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21 月光の下、王女の戦い その3

(な、なに…?)


いったい何が起きているのか、ロザリアにはさっぱり全然全く分からない。

ただ目の前で繰り広げられる信じられない光景に目を瞬くしか出来なかった。


「………………え?」


ぽかんと口を開けて放心してしまっていたが、我に返ると慌ててセインの腕を引く。


「ほんと、何なのこれ、ねぇ」


見上げたセインはロザリアみたいに動揺なんてまったくしていない。

持っている剣を一度も振るうそぶりさえ見せず、ロザリアをかばう位置に立っているだけだ。


「黙っていろ。終わったら説明するから」

「説明って…」


困惑した声をあげつつ、ロザリアはセインからまた目の前の騒ぎに視線を移した。

最初にセインとロザリアと対峙していた3人の男たちを、ジンを含むあとから来た男たち6人が蹴散らしている。なぜかどうしてか、敵であるはずのジン達がロザリアとセインを守っている。


「だっ、誰か来てくれ!」


屋敷の中へ向かってさらなる応援を呼ぶ彼らに、ジンはにっこりと笑って言う。


「屋敷の中の奴らは全部捕縛済み。あんたらで最後だよ」

「はぁ?!て、めぇら!裏切ったのかよ!!」


騒ぐ男たちに対する6人は、圧倒的な戦闘力で簡単にやられてしまう。

その剣裁きはロザリアの良く見知ったもので、よくよく観察してみると6人全員がロザリアの知った顔…王宮に仕える騎士の人間だ。。

薄暗い場所だから今までまったく気づきもしなかった。


そこでセインが後ろを振り返り、ロザリアの呑み込みのわるさに呆れたようなため息を吐く。


「潜入作戦ってやつだ」

「…は?」

「ロザリアには難しい単語だったか?砕いて言うと、仲間になった演技をして敵の懐に入り込む。それで情報を得たり罠を仕掛けたり強襲したりと、まぁそんな作戦だ」

「そっ…そこまで詳しく説明しなくても分かるけれど…」


意味は、さすがのロザリアでも理解できる。

けれどあまりに予想外な展開すぎて頭が付いて行かないのだ。


「ひっでぇ姫様。本気で俺が姫様を裏切ったって信じたわけ?」


そう言って、ジンが歯を見せて笑った。

ロザリアの良く知った明るくくったくのない豪快な笑い方だ。

冷たくて高い、背筋が凍るような怖い声音でもない、いつも通りのジンの姿。


しばらくの間を置いてやっと今の状況を理解すると、じわじわと来た安堵で目の奥が熱くなった。


「どっ…、ど…どうして教えてくれないのよー!」


月夜に照らされた空に、ロザリアの叫びが響く。


せめて一言くらい、ジンが味方であることを教えておいてくれればこんなに不安にならなかったのに。

そう涙ながらに訴えると、セインが当たり前のようにさらりと言う。


「ロザリアが秘密なんて無理だから」

「っ…」


言われたロザリアが口を噤んでしまうのは、図星だからだ。


(確かに、昔から隠し事とか嘘とかは苦手だったけど…)


もしロザリアにこの事実を話していたならば、ロザリアは隠しきれずに絶対に態度にだしてしまっていたのだろう。

自分のことは自分が一番わかっている。


「でも…たとえ話せなくても…内部に入り込んでいるなら、私がさらわれる前に留めてくれればよかったのに」


セインもジンも、他の騎士たちも、向こうの出方を何もかもを調査済みで、ロザリアを連れ去る計画さえ知っていたと言う。

だったらその誘拐計画を事前に防ぐのが道理ではないかと尋ねると、ジンは苦笑して髪を掻き揚げる。


「確実な証拠が入るまでもうちょーっと時間が必要だったんだよ。もちろんヤバそうなら助けるつもりだったぜ?大人しくしててって忠告までしたのに、姫様ってば窓からの脱走だもんなー。いや、姫様ならやるだろうなとは思ったけど」

「……主犯者の気が私に向いているのを利用して、せっせとガサ入れしていたのね」

「はっはっは」


ジンのわざとらしい乾いた笑い声が、月夜の空にやけに大きく響いた。


「でもこの作戦、王子様の案だぜ?姫様とセイン王子の婚約話が出た半年前くらいに俺宛に指示が出たんだし」

「はっ?」

「姫様の婚約って話が流れればあの人が動くって予想して、事前に作戦立ててたんだ。直前に動いても警戒されるから半年かけて徐々に信頼を得て行ったってわけ。おかげで今みたいな重要拠点も任せられるくらいの奴の右腕的立場にまで出世した。さすが俺!」

「彼の簡単に相手の懐に滑り込める技量は買っていたからな。一番に敵方へ接触するように仕向けてもらった」

「……私、本当に蚊帳の外だったのね」


婚約の話も、自分の騎士が何をしていたかも、セインが動いていたことも。

半年以上前からすべては動いていたのに、ロザリアは何一つ知らなかった。

知らないままに守られて、知らない間に全てが終わっている。


その全てがロザリアにかかわることなのに。

守られてばかりで、本当に何も出来ない王女なだと、ロザリアは本気で痛感した。


「そんなに頼りない?……ううん、分かってる。私は王家の血を持ってる跡継ぎだから大事にしてもらえてるだけなのよね。私自身は全然だめだめで、守ってもらうような価値もないのに」

「……ロザリアがするべきことが、俺たちのするべきことと違うだけだ」

「意味が分からない」


肩を落として項垂れるロザリアの頭に、ジンの大きな手が載せられた。

そして彼の大きな手に乱雑に撫でられる。


「あんなに国民に好かれて、活気ある城下町を作ってんのは姫様の力」

「……?」


首をかしげるロザリアを見てジンの言うことをまったく理解していないと悟ったセインが、面倒臭そうに説明した。


「民の支持を集めるのによその国の王族たちがどれほどの苦労をしているか分かって言っているのか。ロイテンフェルトが大規模な反乱や反旗の心配なしでいられるのはロザリアが頑張ってるからだ」

「私、何もしていないわ」

「あれだけ民と気軽に仲良く出来る王女がどこにいる。流行り病や情勢の悪化などで人が不安定になるたびに毎日のように通って手を握って。あんなに目に見える民と同じ場所で民に尽くす王女なんて、俺は今のところ1人しか知らない」

「………あれは…だって…そんな大層なものじゃないわ」


ロザリアには頭を使った政務なんてとても出来ないから、せめて泣いている人が居れば元気になる手伝いをしたいと思っただけ。

王女なのにそんな小さくて誰にでも出来ることしか出来ない自分が、恥ずかしくて仕方がないのに。


(なのに、セインが褒めるようなことを言ってる)


いつだってロザリアを否定してばかりの彼が、ロザリアのそんなところを認めているなんて思ったこともなかった。

なんだか恥ずかしなって、俯いて思いっきり過振りを振る。


「ロザリア?」

「おい、姫様ー?」


呼びかけにぱっと顔を上げてから、ロザリアは自分の手を握りこんで意気込んだ。


「私、頑張るから!少しくらい政務も出来るように勉強するわ!」


王女(・・)としての自信が、ロザリアにはかけらも無かった。

けれど認めてくれる人がいた。それがセインと、ジンだった。

嬉しくて、だったらもっと頑張ろうと張り切るロザリアにセインは眉をひそめてゆるゆると首を振る。


「………いや、別にいい。変に張り切られても面倒事に発展しそうだ」

「な、なにそれ!」


ロザリアが声を上げて反論する。

それに対してセインはきっとまた意地悪なこというのだろうと思った。

けれど彼の身体はふらりと傾き、ロザリアを頼るようにロザリアの背に手を回すのだった。


「セイン!」

「あー…さすがに限界だな。馬で帰るのは無理か。おい!馬車の用意してくれー。あと屋敷内へ横になれる場所したくして」


ジンが敵方の男たちへ縄をかけていた騎士に命じる。


「…ジンがいるのに、どうしてこんなになってまで駆け付けたわけ?」


味方であるジンや、ほかにも騎士が潜入してるとセインは知っていた…と言うか彼らを指揮をしたのがセインだ。

ロザリアを護る騎士たちが側についていると分かっていたのに、どうしてこんな状態の身体でわざわざ出てきたのだ。

訪ねてみたけれど、ロザリアに支えられながらも彼はそっぽを向いてしまう。

それを見たジンが思わずと言った風に吹き出す。


「居ても立ってもいられなかったんだろ。その辺の男心にはやっぱり鈍いんだよなー」

「えーっと…すっごく心配してくれたってこと?」

「そうそう。すっごくすっごく心配だったんだよ」

「…………」


ロザリアは思わずセインの顔を凝視する。

青みを帯びていた顔に朱が走っているように見えるのは、たぶん気のせいじゃない。


「ジンの話、本当?」


でも素直じゃない王子様は、予想通り答えてはくれなかった。


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