アルシオンの最期
異変にいち早く気づいたのはジャックだった。深夜2時、とても恐ろしい予感に囚われ目を覚ますと、奥で寝ている母親を起こした。
「母さん!大変だ!」
「...なに?どうしたの」
「嫌な予感がする!多分シオンだ!」
「...!?まさか...。早く行きましょう。あなたの勘はなぜかよく当たるからね...」
そういうと2人は外に出て、親方から借りている郵便配達用のバイクに乗った。二人乗り用ではないが、母親はしっかりジャックに捕まり、病院へ向かった。
病院で始めにアルシオンの異変に気付いたのはレイナだった。奥のアルシオンのベッドからなにやら唸り声が聞こえてくる。
「...いびきかしら?でも、とても苦しそう...」
レイナは、アルシオンが心臓病を患っていることを思い出し、念のためベッドについているロビーへの電話で救助を頼んだ。
「もしもし、205号室です。アルシオンの様子がおかしいんです。すぐに来てください」
電話に出たナースは、院内にいるナースとアルシオンの担当医に自体を知らせた。
1分後、病室にアルシオンの担当医が来た。先生に続き、マーガレットも青ざめた顔で入ってきた。
「ウォーカーさん...!!」
マーガレットは不安に押しつぶされ、今にも失神しそうだ。
その数秒後、ジャックとその母親が病室に駆け込んできた。
「ジャック...?どうしてここに?」
レイナは不思議そうにジャックを見る。
「シオン!...レイナ、嫌な予感がしたんだ。だから夢中でバイクを走らせた」
シオンは唸り続ける。医師とナースが適切な処置を行う。
「先生!手術を!」
応急処置だけでは対応できないと判断したマーガレットは、医師に手術の提案をする。
しかし、担当医はうつむき、静かに首を振った。
そこで、シオンが苦しそうに声を出す。
「僕なら...大丈夫...みんな...笑って」
「シオン...」
自分にはどうすることもできないと、悔しそうにシオンを見つめるジャック。すすり泣くマーガレット。こんな状況で誰も笑えるはずはなく、ただ暗い時が流れる。
「兄...ちゃん。お母...さん。今まで...辛い思いをさせて...ごめんね...これからは...少しは...楽になると思うから...」
「それは違うぞシオン...俺たちはお前のためなら全然辛くなんてなかった」
「そうよ」と母親も悲しそうにつぶやく。
アルシオンは力を振り絞って口角を上げ、兄と母に優しい笑顔を見せる。
「兄ちゃん...レイを助けてあげて...彼女はきっと...僕よりも...辛い思いをしているから...」
「わかった...」
ジャックは泣きながらシオンを見つめる。
「レイナ...最後に...君の...笑顔が見たい...」
レイナは無言だった。しかし、いつものように無表情ではなく、悲しそうな表情をしていた。
「お願い...」
レイナは「これがアルシオンの最期の願いだ」と、アルシオンを見つめる。
そして、笑った。それは今までに見せたことのない、天使のような笑顔だった。
アルシオンも笑いかえす。
「ふふ...みんな...今までありがとう...これでゆっくり...眠れるよ...」
これがアルシオンの最期の声だった。
「シオン!」と言うジャックと母親の混ざった声。「ウォーカーさん...」というナースの悲願の声。悔しそうにうつむく担当医。そして、アルシオンの手を握り、無言でアルシオンの寝顔を見つめるレイナ...
深夜2時30分 アルシオン 永眠
医師はアルシオンの顔に白い布を被せた。
そして静かに時は過ぎていった...