。


 貴方が守りたいのは、得たいのは、本当に勝利ですか。


 聞いてしまいたくなる。しかし聞けば知ってはいけない何かを知って、教えなくていいことをアミーさんの口から言わせそうで、怖くなる。


 これはただの勘。確たる事実も確実な証拠も何も無い。何も無いからこそ心配性の私がブレーキをかけて、アミーさんの手を握り締めるのだ。


「アミーさん」


「うん」


「アミーさん」


「うん」


「……アミーさん」


「うん」


 私の口から言葉が溢れる。何度も彼の名前を呼ぶと言うどうしようもない行為の、終止符と言わんばかりに。


「私、優しいアミーさんが好きですよ。いつも明るくて、何考えてるのか分からないし、最初会った時は怖くて怖くて仕方がなかったけど……貴方が私の兵士で良かったって、素直にそう思うんです」


 伝われよ。だからこれ以上、無理しないでって。


 駒の為に熱湯なんて浴びなくていいし、消耗品の為に手を血だらけにしなくていいんだって。


 頑張るから。どこまでも頑張ってみせるから。


 そう思う私の手の中からアミーさんの両掌が消えて、二の腕を思い切り掴んできた。


 窓から色の変わり始めた日が射し込んでいる。


 肌を焦がすそれは夏の色を孕んでいて、久しぶりに上がった雨はこれでもかと空を清々しくさせていた。


 アミーさんの耳が、手が、肩が――震えていた。


「僕が兵士で、良かった?」


「……良かったです、とても」


「僕のこと、好き?」


「好きですよ、アミーさん……大好きです」


 ――泣いている。


 そう思ってしまって、私はアミーさんの背中にどうにか手を伸ばす。


 りず君とらず君は小さな前足でアミーさんの肩に登り、撫でて、ベッドに降りたひぃちゃんも兵士さんの腕に擦り寄っていた。


「ッ、ナイと、ラウと、リウに、そっくりだ」


 震える声を聞く。それは私が知らない誰かの名前。


 アミーさんの片腕はひぃちゃんの顎を撫でて、私の肩に大きな兎の頭が乗った。


「ごめん氷雨ちゃん。僕は、守れ――――――の為に、君を、君達を、守りたくて、―――――――のに、道が分からなくて、―――――――何も変わらなくて、君が―――のは僕のせいで、あぁ、ごめん、ごめん、ごめんよ、ごめん」


 震える声で必死に謝罪を並べるアミーさん。それは初めて「彼」を見る小さな兆しで、握り締められた腕の痛みなんて私はどうでもよかったんだ。


 彼の酷く揺れる声は被り物に吸い込まれて時折聞こえなくなったが、全てを聞こうだなんて思わない。


「良いんです、アミーさん。貴方が私と誰かを重ねようと、貴方の声は、言葉は、優しさは、私を今までずっと支えてくれていた。だから良いんです。その決意に溺れそうになっている貴方を、私は救いたいと、無理をしないで欲しいと……想ってしまっただけなんです」


 アミーさんの背中を撫でる。その広い背中は震えており、アミーさんが奥歯を噛み締めた音を聞いた気がした。


「君が、(えにし)君に似てたから……硝子のハートだったから、ッ、心配で、心配で堪らないから、僕は君に、ッ!」


 アミーさんの顔が上がる。


 その赤い硝子の目の向こうで、彼は――


「ぃきていてほしいって……おもうんだよ」


 酷く懇願する表情をしているのでは、なかろうか。


 私はアミーさんに抱き締められ、その大きな背中を抱き締め返す。


 聞きなれない「縁君」という名前の誰かについて聞いても、きっとアミーさんは答えてくれないだろう。


 夕日が沈んでいく。


 アミーさん、貴方はどこまでも優しくて、きっと私を駒だなんて思っていないのだと、自意識過剰になってもいいですか。


 どうか貴方が救われるように。


 いいや、「ように」だなんて他人行儀だ。


 私は貴方を救ってみせる。生きて欲しいと貴方が願ってくれるなら。


 私は神様ではない。仏でも超人でも、主人公でだってない。


 それでも、私は貴方の友人になりたいと思って、友達に泣いて欲しくないと願うから。


 神ではなく、己に誓う。


 私はその日の夜、アミーさんがアルフヘイムに戻った時、グループのメッセージに投げてはいけない言葉を投げ入れた。


 〈救う為に何をすべきだと思うか、今日、話してみたいです〉


 私は神様にも英雄にもなれない。そんな大それたものにはなろうとだって思わない。


 それでも、ただ友達の涙を拭う強さが欲しいと、手を差し出す優しさが欲しいと、心の底から思ったんだ。


 さぁ立て氷雨。


 お前は今まで、これでもかと泣いてきた。


 もう、泣くのは終わりだ。


 梅雨は、終わった。


「ディアス軍、凩氷雨、アルフヘイムへ」


青い兎は、背中に隠した友達の残焔を、追っているのかもしれない。


聞き取れなくていいよ。伝える気なんてなかったんだもの。


アミーが受けたのは、あの痛みを繰り返す行為。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿、致します。

コメントやブックマーク、とても励みになっています。ありがとうございます。氷雨ちゃん達を、どうかこれからもよろしくお願いします。



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