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その15

 鈴露と会って帰宅した後、紗由は9年前の出来事を思い出していた。


「まさかの展開になってもうたな」

 翔太は、紗由と龍を交互に見つめた。

「走馬くんと、一条宗家・凜くんのところの麗ちゃんが、子どもを作って駆け落ちだなんてね…」

 走馬というのは、華音とその夫・悠斗の次男である。

「そりゃあ、二条家は怒るだろうな。機関を通じての縁談を反故にされた上に、名家としての面目もつぶされたわけだから」

「よりによって、西園寺に一番風当たりの強い二条成親のところの縁談をつぶしちゃったんですものね」


「二条にしてみたら、なかなか力のある子どもが出てこない中で、西園寺華織の再来とも言われる一条の姫を迎えることができたはずなんだからな。婚約者を取られた二条の“弐の位”は半狂乱で手がつけられないという話も聞こえてきているし」

「今の二条で唯一見込みのある人材だったわよね、彼。でも、“弐の命”である彼は今回の出来事、凶事を受け取れなかった。そのショックも相まって、彼はつぶれたも同然」

「華音たちが今、伊勢に出向いてるが、機関から厳しいご沙汰が下るのは間違いないだろう」龍が考え込む。


「能力者排出率の高い西園寺は、妬みから訳わからん言いがかり付けられて、それでのうても難儀なことが多いいうのになあ」

「その風当たりを避ける方策として、西園寺を出た華音ちゃんの子どもたちの力を封じたのにね」

「でも、封じたところで能力が消えたわけじゃないからね。その証拠に、封じて20年経った今、一条の姫が身ごもっている走馬くんの子どもは、誰の目にも未来のナンバーワンだった」

「ああ。あんなすごい“ぴかぴか”は俺も見たことないわ。まさしく西園寺華織を継ぐ者やな」


「その力を巡って物騒なことが起きないといいんだけど。二人の身柄は西川家のほうで預かっているようだから、すぐに危険が及ぶようなことはないでしょうけど…」

 西川家というのは、一条麗の祖母・麻那の実家である。ちなみに、麻那の姉・未那は悠斗の母親で、現・一条の“命”である凜と悠斗とは従兄弟に当たる。

「親子がずっと一緒にいられるかどうかは難しいところやな」

 3人の間に沈黙が流れる。


「龍、すまんがこの辺で失礼するわ。そろそろ深潮ちゃんのパパンとママンをお迎えに行かなあかん。また、夕食ん時にな」

「ああ。ご苦労様」

「じゃあ、よろしくね、翔ちゃん」

 紗由がニッコリ笑うと、翔太は行ってきますと言って部屋を出て行った。


 しばらくすると、紗由はくずしていた脚を整え、座布団の上に座りなおした。

「にいさま」

「ん?」

「聞いてもらえますか」

「何だよ、改まって」

「やっぱり、にいさまには話しておこうと思うの」

「…おばあさまがらみかい」

「おばあさまが亡くなる3日前、私、呼ばれたの、おばあさまに。西園寺の“命”として“命宮”のあなたに伝えておくことがあるって言われて」

 紗由は噛みしめるようにして、記憶の中の華織をなぞった。


  *  *  *


 華織から封書を渡された紗由と華音の間には、しばし沈黙が流れた。

「何か聞きたいことはあるかしら」

「この御宣託は、いつの時点のことを指しているの?」紗由が聞く。

「まだわからないわ」

 華織が答えると、華音が封書に書かれた内容を声に出して読み上げた。


「“赤の子は龍の子を開き、龍の子は赤の子を閉じる。これぞ二つの命の理。悪しきもの清らに流れ、真の祭は己が役目を終える”…赤の子と龍の子ねえ。龍の子は清流旅館を継ぐ人間のことよね。紗由ねえさまの息子の駆くんかしら」

「赤から連想するのは朱雀さまかしらね。そうならば、朱雀さまを祀る“雀のお宿”の主、華音ちゃんちの息子、飛馬くん?」

「うーん。その先の世代ってこともあるのかしら。まあ、どの世代の子かわからないとしても、紗由ねえさまと、うちの血を継ぐ者ということよね」

「そういうことになるわね」華織は静かに微笑んだ。


「おばあさまが受け取られたということは、西園寺の未来の凶事につながるということなのかしら」ため息混じりに言う華音。

「それはあなたたちが神とどう交渉するか次第よ」

「でも、」華音が強い口調になる。「これは“命”が扱う日本の行く末に関わることではなくて、個人的な事柄よね。しかも私は元“弐の位”であって、正位の“命”として仕事をしたことがあるわけでもないわ」

「そうよね。“命宮”の私も、仕事は西園寺のあり方をディレクションすること。あくまで交渉相手は人間だわ」


「あなたたちの立場でできる交渉があるということでしょう。だから神は私にこれらを示した」

「宿題だらけね」肩をすくめる紗由。

「紗由、あなたには…命宮にはもう一つ宿題がありますので残ってください。華音は、もう下がってけっこうよ」

「…わかりました」

 華織のこういう事務的な物言いには慣れているのか、華音は特に抵抗を示すでもなく、紗由に向かって小さく頷くと、その場を後にした。


  *  *  *


「これを預かって欲しいの、紗由」

 華織がサイドテーブルの上の布をはらりと取ると、下から海賊の宝箱のような箱が現れた。

 木製のもので、大きさは80センチほどだ。ふた部分には龍をはじめとする四神の彫り物で飾られている。

「これは…?」

「宝箱」

「何の気配も感じない…消してあるんですか?」

「必要な時になれば自己主張してくる仕組みよ」微笑む華織。


「えーと、どうやって開けるのかしら。鍵はどこに?」

「鍵は別のところにあるわ。そして、この箱を開けるのはあなたではない」

「この宝箱は私から誰かに渡すということですか?」

「そうね。大体そんな感じ」

「いつでしょう?」

「遠い未来よ」


「…わかりました。お預かりします。中身は…聞いても教えてはいただけませんよね」

「この箱から得られたものは、あなたの大切なものの未来を開き、幸福を招くわ」

「私の大切なもの…?」

「私のその15一番の願いはね、紗由、あなたたちの幸せなの。“命”も“宿”も、その邪魔になるのなら捨てて構わない。私は遠い昔、迷って捨てられずにいたために、大切なものを失うはめになった。

 躍太郎さんがいたから、私は何とか“命”でいられたけれども、そろそろ限界かしら。

 …とにかくね、あなたにも華音にも、そんな思いはしてほしくないの」

「おばあさま…」

「私の話はこれでおしまい。来てくれてありがとう、私の可愛い紗由」

 華織は立ち上がり、紗由を抱きしめると、振り返らずにリビングを後にした。


 そして次に紗由が華織のもとを訪れることになったのは、その3日後、華織が躍太郎の元へと旅立った時のことだった。


  *  *  *



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