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プロローグ:ホワイト企業のオフィスから異世界に

 内装はごくごくありふれたオフィス。上司に同行して訪れた他企業と比べても、取り立てて良いと言えるところはない。でも、実際には日本で有数のホワイト企業、労働時間の短さは上から数えたほうが早いのだ。


 実は給料は安めなんだけどね、と思ってしまう。何しろホワイト企業なので、無駄な残業はありえないのだ。仕事が多ければ上司に相談し、部下と分担し、残業するぐらいなら外注に出して帰宅して、というホワイトっぷり。そうなれば、残業代は全然入らない。え、メグミって、それしかもらってないの?と大学時代の友人に気の毒に言われたけれど、肌ケアには十分な睡眠時間が一番なのだ。うらやましいでしょう?


 それで私は何で睡眠時間たっぷりなのに、こんなミスをやらかしたんだろう。紙質自体が、いつもの書類と違う。外部との契約の署名自体をする業務は別の部署だ。紅茶を入れ直したいから署名してから読もうと変な気を起こした。その結果が、目の前の青い肌に豚鼻の小男だ。


「別の大陸で、異世界から呼んだダンジョンマスターが上手いことやっているらしいんだ。同僚に自慢されるのが癪だから、うっかり契約書に署名した君には、彼を超えてもらいたい」


 ようやく契約する間抜けを見つけた、目の前の豚鼻の小男が嬉しそうに言う。オークっぽいなと思ったけど、肌が緑色では無いので違う。ワックスで塗り固めたようなテカテカとした薄茶色の髪が七三分けになっているのは、外国人の来客でも見たことが無い。衣料品の量販店で扱っているような安っぽいオレンジのチェックのシャツ、ぽっこりしたお腹を支えているどう見てもゴムが入っているようにしか見えないチノパンツ。革靴も安くてくたびれたように見える辺り、その同僚のほうが仕事ができるだろうなと思ってしまう。その腹いせに私が選ばれてしまったわけだ。


 そうですか。うっかり契約書に署名するような私が、そんなことができるとでも?ため息をついた。そういう話をしても、あれやこれやと言い訳や説明をして、時間の無駄になるだけだろう。切り替えて、先に進もう。働き方改革というわけだ。


「ダンジョンマスター、とやらをやらされる私、佐藤恩ですけど、契約書の通りに補佐役がいただけるわけですね」


「うむ、1人だけだが、容姿は相談次第と言ったところだ。男女だけでなく、ゴーレムなどもありだぞ!さほど戦えるわけではないが、秘書として役に立つぞ!」


 やる気になったと思ったのか、そっくりかえって小男が言う。顔が少し紅潮しているのは、補佐役を呼び出せる能力によっぽど自信があるのだろう。


「では、外見年齢は人間の50歳代。ロマンスグレーが似合う執事の男性で」


「ふんふん。この世界の執事像は…なるほど、つまり、こんなところかな?」


 ちゃんと調べているのかなと疑問を持ちつつ見守ると、パチンと小男は指を鳴らした。私と小男の間の空間に、赤い三角が2メートルほどの間を開けて上下に現れ、くるくると回転を始めて光の柱を作り、その光が掻き消えるといかにもな執事服に身を包んだ初老の男が現れた。背は高いが、高すぎてうっとおしいというほどではない。細身なのも助けている。顔つきは日本人ではなく、ヨーロッパの出身だと思われる。


「お嬢様、これからよろしくお願いいたします。イワンとお呼びください」


 自慢気に私を見ている小男に対して色々と言いたことが思い浮かんだけれど、名前以外は完璧と言ってしまうと余計に調子に乗るだろうと解るから何も言わなかった。少し不満げな顔を作った。


「佐藤恩。友人にはそのままメグミやメグとも呼ばれているわ。イワンからはお嬢様のままでいい」


「かしこまりました、お嬢様」


 イワンは優雅に頭を下げる。本当に名前以外はいいのに。


「それで君の外見も変えられるんだが…」


「このままで」


「いや、ダンジョンマスターとして、多少は戦える身体に…」


 手を挙げて、それを遮った。今の自分の身体は嫌いではない。背は159cm。朝一には160cmあることもある。顔も合コンでは人数合わせではない方で呼ばれるぐらい。髪は枝毛も少ないし、祖母の髪の量が参考になるなら、歳を取っても薄毛に悩むことはないはず。


「ダンジョンを攻略不可能にすれば、ダンジョンマスターが戦う必要はないでしょう」


 やれやれと小男が肩をすくめる。


「ダンジョンマスターは人類の敵なんだぞ?冒険者の中の腕利きという腕利きどもが君を殺しにくる。そして、君が生き残るためには彼らを殺し続けるしかない。ダンジョンが存在し続ける限り、寿命や病気で死ぬことも無い」


 私も肩をすくめる。この時点で、私の中に初期のダンジョンの構想がまとまってしまったのだ。


「実質的に攻略不可能なダンジョンを作っても、問題ありませんよね?」


「できるものならな。あの野郎の呼び出したダンジョンマスターは…」


「いい。不要な知識はいらない」


「だが、知っておけば、同じように大きな街の近くに…」


「本当にいい」


 それを聞いた小男のバカにした顔に私は確信した。この小男は良かれと思って、自分が見つけたダンジョンマスターにアドバイスをしてきたんだろう。罠をしかけ、モンスターを配置し、複雑な通路の迷宮を作り上げて、冒険者を撃退する。それは伝統的なダンジョンと言ってもいいだろう。しかし、小男の同僚の見つけ出したダンジョンマスターが同じことをしているなら、自慢されるような差はついていない。


「好きにしろ。あーあ、またすぐに探しにいかないと…」


 小男の愚痴を聞きながら、私の意識が暗転する。


 やっぱり作ってもいいんだ、と。

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