追跡者のその後を聞いて最大の難易度に挑戦する
開拓村の宿屋で冒険者たちは話し合っていた。村人たちは人喰い鬼が退治された事で宴会が始まっているが、彼らが感謝しているのは森に住むという賢者様であって何もできなかった冒険者ではない。冒険者たちは結局何もできなかった上に賢者様の怒りを買ったと白眼視されている。
あの後冒険者たちが村に戻り人喰い鬼は少年の目を治した賢者が倒したと村の者に報告した後すぐに、人喰い鬼の角を持った少年が村に帰ってきた。そこで、少年は賢者様から聞いた話としてオーガーは賢者が倒した、冒険者は役に立たなかった、全部終わった後に森に来て賢者の怒りを買ったことまで全部村人に話した。
結局、村人からの冷たくなった視線に耐えられなくなり宿の部屋に籠ることになってしまった。
「ところで、あの賢者とやらの話はどこまで信用できると思う?」
そうリーダーである騎士のナイジャーが問いかけると、パーティーの仲間たちが次々と発言した。
吟遊詩人にて斥候、光の神の力も使えるというレイサムは憤りつつ答える。
「人間なら光の神の司祭の命により動く我々に協力しない事はあり得ません。あやつが例のゴブリンであっても驚きませんね。」
極論にも思えるが、意外と当たっているのかもしれない。奥地にはゴブリンの集落がいくつもあると言われている闇の森に住める人間がいるとは思えない。確かに彼が例のゴブリンであっても驚かないが、あくまで可能性があるだけだし、俺達から逃げたあのゴブリンが人喰い鬼を2体もを倒せるとは思えない。
エルフのローズが反論する。
「ゴブリンの中にはむやみに人間を狩らない集団も居るから、そういった集落と話を付ければあり得ない話じゃないし、エルフやドワーフだったら襲われないわよ。」
「だが、少なくともドワーフではないな。ドワーフなら彼らを子鬼と呼んでいる。人間やエルフのように彼らを卑下するような言い方はしない。」
ドワーフのウォーレンがローズを挑発するように発言し、彼らはまた終わらない口喧嘩を始める。いつもの事だが面倒な連中だ。
魔法使いのマニーが最後に発言する。
「魔力の動きは掴めなかったので、彼は魔法使いではないか、あの場では使わなかったわ。私たちに使う必要が無かったか使えないのかは分からないけどね。ただ、もし使えないとしてどうやって人喰い鬼を倒したというのかしら。」
やはり謎が多い、彼はいったい何者なのだろう。そして、彼の言う通り南に向かった方がいいかという問いには全員が否で答えた。
まあ、当たり前だ。彼は我々に対して敵対心を抱いているか、少なくとも不愉快に思っている。ならば闇の森の東に向かうか西に向かうか。
しばらく考えたのち、ナイジャーは西に向かおうと仲間に進言して了承を得た。ただ、村人には南を探索すると伝えておく、賢者に情報が流れないようにするためだ。
オーガー退治からしばらく経って、ケビンが遊びに来ていた。俺が村人にあげると言って渡したオーガーの角を町の役場に納めて国から多額の報奨金をもらったらしい。2体も居ると何年か不作でも大丈夫だって大人が喜んでいたそうだ。
本来冒険者のものになるんだが、俺が村人にあげたから村の収入になったそうだ。いい事をしつつ冒険者への嫌がらせが出来るなんて何と素晴らしい。
「そんな訳で冒険者たちは南に向かうって言ってたよ。南だと森の奥だから子鬼が多いんだっけ?」
「ああ、南の方は子鬼の集落がいくつかあるんだ。俺とシイの実が産まれた集落も南にある大きな集落から分かれて作られたんだ。子鬼同士が子供を作ると稀に闇の神の司祭が産まれるんだ。で、新しい司祭が大きくなると群れの一部とニンゲンの奴隷も数人貰って集落を分けるんだ。ただ、冒険者は南に向かわなかったみたいだぞ。」
それを聞いたケビンはむくれて返事する。
「なんだよあいつ等嘘つきじゃないか、仕事しないし嘘つくし最低だよ。」
「ケビン君仕方ないよ。ケビン君は私達と友達だから本当の事言えないでしょう。西に向かったってケビン君からブナの根に話が行ったら怒らせちゃうと思ったんじゃないのかな。」
「バレちゃってるけどな。」
そう言って3人で大笑いした。
「あ、そうそうブナのお兄さん。僕の友達のレオナが足を大怪我しちゃって、びっこ引いたまま治らないんだ。森の賢者様に治してもらえないかって言われたんだけど子鬼だってバレたら大変だしどうしよう。」
そうか、どうしたって頼まれものはするよな。ケビンを治したしオーガーも倒したし、村人にとって俺は便利な道具で、頼りになるヒーローなんだろう。でも、俺の名声が上がれば冒険者も居辛くなるだろうしここは受けておこう。ケビンの友達だしな。
「じゃあ、森のはずれに小屋を建ててもらって、病人や怪我が治りきらずに体が上手く動かなくなってるような人はそこに入ってもらおう。ケビンが伝えてくれれば俺が治しに行ってやる。あと、ゆったりとして全身隠れるような服を作ってもらえないか。ニンゲンは麻じゃない服に使えるような柔らかい布持ってるだろう。顔まで全部隠れるような奴を着れば夜なら誤魔化せるだろう。」
ありがとうございますと、涙目になりながら凄い嬉しそうなケビン。これはさては
「ところでケビン、その子が好きなのか?」
「いやそんなんじゃなくて、ほら俺目が見えなかった時にただ一人助けてくれてた子で、恩があるし、近いうちに結婚するんじゃないかとか周りに言われてるけど俺大人になるの来年だからまだ考えてなくて…」
延々と言い訳するケビン、お前それ惚れてるって言ってるのも同然だぞ。
「ところで、好きってどういう事?」
そういえば子鬼は集落が家族で、メスも司祭の子を産むまでは司祭とだけ子を作るが基本乱婚というか順番で子作りする。妊娠期間が短いから集落を維持できるが、ほぼ男社会で繁殖用のニンゲンのメスは数が少ないから好きなオスと子作りするとかいう考え自体が無い。
「前にもちょっと説明したけど、ニンゲンはオスとメスが一組になって小さい集落を作る。で、その一組のオスとメスが子供を作っていくんだ。で、大きな集落の中で気に入った異性と小さな集落を作りたいって感情がニンゲンにはあるんだが、それが好きって事だ。」
「でも、そんな事したらオスがすごい余っちゃうんじゃない。」
「ニンゲンはオスとメスがほぼ半分づつ居るんだよ、だから余らないんだ。」
シイの実は分かったような判らないような顔をしてしばらく思案した後、とんでもない事を言い出した。
「じゃあ、私はブナの根が好きなんだね。集落で一番気に入った異性なんでしょう?ここに子鬼は私とブナの根しかいないからブナの根が好きになるんだし。じゃあ、いつ子供作ろうか。」
ケビンは…多分俺も顔が真っ赤になっている。じゃあ、俺は帰るんでとか言い出してるし、違うそうじゃないんだ。シイの実は判ってないだけなんだ。ニンゲンと子鬼の認識の違いなんだ。
不思議そうに首をかしげるシイの実の前に、この場の空気をおさめるという今までで一番難易度の高い行為に挑戦した。結果は聞かないでくれ。




