その7
ミコトは夢を見ていた。
夢の中でミコトはまだ5歳くらい。祖父の翔太が庭にいて、木の人形を絹の布で磨いていた。
「そうですか、童さま。それはよろしゅうございました」
うなずきながら、にこやかに人形に語り掛ける祖父を、ミコトは木の陰からじっと眺めていた。
「ああ、ミコト。おったんか」手招きする翔太。
ミコトは恐る恐る近づいた。
「じいちゃん。この子、じいちゃんのともだち?」
「そうだよ。じいちゃんがミコトくらいの頃から、ずっとずっと友だちや」
「ふうん」
そーっと手を伸ばし、人形を撫でるミコトに翔太は言う。
「ミコト。童さまは、お前に何かあったら助けてくださるそうだ」
「そうなの?」恥ずかしそうに笑うミコト。
「ああ。だから、助けてほしい時は、いっしょにいてもらうんやで」
ミコトは、訳も分からず、ただうれしくて、何度もうなずいた。
* * *
目を覚ましたミコトは、ベッドから起き上がると、自分が袴姿になっているのに気づいた。
「あれ…俺、何でこんな格好…」
ミコトはベッドに腰を下ろし、深くため息をついた。
「夢遊病でコスプレかよ…」
ミコトは思った。清流に戻ると、途端に病気の具合が悪くなる。何でだ。ここは俺の家なのに。家族のいる場所なのに。たまに戻ってきては家族に迷惑をかける。俺はここにいないほうがいいのか? 戻らないほうがいいのか…?
ベッドの上に散らばっていた、元、着ていた服に素早く着替えると、ミコトは翼に電話をした。
「翼おじさん?…あれ? 真里菜おばさん? うん。ミコトだけど。えっと、翼おじさんは……あ、そうなんだ。電話診察中か……うん。ちょっと具合よくないみたいでさ、診てもらえないかと思ったんだけど……15分後? うん。わかった。龍おじさんの部屋のほうだね。ありがとう」
ミコトは電話を切って、壁の時計を眺めながら考えた。
15分、どうしようか。なんか、ここにいても落ち着かない。とりあえず龍おじさんの部屋に行ってようかな。翼おじさんが終わって龍おじさんの部屋に来るまで、龍おじさんたちと話してればいい。
迷惑かけちゃうかもしれないけど、誰かが一緒にいてくれたほうが安心だ。
ミコトは、着替えた袴を丸めてクロゼットに放り込もうとした。
が、手元が狂い、欄干に袴が当たってしまい、羽童が落ちてきた。
「あ。ごめん!」
ミコトは羽童を元の場所に戻そうとしたが、ふと何かを思い立ち、胸ポケットに入れると、部屋を後にした。
* * *
龍たちがいる部屋では、真里菜がクンと鼻を鳴らした。
「ミコト、こっちに向かってるわ」
「15分後じゃなかったのかい」大地が聞く。
「落ち着かないんだろうな、きっと…」龍が言う。「まあ、ここに来たからと言って、翼とまりりんが泊ってた部屋には行かないだろう」
「こっちに来るって言ってたし、電話診察の邪魔になるようなことはしないと思うわ」
「まあ、翼の部屋に行ったところで、結界で入れないだろうが」龍が言う。
「そうだよね。翼くんと奏子ちゃんのタッグで張った四辻の結界を敗れるくらいなら…」
大地の言葉を史緒が続ける。
「青龍さまに体を奪われるようなことにはなっていませんわ」
「まあ、翼と奏子が調整した石を持たせれば、大地の癒しの手の効果も倍増だ。史緒ちゃんの心配も軽くなるさ」
「あ…ごめんなさい。お気をつかわせてしまいました」
「史緒ちゃん。気をつかい合うのは当り前よ。私たち、“気”とか“気配”に関してはプロなんだから」
「そうでしたわね」史緒がフフフと笑う。
「“気配”か…そういえば子供の頃、紗由がおばあさまに聞いてたっけ」
「何をだい?」
「“気配”と “気配り”って字が同じだろ。“気配”は察するって言うけど、“気配り”は察しないのはどうしてって」
「“命”さまは何てお答えに?」
「“気配”は自分が周囲に“配った”“気”の形。いいものもあれば、悪いものもあります。配られた人が気にかかった時は“察して”きます。“気配り”は自分が相手に“いい気”を“配る”行為のこと。相手は受け取るだけでいいの。察する必要などありません、って。紗由はイマイチわからなかったみたいで」
「ちょっと抽象的かしら」
「おばあさまはさらに言ってた。私が紗由にお菓子をあげるかどうか考え中だとします。紗由はその気配を察します。そして、私が紗由へお菓子をあげることが気配りです。紗由はただ食べるだけですね、って」
「わかるような、わからないような」大地が笑う。
「おばあさまと紗由は、いつもそんなだった」
「そうよね」真里菜の声が震える。
「二人が大切にしていた清流を守る。それが僕たちの役目だ」
「ええ」史緒が力強くうなづいた。
* * *




