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15 甘くて苦い、お酒の味 その2

治療を終えたセインの眠る寝室に通されたのはロザリアと侍女のミシャ、アーサーとグロウ。

そしてセインの治療にあたっていた老齢の医師と、彼の助手を担う2人の若い女性だ。

国王エリックやジンは、招待客への対応に追われているらしくこの場には来られないらしい。


「心配はありません。解毒は成功いたしましたし、経過も順調です」

「よかった…」


医師のその一言に、誰もが安堵の息を吐いた。


「セイン様!ご、ご無事で良かった…!」


側付きのアーサーに至っては涙まで流している。

余程セインのことが心配だったのだなと、ロザリアは案外強いらしい主従の絆に関心した。


「ニーチェ国の王族には幼少からいくつかの毒に身体を慣らしておく習慣があるらしい。ですからある程度の耐性も働いたのだと思われます。2.3日は発熱するでしょうが1週間もすれば全快されるでしょう」

「毒に…?」


少量ずつ毒を頓服し、耐性をつくる。


慣れるまでには身体を蝕む毒の効能に何度も何度ももがき苦しみ耐え抜くと聞いたことがある。

耐え切れずに死に陥る人間も多い、ある意味もろ刃の剣と言っていい身の守り方だ。


(そんなのがニーチェの習慣としてあったなんて知らなかった。セインは一度だってそんなこと言ってなかった)


再びセインの蒼白な顔を見て、その苦しみを想像してぞっとした。

ロザリアが想像していたよりずっと、彼は死に近いところにいたのだ。

不安を振り払うように慌てて傍らのミシャに顔を向けた。


「招待客の方々が口にされた分は大丈夫だったのかしら」

「えぇ。毒物の混入があったのはお二人のグラスのみのようです」

「そう…。果実酒を飲んだのがセインだけだったから…。私は毒への耐性なんてまったくないもの。もしも私だったなら、助かったかどうかさえ分からないのよね」


飲んですぐに症状が現れたのだから、相当強い即効性の薬だったことは言うまでもない。

それこそ招待客へ振る舞われた料理に入っていたりしたなら、あれくらいの騒ぎでは済まなかったはず。

自国の貴族だけでなく他国の重臣や王族までいたのに。

場合によっては宣戦布告と取られても仕方がない状況になってしまうところだった。


ベッドの脇に経つ医師がこほんと咳をして、室内にいる全員の方を振り返る。


「あとは休息を取っていただいて回復を待つしかありません。騒々しいと休まりませんから、皆様本日はお引き取りください」


もう夜も更けていて、窓から見える空には三日月が昇っている。

いつもならそろそろ眠りに落ちる時間だ。

でも今日は叔父との騒動や婚約の義、毒薬の混入などと、色々ありすぎて緊張と混乱でロザリアの頭はどうにかなりだった。


(どうやっても落ち着いて眠れる気がしない。---どうせ眠れないなら…)


ロザリアは眠るセインの青白い顔を見下ろす。

胸の奥がぎゅっと縮まって、小さな痛みさえ感じた。


「…セインの傍についていてはいけないかしら。大丈夫ってわかっても心配だもの」


考えるよりも早く自然に滑り出てきた言葉に、ロザリアは思わず自分の口元に手をあてる。

周りを見るとこの場に居る全員の驚きに満ちた表情がこちらへと集まっていた。

普段セインのことを「嫌だ嫌だ」と言っているロザリアがセインについていたいと言いだすなんて、誰も思わなかったのだろう。


「…だ、駄目かしら。だって私の隣で倒れたのよ?気になって当然じゃない」


予想以上の注目を浴びてたじろぎつつ、おそらく駄目だろうなと諦めを含んだ息がロザリアから漏れる。

若い女性が夜遅くに男性の寝室に居座るなんて、誰からも反対されてしまうことだ。

たとえよその令嬢よりも自由にさせて貰っているロザリアであっても、止められるに決まっている。


「いいえ。ロザリア様はセイン王子の婚約者ですもの。駄目なことなんてありませんわ」

「そう…なの…?」


ミシャの台詞にロザリアは驚いて紫の眼を瞬かせた。

幼馴染だと駄目で、婚約者だと良いのか。

その線引きがよく分からないが、部屋に控えている医師や助手の女性たちもなんだかとても微笑ましいものを見るような目をしてロザリアを見ている。


「婚約者、ですもの。当たり前です」

「えぇ。セイン王子も心強いでしょう」

「頑張ってください!」


どうして応援されるのか。

しかも皆で寄ってたかって意味ありげな喜色に満ちた笑みを向けてくる。


(や、やめて欲しい。居心地が悪るすぎるわ。いくら婚約者になったって、そんな目でみられるような甘い間柄じゃないのに)


ロザリアとセインは犬猿の仲。…だと誰が認めてくれなくてもロザリアは思っている。

10年以上続いたこの関係が簡単に甘いものに変わるはずもない。


ロザリアは周囲からくるいたたまない空気から、思わず視線をそらしてしまう。

すると1人アーサーだけが何だか不満そうな顔をしているのが目に入った。

しかもどうしてか彼は後ろからグロウに口元を押さえられつつ羽交い絞めにされている。


「もっ…ごごごご……!!!」

「…あの?」

「あー、お気に為さらずに。煩い小姑はこちらで処置しますんで」

「無理よ。気になるに決まっているわ」


彼らの主がこんな状態のときに、何をじゃれついて遊んでいるのか。

さすがに勘に障って、文句を言おうと思ったけれど、その前にミシャがロザリアの手を引いて振り向かせる。


「その前にロザリア様、お着替えを致しましょうか」

「あ、そうね」


ミシャに言われて自身を見下ろしてみると、煌びやかな衣装のままだった。

大ぶりなアメジストのジュエリーも、ボリュームのありすぎるドレスも、どう考えてもさすがに病人についているにはそぐわない。


「では一度部屋に戻りましょう。先生、セインのことをどうぞ宜しくお願いいたします」

「かしこまりました」


医師が頷くのを確認してから、ロザリアは未だに何やらもみ合っているグロウとアーサーへ目を向ける。


「あの。グロウもアーサーも、本当にごめんなさい」

「……?王女?」


ロザリアの突然の謝罪に、アーサーはグロウとの揉み合いを中断し、驚いた様子でロザリアへと向かい合う。

頼りなくても、子供っぽくても、ロザリアは王女(・・)だ。

そんな最高位にいる人間に意味もわからず頭を下げられてしまっても困るのだろう。


「ニーチェ国の王子である方をこのように命の危機に去らせてしまったこと、全てロイテンフェルトの責任です。本国への謝罪と報告は速やかにお送りし、相応のお詫びもいたします」

「っ…なんか、すっげぇまともな対応っすね」

「う、む…」




アーサーが銀縁の眼鏡を押し上げながら息を吐く。


(これでは本当にまともな王女ではないか)


事前の情報でも、それまでアーサーが目にした部分でも、ロザリア王女は頭の足らない馬鹿王女だった。

甘やかされて緊張感のない騒々しいだけの彼女の周囲が苛立たしくてしかたがなかった。

なのに先ほど招待客に見せた対応といい、今の謝罪といい、…まったく予想外だ。


有事の時にはきちんと立てる。

そんな彼女を目の前で見せられてしまった。

甘やかされて育てられたその辺の姫君なら、泣いて引きこもってしまっても仕方がなかったのに。

認めたくは無いけれど、王位に立つための最低限の心づもりは持っているらしい。


「顔を上げて下さい、あなたのこともロイテンフェルトに対しても責めるつもりはありません」

「そうそう、別に命に別状は無いんですし。国の方にも我々からきちんと説明しておきますから大丈夫ですよぅ」

「本当…?」


不安そうに上目使いで見上げられてしまっては、もう責めることなんてできない。

毒薬については、セインを苦しめた犯人の方を恨むことにした。


「今回の件については、の話です!私はあなたが王子の伴侶だなんて認めません!」

「はっ?えっ…と?」

「あー。お気になさらず。この人、縁談に反対派なもので…」

「そうだったの?!」

「そうです!あなたの様な粗野な人間、ぜっったいにセイン王子には相応しくありませんから!」


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