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9  誰も知らない戦い

セインの側近の1人であるアーサーは、後ろでゆるく結わえた長い黒髪をなびかせて城内の通路を歩いていた。

艶やかに磨かれた大理石のような石で出来た床は、歩くたびにカッカッと規則正しい音が響く。

おそらく侵入者などの防犯対策のためにわざと音のなりやすい材質を使っているのだろうと、敏い彼は推察した。


(ふむ。わが国の重要施設に使用してもいいかもしれませんね)


銀縁メガネの位置を己の指を添えてただしながら、効果と費用について頭の中で算盤をはじく。


その表情は凛としていて、今朝の情けない騒ぎを起こした者と同一人物だとはとても思えない雰囲気だった。

セインが昼前に帰ってきてやっと落ち着いた彼は、とても凛々しく眉を寄せて難しい顔で床をにらんでいる。

そんなアーサーの背に、低い男の声がかけられた。


「……何をやってんすか、アーサー殿」


振り返るとロイテンフェルトの第一王女付き騎士団で副隊長を務めるジン・カーベルがうさんくさそうな目でアーサーを見ていた。

身長はアーサーより少し高い程度だが、筋肉質な体型で横幅は倍くらい違う気がする。

赤髪は逆立てられていて、ライオンを思わせる獰猛(どうもう)な容姿だ。

しかし人懐っこく愛嬌のある笑いを常に携えているから、特に横暴な雰囲気は感じられなかった。


アーサーはジンを一通り観察してから、また床へと視線を戻す。


「……この床の材質をうかがっても?」

「材質?あぁ、ロイテンフェルトの南にあるノグロウ山でとれるものですよ。足音がよく響くでしょ?防犯には向いていてこの一画を改装するときに敷き詰めてみたんですけど、残念ながら足音を立てて歩くなんて下品ダワ!ってご婦人方にはえらく不評で。結局は全面に絨毯引くことになってしまって」

「全面?」


確かに客人が通る通路には赤い絨毯が引かれていた記憶がある。

しかし今アーサーが居る場所から見渡す限りは全て石床そのままの状態だ。


「今は王女殿下の婚約披露式前で余所の人間の出入りが多いもんだから、防犯強化中ってわけです」


(あぁ、だからここのような人気のない場所は石床をむき出しにしていると言うわけか)


時と場合によって仕様の変更が必要になると理解して、必要な経費をまた頭の中で計算する。


「あのー、アーサー殿?それよりちょいと宜しいでしょうかね」


やたらと難しい顔で床をにらんでいるアーサーに、ジンは苦笑してみせた。

そこでやっとアーサーはジンが何か用があって話しかけてきたのだと気づく。

生真面目すぎるがゆえに、考え事をすると人の話が右から左へすり抜けていく時があるのだ。


「あぁ、申し訳ない。なんでしょう」


揃えた指先でメガネのフレームを上げながら、凝視していた床から顔を上げる。


「当日の警護の配置は時間について、うちの隊長も交えてそちらの護衛の方々と打ち合わせしたいんすけど」

「なるほど。ではグロウに話をしておきましょう。ニーチェからの隊の指揮は彼がとっておりますので」

「頼みます」

「しかし本当に…宜しいのでしょうかね。セイン王子とロザリア王女のどちらもが乗り気ではないような状況で」


アーサーの言いたい事を悟ったのか、ジンは大様に頷いた。

別に2人の関係を心配しての発言では無かったことを、ジンは簡単に見抜いてしまったのだ。


「あー、つまりアンタはこの婚約に反対派な人なわけだ」

「……国同士のつながりの強化が必要で、王女と王子の婚約が一番簡単で分かりやすい方法だとは理解しています」


王族同士の婚姻により両国の絆の強化は必要なことだとはだとはアーサーだって理解している。

しかしニーチェ国には現在未婚の王子が5人もいる。

アーサーは優秀なセインはニーチェ国に必要な存在だと考えて、ロイテンフェルトへやるのは他の王子にするべきだと言う意見を通してきた。

セインは母国に留め置き、ニーチェのために、ニーチェの地で生きるべきなのだ。


「それにロザリア王女殿下を批判をするわけではありませんが、皆様あの方に甘すぎるのでは?」


彼女は明らかに年齢より子供っぽすぎる。

少しの挑発で単純に怒るような単純さ。

特別かしこいとも思えない子どもみたいな発言の内容。


あんな馬鹿な少女が年齢以上に思慮深くて冷静だと評判のセインと釣り合うとはとても思えないのだ。


近い将来国を背負う女王になるのに、足らないものが多すぎる。

誰かが教えて教育を施し、育てればいいものを、アーサーの見る限り彼女の周囲の大人たちは放任主義を貫き、自由すぎる行為を傍観しているのだ。


「女王として国の頂に立つ立場になるには、少々力量不足かと。本日も昼間に呑気に抜け出して城下へ繰り出していたとお伺いしましたよ」

「あはは!結構厳しいこと言いますねぇ」


ロイテンフェルトの王女を批判するような危険な発言にも、ジンは笑顔を崩さない。

しかしその笑顔に暗い影が落ちているのを、アーサーは見逃さなかった。


「一度、間違ってしまったもので」

「何を?」

「守り方を。5年前に王妃が亡くなられた事件をご存じでしょ?-----あの後、やはり我々は必要以上に姫様の行動を制限し、身動きも取れないような状況に追い込んでしまった。もう少しで心身ともに壊すところだった。だからもう姫様に何の強制もしません。朗らかにいてほしいと、彼女を護る大人の誰もがそう思うから」

「っ……ずいぶん意地の悪い言い方をしますね」


5年前のフローラ王女の亡くなった事件を縦にされては、もう何も言い返すことができない。

未だ犯人の捕まらない事件はロイテンフェルトにとって終わった事ではなく、非常に繊細な問題だ。


(たとえ人気のない廊下であったとしても、誰かの耳に入れば反感を買いニーチェを巻き込んだやっかいな問題になる。この場で声高に非難して良い話題ではない)


アーサーが言い返せない話題を、ジンは分かっていて選んでいる。

手の平で転がされるような状況が気に入らなくて、メガネの奥の眼を更に吊り上げて睨みつければ、ジンは歯を見せて余裕の笑みを浮かべた。


「まぁ婚姻に関してはどうやったって避けられないことでしたが。でもわが国のお偉いさん方は一番姫様の役に立ってくれる男を選んだつもりですよ?」


守り方を間違えて、追い詰めて追い詰めて壊してしまいそうになったロザリアを救ってくれた王子様。

彼ならロイテンフェルトの王女の未来を任せられると思う者がほとんどだったから、議会で大きな反対意見なんて出なかったと聞く。

小さな文句ももちろん幾らかは上がっていたが、微々たると言っていい程度だ。


「それにねぇ、姫様に救われているのは俺らの方。見ていればわかります。俺らの姫様がどんだけ凄いお人かを」


----もうたった一人になってしまった、王家直系の王女様。


檻に入れて、鎖をかけて、傷をつけられないように隠してしまえば守ることは簡単だ。

けれどそんな風にロザリアの行動を制限すれば、軽やかに跳ね回る性質の彼女は彼女で無くなってしまう。

過去にそれを思い知ったからこそ、この国のロザリアを取り巻く者達は、時に彼女の脱走を見て見ぬふりをする。


「…………………………では、よくよく見極めさせていただきますよ。ロザリア王女が、我が敬愛する(あるじ)にふさわしい人物なのかを」

「どうぞご自由に?その気取った鼻が見事にへし折られることを期待してますよ」

「こっ、の…!」


人気のない静かな廊下で、2人の男の視線の間に熱い火花が散る。


こうして従者同士の戦の始まりの鐘は鳴らされたのだった…。



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