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22 5年越しの決着 その1

「トーマス公爵も無事に捕縛完了って報告が今届いた。指揮を取ってもらったニーチェの側近の2人には後で礼を言わないとなー」


そんなことを言いながら、ジンはやけに意味ありげな笑みを湛えたまま馬車の扉をしめた。

ロザリアの隣には、うだる気に寄りかかっているセインが居る。

向かい側の席ではなく隣に座らせたのはセインはふらふらで放って置けば席から転げ落ちてしまいそうだったからだ。


王宮へとむけてゆっくりと動き出した馬車の中。

ロザリアは隣のセインの顔を心配そうにうかがう。


「何だ」


目をつむって寄りかかっていたセインが、視線に気づいてうっすらと目をあける。

潤んだ金色の瞳がロザリアを映した。


「誘拐犯って、トーマス公爵だったのね」


犯人が誰かを、ジンもセインも今まで一度だって口にしたかった。


「……さすがのロザリアでも予想がついていただろう」

「そうね。…すんなりと納得出来ちゃったわ。あの人、あきらかに可笑しかったもの。…お母様のことを殺したのも、叔父様なのね」


誰も何も言わなかったけれど、5年前と手口がまったく同じだ。

タイミングも王妃の懐妊と王女の婚約と言う、現王家が活気ずく時を完全に狙っていた。

たいして頭のまわらないロザリアにも、これはさすがに分かる。


「………あぁ」


セインの肯定で、自分の予想が間違っていないことを確信して、ロザリアは唇をぎゅっと閉じてうつむく。


気づくとセインがロザリアの手を握っていた。

でもそれに恥ずかしがる余裕は、今のロザリアには無い。



-----そしてしばらくの沈黙が落ちる。


いつもと違って無口なロザリアに、セインは何も言わなかった。


「………………」

「…………」


ガタンガタン、と。


時折揺れる馬車の中で2人は寄り添い、ただ過ぎる時間を己の頭の中を落ち着けるために使う。


ずいぶん長い時間そうしてから、ふいにロザリアが呟く。


「………ねぇ」

「ん」

「------寝て無くていいの?膝貸すわよ?


さすがに具合を悪くしている人にはロザリアだって優しくなる。

それに助けに来てくれたのは感謝しているから、お礼に快方くらいはしたかった。

なのにセインの眉間には皺が出来た。物凄く嫌そうだ。


「…平気だ」


青い顔色をしていた、息も整っていないくせに。

何を強がっているのだろうと呆れた。

そしてふと気になって、何となく言ってみる。


「セインって、私のこと結構すきだったりするの?」

「…………そんなわけないだろうが。馬鹿」


ふいっと向こうを向いてしまったセインの表情は、ロザリアには見えなくて、意味が分からず首をかしげるばかりだ。


(だったら、どうして?)


好きじゃないと言うくせに、どうして体調が悪い状態で身を挺してまで助けにきてくれたのか。

いつだって馬鹿だと罵るくせに、どうして今も傍にいるのか。

セインの言葉と行動は正反対で、たくさん考えても理解ができなかった。

思ったことをそのまま口にしてしまうロザリアには、本心と真逆なことを言うセインの考えが本気で分からない。


心の赴くままに自分を出してしまった方が楽なのに。

彼はどうしてか意地悪な台詞と嘘ばかりを吐くのだ。


(どうしてこんな面倒くさいのかしら)


こんなに素直になれない性質の彼のことは、きっとずっと、何十年たったって理解できないと断言できる。

出会って10年以上たっても変わらないのだから、これからだって絶対にそうなはず。


(ほんっとうに…セインの考えてることなんて全然分からないわ。…でも)


ロザリアは泣き出してしまわないようにきゅっと目元に力を入れる。


「ロザリア?どこか痛むのか?」


顔を歪めたロザリアの変化に誰よりも早く気づくのはやはりセインだった。

意地悪ばかり言うくせに、こういう時ばかり心配そうに眉を下げて気遣ってくれるから、余計に調子がくるってしまう。

悔しいような、嬉しいような、複雑な気分でどうしたらよいのか分からない。

ロザリアは変な表情になった顔を見られたくなくて、視線を横へと逸らしながら口を開いた。


「セインの口が悪いのは、もういいわ」

「は?」


…それがセインなら、もういいと思った。


口が悪くて嘘つきで、ロザリアにひどい事ばかり言う人だけど。

ちゃんと自分は大事にされているのだと、今回の事件で嫌というほど分かってしまったから。

この意地の悪い男の人を、受け入れることにした。

自分で自分が分からないけれど、受け入れたいと、思ってしまった。

ロザリアは嘘をつくのが苦手だから、どうせ誤魔化すことなんて不可能だ。


「ロザリア、お前大丈夫か?」


脈絡のないことを1人で言うロザリアを、セインが怪訝そうに見ている。

こんな時まで偉そうで、それが何だか無性に気に入らない。

だからロザリアは顔をあげてセインの金色の瞳をにらみつけてやる。


「だから!セインと結婚するって言ったの!あなたのお嫁さんになるって決めたの!」


真っ赤な顔をして叫ぶように言い放ったロザリア。

セインは、ぽかんと呆けた顔をしてロザリアを見下ろしていた。


固まってしまったセインの反応をじっと見つめて待つロザリア。

セインは丸くした目をぱちぱちと瞬きさせて、ロザリアの台詞をかみしめて、その後我に変えると同時もにまるで火が付いたかのようにとたんに顔が真っ赤に染まってしまった。


「お、まっ…!何言ってるのか分かってるのか!」


どうして怒った風に怒鳴るのか、ロザリアにはやっぱり分からない。

セインとロザリアの結婚はずいぶん前から決まっていた。

ロザリアの気持ちがやっと周囲の流れに追いついただけだ。

ロザリアはそれを宣言したにすぎないのに、なぜセインはこんなに動揺するのか。


「当たり前でしょ、分かってるわよ。一生セインの隣に居るのもいいかなと思ったの。お母様とお父様みたいな夫婦関係は無理だろうけど、それとは違う形の関係も楽しそうかもって。嫌々ながら夫婦するよりずっと良いことでしょう?どうして怒るのよ?」

「怒ってなどっー…。あぁ、もう……鈍いのもたいがいにしてくれ…」

「……?怒ってるじゃない」


不機嫌そうに髪を掻いて、眉を寄せてため息を吐くセイン。

どこからどうみても苛立っている風なのに、怒っていないなどと言うから余計に意味が分からない。

その後ずっと、王宮に着くまでセインはロザリアにもたれかかって眠っていた。

なんだか嘘寝のような気がして何度か声をかけてみたけれど、彼は頑なに目を開けてはくれなかった。


**********************


王宮のロザリアの生活する区画の裏口に、馬車はこっそりと止められた。


「姫様の誘拐事件はまだ広まって居ないから、こっそりな」


馬車の扉を開けたジンの台詞に、ロザリアは頷く。


「毒混入事件だけでも騒然としているものね。変に騒がれないようにしてくれた方がいいわ。……セイン、歩いていける?」

「俺がおぶっていこうか?」

「……構うな。1人で行ける」


目を開けたセインがため息を吐いて、首を横へ振った。

ジンの手をかりて2人そろって地に足をつけたとき、少し遠い場所から馬の嘶きが聞こえた。

ロザリアが乗ってきた馬や付き添いに居る騎士たちが居る場所より全然遠い。


「こんな時間に王宮内で馬に乗るのは、急使くらいよね。あとは…叔父様を捕縛してきた一団?」

「おっ、せいかーい。なんだ姫様、珍しく冴えてんじゃん」


セインが怪訝な表情で首をかしげる。


「罪人を王宮の中央部へ搬送したのか?」

「国王陛下が会いたいんだってさ。直接色々聞きたいらしい」

「あぁ……なるほど」


血を分けた弟が仕出かしたこと。国王にとってはひどく複雑な心境だろう。

納得して頷いたセインは、ロザリアへと視線を向けた。


「さっさと寝て休め」

「それはセインに言うべき台詞だと思うわ。私、トーマス叔父様に会いにいくから」

「「は?」」


腰に手を当てて当然のように宣言するロザリアに、呆けたジンとセインの声がかぶった。

何を馬鹿なことを言っているんだと、男2人の視線がありありと告げている。

けれどロザリアもめげるつもりだって無い。


「嫌な思いをするだけだから止めろって思ってるんでしょう?でもお断りします、蚊帳の外に置かれるのなんてもう絶対いや」


ロザリアを守るために、たくさんの人が何か月も前から動いてくれていた。

何も知らなかったときならまだしも、完全に当事者と分かったのに知らない振り何てできない。

そしてきっと、今を逃したらトーマス公爵はしかるべきところへ移送されてしまう。

そうすれば次に会えるのはいつになるのか分からないのだ。




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