その9
深潮は龍に言った。
「どうしたらいいのでしょう、おじさま。青龍さまが予定より一か月前にお目覚めになられた。本来なら、その時までにミコトを覚醒させるはずでしたのに…」
「まったく、あれが届くのを見計らったかのようなご登場だ」腕組みする龍。
「真大祭まであと5週間ほど。ミコトをどうしたらよいものやら」うつむく深潮。
「七代目と大女将のための集まりが、この先しばらく続く。清流旅館としても、高橋家としても、西園寺家としても、そこを割愛するわけにはいかない」
「そうですね。集まりの他、さまざまな相続もあります。ミコトを東京に返すわけにも…」
「病気を口実にしても、さすがに不自然だな。集まりには主治医の翼も参加する。だったら彼がいる静岡にいるほうが、いろんな意味で都合がいい」
「でも、おじさま。もしまた、あのようなことがあったら…」声を震わせる深潮。
「真大祭まで、ミコトと祭を二人きりにさせなければいいだけだ」
ミコトは、奥の部屋に向かう廊下の一角に立ち止まり、龍と深潮の話を聞いていた。
正確に言うなら、どこからともなく、話し声が頭の中に流れてきて、気になったミコトがそこで立ち止まったということだ。
“龍おじさんと母さんの声…俺のこと話してる…? ミコトと祭を二人きりにさせなければいいって…何を言ってるんだ?”
「本当に、なぜ若青龍さまは祭にあのように執着なさるのか…」
「霊体としてのままなら、それもかまわない。だが、ミコトの体をのっとるなど…」
「言語道断です! ミコトの体を使って祭を我が物にしようとするなど、人の世の理に叶いません」
“え…何?…それ、どういうこと…?”
話の内容にミコトは混乱した。母の言葉が正しいなら、自分は青龍に乗っ取られ、祭を襲ったということになる。
「若青龍さまには、この清流を守るべき力が育っていらっしゃらないのでしょうか?」
「いや。二重人格といったほうが正確だろう。60年前、孵化せんとした卵はふたつ。白き卵が動き出し、黒き卵に当たり、割った。黒き卵の主は、その場でチリと化したに思えたが、実は白き卵に入り込んでいたのだろう」
「その歪みは、真大祭で正されるのですか?」
「正さねばならぬ。だが、正すべき人間であるミコトが開かぬ以上…」龍は考え込んだ。
「真大祭は本来の役目を果たせない。ミコトは清流の亭主にはなれないということですね」
「こういう言い方も何だが、真大祭、それ自体は西園寺、四辻、久我、花巻、そして黄龍さまの力を合わせれば何とか乗り切れるはず」
「ならば、まずはその前に、祭を守らなければ。彼に嫁いで幸せになってもらいたい。それが七代目や大女将の願いでした」
「そうだな」
「ですが、私はミコトのことも、若青龍さまから守りたいです。幼い頃から、不安を抱えながら生きてきて、それでも家族思いで、やさしくて…」深潮の頬を涙が伝う。
“俺…祭に何を…? いつ? どこで?”
ミコトは混乱していた。
自分の意思ではないとはいえ、自分の妹を襲おうとした。
どうやら結婚の約束をした相手もいるらしい妹を…。
病気だと思っていた記憶障害は、清流旅館の守り主、青龍によるものだった。
不思議な力の持ち主が集まりながら、それを直せなかった。
俺はここにいてはいけないのか? 祭のそばにいたら、祭にも皆にも迷惑がかかるのか? 必要な力を持っていない俺は、いてはいけない人間なのか…?
ミコトはふらふらと歩きだした。
「ん?」龍が、机の上の四辻の石を見つめた。
「どうかしましたか?」
「一瞬だが石が反応した…ミコトの気配だ…」
「ミコトは石に反応するほど開いてはいないはず」
「だが、一瞬、確かに…」
龍は、ハッとしたように廊下に出て叫んだ。
「ミコト! ミコト、どこだ!」
龍の声に驚き、奏子、翼たちが駆け付ける。
「どうしたの、あなた!」
「ミコトに話を聞かれたようだ…気配など感じなかったのに…」
「とにかくミコトを探そう!」
皆は一斉に旅館内に散らばっていった。
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