シキしゃまと買い物に行ってみた
今日は、ヒタギとレイヤは任務で屋敷にいない。
トクマは他の忍び達の弓道の修行に付き合っているらしい。
そこで、日ごろの感謝をこめてカエデ自ら料理を作ろうと思い立ち、
市場にこっそりお忍びで買い物に来たわけだが…
「な、何故…シキ様は私の隣を、
さも当然そうに歩いていらっしゃるのですか……?」
「そなたの隣にはおれがいることが当然だからだ」
こらえきれぬ頭痛に、カエデは黙って額をおさえた。
シキは、今は四鬼ノ宮の忍び達に交じって、本当に屋敷の警護をしてくれている。
結界でより強固に守られ、四鬼ノ宮の地は平和な空気に満ちていた。
いつになくまじめに働く姿を見て、カエデも感心していたものだった。
だから、油断してしまっていたのだろうか…。
「し、シキ様…分かってはいらっしゃると思いますが、くれぐれも元皇子だということ、
ばれないようにくださいね…」
「そなたが言うのならば努力はしよう」
けだるげに歩く金髪の青年の姿は、
本人が努力しようとは言っているものの、やはり目立つ。
ものすごく目立つ。
今、市場の通りを二人で歩いているわけだが、
若い娘たちの絶叫に近い悲鳴が響き渡り、耳がキンキンする。
なまじ顔がありえないほどに整っているだけに、
その場にいるだけで、いやでも目を引くのだ。
「ところで、そなたは今日何を求めてここに参った?」
「あ、はい…。
いつも四鬼ノ宮のみんなにはお世話になっているから、
私の故郷の郷土料理である月見汁をふるまわせていただこうと思って、
今日はここにじゃがいもとか、にんじんとかを買いに来ました」
「…………ならば、こちらに参ろう」
シキに手を引かれて、響き渡る娘たちの悲鳴をかいくぐり、
たくさんの屋台が並んでいる所についた。
だが、なんだか、カエデが思っていた屋台とは何か違う。
「シキ様…。
シキ様は八百屋に私を案内してくださったはずなのに、
何故ここのあたりの屋台にはじゃがいもとかが一切見当たらないのでしょうか……」
「ここらの屋台はすべて女物の飾り物やら衣を売っているからだ」
「……………」
「さあ、どれがよい?」
「…………………………………………」
…これは、何かを買ってもらわないと野菜を買いに行かせてくれなさそうだ。
カエデは少しやつれた表情で適当な屋台を指差した。
「あ、あれで……」
「あれだな…」
シキはけだるげなそのまなざしを屋台にむけると、カエデの腰を強く引き寄せ、
すたすた屋台に向かって歩き出した。
カエデが顔を真っ赤にして抗議してもシキは一切を無視して
最終的に屋台まで着いてしまった。
さあ、次は欲しいものを選ばなければならない、とばかりに
カエデは必死に屋台に置いてあるものに視線を走らせた。
だけど、どれも自分には釣り合わないきらびやかなものばかりで、
カエデは困ったように眉根を寄せた。
「へい、いらっしゃい!!
何をお求めですかい?」
「店主。
この『店』を買おう。
いくら欲しい。
貴様の言い値で買ってやろう」
「…は…?
み、店…??
旦那、今、店っておっしゃいました…?」
「しっししししししし、シキ様!!
私、今日あっちの店で大安売りしていることを思い出しましたっ!!
いいいいいい、い、行きましょう!!!」
カエデはすぐさまシキの手をひっつかんで一目散に屋台から逃げ出した。
~3分後~
「っはあ、ぜえ…はあ……
な、なんでシキ様は私を八百屋に行かせてくれないのですか…?」
ようやく人通りの少ないところにでたのでカエデは足を止めた。
隣から漂ってくる不機嫌な気配。
息ひとつ乱していないシキの顔を見上げると、
彼は整ったその顔を惜しげもなく歪め、吐き捨てるように言った。
「そなたはこういうところは可愛くない。
おれの気持ちを少しは考えてはくれぬのか」
「…え?」
「四鬼ノ宮の者どもにとは言ってはいるが、どうせあのヒタギに作ってやるのだろう。
好いている娘が、他の男のために料理をすると聞いて嬉しい男などおらぬ」
「す、好いているとか、こ、ここここんなところで言わないでください!!」
顔を真っ赤にしてそう叫ぶと、シキはけだるげな気配を霧散させ肉食獣のような、
鋭く美しく妖艶な笑みを浮かべた。
「まこと好いている娘に好いていると言うどこが悪いという?
ああ。
屋敷に戻ってもっと愛を囁けと?
ああ、欲張りな娘。
だが、おれはそなたのそういうところを、
これ以上ないほど好いているし、愛しているよ」
我慢できなくなったカエデは、全力でシキの腹に肘鉄を見舞ってしまった。
end
次はレイヤさんとです!!