二話 前代魔王と今代魔王
「ここは、どこだ」
なぜ昏倒していたのだろうか。
目を覚まして起き上がる。ひとまず自分がどこにいるのか知るために辺りを見回した。
不思議な空間にいる。
暗い雰囲気を漂わせる洋館の一室、というイメージを連想させるこの場所は、どこか不気味。
窓の外は闇に閉ざされている。まるで窓を黒く染めたような色合いだ。
この部屋は異空間の類だろう。強力な力を持った誰かが作り上げたようなものだと推察した。
「ようこそ」
部屋の中を観察していると、どこからか声が聞こえた。
これは……下から!?
この空間の床あたりから、ずぶずぶと音をたてて一人の魔人が姿を現した。
身に纏うは漆黒のローブと、禍々しい装飾がなされた杖。
警戒するように召喚師は背後へ飛び退く。
なぜか体を動かすのに不自由はなかった。
先ほどのような転倒を繰り返すわけにはいかない。
「我は前代魔王。今代の魔王に継承させねばならぬものがある。故に魔王が死後訪れる空間に招待した」
前代魔王を名乗る魔人は、心を読んだかのように鋭い質問を投げかけてきた。
「目を逸らすな。話を聞け、人間」
それを聞いて数秒後、探りを入れるように、隙を見せないように、思考を働かせながら静かに問う。
「……なぜ、俺が人間だったと看破できた?」
そう、今の容姿は完全に魔人のそれ。
何故だか自分が魔王となっているらしいが、まずはどうして人間だという事実を見破れたのか疑問に思った。
「世界最強であった我の能力は死後も健在であるのだよ」
よくわからない回答だった。
まあいいかと溜息を吐いてから、問う。
「……知っているなら教えてくれ。俺がなぜ魔王になっているのか教えてほしい。この状況が呑み込めん」
よし、と呟きながら腰を下ろす前代魔王。
突っ立っていると、お前も腰を下ろせと促され渋々床に座り込む。
心なしか嬉しそうだ。
「ではまず魔王がなぜ生まれるのかについて教えよう」
「魔王は魔人の突然変異なのではないのか? 知り合いからそう聞いていたのだが」
「あれは建前よ。その真実は人間が変身した姿なのだ」
「では歴代魔王は全て……」
「ああ、元は人間。かくいう我も人間であった」
信じられない。
人間にに悪逆非道を尽くす魔人たちの王が、人間だったとは。
「魔王が人間である理由を話そう。人間が全ての種の王になり、擬似的に世界を乗っ取ろうとしていたのがそもそもの始まりだ」
「人間が、全ての種の王に?」
「世界に存在する種の中で最も罪深い存在は人間とされている。この種は誰もが底なしの欲を持ち、どこまでも傲慢で残虐。だからこそ人間は他の種のプレートを略奪して、ここまで数を増やしたのだ。弱い生き物であるからこそ、数で他の種に立ち向かおうとしたのだよ。なりふり構わずな」
確かに人間は弱い。
飢えたら死ぬし、首を絞められれば死ぬし、痛みを与えられただけでショック死してしまう事もある。
「人間は力を付けようとして、それを他の種から奪った。例を挙げるなら、聖鉄種や幻想種が代表だ。種を絶滅させて鉄を奪い刀を造り、幻想の力を宿らせたのが聖刀の製造方法だ」
人間の王が保有している伝説の聖刀。
これは古より現存している宝具であり、抑止力である。
聖刀があればこそ、人は頂点に立っているのだ。
「……王家に伝わる最強の刀が、他の種の力を集めて作り出されたと……」
「それが真実なのだ。我も初めて知った時は驚いたが」
「……他の種を絶滅に追い込んだのは、人間の愚かな欲。他の種の力を奪い人間は今まで戦ってきていたと?」
「原初の時代、世界が生まれてすぐの事だ。人間は大きく分けると二つに別れた。他の種から全てを奪おうとするグループと、他の種と共存しようとしたグループだ。共存を願うグループは他の種に助けを求め、願叶族の力によって姿を変えたのだ」
「願叶族は実在しているのか? お伽噺の存在だと思っていたが」
「今は宝具に力を全て流してくれているから、姿は見えない。願叶族は人間を心底恨んでいるから、滅ぼすためならどんなことでも平気でこなしていた。最終的にその命をあの球体に変えて、今も稼働中だ。まだ少数だが、生存能力が高い個性を持つ願叶族は世界にいる」
「そう、なのか……」
大変な事を知ってしまった。
なぜだか俺が魔王になってしまったそうだから、今は大丈夫なのかもしれないが。
「おっと、もう時間か。宝具を譲渡してここから消えるとしよう」
「いや、まだ聞きたいことがあるんだが」
突然何を言っているんだ。まだまだ聞きたいことがあるっていうのに。
消えるとはどういうことだ。
「自分で知りたいことは、自分で調べろ。魔王に代々継承されてきた宝具を譲渡するから。そのためにまずは名前を教えろ」
無視かよ。
宝具というのは聞き捨てならないが、名前か。
召喚師として呼ばれて今まで生きてきた故に名前は重要視していなかったから、口に出すのも何年ぶりかわからんな。
召喚士の時に使っていた名前にしよう。
「無式だ」
前代はそれを聞くと満足そうに頷く。
宝具を譲渡? ふざけた話だ。
しかしその呆れは驚愕に変わった。
「――前代の魔王が正式にムシキを今代の魔王として認める。これは絶対不変の事実となり、人間を滅ぼす為の力となる」
前魔王の全身が淡く輝き、俺の体に光が届く。
光の粒子が俺に吸い込まれていく。
人間を滅ぼすとはどういうことだ。
ていうか俺はそんなことはしないぞ。
「伴い、魔王の証である『知識の泉』『原初の記憶』『新たな光』『魔の錫杖』を譲渡する!」
突然、頭の中に違和感が入り込んだ。
それは全身の血液に混じって流れ、骨の隅々まで染み渡り、腕から胸にかけて熱を帯びる。
慌てて視線を胸に遣ると、変な模様の刺青が彫られていく。
光の粒子が刺青を形どり、指の先まで伸びていく。
まるで長い蛇が巻き付いたような模様だ。
指には指輪が三つ。
まさか、本当に宝具なのか?
「これにて、継承を終了する。
無限の知識を得られる『知識の泉』。初代の魔王が遺した『原初の記憶』。世界最強に辿り着けるのを可能にする『新たな光』。
どれもこれも世界に一つしかない宝具だ。大切にせよ。魔が支配するプレートを宜しく頼む」
杖を投げられ、反射的に受け取る。
正直言って、理解不能だ。
わけのわからぬ展開で呆けていると、唐突に力が抜けた。
床に倒れ込み、強烈な眠気が襲う。
そして沼に嵌ったように、ずぶずぶと身体が沈んでいく。
いいようにされるのも癪なので、魔力を放出する。
とびっきり濃いやつをだ。
「これは魔力か!? なんてもんを残して――」
魔力が可視化するほどに濃ければ、それは粘着の性質が付与される。
俺はザマァ見ろと思いながら、睡魔に負けて意識を失った。
それと同時に体が完全に沈んだ。