その5
深潮が龍の部屋を出て、旅館の正面玄関を通りかかった時、声がした。
「深潮おばさーん! こんちわあ」
「…こ…あ、鈴露くん…」驚き、言いよどむ深潮。
鈴露は玄関から上がりながら、カバンからごそごそと小箱を取り出す。
「えーとね、じいさんから追加の荷物、預かってるんだ」
「ありがとう。早くからお疲れ様」
深潮は笑顔の後、神妙な顔で受け取り、着物の袂に入れた。
「なんかね、前に送ったやつ、ルチルクォーツが足りなかったとかでさ」
「お手間をおかけしちゃって、ごめんなさいね。えーと…明日の会合までにまだ時間があるし、ゆっくりしておいてね」
深潮の言葉に鈴露はうれしそうに微笑む。
「うん。それとね…こっちは、おばさんにおみやげ」
鈴露はジャケットのポケットからイヤリングを取り出した。
「似合うかなって思って」
深潮はイヤリングを受け取ると、しばし眺める。
「きれいな青ね。ラブラドライトかしら?」
「うん。耳がよくなりそうでしょ?」
「……」答えにつまる深潮。
「祭のぶんもあるんだ。えーと…奥の部屋かな?」
「ええ」
鈴露はにこやかに手を振ると、廊下を足早に歩き出す。
深潮はイヤリングをギュッと握りしめると、ミコトの部屋に向かった。
* * *
鈴露が廊下の角を曲がると、仲居頭の宮城と、新人料理人の保坂、そして祭が談笑していた。
「こんちわあ」
鈴露が声をかけると、宮城が、ちらりと祭を見ながら答えた。
「あら、鈴露くん。いらっしゃい」
「何々? 楽しそうじゃん」
鈴露が祭に近づき、肩に腕を回そうとすると、祭は鈴露の腕をひねり上げた。
「いててっ! なにすんだよ!」
「それはこっちのセリフだ」憮然とする祭。
「相変わらずねえ」ケラケラと笑う宮城。
「えーと、そちらの若人は先月入った料理人さん?」保坂に目をやる鈴露。
「あ。はい。そうです。保坂といいます」鈴露に頭を下げる保坂。
「一条鈴露です。清流さんとは深―いお付き合いさせてもらってまーす」
ちゃらちゃらした様子で保坂に挨拶する鈴露を、祭は腕組みしながら険しい目で見つめる。
「で、今日は何の用?」
「ご注文の品をお届けにあがりましたあ」ニコニコ顔の鈴露。
「ふーん」
「紗由ちゃんから頼まれてたんだって」
「ばあちゃんのことを気安く呼ぶな!」祭が鈴露の胸元をひねり上げる。
「いやーん。乱暴しないでえ」
祭の手を自分の胸元からはずす鈴露。祭ははずされた手のひらを、鈴露に向かって差し出す。
「石、出して」
「さっき深潮おばさんに渡した」
「じゃあ、もう用は済んだでしょ」
「ミコトくんにも会いたーい」
「おにいちゃんなら部屋だから、勝手に行けば…宮城さん、保坂さん、じゃあ明日の準備、よろしくお願いします」
うってかわってにこやかに挨拶した祭は、一礼すると、その場を立ち去った。
「待ってよー」鈴露が後を追いかける。
二人の後姿を見ながら、保坂が尋ねる。
「あれが、噂の一条鈴露さんですか」
「大女将の趣味の宝石コレクション、鈴露くんのおじいさまから仕入れてたのよ。だから時折、お使いでいらしてて。ミコト坊ちゃまとは偶然同じ大学だったらしいわ」
「へえ」
「でもね、お使いがなくても、よく来てるわ。ミコト坊ちゃまはほとんど東京なのにねえ」
「祭さん狙いなの、わかりやすいですね」
「でも彼女に言わせると“顔がいいだけのボンボン”。趣味じゃないみたいね」
「顔がよくてボンボンだったら十分だと思いますけどね」笑う保坂。
「お嬢は大女将に似て、ハート重視なのよ……そう。本当に、お二人は仲が良くて…」たちまち涙目になる宮城。
「宮城さん。まずは明日の準備ですよ。大女将のお兄様宅での会合、親戚の方々も大勢お集まりです。ちゃんとしないと、お二人に叱られます」
「そうね。当分、いろいろと集まりがあるようだし、泣いてる場合じゃないわね」
宮城と保坂は微笑み合うと、板場へと向かった。
* * *




