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浅葱の夢見し  作者: いろはうた
第一部
26/50

終章 木漏れ日

*ただひたすら



 この声が



 この瞳が



 この温もりが



 この人の存在が



 愛しい、と



 そう思えた。






*「―――カエデ」



愛しい者の名をそっと唇から離してみる。


彼女はすぐに反応して振り返った。


美しい藍の瞳が、こちらの姿を認めて輝いた。


それがまぶしくてわずかに目を細めて、


ヒタギは今日も変わらず美しい巫女姫を見つめた。



「ヒタギ!!


 もう体はいいの?


 まだ歩いたりしちゃだめなんじゃないの?」



カエデはすぐに駆け寄ってきた。


心配そうな瞳に自分しか映っていないのがたまらなく嬉しい。


唇がゆるむのもかまわずに、彼女をすばやく抱き上げた。



「ひっ、ヒタギ!?」


「案ずるな。


 おまえを抱えるだけの体力は十分ある。


 体に問題はない」



カエデをこのまま部屋に連れ去ろうかとも思ったが、足は自然と庭の方に向かった。


カエデと明るい空の下、二人きりでいたいとただそう思った。


中庭に降りて、その中にある岩の一つにそっと彼女を腰かけさせ、


自分もその隣に座った。


本来ならばこうして立ち歩くことなどできない。


体の内部はひどく傷ついていた。


カエデの言霊がなければ死んでいただろうし、


こうして彼女の隣にいることもできなかった。


幸せ、というものをかみしめながら、ヒタギはカエデと二人で水色の空を眺めていた。


すると、カエデの頭が傾いて、ぽすんとヒタギの上腕にぶつかった。



「っ、どうした」



霊力の使い過ぎによる体調不良が治っていないのだろうか、とヒタギは焦った。


あわててカエデの肩に手をかけようとすると、ぽつりと彼女はつぶやいた。



「…幸せ、だなあって。


 ……幸せすぎるなあ…って」



驚いてカエデの顔を見ようとしたが、彼女の顔は髪に隠れて見えない。


だがその声音は、言葉のわりには調子が沈んでいた。



「私だけ、こんなに幸せでいいのかなって、そう思っちゃって…」



カエデの瞳は、今は遠い影水月の地で暮らす、家族を想っているのだろう。


そんなカエデが健気で愛おしいと思うと同時に、


想われているのが自分でないことがたまらなく悔しい。


その感情のままに、ヒタギはカエデの細い体を無ぎゅっと抱きしめた。


ヒタギっ!?と驚いようにカエデが名を呼ぶが、ヒタギは気にしないことにした。



「幸せ、でいてもらわなくては困る。


 でなければ、おまえの父上にお目にかかるときに、


 おまえに娘はやらぬ、と言われてしまいそうだから」


「…え?」


「ある程度体を休めたら、おまえの一族に挨拶しに行こう。


 どうやら影水月は、四鬼ノ宮が大巫女をさらったと勘違いしているようだし、


 なによりおまえも家族に会いたいだろう。


 カエデをおれの妻にいただきたい、と正式に申込みしなくては」



体を離してカエデの顔をのぞきこむ。


彼女は今にも泣きだしそうな顔だった。



「私は、帰ってもいいの…?


 父上や姉上のお目にかかることを…許されるの…?」


「だっ…!?」



カエデの言葉を聞いて、ヒタギは顔色を変えた。



「だめだ。あくまで帰るのではなく、挨拶しに行くだけだ。いいか。

 どこに行こうとも必ずおれの元に帰ってこなければならない。

 おまえの帰る場所は、もう影水月ではなく、おれのいる場所だ。

 おれの元から勝手に離れるなど許さない。

 仮に、おまえが一生影水月で暮らす、もう四鬼ノ宮には帰らない、と言ったとしても、

 その時はおれも影水月に共に住むから―――」



カエデが自分の元から離れていくのが嫌で、怖くて、


わけのわからぬことをまくしたててしまったが、


カエデがくすくす笑っているのに気付いて口を閉じた。



「どうした」


「…うん。


 ヒタギの言葉が嬉しくて」



まだ涙が残る瞳でこちらを見上げると、彼女はまた笑った。



「ヒタギは、いつも私のことを一番に考えてくれる。


  帰さない、とか言っているけど、もし私が影水月がいいっていったら、


  ヒタギも一緒に暮らしてくれるんでしょう?」


「あたりまえだ」


「ほら、私の意見を優先してくれる。


 私の傍にいてくれる。


 私を離さないでいてくれる。


 私はそれがとても嬉しい。


 だから、ヒタギのことを好きになったんだと思う」



いつになく素直な言葉。


さらりと言われた『好き』という言葉にヒタギはよろめいた。



「って、あ!!


 うそ…やだ…言っちゃった……」



今更のように、自然に告白してしまったことに照れて真っ赤になるカエデが


かわいすぎて、今度は心臓をうちぬかれた。


心臓をおさえてうめくヒタギに、カエデがあわてたようにとびついた。



「ひ、ヒタギ!?


 どうしたの!?


 傷が痛むの!?」


「…傷ではない…。


 これは…病だ…」


「病!?


 いつからかかっていたの!?


 すぐに治る?」


「…おれは重症だ…。


 一生治らないな…これは…」


「じゅっ、重症!?」


「おまえのせいでわずらった不治の病だ。


 おまえと出会った瞬間にかかった」


「わ、わわわ、私のせいなの!?」



どうしよう、どうしよう、と、おろおろするカエデがあまりにかわいくて、


これは恋の病だ、と言う機会を逃してしまった。



「ああ。おまえのせいだ。


 だから、おまえが責任をとっておれの看病をしなければならない。


 一生おれの傍にいてな」


「う、うん…。


 私のせいだし…私にできることならなんでも…」


「では、まず髪をかきあげて、耳の後ろにかけてくれ」


「?


 こう…?」



カエデの白くて小さな耳が露わになった。



「…ああ。それでいい…」



笑いをかみ殺しながら、


ヒタギは彼女の耳たぶを甘噛みしてやろうと顔を近づけ――――――固まった。



「?


 …ヒタギ…?」



カエデが不思議そうにこちらを見る。


その彼女の耳たぶには先客がいた。


紫水晶の美しい耳飾り。


こんなもの、見覚えがないし。


贈った記憶もない。


視線に気づいて、耳たぶに触れる彼女自身もいぶかしげな顔だ。


紫は、尊い者にのみ許されている最上位の色。


たとえば――――――帝とか。


(……あの、くそ皇子……)


今すぐ、引きちぎって、紫水晶がただの粉末になるまで踏み潰したいが、


妙な術でもかかっていてカエデの身に害がおよぶ可能性を考えると、手を出せない。



「―――ああ。


 ようやく我が贈り物に気付いてくれたのか、カエデ」



けだるげな声が聞こえた瞬間、


ヒタギはカエデの腰をさらってすばやく岩から飛びのいた。


声のした方を見る。


思った通り、そこには、かの第三皇子が実に雅やかに立ち、


こちらをけだるげに見ていた。


しつこい男だ、とヒタギは唇をかみしめた。



「シキ様!?


 どうしてこちらに!?


 私はてっきり―――」


「おれのカエデはてっきりシキ様が、おれのカエデにふられたことに耐えられず、


 出家なされたのかと思ったようですよ。


 おれのカエデの期待に応えてはいかがです?


 今すぐ仏門に入って、そのうっとうしい金髪を残らず刈り上げては?」


「おれのおれの、とまことうるさき男。


 カエデは貴様の女ではなかろうて―――」


「…ハゲろくそ皇子」


「ひ、ヒタギ!!」



今にも針を取り出しそうなヒタギの手を抑え、カエデはシキの方に向き直った。



「くっくっ…。


 余裕なき男ほど見苦しきものはないな…。


 案ずることはない。


 おれは、この四鬼ノ宮に住むことにしたのだから」


「ええっ!?」


「……は」



シキは愉快そうにくつくつと笑っている。



「あの時、そなたらを追わなかったのは、追ってもカエデの心は手に入らぬと気付いたから。


 だから、一度宮に戻って、皇子の身分、捨てて参った」



次から次へと放たれる言葉に、ただ開いた口がふさがらない。


何が案ずることはないだ何が。



「もう皇子ではない。


 一人の陰陽師の男だ。


 四鬼ノ宮は武には秀でているが、術には弱い。


 このおれが、四鬼ノ宮を式術で守ってやろう。


 そのかわり、おれを四鬼ノ宮に住まわせろ。


 良いな」



あまりに上から目線の一歩的なお願いに、手がわなわなと震える。



「おれはそなたのことをあきらめるつもりなど欠片もない、カエデ。


 そなたの傍で暮らし、そなたの心、必ずおれのものにしてみせよう。


 このおれを本気にさせたのだ。


 責任は取らねば…な?」






シキの自信満々な笑みを見て、ヒタギはこめかみがひくつくのを抑えられなかった。






~終~

まだ終わらないです!!

次は番外編を数本いれます!!

少々お待ちください!!

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