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浅葱の夢見し  作者: いろはうた
第一部
13/50

10章 予言的中

*何故、私をそんな目で見るの。





私が愛しくてたまらないというように。



私の愛を乞うように。





期待なんてしたくない。



あとで傷つくのは私だと







いやというほど、



わかっているから。






*昨夜から、ヒタギの姿を見ていない。




わずかに欠けた満月を見て、カエデはそう思った。


任務に行ってしまったのだろうか。


……それとも、カエデに会いたくないだけあろうか。


カエデは緩慢な動くで部屋を出て、庭に降りた。


あたりは咲きほこる花々のかぐわしい香りがむせかえるほどにみちていた。


まとわりつくような花の甘い香りに包まれながら、再度月を見上げた。


冷たい銀の輝きが、ヒタギが愛用している針を思い起こさせる。


彼は、今、どこで何をしているのだろう。



「……会いたいな」



ぽつりと出たつぶやきが自分にはね返って、カエデは小さく震えた。


うつけだ。


自分は大うつけだ。


絶対に”カエデ”を見てくれない人に会いたいと、愛しいと、思ってしまうなんて。


だめだ。


何をしても、どこにいても、思うのはヒタギのことばかり。


苦しい。


不覚にも、涙が出そうになった。


会いたいのに、会えない。


会ってはいけない。


こんな顔、見せられない。




「―――これほど美しい花々に見向きもせず、月をひたすら眺めるとは、


 相も変わらず、変わった娘よ」




色気たっぷりのこの声。


涙はひっこんで、かわりに滝のような汗が流れ始めた。


振り返りたくない。


ものすごく振り返りたくない。


だが、振り返らないわけにはいかなかった。


なんせ、この声の主は、若くして才ある陰陽師でもある、この国の第三皇子なのだから。


だから、カエデは、のろのろと振り返るしかなかった。



「久しいな」



(でっ、出たわね、色気垂れ流し男、その2!!!!)


見た人の目を奪わずにはいられないほどの、美しい金髪を夜風に遊ばせながら、


常にけだるげなかの皇子は、カエデを見て口角を上げた。


……色気たれ流し男その1のことを考えていたら、その2が出てくるなんて、


なんの罰なのだこれは。



「おっ、御君がおられましたことに気付かず、申し訳ありません。


 …………再びお会いできて光栄に存じます」



……だめだ。


………最後の一文が完全な棒読みになってしまった。


そもそもこの皇子が気配を完全に消して近づいてきたのが悪いのだ。


思っていることが顔に出ているはずだが、シキは怒るどころか、むしろ

嬉しそうに笑った。



「そのような顔でそのようなことを言われたのは初めてだ。


 …くくっ。


 やはり、そなたといると退屈しない。


 あと、おれのことは、前もシキと呼べと言ったはずだ。


 …ああ、そうだ。


 おれも、そなたのことを名で呼ばねばならぬな。


 なあ…


 ――――――カエデ」



かすかに、本当にかすかに彼女の瞳が揺らいだ。



「……それは、私の名ではございません」



シキの紫の瞳の色が濃くなった。


薄く形の良い唇がより深く笑みの形に刻まれる。



「今さら、ごまかさなくともよい。


 俺はすべて知っている。


 …なんなら、今すぐ、語ってみせよう」



ねっとりとした花の香にとらわれて、動けない。


彼の唇が滑らかに動き出すのを止められない。



「まず、そなたの真名は、楓」



言霊のこもった己の真名は、肌をあわだたせた。



「カエデだ。


 …影水月、分家の銀の言霊使いの巫女姫」



ざあっ、と顔から血の気が引くのわかった。


本能的に右足が一歩後退した。


それを詰めるようにして、シキが一歩距離をつめる。



「ある時、ここの次男坊が、影水月の巫女をよこせと言ってきた。


 当然のごとく、影水月は大事な本家の大巫女を失いとうない」



―――知っている。


この男は全て知っている。


カエデは確信すると同時にはっきりとした恐怖を感じていた。


一体どこにその情報を手に入れたのか。



「そこで、影水月は、大巫女と姿が似ておるそなたを、大巫女の代わりに差し出した」



影水月の上の立場の人間しか知らないはずの事実が、


秘密が……。



「そうして、そなたはこの―――」


「やめてっ!!!」



カエデの鋭い声が闇を揺らした。



「やめて……ください……」


「そなたがそう言うのなら、ここまでにしておいてやろうか」



そういうと、シキは艶然とした笑みを浮かべた。


勝者の余裕がこちらにまで伝わってくる。



「…何をしにいらしたのですか。


  …………何が目的なのです」



この男は、ただの女たらしにしか見えないがうつけではない。


むしろ、カエデよりも何倍も、頭がきれる男だとカエデは知っている。


わざわざ、再び四騎ノ宮に来て、カエデに自分は秘密を知っていると脅すのも、


何か意味をもってやっているはずだ。


意味もなく、この男が動くと思えない。


こんなものでも、一応は第三皇子なのだから。



「…なにをしに、か…」



ゆらりとシキの姿が揺れる。


あっと思った時には、強い力で手首を掴まれた後だった。


見た目よりも彼の力はずっと強くて、振り払えず、


カエデはそのまま強引に引き寄せられた。



「…っ…何を……っ!」


「…そなたを、奪いに来た」



耳元でささやかれた言葉に、カエデは目を見開いた。


……奪う……?



「な……にを、おっしゃって……!?」



シキは一度、顔を離すと、カエデのあごを取って上を向かせ、瞳をのぞきこんだ。



「カエデ。



 ……おれは、そなたが欲しい」



そういうと、シキは肉食獣のような笑みを浮かべた。


だが、その目が。


紫の瞳は少しも笑っていない。


真剣な色をたたえたまなざし。


彼は冗談で言っているのではない。


これ以上はないほど―――――――――本気だ。



「そんな……」



シキは、カエデが『ハルナ』ではないと、本家の大巫女ではないと知っていて、


それでいてなお――――――――――この身を欲している。



「なにゆえ…ですか」



一度にいろんなことが起こりすぎて混乱した頭で、ようやくカエデは言葉を絞り出した。



「なにゆえ…そのような…。


 他に、あなた様をお慕いする美しい姫君などいくらでもたでありましょう?


 何故、私なのですか…?


 何故、私のようなどこにでもいるような巫女なんかを…」



「そなたがこの世でただ一人、


 おれという人間を、


 紫綺という男を見てくれたからだ。


 …カエデ」



久しく呼ばれていなかった己の真名に、


深い想いを含んだ響きに、酔ってしまいそうになる。


熱いものがちらつくその紫の瞳にとらわれてしまいそうになる。



「そなたのような女…?


 はっ。


 …笑わせるな。


 そなたのように月のように美しく清らかで、


 男の心をとらえまくる女が幾人もいてたまるか」



そう言うと、愛しそうに彼はカエデの頬に手をあてた。


夢のように優しく、その指は肌をなでる。



「他の女は、おれを見ない。


 好いているなど愛しているなど言うが、所詮は、我が第三皇子の身分を欲してのことよ。


 …だが、そなたは、違う」



すうっと紫が濃くなった。


その力強い腕が、きつくカエデの腰を抱いた。



「そなたは、そなただけは、まっすぐにおれを見てくれる。


 紫綺という、一人の人間の男に、まっすぐに言葉をぶつけてくれる。


 それがおれにとって、どんな宝玉よりも、貴重で愛おしい」



その想いを、否定できない。


それはカエデ自身が抱いた想いでもあるから。



「そなたはこの世でただ一人。


 他に変わりなどおらぬ。


 そして、ただ一人のそなたが想うのも、この世でただ一人だ。


 …おれはそのただ一人になりたい」



狂おしい想い。



自分だけを見てほしい。


この人を、離したくない。


傍にいたい。


この人の、ただ一人だけの特別な人になりたい。



これは、自分の想いじゃないはずなのに、同じだ。


重なってしまう。



「おれと共に宮廷に来い。


 おれなら、そなたを決して離しはしない。


 この先、我がかいなに抱くのはそなただけで、永劫そなただけを見て、


 愛すると、今ここに誓おう」



ずっと、ずっと、欲しかった言葉。


ぐらぐらと心が揺れている。


シキは、誓いを破らない男だ。


きっと、それこそ宝玉のように大切にしてくれると、そう思える。



…この人について行ったら、すべて、すべて忘れられるだろうか。


ヒタギのことを。


彼がハルナのことしか見ていないことを。



――――――この、想いを 



―――だけど。



「もし…」



声が震えるのを抑えきれず、カエデはこぶしを握りしめた。


まっすぐにシキの目を見上げる。



「もし、私がお断りしたら…どうなるのですか?」



一瞬の沈黙。


雲が月を隠して、あたりが暗くなった。



「…そのときは、しかたあるまい」



ひどく優しい口調でシキは言った。


ぞわりと肌があわだつ。


シキから逃れようとしても、腰にまわる強い腕がそれを許さない。



「おれが知っていることを、そなたの秘密を、


 四鬼ノ宮の者どもに話さねばなるまいな」


「っ!?」



顔色を変えたカエデを見て、楽しそうにシキは続ける。



「怒り狂うであろうな、四鬼ノ宮は。


 なにせ、手に入れたはずの影水月の頭たる大巫女は、分家の巫女だったのだ。


 影水月を襲うだろう。


 むかえうつ影水月も同等の勢力。


 両家共に滅ぶだろう。


 …これで、おれの手の内から、そなたを奪い返す者は誰もいなくなる。


 そなたが真におれだけの娘となるのだ」



大切な人が、いなくなる…?


ホムラも。


ハルナも。


……ヒタギも。



「なんで…そんな卑怯です!!」


「なんとでも言うがいい。


 おれはそなたの全てが欲しい。


 そのためならば、手段など選ばぬ。


 それに、なにも絶対に秘密を話すとは言うてはおらぬ。


 そなたがおれと共に来るのならば、両家に手は出さぬと、約束しよう」



敵だ。


この男は、影水月にとって危険人物だ。


守らねば。


言霊の力を、使って…。


唇をかみしめ、霊力を高めようとする。


その時、シキの紫の陰陽装束が目に入った。


シキが、優秀な陰陽師でもあるのは有名だ。


仮に、ホムラの時のように言霊で強制転送しても、また戻ってくるかもしれない。


ヒタギに秘密を話すかもしれない。


その時がカエデが今まで守ってきたものが壊れる瞬間だ。


全て、壊れてしまう。


それがいやなら、今ここで、シキをあやめるしかない。


言霊使いには、最終奥義である『死の呪い』がある。


それを、シキに向かって『話す』のだ。



…できるだろうか、自分に。


シキを殺めることを。


彼の想いをすべて否定することを。


(…でき…ない…!)


こわばっていたカエデの手から力が抜け、だらりとたれた。


カエデは己の弱さを笑った。


あれだけ姉を、影水月を守ると思っていたのに、いざこういう場面にあうと、


何もできない。


まだ、影水月のために人を殺せるほど精神こころは強くなれていなかった。



「泣くな…カエデ」



言われて初めて、涙が頬を伝っていることに気付いた。


昨日さんざん泣いたからもう出ないと思っていたのに。


シキの指が、そっと涙をぬぐってくれる。


優しくしないでほしい。


今のカエデは不安定だ。


どちらにでも容易に傾く。



「おれは、そなたに泣いてほしいのではない。


 おれの隣で笑ってほしいだけだ」



その言葉を聞いて、また新しい涙がこぼれ落ちていく。


その言葉を、どれほどあの人に言ってもらえたらと願ったことか。


…この人の傍にいたら、彼のことを忘れられるだろうか。


もう、あんな想いをしなくてすむだろうか。


幸せに、なれるだろうか。


かたん、と心が大きく傾いた。



「…私があなた様と共に都に行けば、


 ……影水月と四鬼ノ宮には手を出さないでいただけますか・・・?」



それはもはや敗北宣言に等しい。


シキの顔に笑みが広がる。


純粋な喜びのみがそこにはある。



「ああ。


 約束しよう。


 おれはそなたの秘密は話さないし、影水月と四鬼ノ宮の両家に手を出さない。


 これでよいか」



物事を考えるにはカエデの心はあまりにつかれていた。


甘い蜜に誘われる蝶のように、カエデはゆるゆると首を縦に振った。



「…はい」



ああ。


また、逃げてしまった。


影水月を守るという言い訳をして、全てからにげるのだ。



―――巫女さんは、ご自分の意志で、若頭さんのもと離れる



いつか言われた予言。


まさか、それが現実になるとは。


カエデは心の中で力なく己をわらった。



「では、参ろうぞ。


 わが屋敷へ」



心底嬉しそうなシキを見ると、鈍く胸が痛む。


自分の想いでもある彼の想いを裏切っているようで。


シキの袖で視界が覆われ、月が見えなくなった。


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