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僕らは痛みと共にある  作者: 藍ねず
第三章 盤上のしがらみ編
103/194

宣誓

嘘をついた。


――――――――――

2020/03/05 改稿

 

「……うん、ごめん、嘘ついた」


 祈君の言葉に対して返事をしたルアス軍の男の人。


 穏やかに眉を下げて笑っている彼は円卓の椅子を一つ引いていた。


「まぁ座ってよ、祈。皆さんも。話をしましょう」


 言われた私達は自然と顔を見合わせてしまう。


 ここに座って、話。


 窓は天井部に円形の大きなものが一つあって日の光りを注いでいる。一つしかない扉の前には狼さんが座っていた。十中八九、心獣さんだ。


 狼さんのパートナーだと思われる女性は兄さんから向かって右隣の椅子に腰掛けて、祈君のお兄さんは彼女の反対側に座っていた。


 女の人と目が合う。彼女は私を兄さんと正面から対面する席に促してくる。だから私は意を決して椅子を引いた。


 左側に帳君と祈君が座ってくれて、右側には翠ちゃんと梵さんが座ってくれる。時沼さんは梵さんと一つ椅子を開けて座り、部屋には沈黙が落とされた。


 膝にりず君達を乗せた私は兄さんに視線を向ける。その黒い瞳もこちらを見ており、私は不安定な感覚を味わっていた。


 何かを噛む音が聞こえる。


 視線を向ければ、祈君が指の関節を――あらん限りの力と言っても過言ではなさそうな勢いで――噛んでいた。最近見なくなっていたその行為に胸が締め付けられ、祈君はフードを被る。


 それを見た祈君のお兄さんは聞いていた。


「祈、大丈夫?」


 心配だという思いを一心に孕んだ声。


 祈君は指を噛むのを止め、彼の肩に留まるルタさんの羽根が逆だった。


「大丈夫? 何が? ふざけんな」


 祈君の声には凄みと棘があり、お兄さんは口をつぐんでいる。


 その居た堪れない空気が蔓延まんえんしそうになった時、眼鏡をかけた女性が溌剌はつらつと笑ってくれた。


 空気をぶち壊す為に発せられたと言うより、彼女がそうしたいから声を上げたと言わんばかりの勢いで。


「駄目だよ駄目だ!! これは駄目!! この空気はマイナス点!! 何の為にこんな場を設けたのかも分かんなくなっちゃうよ本当!!  胃が痛くなっちゃった! だからまずは自己紹介なんてどうだい? リーダー様よ!!」


 両手で兄を指した女性。ため息をついた兄さんは「お前が最初にやれ」と投げやりな言葉を発していた。


 女性はそんな兄の態度にも明るく「いえっさー」と敬礼している。それから私達の方を向いて、弾ける笑顔が垣間見得た。


「はじめまして! 私はルアス軍心獣系戦士、(かばね)出雲(いずも)だよん! 大学二回生でーす! そっちの扉の前にいるのは私の心獣、白玉(しらたま)さ! かっわいいだろ〜?」


 屍出雲さんと、白玉さん。ネーミングセンス可愛い。言わないけど。


 頭の中で名前を繰り返し、屍さんは祈君のお兄さんに「次は鳴介めいすけどぞー!」と元気よくバトンを渡していた。


「俺は闇雲(やみくも)鳴介(めいすけ)。ルアス軍の体感系戦士です……祈の兄でもあります。高三です。よろしくお願いします」


 丁寧な物腰でお辞儀してくれた闇雲さん。


 私はお辞儀を返し、時沼さんは自己紹介をパスしていた。


 視線は流れ的に兄さんに向かう。彼は目を伏せながら口を開いた。


(こがらし)時雨(しぐれ)。ルアス軍体感系戦士。お前らの自己紹介は無駄だからするな」


 視線と台詞で釘を刺される。私は口を噤んでしまい、対するように隣からは笑い声がした。


 見れば帳君が――チグハグ性を持って笑っている。


 笑顔なのに冷たくて、声からは感情が抜け落ちたあの感覚。自分の平衡感覚が歪みそうになる、初めて出会った頃の彼。


 帳君は椅子の背もたれに体重をかけていた。


「氷雨ちゃんがあんまり会いたがってなかった理由が分かったなー。あんた本当に氷雨ちゃんと兄妹? だったらウケる。何でこんなに性格違うのかってね」


 敬意も人情も乗っていない声がする。どうすればそんなに感情を乗せずに音を吐けるのか知りたいところだが、今こうして口を開いてくれたことは有難い以外の何ものでもなかった。


 帳君の目は笑っていない。


 彼は片手を軽く広げながら続けていた。


「話って何? こっちも忙しいんで手短にしてよね、お兄さん方」


 私の心臓が段々早くなる。兄さんを見れば、表情は変えずに息をついていた。


鬱陶うっとうしい。元々そんなに時間かける気もねぇんだよ、こっちは」


 低い声が圧を与えてくる。冷ややかな黒目は帳君を射抜き、しかしそれに負けるほど帳君も弱くない。


 翠ちゃんが息をつく音を聞いて、祈君はまた指の関節を噛んでいた。


「じゃあさっさと話して終わろうよ、こんな無駄な会」


 帳君は口角を上げている。


 りず君とらず君は落ち着かないと主張するように膝の上で動き、兄さんは目を細めた。


「お前ら、今生贄数最多ののチームだろ。四体の生贄を集めたんだってな」


 空気が張り詰める。


 ルアス軍とディアス軍が対談する中で、出してはいけない単語を兄は無遠慮に呟いた。


 それが時沼さん一人に対してディアス軍五人の状況ならまだしも、今の状況は四対五。白玉さんの狼という属性を見て彼、ないし彼女を一と数えれば五体五の状態。


 そんな拮抗状態で「生贄」という単語と数を確認するのは、さざ波を立てる行為だと兄さんが知らない筈がない。


 私の頬を冷や汗が伝い、顔は笑うことも出来ていなかった。


 兄さんの考えが全く読めない。


「その祭壇は壊した」


 兄の言葉が続いていく。


 壊した。


 祭壇を。


 壊、した……?


 最初は理解が出来なくて、私の目の前を早蕨さん達がフラッシュバックする。


 肩を引き攣らせて目を瞑ると背中に翠ちゃんの手が添えられた。


 駄目だ、目を閉じるな氷雨。


 お前は余りにも脆すぎる。


 自分を叱咤しったして確認の言葉を吐こうとすれば、先に兄さんの言葉がぶつかってきた。


「この程度の現実で目なんか瞑って、相変わらずお前は脆弱だな、氷雨」


 私の心に言葉が刺さる。


 貫いた痛みは指先を震えさせ、らず君が酷く痛がっていた。


 りず君は呻いて、ひぃちゃんが私の首に尾を巻いてくれる。


 私は脆弱。


 そんなの、痛いほど学んできた。


 私は兄を見つめ返して口を開く。


「そんなお説教をする為に、呼んだ訳じゃないよね」


 兄さんの目が細められる。屍さんは唇に弧を描き、時沼さんも闇雲さんも黙ったままであった。


「祭壇は壊して生贄は放ってある」


「だったらもう一回祭壇を建てればいい」


 自分の言葉に体温が奪われる。


 生贄は翠ちゃんが意識を抜いている。だからルアス軍の人は困惑すると踏んでいて、祭壇をまた建てて祀ればいいと私は考えている。


 目の前にいる兄を殺して、時沼さんを殺して、祈君のお兄さんを殺して、屍さんを殺して、早蕨さん達を殺して。


 そんな自分が嫌で怖いのに、出した言葉は戻らない。


 私は奥歯を噛み、兄さんは目を細めていた。


「震える声で言われる言葉なんざ響かねぇな。そんな覚悟でお前は勝てねぇよ」


「ッ、勝つよ、兄さん」


「いいや、お前は負けて死ぬ」


 絶対零度の兄の目に射抜かれる。その迷いなき声が怖くて、私は手を握り締めていた。


 言葉を探せ、意見を言え、負けてはいけない。


「全部の祭壇を壊してディアス軍を殺す覚悟が、兄さんにはあるの?」


「ある。俺は自分が納得して生きられたら良いからな。ディアス軍なんかどうなろうと知らねぇよ」


 躊躇ない覚悟の声がする。それに胸が締め付けられて、髪の生え際から汗が流れた。口の中が渇いていく。


「非道ね。でも、それはきっと必要な覚悟なのだとも思うわ」


 不意に会話を割ってくれた翠ちゃんに救われる。彼女は腕を組んで兄さんを見ていた。


「まさか、祭壇を壊した報告と勝つと言う宣戦布告の為に呼び出したわけ? そんな余裕(はなは)だしいわね。今に足元を(すく)われるわよ」


「んな無様な失態はしねぇよ。本題はこの先だ」


 兄が黒い髪に指を通してピアスが揺れる。ディアス軍でもルアス軍でも、同じ形と色をしたピアス。兄さんは静かな声を吐いていた。


「お前達ディアス軍は鍵を使って祭壇を作るんだろ」


 兄さんが首からルアス軍の鍵を出す。ディアス軍の物とは少しだけ形状が違うそれは、窓から降り注ぐ日の光りを得て輝いていた。


「俺達ルアス軍の鍵は祭壇が近づけば淡く光るようになってる。祭壇の場所は特定出来ねぇが、近くにあるってことは教えてくれるんだ」


 いつか教えられた。祭壇の数は教えて貰えるが場所の特定は出来ないと言うこと。視界に浮かんだのは高校二年生初の始業式。


 祭壇の位置を特定は出来ない。けれどもルアス軍は鍵があることで場所の検討を付けることが出来る。


 祭壇を建てるディアス軍の鍵と、目的の目安を立てるルアス軍の鍵。


 私は手を握り締めて、兄さんの口が動くのを見るしか出来なかった。


「鍵はお前達にとっても俺達にとっても重要なアイテムだ。そして同時に、わずらわしいものでもある」


 兄さんは背もたれに体重をかけてこちらを見つめている。


「なぁ氷雨。お前らの鍵を壊したら――俺らは有利になると思わねぇか?」


「な、ッ、何……」


 喉が張り付いてしまいそうになり、必死に空気を吸う。


 鍵を壊す。それは駄目だ。この鍵は祭壇を建てる為に必須の物で、アミーさんとの連絡手段になっている。これを壊されてもアミーさんが新しい鍵をくれる保証なんてないし、くれない可能性の方が高いと見積もってしまう。


 アミーさん達兵士は、私達戦士が呼ばないと対面出来ないもの。


 私の考えは話をすることから撤退に移り変わっていく。


 感情を読み取らせない兄の目は、確かに私達の鍵を見据えていた。


「それを寄越せ、お前ら全員。安心しろよ、鍵の再発行が出来ねぇのはこっちの兵士に確認済みだ。お前達は鍵を渡して、終わりが見えた生活を謳歌すればいい。その方がしたいことを明確にして実行出来んだろ」


 兄さんが椅子の肘掛に頬杖をついて目を細める。


 さも当たり前と言わんばかりの彼の態度は私の頭を沸騰させた。


 鍵の再発行は出来ない。確実に足元を固めた結果の提案。


 余りにも横暴で、これは話し合いでも提案でもない。兄が望む道を作る為の築きの一旦だ。


「馬鹿なの? はいそうですかって渡すわけないじゃん」


 帳君の(あざけ)る声と、部屋の中を風が舞うのが感じられる。


 私の髪の一部は揺らされて、翠ちゃんの手が手裏剣に伸びているのが机の下で確認出来た。


「これは慈悲だろ。後悔させねぇように、死ぬその日は祭壇の総数確認して事前に宣告してやるんだから。それまで生贄を集めたりなんかせずにこの世界を満喫して、タガトフルムで伸び伸びとしてりゃいい。生贄なんざ集めるの、しんどいんだろ?」


「しんどいですよ。しんどくてしんどくて、堪らない」


 祈君の声がする。口から指を離した彼はルタさんと同化し、腕を漆黒の翼へ変えていた。


 あぁ、そうだ、生贄を集めるのはしんどい。しんどくて堪らなくて、息の仕方を時折忘れてしまいそうになる。


 それでも私達は、私達が集めてきた生贄は――


「だけど俺達は、そのしんどいを少しでも減らす為にちゃんと考えた。氷雨さんが提案してくれた。シュスの誰もが悪だといい、俺達の尺度で測った時も悪だと言えるその人。それを俺達は生贄にしてきたんです。みんなでちゃんと決めてきた」


「仲良しごっこか、反吐が出る」


 祈君の言葉を叩き落とす兄さん。


 祈君の奥歯が噛み締められる音がして、闇雲さんは表情を変えなかった。


「誰もが悪だと言っても、生贄にされた人にだって命があるんだ。それは俺達が測っちゃいけない。君達のそれは自己満足だ」


「ッ、じゃあ、兄貴も俺達に死ねって言えよ」


 祈君の肩が戦慄(わなな)いて、闇雲さんは弟から目を逸らさない。兄弟の間で散った火花を私は見た気がするんだ。


「ルアス軍は救えば生きられる! でも俺達は、殺さなきゃ生きられねぇんだよ! それは悪行であり蛮行だって知ってる! 知ってるけどやってきた! 何もせずに死ぬのは愚行だッ、俺は明日も生きていたいと願った! だから必死になって今までやってきたんだよ!!」


「それで生き残った先に幸せなんてないよ、祈」


「じゃあ死ねってことだろ!」


 穏やかな声で、諭すような物言いをする闇雲さん。


 祈君は今にも羽根を打ち出しそうで、私は奥歯を噛んでいた。


 ずっとそうだ。ルアス軍の人と出逢えば大概そう。


 生贄なんて集めるな。それは悪いことだ。それで生き残ってどうするんだ。


 ――駄目です、それは悪いことだ。誰かを犠牲にして生きるんて、そんなの正しくないッ


 うるさい、そんな偽善は聞き飽きた。


 私の右手が机を殴る。


 その音は部屋に響き、闇雲さんと祈君の言葉が止んでいた。


 あぁ、痛い。


 痛くて痛くて――堪らない。


「やっぱり、ルアス軍とディアス軍では相容れないですね。理想を抱け? 誰かを生贄にするのは悪いことだ? そんなこと知ってます。知らない訳が無い。ルールに従わずにやり過ごせって言うのも、理想に過ぎない。そんな理想を抱けるほど、私達は人間が出来てないんです」


 呼吸が苦しい。アミーさんの顔が浮かぶ。青い兎の被り物をした彼は私が何もせずに負けて死んだ時、どんな言葉をくれるのだろう。いや、言葉なんてくれないか。


「私は、ここで出来た友達と自分自身が大切だから――貴方達の悪であっても構わない」


 笑ってしまう。


 兄さんの眉間には深い皺が寄り、今にも暴言が飛び出しそうな雰囲気だ。


 だから何かを言われる前に宣言する。


「鍵は、渡しません」


「……そうかよ」


 兄さんの低い声がして、彼は息をつく。その仕草すら美しいなんて家族贔屓を止めたいところだ。


「なら、奪うまでだな」


 瞬間――ずっと黙っていた時沼さんの姿が視界の端から消える。


 始終全員が視界に入るように気を配っていたのに。


 それでも彼の転移に、ただの人間の視力がついていける筈もない。


 私の顔の両脇。後ろから伸びてきた手に、情けない私は泣いてしまいそうになった。


 頭を微かにずらして、りず君が膝の上で突き棒に変わる。


 先端が丸い殴打用武器の範囲は中距離。薙刀より殺傷力は低く、相手を牽制するのに有利な道具。


 それが私の左耳の横を瞬時に通り過ぎ、時沼さんの手が引っ込んでいく


 私は服の上から鍵を掴み、素早く椅子から立ち上がった。


 後ろを振り返れば時沼さんと目が合う。


 彼は笑っていて、少しだけ赤くなった頬に手の甲で触れていた。


「油断、してねぇもんだな」


 あぁ、止めてくれ。


 私は貴方のそんな言葉を聞きたくなかった。


 でも、これが正しい関係だ。


 思う間に、扉の前から高く跳躍した白玉さんが見える。それに向かってひぃちゃんと祈君が飛び上がってくれて、緋色と漆黒の間を円卓が猛スピードで通り過ぎた。


 投げつけられた円卓を白玉さんが蹴って床に着地する。


 壁に激突した円卓の形は微かに変わり、酷い音を立てて落ちていった。


「戦い、たく、は、なかった、が」


 梵さんの声がする。


 彼は片腕だけで円卓を投げたのだと分かる立ち姿で、牙を向いた白玉さんに視線を向けた。


「鍵を、寄越せ!!」


 白玉さんの声は低く威厳ある男の人のように聞こえるもの。


 唸り声を上げながら梵さんに飛びかかった心獣は爪が鋭く伸びていた。


「梵さん!」


「問題、ない」


 反射的に出た声に彼は答えてくれる。


 狼相手に、心獣相手に問題ないって!


 梵さんは白玉さんを素早く避けると足をしならせ、それを心獣も避けるのだ。素早い攻防が見える。


「よそ見してる暇ないよ」


 帳君の背中が私の背中に当たる。


 彼は手を振って部屋の中に風を巻き起こしていた。


 椅子が空を飛んで、屍さんと闇雲さん目掛けて叩き落とされる。二人はそれを素早く避けていた。


 兄さんは立ち上がってこちらを見つめている。


「氷雨」


 呼ばれる。


「お前は、俺達を殺す覚悟は出来てるか」


 確認される。


 あぁ、そんなものッ


「出来てるわけ、ないじゃないかッ」


 出来ない。出来るわけない。どんなに意見が食い違って、どんなに敵対関係にあって、どんなに酷い言葉を投げられても。貴方は私の兄で、家族で、時沼さんは友人で、闇雲さんは祈君のお兄さんなんだから。屍さんにだってきっと家族がいるし、早蕨さんや鷹矢さんが生きたい明日だってあるに決まってる。


 殺せない、殺せない、殺したくないッ


「馬鹿が」


 兄さんの冷たい声がして、私の横を細い光りが瞬きの間に過ぎ去る。微かな音がして、私の髪が軽く浮いた。


 ――電気。


 兄さんの指先が光り、私に向いている。


「覚悟が足りねぇ奴は、悲観したまま立ち止まってろ」


 兄さんからまた光りが放たれ、私は盾になってくれたりず君を構える。


 そんな私の前に飛び出してくれる背中は、いつからこんなに安心を与えてくれているのだろうか。


「へぇ、なんだ」


 帳君の声がする。


 彼の前で弾け消えた電気は空中に飛散し、兄さんは眉を動かしていた。


「雷じゃなくて良かった。流石にそういう類のは絶縁破壊されちゃうからさ」


「……お前、風の体感系戦士じゃねぇな」


 兄さんの言葉を聞いて帳君は笑っている。


 その揺れる背中は、兄さんと私の壁となってくれていた。


「違うよ、俺の能力は空気だ。静電気程度、空気中の湿度上げれば通さねぇよ。ね? 自己紹介はちゃんとした方が良かった」


 兄さんの指からさっきより強くなった光りの線が放たれる。しかしそれは帳君の前でやはり飛散し、私は湿り気の増えた空気に肌を撫でられていた。


 舌打ちが聞こえる。兄さんは両掌を合わせて、その間からは電気の火花が散っていた。


「ざけんな餓鬼が、そこを退け」


「退かねぇよ暴君、お前の相手は俺がする。鍵を壊せば有利になるのはこっちも一緒なんだから」


 そう言った帳君の足が浮き、目配せがされる。


 兄さんと私が戦わないように。なんて、そんな解釈は余りにも都合が良すぎるな。


 私は周囲を確認する。


 梵さんは白玉さんと。


 祈君はお兄さんと。


 翠ちゃんは時沼さんと。


 扉は閉まっている。


「はぁい、妹ちゃん」


 上から声がして、私と帳君はお互い逆方向に避ける。床に亀裂を入れたのは――屍さん。


 彼女の両手には銀色の手甲鉤(てっこうかぎ)のような武器が嵌められて、顔はとても楽しそうに笑っていた。


「兄妹揃って綺麗な顔だねぇ〜、はぁ〜、惚れ惚れしちゃう」


 手甲鉤の爪を打ち合わせて鳴らす屍さん。


 私の背中には冷や汗が伝い、りず君がハルバードになってくれた。


 ひぃちゃんは背中に捕まって尾を腹部に回してくれる。


 らず君は淡く輝いて、私の視界は鮮やかになった。


 屍さんの目が愉快そうに細められたのが見て取れる。


「改めて、私は屍出雲。ルアス軍よりディアス軍になりたかった女で、綺麗な物を壊すのが趣味の大学生でーす。優秀な君達の鍵を壊して、ディアス軍の鍵狩りの狼煙(のろし)にしちゃいま〜す」


 そんな自己紹介し直されても、困るからッ


 私は全身に鳥肌が立つのを感じながら、飛びかかってきた屍さんを迎え打った。


 もう、正しさなんて分からない。


心が痛んだ。


けれども氷雨ちゃんの心は、もう折れない。


明日は投稿お休み日。

明後日投稿致します。

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