その13
龍の家での集まりが散会になった後、普段着に着替えた鈴露は、自分のために用意された離れの縁側に座り、ぼんやりと池の鯉を眺めていた。
後ろから祭が、ペットボトルを鈴露の頬に押し当てる。
「冷てっ!」
「グルグルしてそうな頭を冷やしたほうがいいかなと思って」
鈴露はボトルを受け取りながら、小さくため息をつく。
「まさかの展開だし」
「ごめんなさい。真里菜おばさまの非礼はお詫びします。でも悪気はないの。他のおばさま方も。だから怒らないであげてね」
「怒ってなんかないよ…ていうか、怒ってるの彼女たちだし…」
「それこそ怒ってるわけじゃないわ。共通の敵を作って一致団結。女子にはよくあることよ」
「何か、うらやましいよ」
「女子の団結具合が?」
「いや。ミコトのこと」
言われた祭は顔をくもらせる。
「おにいちゃん、今までだって“病気”のことで辛い思いしてたのよ」
「それでも皆に愛されてる。大切に育てられて、皆が守ろうとしてる」
鈴露は、足元の小石を庭に投げた。
「…こっちに来て!」
鈴露の手を引っ張り、歩き出す祭。
「ちょっ、何?」
祭は、離れの裏の竹に覆われた小径を、鈴露を引きずり、ずんずん歩いて行く。
竹がなくなり、視界が開けたかと思うと、遠くに鳥居があるのが見えた。
祭はピタリと止まると、まるで目の前に透明な壁があるかのように、左手のひらで空気を横に撫で始めた。
祭の手がある一点で止まる。
「ここ!」
祭は止まった左手を右の手で指さす。
「手を乗せて」
言われた鈴露は、怪訝そうにしながらも、祭の左手に自分の右手を重ねた。
祭がグッと空気を押すと、二人の重なった手は空気を押し破る。
そのとたん、サーっと一陣の風が吹き、空の雲が姿をひそめる。
「これは…?」
「お伊勢さまの奥。じいちゃんと、ばあちゃんか、無理言って繋げていただいたんですって。さすがに“宿”である清流旅館では、こういう場所を作るのはまずいから、龍おじさまのおうちをお借りしたの」
「でもなぜ…」
「私たち…鈴露さまと、じいちゃんと、ばあちゃんと、私。皆が出会った記念の場所に簡単に行けたら、鈴露さま、うれしいんじゃないかって。じいちゃんばあちゃんからの、可愛い孫へのプレゼントよ。もうすぐ誕生日でしょ」
「プレゼント?」
祭は、遠くに見える鳥居に深く一礼すると、鈴露を振り返り、見つめた。
「じいちゃんも、ばあちゃんも、幼い頃から鈴露さまのこと、本当の孫のように大切に思って見守ってた。他の“命”様たちや、その奥方の“女子会”の面々もそうよ」
「祭…」
「お兄ちゃんだけじゃないわ。皆に愛されて育ったのは」
「うん…」鈴露はかたい笑顔になる。
「鈴露さまの胸の穴は、これから私が一生かけて埋めていきます。だから、寂しいとは思わないで」
「…ありがとう」
鈴露はにっこり笑うと、大股で何歩か鳥居のほうへ向かって歩いた。
立ち止まり、深く一礼する鈴露。口元に両手を添え、空に向かい叫ぶ。
「翔太じいちゃーん! 紗由ばあちゃーん! ありがとー!!」
鈴露は深呼吸すると、祭の手を取った。
「行こう!」
「はい!」
鈴露と祭は、鳥居に向かって走り出した。
* * *
14年前、祭の6歳の誕生日から三日後、翔太、紗由、祭の3人は、祭の能力を精査するため、伊勢を訪れていた。
「ばあちゃん! 祭、たんけんに行ってくる!」
「あ。こら、ダメよ祭! 迷子になっちゃうでしょ!」
「大丈夫だよ、紗由ちゃん。祭の好きにさせておやり」
「でも翔ちゃん…」
「6歳でここの空気をこんなに楽しめるとは、紗由ちゃん並みの大物やな」
翔太と紗由は、伊勢の内宮の奥深く、一般人では入れない杜の一角で、駆けていく孫娘の姿を愛おしそうに眺めていた。
祭は時々鼻をならしながら、“いい匂い”のするほうへとスキップしていった。
「あ…!」
うっそうと生い茂る木々から一転、目の前に視界が開けると祭は叫んだ。景色が変わったせいではない。そこに白装束姿の少年がいたからだった。
「君は…?」
少年は祭を見つめながら近づいていくが、祭は目をぱちくりさせているだけで動くことが出来ない。
「青い龍をお供にしているところを見ると、清流旅館の子だね」
「は、はい」
「祭ったら! もう、こんなところまで来ちゃって…」
「ばあちゃん!」
紗由の声に、やっと体が動いた祭が一目散に紗由の腕へと飛び込んでいくと、紗由は祭が走ってきた方向をまっすぐに見つめた。
「あなたさまは…」
見つめられた少年は、紗由たちのほうへ近づいてくる。
「清流旅館の方ですね。僕は…」
「神さまだよ!」祭が叫ぶ。
「え?」少年と紗由が声をあげる。
「背中のうしろに、虹色のお花がさいてるもん。すっごく、きれいだもん!」
「祭。その方は、一条の“命”さまだよ」後ろから来た翔太が祭の頭をポンポンと叩いた。
「じいちゃん!」すぐに翔太にしがみつく祭。
「お初にお目にかかります。私、清流旅館七代目当主、高橋翔太と申します。これは妻の紗由と孫の祭でございます」
「初めまして。一条鈴露です」
「あれえ…人間なの?」祭は鈴露に駆け寄り、その周りをぐるぐると回る。
「こら、祭。失礼ですよ」
「ばあちゃん。祭はやっぱり、神さまだとおもうよ。祭は6年も生きてるけどね、こんなにキラキラした、きれいな人間は見たことないもん」腰に手をやり自慢げに語る祭。
「そうねえ…」紗由が苦笑する。
「祭ちゃん。僕は人間だよ」
「ええーっ…」鈴露の装束をぎゅっと握り、不服そうに見上げる祭。
「ごめんね」
「えーと、えーと……じゃあ、祭だけの神さまにする!」
「え?」
「すずろさまは、祭だけのなの」
「こら祭。一条の“命”さまを困らせるんじゃない」
「あのね、これ、おそなえものです」
ポケットから岡埜堂のまんじゅうを取り出し、鈴露に渡す祭。
「あ…ありがとう」
祭に押されるかのように受け取ってしまう鈴露に、翔太と紗由が思わずくすりと笑う。
「よかったあ。おそなえしたから、もうだいじょうぶ。じいちゃん、ばあちゃん。お願いごとしていいよ!」
「うーん。じゃあねえ、ずーっとずーっと祭が幸せでありますように」紗由が鈴露に向かって手を合わせる。
「ほら、翔ちゃんも」
「ええ?…うーん、じゃあ、祭が可愛いお嫁さんになれますように」
パーッと笑顔になる祭に、鈴露は思わず口にする。
「わかりました…お二人の願い、聞き届けましょう」
そして天を仰ぐように鈴露が両手を広げると、雲の切れ間から一筋の光が祭を指し照らした。
* * *




