サバイバルを始めよう
俺はニンゲンを振り切った事を確認すると朝まで待った。普通のゴブリンは日光が苦手なのだが、俺には大地の神の加護があるせいか火傷したりする事は無い。ただ、生活習慣が夜型だから眠いだけだ。
ひょっとしたら生存者が居るかもしれないと思い洞窟に戻るが誰も居ない。俺たちの他に近くのニンゲンの村に偵察に行った戦士が1グループと近くで訓練してたはずの戦士が1グループ、それに木の実を採集に出ていた職人が何人か外に出ていたのだが、彼らも戻ってくる様子が無い。ひょっとしたらニンゲン達に殺されてしまったのかもしれない。
奴隷をしていたニンゲンを助けたのは後悔していないし、元人間としてむやみやたらにニンゲンを殺そうなんて思わないが奴らだけは別だ。殺された子鬼たちは仲間だったんだ。例えいずれ逃げ出さなければならなかったとしても彼らは俺を仲間だと思い、集落の子供として守り、モテる知識や技術を伝えてくれた。いずれこの落とし前は付けなければならない。
なんてかっこいい事言う前にこれから一人で生活しなければならないんだけどね。
とりあえず、ここに洞窟がある事を知られている以上ここに住むわけにはいかない。定期的に他の子鬼が集落を作りに来るかどうか偵察が入るだろうし、ニンゲンと子鬼のどちらが来ても俺の敵だ。離れたところに小さい穴を掘って住むとして、この洞窟から必要なものを持ち出すとしよう。
鹿皮の敷物とかはニンゲンに奪われた。子鬼は木工品や皮革製品は現代人が見てもびっくりするほど上等なものを作るので、ニンゲンにとっても価値があるのだろう、ごっそり奪われてしまっている。
ただ、弓矢と麻布は価値が無かったのか全部残されていて、食料もいくつかは残っていた。子鬼の食料は食べる気にならないというのだろうか、燻製肉は美味いというのに。
麻布を袋にして燻製肉を詰め込んで持ち出し、ピクルスは壺に入っているので後で少しづつ取りに行こう。麻布は新居の敷物にもなるしあって困らない。まあ、敷物は早いところ鹿でも狩って皮をなめしたいが。
荷物を背負って新居に向かう。ただ、困った事に森の奥には子鬼の集落がまだいくつかある。見つかったら困る現状を考えるとあまりニンゲンの開拓地から離れるべきではないだろう。
結局、開拓地と元の集落のどちらからも1刻ほど離れた所に新居を構える事にした。ちなみにゴブリンは月の動きを計算して時間を計っていて、1刻は大体2時間くらいだと考えていいと思う。
新居の穴掘りは全く問題ない。子鬼にとって穴を掘るのは誰にでもできる普通の事だ。谷底から横に向かって穴を掘る。上は森の木々が根を張っていて頑丈で、子鬼の手からは土を固める効果のある液体を出すことが出来るので安全な穴を簡単に作れる。
疲れたんで燻製肉を食べて寝るとしよう。周囲の確認や探検は明日で構わないだろう。
次の日、燻製肉で夕食(夜行性なので人間でいう所の朝食)を食べた後、俺が大地の神の奇跡として何が出来るか確認する。祈りと共に神に問いかけると、司祭がほぼ居ないせいか答えがすぐに返ってきた。
それで判明した俺に可能な奇跡
1.大地と一体化する→隠れるのに有効
2.病気や毒の治療→回復
3.傷の再生→回復
4.自在に穴を掘る→巣作りや逃走に便利
戦えません。ましてや俺は力が弱いから戦士階級になれなかった子鬼だ。弓は得意なのだがあのニンゲン達のうちの誰かが使った風の神の奇跡の前では役に立たないだろう。不意打ちとか各個撃破が出来ればいいのだが、ファンタジー世界の常識として彼らはパーティーを組んで行動してるんだろう。当面の間は生き延びる事を最優先に考えないとダメなんだろうな。
まずは生き延びるために狩りに行ってくるか。
夜の森は人間だった頃なら恐ろしかったのだろうが、子鬼の俺としては何の問題もない。子鬼の目は猫のように僅かな光でも問題なく見える。そして、ファンタジーの世界ではよく有る様に赤外線を見る事も出来るから闇は常に子鬼の味方だ。
ハリネズミとフクロウを仕留めたところで一日分のご飯としては十分なので狩りを終わらせる。群れでいた頃は鹿とかの大物を狙ったりもしたが、独り身では鹿は大きすぎる。燻製の道具が揃えば狙う価値があるのだが。
あまり狩りすぎて獲物を減らすのは悪い狩人だとカシの葉から教わった。子鬼は自然に生かしてもらっているのだから感謝を忘れるなとも。
群れの子供として育っていて思ったのだが、子鬼は別に悪の種族じゃないよな、闇の種族ではあるけど。夜の森や平原に棲んでいて、闇と自然に感謝を忘れない。ある意味前世の人間よりよっぽど真っ当な生き方している。ニンゲンの奴隷も繁殖のための必要最低限しか用意しないし、男の奴隷は森を荒らした木こりや狩人だったそうだ。
繁殖用にたまにニンゲンを攫ったのはその通りだが、問答無用に滅ぼされる程の事はしてないよなどう考えても。
そんな事をつらつら考えながら穴に帰る途中、突然辺りの闇が濃くなった。そして目の前に殺されたはずの司祭「ナラの幹」が居た。
「ブナの根よ、やはりお前は大地の神の子だったんだな。ああ、そう警戒するな。俺はもう死んでいるしお前をどうこうするつもりもない。お前は大地の神と闇の神が再び結びつくために産まれたと俺は思っている。ただ、偉大なる闇の神がお前に伝えたいことがあるのでこうして心だけこの世界に戻してもらったんだ」
ナラの幹は愛おしそうに俺を見つめる。ひょっとして彼が俺の父親だったのかもしれない、だとしたら俺はとんだ親不孝者だな。
「偉大なる闇の神が大地の神の司祭になってしまった俺に何か話があるのですか?」
「偉大なる闇の神が仰るには、光の神に対抗するためにお前は生き延びて貰いたいそうだ。詳しくは教えてもらえなかったのだが、どうやら大地の神の力がこの地に戻る事が闇の神の御望みらしい。ただ、他の子鬼には判らないそうだから他の集落の子鬼がお前を見つけたら殺しにかかるだろう、気を付けるんだぞ」
闇の神様、貴方が偉大なのは十分わかってますからそこをまず何とかしてください。なんて事はブナの幹には口が裂けても言えないのだが。
「あと、俺からのお願いだがここにシイの実が居る。お前の他にはシイの実が唯一の生き残りだが闇の神の甘露がそろそろ切れるのでこのままでは死んでしまうだろう。助けてやってくれないか?」
「シイの実は子供の仲間で、友達だから勿論助けますが、俺は助けた後シイの実から逃げなければならないですか?」
「それは大丈夫だ、先ほど俺から説明しておいたから。シイの実をよろしく頼む、二人で大地の神の子として生き延びてくれ。俺はもう闇の神の下に戻らなければならない。さらばだ集落の子供たちよ」
そう言ってナラの幹は消えていった。白昼夢なのかと思ったのだがナラの幹が居た所の下にシイの実が倒れていた。




