その12
龍たちが一堂に会していた頃、ミコトは清流旅館正面の丘の上にいた。
家を出たと言っても、行く当てがあるわけではない。
街中のネットカフェで一晩過ごし、結局、家の近くまで戻っていたのだ。
ミコトは思った。
東京の定宿、ドラゴンブルに戻れば、すぐに両親に連絡が行くだろう。
龍おじさんちの食事会の準備をぬって、もうあちこちに連絡も行っているはずだ。
そもそも紗由ばあちゃんが言ってたことによれば、父さんや母さんを含め、親戚の多くが不思議な力の持ち主。
何の能力か知らんから、ピンと来ないけど、逃げ切れる気がしない。
まだ俺が見つからずにいるのは、今はたまたま行事関連で忙しいから、手が回りきらないだけだよな。これから、どうすりゃいいんだ…。
「われらが協力しようではないか、ミコト」
「え?」
唐突な声に、ミコトは辺りを見回した。だが、人の姿はない。
近づいて来た真っ白なネコは、ミコトの前に座ると、前足をペロリとなめ、顔を撫でまわした。それを見つめるミコト。
「…疲れてるんだな、俺。ま、そうだよな。家出って楽じゃない」
ミコトはネコの頭を撫でまわした。
「ん? おまえ、変わった首輪付けてるな。クリスタルの天使の人形?」
ミコトが人形に触れようとすると、ネコがキッとミコトを睨む。
「気安く触るでない! 黄龍の宮の羽龍さまだぞ!」
「……」ミコトは自分の耳を両手でふさぐと、何度もポンポンと叩いた。「やっぱ、疲れてるなあ。ネコがしゃべったかと思ったよ」
「しゃべっておるが、何か?」
「うわあ!」
思わずあとずさり、転びそうになるミコト。だが、空気にふわっと支えられたかと思うと、体勢は勝手に持ち直した。
「気を付けろ。怪我をしている場合ではない」
目をこすり、眉間にしわを寄せながら、ネコをじーっと見つめるミコト。
「我が名はびゃっ…」
「あーっ! おまえ、聖人おじさんとこの、びゃっこちゃんだろ! おっきくなったなあ。俺が前にあったときは、まだ仔猫だったのに…で、何でしゃべるの? ネコなのに」
「我は、びゃっこちゃんにあらず。びゃっこちゃんの姿を借りた白虎なり」
「…要するに、びゃっこちゃんだろ?」
「違う。縞猫荘の守り神、白虎だ。移動の時にはこのネコの姿を借りている」
「…縞猫荘って聖人おじさんが経営してる、あそこ? 守り神は、神様なのに自分で移動できないんだ」
「フーっ!」体を反らし、ミコトを威嚇する“白虎ちゃん”。
「ああ、ごめんごめん。で、何で白虎ちゃ…白虎さまも家出してるの? 咲耶おばさんの印造り邪魔して怒られた?」
「おまえを守らんと同行しておるのに、何だ、その物言いは!」
「俺を守ってくれるの…?」首を傾げるミコト。
「そうだ。そして我が胸元にあらせられるのは、黄龍の宮家、つまり一条家の“命”さまをお守りしている羽龍さまだ」
「一条…。鈴露と同じ苗字だ。あ、鈴露っていうのは俺の友だち。大学の同級生でさ。偶然、ばあちゃんの知り合いの孫だったんだよね。ばあちゃんが彼のおじいさんから宝石買ってたらしくてさ。
だから、じいちゃんや、ばあちゃんとも仲が良くてさ。俺がいない時も遊びに来てたみたい。祭に気があるからじゃないかって、宮城さんが言ってたんだけど…」
「その説明は無用だ」
白虎ちゃんの静止にも関わらず、ひとりごちるミコト。
「あ。“命”さまって、紗由ばあちゃんから何となく聞いたことがあるぞ。西園寺華織さんがやってた仕事?」
「そうだ。羽龍さまは、そういう仕事の守り神なのだ」
「へえ。すご人形なんだね」
「おまえの胸元に入っている羽童さまもそうだ。宿の守り神のひとつ。清流旅館にも当然ある」
言われたミコトは胸ポケットから羽童を取り出し、撫でた。
「清流旅館の守り神は青い龍じゃないの?」
「そうだ」
「へえ。守り神様がたくさんいるんだ。じいちゃんとばあちゃんが頑張ってたからかな」
うれしそうに笑うミコトを見ながら、白虎ちゃんは尻尾をパタパタさせる。
「…まあ、よい。今のおまえに説明すると長くなりそうだ」
白虎ちゃんは、クルリとミコトに背を向けると、歩き出した。
「どこ行くの!」
「おまえも来い!」
「聖人おじさんに電話しないと。心配してるよ!」
立ち止って振り向き、ミコトを睨む白虎ちゃん。
「それを言うなら、おまえのことは全員が心配している」
「…俺は清流にいても迷惑かけるだけだ」
ミコトが下を向くと、白虎ちゃんは、タン!と地面を蹴り、ミコトの肩に乗った。
「うわっ」
「ならば、迷惑のかからぬ身になればよい」
「どうやって?」
「さあな。とにかく我を運ぶためのゲージを買え。美しいネコは、とかく庶民に狙われる」
白虎ちゃんは、ミコトから降りると、再びスタスタと歩きだした。
「ちょっと…待ってよ!」
ミコトは、胸ポケットに羽童をしまうと、あたふたとスーツケースを運び出した。
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