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不登校の僕はオンラインゲームで彼女と出会う

作者: 偽足

 クラスメイトが工作の時間に仕上げた作品を壊してしまった僕は、クズと呼ばれても仕方がないのだと思う。

 木材の切れ端で作られたそれは、僕が踏みつけただけで、たやすくひしゃげてしまった。悪気はなかったのだけれど、クラスメイトが丁寧に組み上げた作品を壊すなんて、きっと皆からいじめられるに違いない。


 幸いなことに放課後忘れ物を取りに来た時の話だから、誰も見ていなかったけど、僕は何だか怖くなって次の日中学校を休んでしまった。結果からすれば、それは僕がやったという事実を分かりやすくしただけだった。

 そのことに気づいたから僕はその翌日も学校を休んだ。その次の日も、その次の次の日も。

 気がつけば僕は所謂いわゆるひきこもりになっていて、どうしようもなくなっていた。父さんも母さんも僕に何も言わない人だったから、僕は自分の小さな部屋の中にずっと閉じこもっていた。


 でも、いくらなんでも誰ともコミュニケーションをとらないと嫌気がさすもので、だから僕はオンラインゲームを始めた。出てきた敵をなぎ倒して経験値とアイテムを稼ぐ、典型的なハックアンドスラッシュのMMORPGだ。僕はその世界の中では戦士になることにした。

 オンラインゲーム内でのやりとりは実にそっけないものだった。「次どこ?」「あの洞窟」。「レアドロ出た?」「無理、もっかいポップ待ち」。

 けれど、それだけで僕は十分だった。あまり深く仲良くなって、他の人を傷つけるのが嫌だから、フレンドを登録することも、チームに入る事もしなかった。


 そんなある日、僕はいつも通り、首都と呼ばれるプレイヤーが沢山あつまる場所で、クエストの仲間を募っていた。挑戦するクエストは一日限定の超レアな奴で、自分のレベルでは厳しそうだったけれど、パーティメンバーがいれば大丈夫だろうと思ったし、なにより報酬が素晴らしかった。とてもレアな武器と、大量の経験値。


「パーティ参加いいですか?」

 誰かが僕にメッセージを送ってきた。僕より少しレベルの低い魔術師だった。もちろん、即OKのボタンを押した。返事が返ってくる。

「良かった、パーティに参加するの初めてなんですよ」

 僕は驚いた。僕より低いとはいえ、このレベルまで一人きりでキャラクターを育てるとなると、結構な時間がかかるだろうに。

「人付き合い、苦手なものですから」

 魔術師のキャラクターがそう言いながら、恥ずかしそうなアクションをする。感情を表すこのアクション機能を、この魔術師と同じショートカットの女の子アバターが使う場面はそう珍しいものでもなかったけれど、何故かこの時だけは異様に可愛く思えた。


「僕もそんなに人付き合い、得意じゃないんですよ。凄いですね、ソロでそこまでレベル上げるなんて」

「大分時間がかかりましたね。でも自分そういう作業得意なんで嫌いじゃないです」

「誰かに手伝ってもらえば良かったのに」

「ええ、でも迷惑かかっちゃうかなって」

 結局、他愛のない会話を続けていたけれど、他にパーティ志願者は来なかった。二人だけというのは不安ではあったが、十分攻略可能圏内だろうと、早速目的地に出発することにした。


 クエストの目的である、ボスモンスターは、洞窟の一番深い所で待っている。それまでに幾つかのトラップや、雑魚モンスターが沢山配置されていたけれど、僕のスキルと、彼女の魔法で簡単に進むことが出来た。道中にあった宝箱から、そこそこのアイテムを集めつつ上機嫌で僕たちはボスの待つフロアへと足を進めた。


「グガガガ、ヨクゾ、ココマデキタ。ホメテヤロウ。ソシテ、シヌガヨイ」


 敵の攻撃は手強いものだった。一発あたっただけで僕のHPゲージは底をつきそうになった。一人で来ていたなら死んでいただろう。

 だがしかし、今回は魔術師がいる。魔術師だけが覚えられる魔法『斥力の盾』は敵の攻撃を数回完全に防ぐことが出来る。彼女が、僕と彼女の交互にそれを唱えていてくれたお陰で、なんとかボスにダメージを与えていく事ができた。


 魔術師だけにいい思いはさせてられないと、僕も負けじとスキルを使った。戦士の特別スキル、『ベノムスラッシュ』は攻撃と同時に、毒のステータス異常を敵に与えるものだ。これにかかった敵のHPはじわじわと時間がたつにつれて減っていってしまう。


 盾と毒と斬撃。ボスのHPはもうすぐ倒せそうな所まで来ていた。でもここで緊急事態が発生する。


 彼女からチャットが飛ぶ。

「あ、やばいかもです」

「何?」

キャラクター操作をしながら必死にキーボードを入力するから、不格好な文になる。

「MPきれました」

「え」

「あと1回しか盾唱えられそうにないです」


 つまり、どちらか片方が倒れてしまう、ということだ。ボス自体は毒のダメージでそのうち死ぬからそれは良い。ボスが持っていたドロップアイテムも、二人で分け合う事ができる。でも、経験値は死んだ方には入らない。後々分け与えることも出来ない。

 仕方がない。礼儀としてレベルの低い方に経験値はあげるべきだろう。限定アイテムさえ手に入ってしまえば、経験値なんて、そこらの雑魚を沢山倒せば何とかなるんだし。


「自分に盾かけといて」

「え」

「だから、自分に盾かけといて」

「分かりました」


 独特な効果音と共に、『斥力の盾』が唱えられる。それとほぼ同時に、ボスはフロア全体に効果のある攻撃を使ってきた。ああ、これで死んじゃうかな。僕のキャラクターに敵の攻撃がヒットした時のエフェクトがかかる。


 僕は死ななかった。代わりに彼女が死んでいた。よく見ると、僕のステータス欄には、あなたは今『斥力の盾』の効果中ですよ、のアイコンが。おいおい。

 敵の攻撃を盾で防ぎつつチャットをうつ。


「何で俺に盾使ったん?w」

「え、だって自分に盾唱えろって」

「ん? ……あー、なるほど」

 自分という言葉が、俺を指していると思ったのか。そういえば普通にそうとも取れてしまう文章だった。

「盾唱えちゃダメだったんですか?」

「あ、いいよいいよ。ごめんね、俺が悪かった」


 それからすぐにボスは毒のダメージで倒れた。レアドロップのアイテムと、大量の経験値が僕だけに入った。僕はテレポートアイテムを使って、死んだキャラクターが復活する場所である首都まで移動した。


「えっと、お疲れ様です。レアドロップ後で分けてくださいね。それと、もう一つぐらいクエスト行きませんか」

 そんな事を言われるとついていかざるを得ないじゃないか。僕の曖昧な指示のせいで、彼女に経験値が入らなかったんだから。

 その日、僕は初めて他人と二回連続でクエストに挑んだ。特定のクエストをクリアする為だけにパーティを集めて、達成したら即解散していた僕にとって、中々慣れないものだった。


 結局、彼女とはそれから数日間何回もクエストをこなす事になる。その日、パーティを解散しようとしたら、彼女は報酬のアイテムを分け合う前にログアウトしてしまうから、次の日に彼女を探す羽目になった。やっと出会えたと思ったら、ダンジョンの中で、折角だからとクエストを一緒にこなす。


 ここまで来ると流石にフレンド登録しないのも悪いからと思って、その日初めて僕のフレンドリストに名前が増えた。フレンドになると、お互いどこのエリアにいるのか簡単に分かるようになる。

 次の日彼女は、「戦士用の武器を拾ったんですけれど」と僕にチャットを飛ばしてきた。「折角だしクエストいきませんか」。行かないわけにいかないじゃないか、そんなの。


 そんな調子で、両方がゲームにログインしたら、決まって一緒にクエストに出かけるようになり、チャットをどんどん交わすようになった。ゲーム内のことから、他愛のない冗談まで。いつしか、最初に僕が決めた、他人と深く関わらないようにしよう、という考えは忘れてしまっていた。


 現実世界でコミュニケーションの相手がいない僕は、彼女に何でも話すようになっていた。彼女だけが僕と外の世界をつなぐ架け橋のように見えた。


 ある日の会話。

「いつも思ってるんだけど、夜中遅くまでクエストに付きあわせちゃってごめんね、迷惑でしょ?」

「大丈夫だよ」

「でも次の日に影響出ちゃったりするんじゃない? ほんとに大丈夫なの?」

「大丈夫大丈夫、俺、実は不登校なんだよ。だから夜遅くなっても平気なの」

「…………」

「いやいや、気にしないで。俺もう自分が不登校な事、気にしてないから」

「……あのさ」

「ん?」

「なんで不登校になったか、聞いていい?」


 話すかどうか、大分迷った。多分、不登校を始めた頃の僕なら不登校の理由なんて話さなかっただろう。でも彼女になら話しても大丈夫だろう、という気持ちと共に、自分が犯した罪を誰かに懺悔ざんげしたいという気持ちがあった。クラスメイトの作品を壊してからずっと学校を休んで、現実に向き合わずオンラインゲームをする日々。深く考えた事は無かったけれど、心の奥底ではいつも申し訳無さを感じていた。


「学校の友達の、図工の作品壊しちゃってさ」

「――へぇ」

「それで、怒られるのが怖くなって、学校行かなかったら、そのままずるずると」

「なんだそんな事か、学校に戻ればいいのに」

「なんだ、って何だよ! きっとバレたら虐められたし、それにもう今さら学校になんか行けないよ」

「大丈夫だよ」

「え?」

「大丈夫だよ。謝ればきっと皆許してくれるし、そんな事で虐めたりなんかしないよ」

「でも僕が学校に行ったら、作品を壊されたクラスメイトはきっと怒るよ。図工の時間を何時間も使ってやっと完成した作品だったんだよ」

「怒られればいいじゃない。そんなこともなく、多分謝れば許してくれると思うけどね。それに、多分その人は、自分の作品のせいで、誰かが不登校になっちゃうことの方がきっと悲しいと思うよ」

「…………」

「人生なんて何とかなるよ。ずっと私のレベルアップを手伝ってくれた君の優しさがあれば、きっとクラスメイトももう一度受け入れてくれるよ。だから学校に行ってみようよ」

「…………」


 僕は何も言えなくなって、そのままゲームからログアウトした。


 一晩中、ずっと僕は考え続けた。僕が学校に行ってもいいのだろうか。いや、クラスメイトに謝る為に、僕は学校に行くべきなのだろうか。

 彼女の言葉が頭の中で反響する。僕の心が「世界はそんなに生易しくない」と反対するけど、今度は僕の心の別の部分が、「大丈夫だよ、行ってみよう」と声をあげる。

 僕は考え過ぎなのか。それにしたって、いまさら行くのは変だろう。多分虐められてしまうだろうし、そこまではされなくとも、少なくとも無視はされるだろう。

 でも、僕はクラスメイトに謝らないといけない。懺悔しないといけない、それは確かに思える。

 だけれど、でも。


 朝僕は起きて、学校に行くことにした。続けて学校にかようかはともかくとして、とりあえずクラスメイトに謝罪だけはしようと決めたのだ。

 父さんも母さんも泣いて喜んで、朝ごはんを作って家を送り出してくれた。


 通学路でさえ、僕はびくびくしながら歩いていた。正直クラスメイトに会って声をかけられた時、どう答えていいのか分からなかったから。

 結局それは、思い込みにすぎなかった。クラスメイトは僕を無視してくれていた。無視、といっても向こうから話しかけて来ないだけだ。僕が話しかけたのに何も言わない、という訳では無いのだろう。僕からは一度も話していないし、そうするつもりも無いから分からないけれど。


 そんな感じで午前の授業は過ぎて、昼休みになると、担任の先生が僕の机の所にやってきた。

「先生、あなたが学校に来てくれて嬉しいわ。溜まっていたプリントを渡したり、今後について話したりしたい事があるから、放課後職員室まで来てくれるかしら」

久しぶりの先生の声だ。僕は緊張に震えながら声を絞り出す。

「い、いいですけど、先生。その前に、ちょっとホームルームで話をしても、いいですか」

数ヶ月ぶりに家族以外と実際に会話した。自分でも思ったより声が出なくて驚いた。

「え? ……ええ、分かったわ。時間をあけておきます」


 そして、その日最後の授業が終わる。先生が入ってきて、「今からショートホームルームを始めます」と言うと、教室にざわめきが起こる。

「佐古君が、皆に伝えたいことがあるそうです、聞いてあげて下さい。佐古君、どうぞ」

僕はおもむろに立ち上がり、教壇へと歩いて行く。いっそうクラスメイトのざわめきが強くなる。

 僕はまるで処刑場に歩いて行く囚人のようだった。昔どこかの本で読んだ、十字架に貼り付けられる人の話にも似ていた。一歩ずつ一歩ずつゆっくりと歩く。


 黒板の前に立った僕は、俯いていた顔を上げる。生徒全員がシンと静まり返り、その瞳を僕のほうを向ける。僕はもうすでに泣き出してしまいそうだった。僕は出来る限り深く深呼吸をした。


 3回深呼吸をして、僕は覚悟を決めた。拳をぎゅっと握りしめる。

「……僕は、三ヶ月前、吉田さんの図工の作品を壊しました。放課後、忘れ物を取りに来た時、うっかり吉田さんの作品を棚から落としてしまって、拾おうとしたら足が引っかかって、そのままぺしゃんこにしてしまいました。ごめんなさい。吉田さん、作品を……壊して、ごめんなさい。皆も……迷惑かけて……ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんな……さい……」

涙が止まらなくなっていた。


 パチ、パチ、パチ。ぱらぱらとクラスで拍手が起きた。僕には何の拍手か理解できなかった。その拍手はだんだんと大きくなって絶え間なく聞こえるようになった。

 僕は涙でくしゃくしゃになった顔で不安そうに皆のほうを見ていた。


 すると、不意に吉田さんが立ち上がり、こちらに向かって早足で歩いてきた。怒られると思った。吉田さんは僕のすぐ側までくると、にっこりと優しい笑顔を僕に向けた。


「やっと、勇気を出してくれたんだね」

「ご、ごめんなさい」

「いいよもう。作品はいくらでも作り直せるしね。それよりありがと、学校に来てくれて、ずっと待ってたんだよ」

「う、うん」

「これからも一緒によろしくね」

「え?」


 彼女は拍手の中、他の人に聞こえないように僕にそっと耳打ちした。

「――レベル上げ手伝ってね、って事だよ」


 僕の涙に濡れた顔が、少し、優しくなった。

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