七話 プロミネンスデストロイヤー
翌日の昼。
魔王城の階一つを全て使用した闘技場に、ベレッタは立っていた。
闘技場は一種の異次元空間となっており、次元を超えるほどの力を使われない限りは外に被害は及ばない。
「まだ魔王はこないのかい?」
闘技場の中央から、客席に座るデス・トーカーに尋ねた。
「魔王様とお呼びしろ。もうすぐ到着なされるはずだ」
デス・トーカーは何も語らなかった。
注意を促すことすらしなかった。
魔王の豹変を間近で見ていたからこそ理解できたデス・トーカーだが、今更ここから降りろなんて言葉は吐けなかった。
「それにしても、魔王様がこの城に来てから二日目であたいと戦う事を決めるなんて。まあ勝つのはあたいだ。子供が勝てるほど弱くはないよ」
「酷い言われようだ」
「魔王様!」
デス・トーカーは、魔王が到着したのを見るや否や跪いた。
「おやおや、昨日はあんなに怯えていたっていうのに……どういう気分だい?」
その問いは愚問でしかなかった。
魔王は不気味な笑みを浮かべたまま、自信満々に言い放った。
「――お前は負け犬になるのに、なぜそこまで思いあがれる?」
「随分と舐めた発言をしてくれるじゃないか」
両者の間に、火花が散る。
完全に慢心していても、ベレッタは気付いていた。
闘技場に戦士が二人。
既に決闘は始まっているということを。
「『幻影の弾』」
ベレッタが魔術で生み出したのは、紫色の球体。
それらを魔王の周囲に飛ばす。
ざっと見で数十個は浮いている。
「それに触れると痛みを与えるのさ。肉体ではなく神経に」
「……ふぅん」
「魔王、手前、調子に乗りすぎてやしないかい!」
球体が魔王に飛来する。
それを避けようともせず、身動ぎ一つしないまま全ての球体をその身に受けた。
痛みを魔王の神経に与え、体はまともに動かせないはずだった。
「何!?」
「俺は魔術を範囲内で無効化させられる」
球体は消えていた。
魔王ではなく、その周囲に張られた薄い膜に触れた瞬間に。
その宝具の名は『知識の泉』。
全ての魔術、魔法、魔導、知識を扱えるという破格の性能を誇る。
それによって発動させたのは『魔消の壁』。
名の通り、外部からの魔力を遮断する魔術である。
「今度はこちらの番だ。『幻影の球』」
それはベレッタが使用したのと、同じ魔法だった。
しかし全てにおいてベレッタのものを上回っていた。
「な……なんてでたらめな!」
大きさはバスケットボールほどもあり、密度は優に10倍。
その理由は魔術の構築の違い。
魔術は魔術式を構築させて、キーワードを発することにより発動する。
式の構築に手間をかければかけるほど、使用する魔力の量は比例して大きくなる。
「お返しだ。喰らえ」
それらは目にも止まらぬ速さで動き、ベレッタに直撃したと思われた。
だが魔王に次ぐ力を持っていると言われている魔人、流石に馬鹿ではなかった。
「セイッ!」
その速度を更に上回り、魔王の腹に渾身の一撃を撃ちこんだ。
プレートを割ると謳われた破壊の拳が、魔王の体を襲い吹き飛ばした。
砂埃が巻き起こる。客席にまで飛散しているが、座っているのはデス・トーカーのみなので問題はない。
「ぐあぁっ! か……硬い!?」
殴ったベレッタの拳から、緑色の血がダラダラと垂れている。
「もう満足か? では終わらせよう。
『新たな光』。限界を突破する」
その宝具は、世界最強に辿り着くのを可能とする。
能力は、戦闘中の相手の力を上回るというもの。某邪神のアバターである。
こんな能力、ゲームならばズルだのチートだのと騒がれそうなものだが、現実では『勝った者が勝ち』。
正々堂々なんて甘い事は言っていられない。
この限界を突破する力は願叶族が力を貸している。
一時的にしかその力は得られないが……
「そんな力、ふざけるなよ……焔の光線は全てを焼き尽くすッ! 『プロミネンスデストロイヤー』アァァァァァッ!」
宝具ばかりに頼る魔王に激情したベレッタは、本気で魔王を倒そうと最大威力の魔術を使用した。短期決戦狙いだ。
ベレッタの前に構築された巨大な式が魔力によって可視化され、一見魔法陣に見えるそれから『プロミネンスデストロイヤー』が放たれた。
燃えるような赤い魔力が闘技場を包み、橙色のビームが魔王に直撃した。
光線は約5分も放たれ続け、ベレッタの魔力が尽きた頃に威力が弱まり霧散した。
式が消滅し、なんとか立てているベレッタは魔王が生きているのか確かめようと目を凝らし、砂埃の奥に見える影を見つける。
そのシルエットは、仁王立ちする子供。
――魔王、健在。