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8  お忍びの理由 その3

「…帽子がいるわね」

「別にかまわないだろう」

「だーめ。目立つんだもの」


王宮から一番近い街に降りてまず向かったのは、衣類を売っている小さな店だった。

小さいけれど品揃えはこの界隈一で、ロザリアの身分を知っても仲良くしてくれている女店主が営んでいる。


ロザリアは一般的な町娘の恰好をしていたから問題なかったけれど、セインはどこからどう見てももの上流貴族の青年にしか見えない上等な上着と下衣だった。

だから早速着替えさせたのだが、庶民にはめったにない手入れの行き届きすぎた綺麗な金髪はどんな格好をしても目立ってしまっていた。


「はい。少し屈んで?」

「………」


棚にならんだ帽子を見比べて、つばの広めの茶色いものを選ぶ。

金髪がなるべく外に出ないように深くかぶらせると、ロザリアは一歩引いてセインの全身を見る。

その後満足したらしく笑顔で頷いた。


「じゃあルノさん、今度ゆっくりお茶しようね。開店前なのに開けてくれて本当にありがとう」

「気にしないで。お忍びデート楽しんでらっしゃい」

「デートじゃ無いってば!!」

「あはははっ!」


お決まりのからかい文句を言われて慌てるロザリアに、店主は更に大きな笑い声をあげる。

セインに至っては騒々しい2人のやりとりにも無反。

難しい顔で着なれない服を来た自分を移した鏡をにらんでいた。

店主はセインを眺めつつ、ロザリアへとこっそり耳打ちをする。


「でもあれでしょ?噂の婚約者さんなんでしょ?」

「……そう、だけど…、って噂?皆知っているの?」

「そりゃあお国の王女様の婚約よぉ?今一番の注目の話題よ」

「私が知ったのはつい一昨日のことなのに」


城の人間ばかりか国の民にまで婚約のことは周知されていたらしい。

おそらく城下にまで婚約の事実が広まったのはこの数日のことだろう。

そうなければ少し前まで頻繁に町に来ていたときにロザリアの耳に入ったはずだ。

本当にロザリアの耳にだけ(・・)入らないように外堀を固められていたのか。


「……複雑だわ」


自分の知らないところで、どんどん話が進んでいく。

取り残されたような気分だった。

このままされるがままに婚約して、結婚して、女王位についた後も実権を握られてと…己の意志なんて一切無視された人生を進んでいくのだろうか。

もっともロザリアが実権を握るよりも他人に任せた方がよほどうまく事が回るだろうなどとは嫌でも分かったが。

肩を落としたロザリアに、すでにもう店の出口の扉を開けているセインが声をかける。


「ロザリア」

「あ、えぇ。今行くわ。じゃあ本当にいくね。有難う!」

「まいどありー」


間延びした見送りの声を背に、ロザリアはセインを追って外へ出る。


(とにかく今は気分転換!面倒くさいことはもう少し後回しでいいわ)


レノの店はたくさんの商店が立ち並ぶ界隈にある。

そろそろ開店の支度を始めた周囲から、にぎやかな声や物音が聞こえてきた。

活気づき始めた町の空気に釣られて、気分もなんとなく持ちあがる気がした



***********************


「おやおや、ロザリア様お久しぶりですねぇ」


店を出てすぐに、通りすがりの老人に気安く手を振られて2人は足を止めた。


「お顔を見せて下さらないからどうしたのかって心配してたんですよ」

「少し忙しくて。おじいさんは相変わらず元気そうで良かったわ」


そうやって軽い挨拶を交わしてから歩きだすと、今度は果物屋の前で店主から赤いリンゴを放り投げられる。


「姫様姫様!ほら、いい林檎入ったから持って行きな!」

「わぁ!ありがとう!」

「ほら、丁度熟れ頃だから。お兄さんも食べな」

「…どうも」


貰った林檎をそのまま店主に2つに切ってもらう。

丁寧に芯まで取り除いてくれた赤い林檎をかじりつつ、2人が広場を通ると、次は子供たちがわらわらと寄ってきた。


「おーじょさまだぁ」

「あそんで、あそんでっ!」


もはやセインは何も言わずに立ち止まる。


「しらない人といっしょだー」

「でーと?でーと?きゃー!」


子どもたちにまとわり付かれているロザリアをセインは林檎を租借しながら遠巻きに眺めた。

セインは騒々しい場所は苦手で、巻き込まれるなんて絶対にごめんだ。

中でも子供なんて、理解不能すぎて関わりたくもない。

敏感な子供たちはセインから発せられる近寄るなオーラが分かるらしい。

セインには目もくれず、表情を輝かせて遠慮なしにロザリアへとはやし立てていた。



気安く話しているロザリアと子供たちを1歩離れた場所でぼんやりと眺め、セインは眉をひそめていた。


「完全に面が割れているじゃないか。お前どれほど行動範囲が広いんだ」


しかも王女なのに物凄く気安く接されている。

不敬罪とか言った罪状はこの国には無いのだろうかとうっかり考えてしまうほどに、子供たちはロザリアに遠慮なしに戯れていて、三つ編みに結った彼女の髪を引っ張って遊ぶ悪戯好きな男の子までいる始末。


「…忍びと言えるのか?これ隠す必要性がまったく見当たらない」

「あー…あははははは」


多少恰好を変えたところでロザリアがロザリア王女だなんてこと、街の者は皆分かっているようだ。


「わざわざ町民の恰好なんてしなくても良かっただろう」

「でもこうした方が変に着飾るときより仲良くしてくれるのだもの。ドレスだと身構えさせてしまうみたいで」


だから王女としての正式な仕事で無い限り、この恰好で来ることにしているのだとロザリアは言う。

じゃれてくる子供たちや、広場のところどころで寛いでいる人々を眺めて、とても嬉しそうに頬を緩ませていた。


「セインはこう言うのあまり好きじゃないでしょう?ごめんね?」

「別に、いい…遊びたいだけで来ているわけでない事くらいわかってる」

「……ふへっ」


ロザリアは思わず変な笑いを漏らしてしまった。

どうやらセインは最初から何もかもを分かっていて着いて来てくれていたらしい。

でも全部を見透かされるのは少し気恥ずかしくて、口元に手を当てて咳払いでごまかしながら、ロザリアはまた街中をゆっくりと見渡す。


(やっぱり人の数がずいぶん多いわ)


広場の中も花や弾幕で通常よりさらに彩られ、祝いの雰囲気に満ちている。

目に映る限りはほとんどの人がこのお祭り騒ぎに浮かれ、楽しんでいる様子だった。

それでも、それが全部ではない。


(陰で脅えている人も確かにいるのだから)


華やかで楽しい町に見えたとしても。

普段より騒々しい街に、変化に慣れることの出来ない老人や病人は神経をすり減らしていた。

人が増えることによって起きる治安悪化は、弱い立場である女性や子供の心身を不安定にもする。


「私には何も出来ないもの」


しばらく会話を交わしていた子供たちをほどいて、手を振って彼らと分かれてから、ロザリアはぽつりとそう呟いた。

それは独り言でで、返事を期待しているのではないとセインは分かっていた。

だから特に反応は示さずに、セインは適当に前を向いてただロザリアの台詞を聞くだけだ。


…ロザリアは自分が何もできない形ばかりの王女だと自覚をしている。

ほとんどの政務は父と大臣たちが請け負い、求められることは国民の前に出て笑顔で手を振ることくらい。

もちろん政務の手伝いをしようと努力はしてみるのだが、どうにもこうにもならないのだ。

こうやって目の前で怒っている治安悪化による政策さえ、何一つ思い浮かばなず人任せにするしかなくて、歯がゆくて仕方がない。


「だからこれくらいは、したいの。誰も望んでいないようなことだって分かってるけど…」


ただ息苦しいから。

遊びたいから。

そんな簡単な理由で、護衛もなく外へ出ること。

どれほど危険で身勝手なことなのかなんて、ロザリアはちゃんと理解している。


でもここしばらくの外出禁止令が、人が流れこんできていての治安が悪化しているが故の対策だと知ってしまった。

だから、ロザリアは外へ出たのだ。

安全な場所でぬくぬくと守られるだけなんて、絶対にいやだった。


もちろん、窮屈な王宮から出て羽目を外したいのも本当だけれど。


---泣いている人がいれば抱きしめる。

怖がっていたならば手を握る。

最近どう?といつも通りの会話を交わす。


日常とは違う、少しの歪がある今であるからこそ。

話を聞いて、笑いあって、そうして国民の心身が平穏であるように。

王女という最高位の人間が同じ視線の高さで関わってくれるだけで、大勢の人々の気分は持ち上がるのだ。


「こんな事したってきっと自己満足で、ほとんど効果なんて無いんだろうけどね」


頭を使った駆け引きや政務が出来ないロザリアに出来ることは、それくらいだから。

だからロザリアは多少治安が不安定になろうとも、女性や子供が警戒するから危険であっても騎士が付くことを許さない。

外へ出て国民と触れ合うのを絶対に辞めない。


今回のように普段と比べての治安悪化はもちろん、逸り病の蔓延や天候不順による作物の不作、近隣諸国との諍いごとなど。

何かしら民の精神が不安定になるような状況にあるときには、ロザリアは毎日のように城下に降りていた。


無邪気な笑い声をあげながら擦れ違う小さな子供たちを、心底嬉しそうに見送るロザリア。

そんなロザリアの横顔を、セインはじっと見つめている。

民の様子を見ることに夢中なロザリアは、すぐ隣から浴びせられているセインの視線には気づかない。


気づいたのは、セインがあからさまに嫌味を含んだため息を吐いてからだ。


「…なに?」

「どうせ何をどう頑張っても馬鹿なロザリアに政務は無理だ。諦めて臣下なりに任せていろ」

「っ…!馬鹿って言わないでっ、一応努力はしてるのよ」


図星であっても見下されたように言われればやっぱり悔しくて、反抗したくなるのは当たり前だ。


「書類を読めば15分もたたず夢の中、会議に出れば専門用語が理解できずに涙目になって終了。そんな状態で努力とか…はっ…」


鼻で笑うセインに、ロザリアは頬を膨らませる。


「だって仕方ないじゃない。気が付いたら寝てるんだものっ。もー!やっぱりセインと結婚なんて絶対無理ー!」


ごくごくたまに、ほんとうにたまーに優しいときがあるけれど。

ロザリアにとってセインはやっぱり意地悪で嫌な奴だった。

こんな人と一緒に父と母が築いたような穏やかな家庭を築くなんて絶対に絶対に不可能だと、ロザリアは改めて強く思う。


「ほんっとうに意地悪ね!」


ぷいっと顔を背けて、ロザリアは広場の出口の方へと走り出す。

彼女の走る先で手を振っている人物に気が付く。


「どうせまた呼び止められるんだろ」


この先を簡単に予想したセインは、もはや慌てて追おうともしない。

緑豊かな広場をのんびりと歩いて行くことにした。


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