その10
祭が、ミコトの部屋へ駈け込んで来た。
「お兄ちゃんがいないって、どういうこと!」
「お嬢…」仲居頭の宮城がうろたえた様子で振り向く。「わかりません。でも、こんな置手紙が…」
宮城が差し出した紙を受け取る祭。
「“祭、ごめんな。父さんも母さんもごめん。じいちゃんもばあちゃんもごめん。みんなごめん”……何なの、これ」
「スーツケースもなくなっています」
祭がふと机の上に目をやった。
「宮城さん…ここにあった木箱、知りません?」
「私が来た時には、そのようなものはございませんでしたが…」
「父さんたちはどこに?」
「龍さまのお部屋に集まっていらっしゃいます」
「ありがとう。お世話おかけします」
祭は宮城に頭を下げると、ミコトの置手紙を握りしめ、部屋を後にした。
* * *
祭は、龍と深潮の顔を交互に見つめた。
「それだと、龍おじさんが一瞬しか気配がわからなくて、母さんの“耳”もすり抜けたってこと? あのお兄ちゃんが?」
「私にはまったくわからなかったわ…」深潮がうつむく。
「童さまも一緒のようだ」
「童さまが…?」
「それがね…」隣にいた真里菜が恐る恐る言う。「黄龍の宮さまのところの羽龍さまも、匂いが消えてて…」
羽龍というのは、“命”が所有する水晶でできた、羽のついた龍の像で、羽童と同様8センチ程度の小さいものだが、かなりの能力を持ち、“命”の仕事を補佐しているものだ。
「それって、お兄ちゃんと、うちの童さまと、黄龍の宮さまの羽龍さまが、3人…ていうか、一緒に家出したってこと?」
「水戸黄門御一行みたいよね。助さんと格さんが強いから安心かも」
「真琴おばさま!…すみません、いらしてたの気づかなくて…えーと、聖人おじさまも、いらっしゃいませ。充おじさまも…こんにちは」
祭は慌ただし気に、西園寺真琴と、その双子の兄の聖人、そして真琴の夫の花巻充に挨拶をした。
「羽童さまは、“宿”の亭主同伴か、委任されてないと外出できなかったんじゃなかったの?」真里菜が尋ねた。
「それが…この人が…」深潮は駆をじっと見た。「ミコトが、ちょっと出かけてきたいんだけどいいかと聞きに来た時に、許可したらしくて…」
「お兄ちゃんが童さまを持ってたら、外出許可したってことじゃないの!」
「すまない」しょんぼりする駆。
「祭、そんなに責めるな」龍が言う。「駆が童さまの気配に気づかなかったということは、童さまたちが自らの御意志で隠れていたということだ」
「清流の童さまを追うのは、僕と真琴でできるかもしれない」聖人が祭を見た。「小さいころから、よくかくれんぼをしていたからね」
「童さまって、他の影童さまのふりして逃げちゃうのよね。いつも負けてたわ」
「真琴…それを言ったら話が終わるだろ」充がため息をつく。
だが、奏子が大笑いし始めたので、その場の空気は一瞬ゆるんだ。
「相変わらずの天然ぶりね、まこちゃん」
「やだ。奏子ちゃんほどではないです」
笑顔の真琴に、充が眉間にしわを寄せる。
「でも、まこちゃんが今言ったことはヒントになるんじゃないの?」大地が祭を見た。
「黄龍の羽龍さまのふりをして逃げるとでも? そもそも一人じゃ動けませんよね」異議を唱える祭。
「あ…!」唐突に真琴が叫ぶ。
「どうした?」
「びゃっこちゃんがゲージにいないわ」
「え?」
一同は、真琴が指さした方向に目をやった。
“びゃっこちゃん”というのは聖人の飼い猫だ。
聖人は、龍同様、西園寺分家の“命”を務めているが、その主宿の獣神が白虎なのにあやかって、白いネコを飼っていた。
ちなみに命名したのは真琴である。
「口にくわえてもらえば、童さま、動けちゃうわね」うふふと笑う真琴。
聖人の妻であり、史緒の姪でもある咲耶が、申し訳なさそうにゲージを確認した。
「鍵が外から開けられています」
「まずいな…」深くため息をつく聖人。
「ネコちゃんだもの、そんなに遠くに行けないわよ」真里菜が言う。
「いや…伊勢から、直接ここに寄ったんだよ」
「…つまり、白虎さま本体がご一緒だったと」翼が言う。
「じゃあ、水戸黄門御一行に白虎さまもプラスなのね」
「お兄ちゃんが危ない目には合わずに済みそうなのはわかったけど…」
ひきつった笑顔の祭の横で、史緒が言う。
「白虎さまが人間体というか、誰かの体を借りたら、かなりの移動が可能なはず。それに黄龍の羽龍さまは人型をとれるという噂も…」
「お供のスペックが高すぎて、いいんだか、悪いんだか」聖人がつぶやいた。
「ねえ、そもそも黄龍の羽龍さまって、何でミコトくんの家出に同行してるの?」
真琴が尋ねると、一同はハッとする。
「“命”さまのご許可がないと動けないわけですから…」奏子が言う。
「黄龍の若宮さまがご許可なさったのですわね」淡々と述べる史緒。
「まさか、わざとミコトくんを清流から出したのか?」
大地が皆を見ると、祭は踵を返し、何も言わずに部屋を出ていった。
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