三話 意識、身体に帰還
「う……あ……?」
あの空間から戻ってきたら、ベッドの上で目覚めた。
ここは……室内?
あの場所には意識だけ飛ばされていたのかと考えていた次の瞬間、突然の頭痛!
頭が割れそうなほど、比喩なしで痛い!
そして流れ込んでくる知識。
知識が強引に、脳内に捻じ込まれて植えつけられていく。
次の瞬間に思い当った、頭痛の理由。
――これって『知識の泉』の譲渡により脳がパンクしてるのでは? と。
「あああっ!」
手に掴める物を掴み、握りしめる。これ布団か!? いや杖だ。
とにかく痛い痛い痛い痛い痛い!
「あああああああああああぁっ!」
どんがらがっしゃん、と何かが崩れた音がした。
なりふり構わず暴れているのだから、何かが壊れるのも当然だ。
「おい! なんだ今の音は!」
「さーせん」
「そんな申し訳なさそうに謝罪をするな、怒りにくいだろうが。とにかく入るぞ」
部屋の外、扉の外からそう聞こえた。
次の瞬間ドタドタとここに入ってくる。
そのときには、脳に直接針を刺していたような痛みは薄れていた。
まだ少し痛む。
「ご無事ですか!?」
声がした方に視線を向ける。
立つ骸骨と、デス・トーカーがいた。
骸骨は表情がないからよくわからんが、デス・トーカーは顔が真っ青だ。
反射的に、その場から飛び退こうとする。
だがすぐに、今はこいつが格下だと理解し、その場に留まる。
「どうなされたのですか。そんなに怯えた様子で……」
「顔が怖かったんじゃないっすか?」
「こんなときにふざけるなシスイ!」
とにかく落ち着こう。
想定外の事態の連続で精神的に参っている。
何か飲むものを持ってこさせよう。
なにせ自分は今代の魔王、なのだから。
言うことは聞いてくれるはずだ。
「飲み物を所望する。出来れば水が良い」
「かしこまりました」
やけに恰好つけているデス・トーカーは、魔力を解放して異空間に保存されていたのであろう瓶とコップを取り出した。
これは魔人だけが使える技術、『魔術』の一端。
戦闘にも応用できるみたいだ。
塔に連れて行かれる時に、人間の俺では勝てなかったが……今はどうなんだろうか?
デス・トーカーは見惚れるほどに優雅な動作で、コップに瓶の中身を注ぐ。
それをベッドの横にある小さな机に置いて、それが何なのかを説明した。
「こちらは最北端のプレート原産、原初の時代の雪解け水。汚染されていない一級品で御座います。魔王様の目覚めの一杯に相応しいものかと」
手渡されたコップの中を数秒見つめ、一口飲む。
美味い。
しつこくなく、爽やかなのど越し。
「名を」
この体はまだデス・トーカーを知らない。
ボロを出す前に、質問しておくのが最善だろう。
「旧魔王に仕えておりました。デス・トーカーと申します」
「ついでにあっしも。名はシスイ」
「デス・トーカー……では呼びにくいな。なんと呼べば良い?」
「ではトーカー、とでもお呼び下さい」
トーカー、ね。
「トーカー、この水は今の俺にとっては甘露と等しかった。礼を言う」
「あっ、有りがたき幸せ!」
さて、これからどうしたものやら。
魔王が人間であることは各種族の王クラスの者しか知らぬようだし、俺が召喚師だということをデス・トーカーは知らないだろう。ていうか言っても信じないだろう。
状況説明を求めるのが先決か。
「ひとまずなぜ俺がここにいるのか説明を」
「ハッ! 魔王様を召喚するべく、召喚の塔に人間の召喚師を伴い入ったところ、召喚師が裏切り、召喚に必要な『魔王の証』を破壊しようと頂上に登られました。
それに気付き後を追いかけた所、召喚師は消え失せており魔王様が召喚されていました」
内心でほくそ笑む。
こいつは傑作だ。
なんせ召喚しようとした魔王がその召喚師だったなど、思いもよらない事実だろうからな。
「なぜかそのようなお姿で魔王様は召喚されました。予測の域の話ですが、人間が何らかの手段で召喚手順に何かを余計なものを加え、魔王様を幼子の姿に……申し訳ありません」
「いや、そんなことはどうでもいい。大事なのは過去ではなく未来。先の話をしようではないか」
この地位にいればデス・トーカーの面白い姿も見られる。
それに権力もあるのだ。やりたいことはなんでも出来る。
まあお試し感覚で魔王をやってやろう。
嫌になったら逃げればいい。
「ま、魔王様。そんなことの一言で済ませてくださるとは……寛大な処置に感謝します」
「よいのだ。ひとまずこのプレートの状況を…………」
そこまで言った時点で窓の外を見た途端、嫌な予感が走った。
窓の外には何もない。
ざわめきも、鳥の鳴き声も、家すらも。
更地だった。
国一つを統治する魔王となっているはずだが、国がなかった。
「――今現在このプレートの状況は、魔王城一つが建っているのみです」
心の中で、自分に従うデス・トーカーを笑ってる場合じゃないと割と真剣に思った。
「このプレートの住人は?」
「この魔王城に100人ほど」
「他には?」
「いません」
「理由を」
「前代魔王が選んだ、代理の者がやらかしまして」
「なにをしたんだそいつは」
「国民を集めて『もうこの国はもう終わりだァーヒャッハー!』と叫びながら自害しました」
「なんで止めなかったの!?」
「申し訳ありません。そのときには既に召喚の塔に向かっていましたので……」
最悪なんてものじゃない。
これ、詰んでいる!
過去の話も大事だと、考えなおした瞬間であった。