十三話 出自
それはある朝のことだった。
城に住まう全員分の朝食を作らなくてはならない、食堂のおばちゃん(450)。
実は城に住む魔人は、初代魔王が選び気に入った者ばかりで、戦場に出るのはデス・トーカーやベレッタだけだったりする。寿命でしか死ぬ要因がないので皆長生きなのだ。
そしておばちゃんが朝早く食堂に入ると、一昨日食堂を滅茶苦茶に荒らした魔王様が寝ていた。
机に突っ伏した魔王様の寝顔は、まるで幼子の寝顔。
おばちゃんはこの子が本当にベレッタさんを倒したのかしらと疑問に思いながらも、魔王様の突っ伏しているテーブルの上にある皿が目に入った。
一枚の大皿には得体の知れないものが乗っていた。まだ残っている。
それを指で摘まむと、ざらざらとした何かが手に付着する。
しかしそれを口に入れると、驚愕の事実が判明した。
――まさか!
慌てて厨房に入る。
壊されていたから新しく出した予備の魔道具『調理器具:火』の上には……鍋。
蓋を開けて中を覗くと、油が入っていた。
それ以外には包丁を使った形跡しかなく、特に何事もなかったことに安堵したおばちゃん。
しかし魔王様が作った料理に問題があるということには気づいていた。
あれは芋を丸ごと一個、薄くスライスして油で揚げたものだ。
問題なのは、芋の種類。
魔素を多く含む芋の種類のあれは、魔人にとって微量ながらも毒である。
全て食べていれば、体が不調を訴えていただろう。
とりあえず魔王様を起こそうかと考えたが、仕事で疲れているのだろう、顔色が少し悪い。そのまま放置することにした。
しかし調理の音で目を覚ますかもしれないと思ったが、こればかりはどうしようもない。
おばちゃんは魔王様の調理の後片付けをしてから、朝食作りに取り掛かった。
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「ん、むぅ」
魔王、起床。
そう内心で言いながら顔を上げると、そこは食堂だった。
まだ疲れが残っているし、体が怠い。
昨晩の記憶を辿ってなぜ自分がここにいるのかと考えていると、厨房の方から声を掛けられた。
「魔王様起きちゃいましたか。もう少しでこっち終わるんで少し待っててください」
訳もわからずただ待つこと数分。
厨房から出てきたのは食堂のおばちゃん、だった。
確か皆からはそう呼ばれていた。
外見はおばちゃんではなく、どちらかというとお姉さんだが。
「こちら水です。どうぞ」
「ありがとう」
差し出された水を呷る。
寝起きには丁度いい冷たさだ。
おばちゃんが対面になるよう席に座り、指をさす。
「少しそれのことについてお聞きしたいんですが、宜しいでしょうか?」
「これ、か」
皿ではなく、皿に載った料理のことなのだろう。
「これは人間の国で作られている菓子だったと思うのですが、魔人が知る機会は普通ありません。どこで知りましたか?」
その質問は、眠気を覚ますほど強烈なものだった。
確かに魔王である今の俺が人間の国で作られている菓子を作って見せているのだから、疑問に思うだろう。
なぜ昨晩この菓子を作ってしまったのだ。
理由は簡単、召喚師として各板を渡り歩いていた頃によく食べていたからだ。
過ぎてしまったことは仕方がない。
……嘘を吐こう。
嘘を吐くときには、真実も混ぜるのが一番良い。
これが嘘を信じられる為のコツだ。
「――魔王に継承される、三つの宝具の中には『知識の泉』という宝具がある」
「聞いたことがあります。それが何だというのですか」
「『知識の泉』は魔術やその他の知識を得られる、半ば反則的なもの。それに世界中の菓子の作り方が含まれていてもおかしくはあるまい?」
どうだ……!?
これが嘘だと知られれば、更なる追求は免れない。
「……そういうことでしたか。ですが魔王様」
「なんだ?」
どこかに不自然な点でもあったか?
わからん。この人が何を考えているのか全くわからん!
「この芋の種類は使ってはいけません。これは魔素を多く含む種類で、多量に摂取すると体に不調を及ぼします。声を掛けてくだされば何か手軽に夜食を拵えました。今後は御自分で作るようなことをしないでください」
「りょ、了解した」
そこか。
うん、そこが問題だったなら、もう別にいいんだ。
「それでは、部屋に戻ってお休みください。まだ夜中です」
「ああ、心配してくれてありがとう。おやすみ」
色々と危なかったな。
気を付けよう。
最後だけ文が抜けていたので加筆しました。