その18
メイは、華音に言われてすぐに家を出て、3時間後には静岡の清流旅館の近くまで来ていた。
だが、なぜかすぐにはその門をくぐる気になれずにいた。
来る途中、従兄弟の鈴露に何度も電話やメールをしたものの、彼からは、なしのつぶてで、その事実がメイの気分をふさいでいたのだ。
鈴露がどうしても日本に戻れって言うから戻ったのに。
高橋家の一大事に関わることだって言うから戻ったのに。
僕のお願いだよって言うから戻ったのに…。
結局、連絡が取れたのはメールだけ。
しかも帰国する前日まで、その一大事とやらについても説明されていない…。
祖父母か両親に聞けばよかったのかもしれないが、それで話が終わるよりは、メイは直接鈴露に会って話が聞きたかった。
メイは、華音や華織の力を色濃く継いでいた。
華音によって力を封じられていたものの、元々の力がかなり強い。
アメリカに留学して以降、封じられたはずの力は、徐々に開いてきていた。
他者の思念が流れ込んできたり、人間とは思えない存在の言葉を受け取ったり。
西園寺家の能力者ができるとされていることも、それなりにできるようになっていた。
ただ、西園寺以外の“命”輩出家の中には、西園寺の力の強さを警戒する家も、いくつもあった。
現在、西園寺の名を持たぬ華音は、警戒者を刺激せぬよう、表立つ場所に出ることはない。
メイが海外に留学したのも華音の発案で、メイに“命”の地位への野心がないことを示すためでもあった。
だが実際のところ、メイは、従兄弟で一条宗家の“命”である鈴露をいずれ手伝いたいとの思いから、秘密裏に、海外の“命”に類した能力者たちと交流し、スキルアップを図っていた。
“あそこで一休みしてから行こうかな…。”
メイは、清流旅館と道路を挟んだ正面、小高い丘になっている小庭園に上っていった。
旅館側に向かって置かれたベンチに座り、旅館の庭をのぞき込むと面白いものを発見した。
下に見える旅館の庭の植え込みが、天に昇ろうとしている龍の姿に見えるのだ。
龍の体の側面に沿って見える青は花だろうか。清流に青龍とは、なかなか洒落ている。
しかも、風がそよ吹くと、その周りに咲く色とりどりの花々が揺れ、青い龍に寄り添っているかのようである。
「うわぁ。ステキ…」メイはため息混じりに呟いた。
「きれいだろ? 翔太じいちゃんが丹念に手入れを重ねた自慢の庭なんだぜ」
後ろから声がして、メイはくるりと体を回転させた。
「鈴露!…どうして電話に出ないの? メールの返事だって…」
苛立ちまくしたてるメイを遮るように、鈴露が頭を下げる。
「メイ、頼みがあるんだ!」
「な、何?」
「力を貸して欲しい。おまえじゃなきゃ駄目なんだ。俺を助けてくれ。頼む」
「だ、だから何?」
いつになく深刻な声の鈴露に、メイは戸惑っていた。
鈴露は胸ポケットから一通の封筒を取り出し、メイに渡した。
「“赤子流怒真大祭”への招待状? “赤の子は龍の子を開き、龍の子は赤の子を閉じる。これぞ二つの命の理。悪しきもの清らに流れ、真の祭は己が役目を終える”…何こ…れ…」
その中に書かれている文章に目を通した時、メイの脳裏には清流旅館と、若い男性にまつわる様々な光景が流れていった。そしてその映像は、自分がその男性の胸を“開いて”いるところで終わった。
「鈴露…これって…」
「見えたのか…華音さんがおまえを封じたと聞いていたから、今現在のおまえの力には期待してなかったんだが…」鈴露はクスリと笑う。
「セドナに遊びに行ってから、そういうの解けてきたみたいで…って、私の力じゃなくて、この内容よ、問題なのは」
「そう。招待状に書かれている“龍の子”はお前が会いに来た高橋ミコトだ。“赤の子”はおまえ。メイとミコト。それが二つの“命”だ。
そしてその文言は西園寺華織が高橋紗由と高橋華音に告げたものだ」
「西園寺華織の宣託…?」
「ミコトを開いてほしい。彼を新たな青の龍王のもとで、清流旅館次期当主にしてやってほしいんだ」
「そんなこと急に言われても…私にできるかどうか…。清流旅館の行く末を決めるようなことでしょ。そんな軽々しくイエスと言えるわけないじゃない」
「そうか…」
「確かに私はミコトさんに会いに来たわ。これ…間違って私に届いたから」
メイはカバンから封筒を取り出し、その中に入っていた鍵のようなものを鈴露に差し出した。
「まずはミコトさんに、それを渡してからよ。話はそれから」
「ミコトは今いない」
「お留守なの?」
「留守というか、家出中」
「はあ?」
「いろいろあってさ」
鈴露は、ミコトが抱えている“病気”のこと、それが原因で普段は清流を離れていること、そして若青龍に体を乗っ取られ、10年ほど前に、妹の祭を我が物にしようとしたことがあり、その事実を知ってショックで家出したこと、などを話して聞かせた。
「高橋家の一大事って、うちのことじゃなくて、清流旅館のことだったのね…」
「そうだ。だが、元をただせばおまえの家の、というか、西園寺一族のことでもある」
「そうかもしれないけど、今、一番に考えなくちゃいけないのは、ミコトさんの安否と今後でしょ?」
「安否については心配な……あ!」大声で天を見上げる鈴露。
「どうしたの!」
「お待ちください! 羽龍さま! 羽龍さま!……うわあ…」
鈴露は、ぼんやりと天を仰いだかと思うと、頭を抱えてしゃがみ込んだ。
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