その14
庭でバトミントンに興じる8歳の鈴露と6歳の祭の姿を、彼の養父母である出雲と世理は穏やかな笑顔で見つめていた。
「ああしていると、やっぱり8歳のお子さんですねえ」翔太が言う。
「ええ。ですが私たちの前であんな笑顔を見せたことはありませんでした」
「祖父の凜の前では特にそうです。言われたことをただ無表情に聞き入れるだけ」
鈴露の義母・世理が悲しそうに微笑んだ。
「鈴露さまは大人の事情をご理解されているということですか」
「まあ、そういうことです」
「鈴露さまには何の罪もないというのに…」紗由が視線を落とす。
「でも紗由さま。あの子は初めて私たちにわがままを言ったのです」
「それが今回のお招きなのですね」
「こいつは一週間前からそわそわしっぱなしです」鈴露の義父の出雲が笑う。
「だってあなた、鈴露がお友だちを招待するだなんて…」
「いえいえ、祭にとって鈴露さまは“神様”ですから」
翔太が言うと、鈴露の頭上でスコンという音がした。
「祭ったら、神様の頭にスマッシュを決めてるわよ」
4人は、鈴露が頭を抑える様子を眺めながら、軽やかに笑う。
「鈴露は普段あまり話をしないのですが、あの日以来、祭ちゃんのことばかり」
「それは祭も同じです。ただ、うちの場合はあの子の兄のミコトに力が見られぬもので、彼に伊勢での話はできません。仲の良い兄に秘密を持つのは辛いようですが」
「そうですか。お兄様にはお力が…」
「凜くんと悠斗くんはお母さま同士が姉妹の、従兄弟同士。西園寺を取り巻く諸事情もお聞き及びですわよね」
紗由が尋ねると、出雲と世理はこくりと頷いた。
「皮肉なものです。鈴露はその抜きん出た力ゆえ、出生の秘密も悟り、苦しんでいますのに、あちらの方々はその力の足りなさゆえ、揉めていらっしゃるのですから」
「世理」出雲がとがめるように言う。
「…申し訳ございません」
「よろしいのですよ。事実ですから。ですが、祭のことは、そういった事情とは別に、鈴露さまの息抜き相手として、お許しをいただければと思います」
「もちろんでございます。一条宗家としてではなく、鈴露の親として、今後ともお付き合いをお願い申し上げます」
「二人の笑顔を私たちで守っていきましょう」
翔太の言葉に、紗由、出雲、世理の3人は力強く頷いた。
* * *
それから半年後、紗由は鈴露からの招きを受けていた。
「お久しぶりでございますね、鈴露さま。…一条宗家にお邪魔してから、もう半年になりますかしら」
微笑む紗由を見つめ、何か言いかけた鈴露だが、すぐに下を向いてしまう。
「こうしてデートのお誘いをいただいたのには、理由がおありなのでしょう?」
「は、はい。…あの…祭から手紙をもらいました」
「そうですか。あの子は何と?」
紗由が首を傾げると、鈴露は少し困惑した笑顔を見せた。
「自分を神様にしてくれと書いてありました」
「神様に?」
「はい。人間は神様のお嫁さんになれるかとおかあさんに聞いたら、神様同士でないと駄目だろうと言われたんだそうです。だから自分を神様にしてほしいと」
「あらあら。あの子ったら、鈴露さまのお嫁さんになりたいのね。…で、鈴露さまはどうなさるおつもりなんですか?」
「祭は、もう神様です」
「え?」
「僕に光をくれました。僕にとっては神様です」唇を噛みしめる鈴露。
「…祭が聞いたら喜びますわ」
「ですが、このままでは僕は祭をお嫁さんにはできません」
「そうですわね。あなたさまは一条宗家の跡取り、祭は清流旅館の…いえ、巫女寄せ宿としての清流旅館の跡取りですものね」
鈴露が悔しそうに言う。
「祭が青の龍王さまのご寵愛を受けているおかげで、西園寺は難を逃れています。西園寺本家の“命”さまも、分家の“命”さまも、僕と祭の結婚など、許してはくださらないでしょう」
「それはどうでしょう」
「何より、我が一条の先の宮さまのお許しが得られない」
紗由は大きく深呼吸した。
「現時点ではそうかもしれません。ですが鈴露さまは8歳。祭は6歳。結婚までにはまだ20年ぐらいあるんですから、それまでにじっくりと策を練ればいいんです。すべてがうまく行く方法がきっとありますわ」
「紗由さま…」
「私たちにお任せください。必ず二人の幸せを手に入れてみせます」
「…はい」
紗由は鈴露の澄んだ瞳を見つめると、“たとえ、この命に代えても”という言葉を、胸の奥深くに刻み込んだ。
* * *




