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14 甘くて苦い、お酒の味 その1

婚約の義を終えたあとから、そのまま婚約披露を祝うパーティーが行われた。

客人たちは料理に舌鼓を打ったり、王宮付楽団の演奏に酔いしれたり、歓談に笑い声をあげたりと思い思いに楽しんでいる。


「では失礼いたします」

「えぇ。楽しんでいってくださいね」


ロザリアとセインの元へ列をなして祝いの台詞を並び立てる招待客との挨拶もひと段落した頃。

トラブルなくパーティーを終えられそうな広間の様子を上座から見渡して、席に腰かけているロザリアはほっと息を吐く。

気を抜くとさっきから気になっていたことをはっきりと自覚してしまって、思わず腹部を押さえる。


「お腹がすいたわ…降りてもいいかしら」


ロザリアの座る上座の前の開けた場所にはテーブルが広げられ、そこにかけられた白いクロスの上に今日のために王宮料理長が腕を振るった特別メニューが並んでいる。

基本は立食形式だけど、隅に添えられたカウチやテーブルまで給仕に運んで貰い座って食べることも可能な仕様だ。

目の前のおいしそうな料理の数々と香りに、もう我慢できそうにない。

しかしそう訴えるロザリアに、セインは呆れたような顔でゆるゆると首を横へと振った。


「普通に考えて主催側はもてなしに専念するべきだろう。今は途切れているだけで、おそらくまだ挨拶や歓談に来る者もいるはずだ」

「でも別にマナー違反だなんてこともないじゃない。一言給仕にお願いして摘まむものを持って来て貰うのもだめなの?」

「…………我慢しろ」


セインが立ち上がって、近くを通りかかった給仕へと片手をあげる。

応じた給仕は上座に昇ると、恭しく2客のグラスの乗った盆をセインに差し出した。

セインに習って立ち上がったロザリアへとそのうちの1客が渡される。

グラスの中身の色は透明。香りからして柑橘系の果実酒だ。

丸く黄色い実が一つだけ沈んでいた。

きっとこれで乗り切れと言う意味なのだろう。

けれど当然、こんな実ひとつとお酒なんかで空腹が満たされるわけがない。


「あとで目いっぱい食べてやるんだから」


グラスの中の果実酒を睨んで呟く台詞には、やたらと熱い決意が込められていて、隣に立って果実酒を一口口に含んだばかりのセインの眉間に深いしわがよる。


「馬鹿か。どこまで食欲旺盛なんだ。普通は思っていても口にださないものだぞ。人並み程度とはもう望まないが…それでも少しくらいは恥じらいを持て」

「だっていつものお夕飯の時間も過ぎているし…セインは平気なの?」

「見越して式の前に軽食を取っていたからな」

「ず、ずるい…」

「きちんとロザリアの分も用意されていたぞ。幕裏でこそこそ遊んでいたから逃したんだ…ろう、が……?」


小言を並べていたセインが突然口を閉じたかと思えば、厳しい表情で手を口元に当てている。


「セイン?」


不思議に思ったロザリアが彼の顔をうかがいみると、血の気が引いて白い肌は青みをおびている。

気分でも悪くなったのだろうか。

背を丸めてうつむいてしまったセインの腕に手にかけ、揺れるセインの身体を支えた。


「っ…セイン?大丈夫?」

「……ァ……の、っな…」


セインが突然ロザリアの持っているグラスをつかんだ。

強い力で引かれて手からそれを落とされ、グラスは簡単に砕け散る。


(もしかして、毒…?)


ロザリアの顔が青ざめた。

ガラスの割れる甲高い音に振り向いた周囲の人々が、主役の2人の異変に気づいて会場内がざわめきだす。

護衛のグロウがこちらに駆け寄ってくるのが視界の端に見えた。

けれど彼がたどり着く前にセインは立っていられなくなったのか、崩れるように床へ倒れてしまう。

細いと思ってはいてもやはり男1人の身体をロザリアが支えるのは難しくて、結局衝撃を和らげるクッション程度にしかなれなかった。


「セイン!」

「王子!!如何なされました!」

「飲み物に薬が入っていたの!早く解毒を!」


セインの傍らに膝をついていたロザリアの手を、彼の冷えた指先が頼りになく握りこむ。

見下ろすと、顔色の悪いセインが荒い息を吐いて小さく言葉を紡ごうとしているところだった。

揺れている金色の目が、ロザリアを見つめ続けている。


「……泣くなよ。よけいに…不細工に、みえ…だろう」

「な、泣かないわっ」

「っ…はっ……どこが」

「こんな時にまで意地悪を言わないでよ、馬鹿っ」


でもすぐにこれは不安になっているロザリアを励ますためのセインの気遣いなのだと気がついてしまって、本当に泣きそうになった。


「っ…」

「セイン、セインっ!」


意識を飛ばしそうなセインの手をロザリアは握って、必死に呼びかける。


「ロザリア、取り乱さすで無い」


上から振って来たのは父王(ちちおう)の静かな声。


ロザリアはハッとと我に返り、息をのんだ。

幼いころからロザリアは、どんな逆境にあっても堂々と立つ強さを持てと言われてきた。

父としては比較的甘かったエリックが、絶対に曲げてはいけないと説き続けて来た王としての心得だ。


(不安も動揺も簡単に伝染してしまう。私がするべきことは、泣いてわめくことじゃないんだわ…今こんな時だからこそ毅然(きぜん)と立っていないと…)


ロザリアは目の端にわずかに滲んでいたものを手の甲でぬぐい、小さく深呼吸してから周りを取り囲んでいる人たちを見上げた。

そして城内の護衛をしていたはずの顔見知りの騎士達に視線を移す。


「グラスを持ってきた給仕を捕らえて。黒い短髪で背の低い男だったわ。確か右の目元に黒子があったはずよ」

「はっ!すぐに」


凛と通る王女の声に命じられ、力強く頷いた騎士が数人動く。

ロザリア自身もぐるりと周囲を見渡してみるけれど、視界に映る範囲ではあの男は居ない。


「お医者様の手配は?」

「使いを走らせました。早く王子をお運びしましょう」

「お願いね」


ロザリアはセインの手を両手で握り込んだ。


「大丈夫、すぐにお医者様が楽にしてくれるから。頑張って」


無事でいて欲しいと強く強く祈ってから、そっと手を放す。

汗で額に額に張り付いた彼の金色の髪を優しくかき上げると、立ちあがって、もうセインの方には向かわずに広間内を見据えた。


当然ながら誰もが緊張した様子で、視線をこちらへと向けている。

圧迫感に負けないように背筋を伸ばすと、ドレスの裾を摘まみ片足を半歩後ろへ置いてから軽く腰を落とす。

そうして優雅に一礼し、柔らかく笑みを作って良く通る声を上げた。


「皆々様にはお忙しい時間を割いておいでいただきましたのに、このような騒動になってしまい、大変申し訳ありません。王宮の騎士団が勢力を尽くして警備と護衛にあたりお客様方の安全をお約束いたします。しかし不届き者が紛れ込んでいる可能性がありますため、今しばらく王宮内にてお待ち下さいませ。すぐにお部屋をご用意致します」


犯人がこの中に居るかもしれない以上、このまま客人達を帰すわけにはいかない。


(上質な部屋を用意して、何不自由ない接待をしたところで事実上は王宮への監禁になるんだもの。不満のある人の方が多いに決まっている)


しかし状況が状況で、相手が王族なだけに声高に反論出来るものは居ないようだった。

ロザリアは了承してもらったことに対してもう一度ゆっくりと礼をしてから、一段高い場に設けられた王座に座る父を振り返る。

目の端ではセインが担架にのせられて運ばれていくところだ。


「お父様、申し訳ありません。後はお任せしても宜しいでしょうか」

「うむ。この後は私が何とかしよう。お前は婚約者殿に着いていなさい」

「有難うございます。宜しくお願いいたします」


最後にまたドレスの裾を摘まんで礼をし、広間の招待客へ向けても礼をする。

慌てないようにゆっくりと堂々とした風に見えるように気を付けつつ、ロザリアは大広間を後にするのだった。



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