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11 幼馴染が婚約者になった日 その2

「おぉ、ロザリア王女!しばらく見ない間に立派な令嬢になりましたなぁ」

「お久しぶりです、叔父様。4、5年ぶりかしら」


トーマスの待つ部屋についたロザリアは笑顔でドレスの裾をすまんで挨拶をする。

彼はそんなロザリアを上から下まで眺めて、嬉しそうにうなずいた後に両手を広げて近寄ってきた。


「ほんとうに、大きくなられて…」

「…?!」


明らかにロザリアを抱擁しようとしている仕草に、もちろんロザリアは後ずさる。

階級や礼儀にはそれほどこだわらないけれど、あまり交流のない男に抱きしめられるのはさすがに抵抗があった。

いつもしているように城下で弱っている老人や子供を元気ずけるために抱きしめるのとも、まったくわけが違うのだ。


「あの…」


しかもトーマスは、何だか全体的に脂ぎっていて、正直精神的にくっ付きたくない。

ふとましい体躯に、肉厚な手指。

顔は皮脂でテッカテカ。更に頭もすばらしいほどの輝きを放っている。

良く見ればお情け程度にちょろちょろと細い毛は生えていたが、世間一般的にはツルピカと称して良い頭だ。

何よりも三白眼の濁った目が、何か邪な願望を示しているような気がして、見られると寒気がした。

叔父に対して失礼なことだとは分かりつつも、精神的にもあまりお近づきになりたくないと思ってしまった。


そもそもが基本的にロザリアの傍に居る人間は礼儀正しく紳士的な振る舞いを身に付けた上位貴族が多いから、こういう無遠慮な接触に慣れていない。


思わず後ずさったとき、部屋に控えさせていた騎士がロザリアとトーマス公爵の間に腕を差し入れる。


「っ…、公爵様。婚約を控えた王女殿下に触れらるのは…」

「おぉ、失礼。久しぶりにロザリア王女にお会いできたのがあまりに嬉しくて。親心のようなものです、どうぞお気に為さらず」

「はぁ」


公爵が一歩下がると騎士はそれをしっかり見たあと、一礼して元の位置に戻る。

目くばせだけで助けてもらったお礼をして、ロザリアは背筋を伸ばしてトーマス公爵へと向き直った。


(…叔父様ってこんな方だったかしら)


ロザリアは首を捻って、幼い時に何度かあった頃のことを思い出そうとする。


おぼろげながらも、もっと細見で髪も豊富だったはず。

しかも自身に溢れた厳格で硬派な人間だった記憶がある。


(確かいたずらをして何度かすっごい長時間のお説教をくらったのよね)


作法や礼儀には非常に厳しかった人が、再開して早々に不作法な行い。

そしてたった数年では有り得ないほどの容姿の後退っぷり。

会わなかったこの数年で一体彼に何があったのだ。

問い正したい気持ちもあったけれど、さすがに『どうして剥げちゃったの』なんて聞けるはずもない。

ロザリアは笑顔を取りつくって本題にはいることにする。

もっとも誤魔化しや嘘の苦手な彼女だ。

周囲の護衛や侍女には、ロザリアが主に相手の頭を気にしていることは丸わかりだったが。


公爵に椅子を進めてから、ロザリアも向かいの席に座る。

扉の脇に護衛の騎士が2人、部屋の隅にはミシャが控えていて、お茶を用意していた。


「申し訳ありません叔父様。この後に予定が入っておりましてあまりお時間が取れないんです。ご用件をお聞きしても宜しいでしょうか」

「あぁ、そうですな。パーティーには私も参加する予定ですから、良く分かっております」

「遠いところを私のためにお越しくださって有難うございます」


にっこりと笑ってお礼を言うロザリアに、トーマス公爵は満足げにうなずくとこほんと咳を一つ鳴らした。


「実はロザリア王女が、隣国のニーチェ国王子との婚約に難色を示しているとお聞きしましたのです」

「…え、えぇ…まぁ」


確かにロザリアはセインとの婚約なんて絶対ごめんだと思っている。

出来るものなら今日も逃げ出したい。

でも国同士の契約がロザリア一人の意志で簡単に反故出来るはずもないと、きちんと理解もしていた。


「でも王女としての務めですし…仕様がありませんわ」


ありきたりのない台詞で誤魔化してみようとした。

けれど公爵は勢いよく首を横へと振る。


「あぁ嘆かわしい!!私の可愛い姪っ子が、望まぬ結婚を強いられるなんて!!務めと言って涙を呑んで受け入れるロザリアは何て健気なんだろう!!」

「…あ、の…?」


ものすごく同情溢れた表情で、目の端に涙まで浮かべている。


「しかしもうご安心を!貴方が望むならニーチェ国王子との結婚を無かったことにして差し上げましょう」

「っ!!」

「公爵様!」


言葉を失うロザリアの背後から、控えていたミシャの厳しい声が飛ぶ。

しかしトーマス公爵は侍女の声など聞こえない振りをして、身を乗り出すとロザリアの手を掴み両手で握り込んでくる。


「お嫌なのでしょう?だったらこの話はロザリア様にとって喜ばしいことではありませんか」

「あの…でも、もう本日のパーティで正式に決まってしまうのに、いまさらそんな…」

「私の力なら出来ます!ロザリア様をあんな男になどやれるものですか!」

「っ……!」


意気込んで前のめりになる公爵の眼は、濁っているのにどうしてか爛々と輝いているように見える。

欲望に溺れた男の目は、5年前に母を殺した者達とおなじ色をしていて、背中から悪寒が這い上がった。

固く握りしめてくる手を、ロザリアはどうにか振りほどこうともがいた。

けれど厚くて大きい男の手の力はとても強くて、どうやっても微動だにしない。


「や、っ……」


怖くて脅えるロザリアを見て、控えていた騎士と侍女のミシャが動く。

一人の騎士は侯爵の腕をつかんで捻りあげ、もう一人の騎士は後ろから羽交い絞めにする。

ミシャはロザリアを護るように前に回って、ロザリアをきゅっと抱きしめてくれた。


「な、なんだお前たち!たかが騎士風情が王弟に楯突いて良いと思っているのか!」

「王女への不届きな行為、大事にされたくなければ今すぐお引き取りください」

「ロザリア王女に害をなす者を廃するのが我々の役割です」


騎士が怒りに喚くトーマス公爵を押さえながら、こちらへ言う。


「侍女殿、ここは我々に任せて王女をお連れください」

「わかりました。ロザリア様、もう行きましょう!」

「え、あ…えぇ。叔父様、失礼いたします」


ミシャに引っ張られるようにして、ロザリアは足早に部屋を退室した。


「ロザリア様はこの婚約がお嫌なのでしょう!?私が貴方を救って差し上げます!!」


閉じられた扉からいくら遠ざかっても、ロザリアの耳には何度も何度も 公爵の台詞が響いていた。



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