王都直下とパズル
目が覚めると真っ暗闇だった。どんな場所にいるのかもわからない。ただ、上の地面に、大量の人間や建物があることは何となく感じられた。この世界では、王都とでも呼ぶような大都市なのだろう。
「お嬢様、明かりをつけましょう」
すぐ側にいたイワンの手の上にまばゆい蛍の光とでもいうような幻想的な光が灯った。魔法だとすぐわかる。その灯りを頼りに周囲を見回す。地上への出入り口があり、天井はオフィスより少し高く、一人暮らし用のアパートより狭いぐらいの広さがある。兄が持っていたダンジョン経営ゲームのように、壁も天井も床も土だ。
「イワン、ダンジョンを作るには、何を操作したらいいの?」
ダンジョンコアとでも呼べるような物があると思ったけれど、何もない。空間にステータスウィンドウでも呼び出すのだろうか?
「いいえ、作りたいものを念じるだけでございます。ダンジョンの構造、例えば壁や床を作り変えたい場合は、手を当てていただければ集中しやすいでしょう」
「代償は何が必要なの?」
「生贄や人間の魂などは必要なく、ダンジョン内、さらにダンジョン周囲の地上から魔素という物が自然に集まります。これを消費して、魔物を呼び出すこともできます」
マジックポイントというわけだ。素材に人間の魂が必要と言われたら、魔物を召喚して戦闘する必要があっただろうけど、話に出たダンジョンマスターが何かをやっているように、そういう代償が必要な世界ではないようだと予測はできていた。魔素は今もあるはずだけど…見回しても、魔素は見えないし、身体の中に何か溜まってきているような感覚が無い。
「魔素がどれぐらい溜まっているか、解らないけれど、すぐに作業を始めた方がいいわね」
イワンが首を傾げた。
「なぜでございますか、お嬢様?」
「ここは100%、大都市の下だから。すぐに冒険者が来るわ」
驚きにイワンが目を見開く。
「外を確認してまいりましょうか?」
「不要よ。あの子男が言ってたから。同僚に自慢されたくないなら、同じように大きな街の近くに作らせるはず」
この部屋には灯りがいる。後は、仕掛けを作っていこう。入り口から見て、左右の壁に…壁にソケットでも埋め込まれているような電球型のLED電灯をつけてしまった。なんで電気も流れていないのに光っているんだろうと思いつつも、仕掛けを作り始める。床に1枚の金属の長方形の板を置き、そこに3つの棒を等間隔で立てる。どれもミスリル製で持ち運んだり、分解できたりしないように床に固定する。一番左側の棒に大きさが少しずつ大きくなる4枚のミスリル製の円盤を載せていく。円盤の中央には穴が空けてある。一番小さい円盤は直径は2センチ程度だ。厚みは5ミリも無く、手を切ることのないように端は丸めてある。
「パズルですね、お嬢様」
円盤と台に単純な魔法仕掛けをしていく。そして、台の横にこのパズルのルールを書き記す。
・ルールに従い、すべての円盤を左端から右端の杭に移動させろ。先に進む扉が開く。
・円盤は1度に1枚ずつ、どれかの棒に移動させられる。
・円盤は小さい物をより大きい物の上に置く。小さな物の上に大きな物を載せることはできない。
・初めからやり直す場合は、一番小さい円盤で、3回ずつ、3本の棒すべてを叩くこと。
「あ、忘れてた」
この部屋の中では、ダンジョンマスター以外が魔法が使えず、部屋の外からの魔法も遮断するようにする。魔法で片付けられたら困るのだ。1枚、1枚、手で動かしてもらわないと。そして、この部屋から出る通路を作り、このパズルをクリアすると開く魔法の扉を作れば完成だ。扉は私とイワンはいつでも開けるように設定する。移動するたびに、ダンジョンマスターがパズルを解かないといけないのでは、無駄に時間がかかりすぎる。
「これは簡単に解けますな」
イワンは頷いた。補佐役というからには、やはり頭が良いのだろう。
「ええ、これは冒険者たちの練習用だから。次に行くわよ」
次の部屋も同じだ。ただし、円盤の枚数を倍の8枚にする。その次の部屋も同じ。ただし、円盤の枚数を倍の16枚にする。そして、次の部屋は32枚にしたところで、身体がふらついた。イワンがとっさに支えてくれなかったら、危なかっただろう。
「お嬢様。おそらく魔素切れです」
口を動かそうとしたが、それすら上手くできなかった。声が出ない。目線だけで、32枚の部屋から出る通路を伝える。
「この先に休憩所を作っておくべきでしたが、防御を固めることが優先ということですな」
イワンは私を通路の壁を背にして、横たえてくれた。できるはずだと思って作ったけれど、思ったよりギリギリだった。そもそも32枚にこだわる必要はなかった。