1500km先は海だった
ようやく本格的なダンジョン建設が始まっていきます
魔素の獲得のためにダンジョンの拡張を始めてから15日間、何も起きなかった。いや、1つだけ知識は増えた。16枚目の部屋の天井に監視カメラを仕込んでおいたおかげで、この世界の人間がどのような存在か、確認できたのだ。4日目のことだった。
「剣と魔法の世界ね」
「剣と魔法の世界ですな」
先頭で部屋に入ってきた男は、いかにも身軽そうな服装に短剣を構えていた。なぜか何度も天井に埋め込まれ、巧妙に隠された監視カメラを見るので不安になったが、どうやら取り越し苦労だったようだ。そもそも、全方位魚眼カメラを天井の模様に見せかけて取り付けている。何の動きも見せない半球のガラス球に危険を感じられるはずがない。その男が手で仕草をすると、次に剣と盾で武装した男が入ってきた。剣は抜いているが、ブラブラと剣先は遊んでいて、戦いになるとは思っていないらしい。まあ、このダンジョンの中にいるのは、1匹のミニコアスライムだけだし。敵意でも探っているのか部屋中を見まわしてから頷くと、後ろから杖を持った女性が入ってきた。そして、この女性が16枚のハノイの塔を調べ始めたのだった。
さて、ここまで書いたら、まるで一言も彼らが話していないように思えるかもしれないが、実は違う。ただイワンの言葉から、何を話していたかは解ると思う。
「男性の一人として、聞き苦しい言葉をお詫びいたします」
杖を持った女性に対して、剣と盾の男性が延々と男らしさを自慢し始めたのだ。男らしさといっても、一晩に娼婦を何人買ったとか酒をどれだけ飲めるかというようなもの。この世界では普通の事なのかと思ったけど、身軽な男が残念そうな目をしているのを見て、普通ではないどころか、この剣の男は杖の女に対して、残念な話しかけ方をしているのだろうと解った。杖の女の曖昧なうなずちは、飲み会で仕事の話しかしない男性社員に向けられるそれだ。そして、しばらくして調査が終わり、この3人組はダンジョンを出て行った。頑張れ、杖の女。きっと、良い人が見つかるから。
16日目の夜。色々な意味でダンジョンを台無しにしそうになった。
「あぶなっ!」
「は?」
思わず叫んだ私にイワンが驚いた。ちなみに最初の1週間は、下に降りて拡張していたのだけど、ダンジョン内ならどこでも同じらしいと気が付いて、ソファからやっていた。まあ、この15日間、淡々と拡張の作業を続けていただけに、突然叫んだら驚かれるに決まってる。
「海だった。1500㎞先は海だった」
「はあ…」
「慌てて、1kmも埋め戻しちゃった。まさか、止まらずに海までダンジョンが掘れてしまうなんて」
「普通のダンジョンマスターは、ダンジョンの周囲に何があるか調べようとするからではないでしょうか。流れ込んだ海水は、どれほどでしょう?」
「すぐに塞いだし、全長に比べたら、わずかな量だし、大丈夫」
なぜか掘れなくなり、海水を感じた瞬間にダンジョンの埋め戻しをしていた。私は魔素に余裕があったから良かったけれど、うっかり海や湖まで掘ってしまい、水に沈んでしまったダンジョンがあるのだろうか。
「ただ、海があると解ったのは嬉しい。1500km先に、国を作れそうという目標ができた」
「氷に閉ざされるような、寒い海かも知れませんぞ」
「それでも、いいえ、それなら人はほとんど住んでないから、逆に好都合よ」
「ああ、人が住まないところの方が使いやすいですな」
地表が雪や氷に覆われ、夏で無ければ狩猟民族ですら避けるような極寒の地の方が、都合がいいのだ。草木すら生えない方がいい。
「それにしても、海か。ダンジョンで暮らしていたから、そんなものがあることはすっかり忘れていた」
「また妙な考えを思いつきましたな」
「何のこと?ダンジョンの一部として、地中海を作ろうと思い立っただけなんだけど」
「地下の農業の次は、海ですか」
イワンがなんとも複雑な顔をしている。
「ダンジョンの中に、池や湖を作ることはよくあるでしょう。それより少し大きいだけよ」
「少しというのは?」
「南北1000㎞、東西400㎞、最大水深1500mぐらい。私の世界のカスピ海をモデルにするつもり。池や川もダンジョンの中に作り、ある程度、水を自然に循環させることを目指すわけ」
「お嬢様…」
やれやれとイワンは首を振った。
「意味も無く、広くするつもりじゃないから安心して。広くすることで、食物連鎖や多様な生物環境を作り出し、そして真珠や魚介類を輸出する産業基盤にもなってもらうつもり」
「承知しました、お嬢様」
私は何か、変なことを言っているのだろうか。イワンが投げやりになっている。