5km、800km、6000km先も海だった
16日目の夜に、もう1つ判明したことがあった。西に5km進むと海だった。つまり、私のダンジョンの真上にある都市は、海に隣接しているのだ。私の世界の大都市のほとんどが海、あるいは川沿いにあることを考えたら、驚くべきことではない。
「南にも掘ってみたけど、そちらは今日は海にたどり着かなかった」
「何のためにそんなことをなさっているのですか」
これについてはイワンは純粋に知りたがっているようだった。北の1500km先に国を作るなら、まずはそちらから手掛けてもいいはずだ。10cm×10cmの通路は、魔素を集める以外に何の役にも立たない。
「もし、この世界が剣と魔法の世界なら、地図という物はあまり広まっていないはず。この上の土地がどのように広がっているか。自分の手で確かめておきたかった。これが1つ目の理由」
「2つ目の理由は?」
「この通路はいずれ拡張して、大陸を移動するための交通網にする。だから、今のうちにつなげておく」
「確かに地中であれば、天候に影響されず、しかも山や川などの地形も気にせずに移動できますが…」
相変らず鋭い。交通網にするというのは本当だけれど、それをこの世界には未知の技術である鉄道によって実現することはしばらくは言うつもりはない。それなのに、私があえて何かを言ってないことに気が付いたようだ。あれこれ言うつもりはなく、執事として、気にかけていると伝えるだけにしてくれるようなのは嬉しい。
17日目の夜、南に800km進むと海だと判明した。この大陸の南北は約2300kmなのだ。21日目の朝、東に6000km進むと海だと判明した。東西には約6000kmだった。
「世界最大のダンジョンを作ったから、何か賞がもらえないかしら」
「ミニコアスライムしか使えないダンジョンでは、辞退されたほうがいいかと」
「神様から、お褒めの言葉がいただけるとか」
「おお、素晴らしいですな。まことに素晴らしい。本当に素晴らしい。いや、まったく素晴らしい」
賞賛のかけらすらない褒め言葉を口にするイワンを私がジト目で見ても、イワンは歴史に残る大演説でもしたかのような自慢気な表情をしている。いつか、本気で賞賛の言葉を口にするしかないようなすごいことを見せてやる。
それはそれとして、21日目の夜にダンジョンの拡張を始めてから、通路の総延長が1万kmを越えた。北への通路の半分、750kmの所から、東に10km、下に500m、横に1km掘ってから、地中海の建設を始めた。まずは東にそのまま400km。それから南北に1000㎞。後は1km間隔で適当に網目模様を作っていって、魔素を存分に集める。そして、何事も無く30日を終えることができた。ダンジョンに関しては。本当にダンジョンの拡張だけに関しては。
「30日目に起こらなければいけなかったのかしら。神様の悪意が見えるわ」
「神様が、そんなことをするわけがありますか」
イワンが言うなら、そうかもしれない。ただ、30日を終えた達成感が吹き飛んでしまった。剣の男と杖の女がまた来たからだ。
「女性の一人として、見苦しい振る舞いをお詫びします」
このダンジョンは、自慢では無いけれど、とても人気が無い。宝も無いし、モンスターもいない。あるのはパズルだけということが知れ渡っているらしく、最初に来た4人、調査に来た3人、それにまた来た2人の合計で9人しか来ていない。それだけに、また来てくれたことを喜びたかったのだけど…。
「私のダンジョンをラブホテル代わりに使わないで欲しい」
「どこに惹かれたのやら。お嬢様はあのような男は?」
夜だからか、答える気力も無かった。剣の男と杖の女は、何を考えているのか、8枚の部屋と16枚の部屋の間の扉を閉めると、キスを始め…。そこから先は解説したくもない。意図せずに盗撮してしまった。
「はあ…」
もう映像は止めてある。だけど、ダンジョンの中に人間がいることは感じ取れ、その人間が何をしているかは知っているわけだから、映像が無くても何の助けにもならない。
「イワン、人間を滅ぼしてもいいかしら?」
「ダンジョンの中で逢引きをしていたから、という理由では流石に勘弁してほしい物であります」
いいじゃない。ケチ。