その1
「おふくろは自分で心臓止めたんだろうな」
ポツリとつぶやく親父に、母さんも俺も妹も、ただ静かに頷いていた。
ここ、清流旅館の七代目当主、俺のじいちゃん、高橋翔太が突然倒れて病院に運ばれ、意識不明のままこの世を去ったのが4日前。そして息を引き取ったじいちゃんの傍らで、紗由ばあちゃんが息を引き取っていたのも同じく4日前だった。
二人の息子で八代目当主になろうとしている俺の親父の駆と、その妻で俺の母親の深潮が、早朝様子を見に病室に入ったところ、じいちゃんとばあちゃんは、しっかりと手を握り、まるで眠るように永遠の眠りについていたのだ。
仲睦まじい二人に似合いの最期だったと、二人を知るものは皆、笑いながら涙した。
じいちゃんは地元の旅館業界では名士、ばあちゃんは名物美人女将だった上に、その祖父と兄が元総理ということもあり、二人の葬式には多くの人びとが足を運んでくれた。中には、ごく幼い頃にしか会っていないらしい、遠い親戚もいた。
「この度は本当に残念なことで…心からお悔やみ申し上げます。ミコトさんですよね。ご無沙汰しております」
「以前お会いしたことが…?」
「ええ。…と言っても、20年近くも前のことだから、覚えていらっしゃらないと思いますけど。私、高橋華音と申します。旧姓、西園寺華音、おばあさまと同じ西園寺の出です」
通夜ぶるまいの席で、俺にそう挨拶した女性は、ばあちゃんの親戚筋で、ばあちゃんの祖父で元総理の西園寺保と、その女性の祖母である西園寺華織が姉弟なのだという。元々、美貌で世に知られる西園寺一族でもあったが、華音さんはとりわけ美しい容貌の持ち主だった。
華音さんからその西園寺華織という名前を聞いたとき、俺には優しい記憶が甦った。ばあちゃんのひざの上で聞く、懐かしい昔話の中に時折登場する人物だったからだ。
「綺麗で強くて優しい、西園寺家の当主よ」
ばあちゃんは彼女を自慢げにそう語った。不思議な力を持つ西園寺一族の中でも、突出した力の持ち主だったという。
だが、その不思議な力については、詳しい話を聞こうとすると、ばあちゃんは口をつぐんだ。幼心に気になった俺は、じいちゃん、親父、かあさんにも尋ねてみたが、反応は3人とも同じだった。
俺自身には不思議な力とやらの片鱗すら見られなかったせいもあってか、やがて俺の中でその件は、清流の七不思議的な位置づけとなり、大人になるにつれ、ばあちゃんたちに、その力について質問をしたこと自体も忘れてしまっていた。
「ミコトさんは、この春に東京の大学をご卒業だったかしら」
「はい。4月からは修士課程です。これからは自分が妹と一緒に両親を支えていきます」
「あなたなら大丈夫」西園寺華音は優雅に微笑んだ。「時が満ちたら、またお会いしましょう」
彼女が迎えの車に乗り込むと、清流旅館の庭には、一陣の風が吹いた。
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