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1  <プロローグ>

その夜、ロイテンフェルトと呼ばれる暖かな気候の小国に、珍しく雪が降った。

空から落ちる白い粒により、緑に覆われていた大地にうっすらと白のベールがかけられた。


いつもより少しだけ珍しい光景に国の民の心が浮足立っている丁度同時刻。


-----ロイテンフェルトの王宮から、王妃と第一王女が何者かに連れ去らわれたのだった。



「ジン。お前はこっちだ」

「ぐぇ」


赤髪を逆立てた大柄な騎士ジンは、王妃と王女の救出作戦の指揮をとる副隊長に首根っこを引っ掴まれ、その場に留まされる。


「ちょっ…首はやめて首は。窒息したらどうすんです。…しかも俺の持ち場裏門の方なんすけど」

手前(てめぇ)は裏方より特攻向きだろ。正面突破組にくわわっとけ」

「はぁ、そうっすか。了解です」


首都の北にある古い屋敷の外周に彼らはいた。

ここに王宮から誘拐されたフローラ王妃とロザリア王女が連れて来られていると言う確かな情報が入ったのだ。

普段は王宮で王族の身辺を護る精鋭の騎士や兵士達が、今は郊外に集まり闇夜に潜んでいる。

極力音をたてないように気を使いながら、次々と塀を越えて敷地内に侵入した。


特に偉くもない立場のジンは、同期の連中と裏門周辺の見張りをする予定だった。

なのに正面からの突入を試みる副隊長達にうっかり引っ張り込まれてしまった為に、予想以上に気を引き締めなくてはならないようだ。


「いいか、当たり前だが第一に重要なのはお二人の身柄の安全確保だ。死んでも守れ」


剃っているのか抜けてしまったのか分からないスキンヘッドの頭を月光に反射させながら、副隊長は周囲にいる兵達に言い聞かせた。

外で陣頭指揮を取っている隊長を外せば、この副隊長が一番の手腕だ。

彼は全員が神妙な表情で頷いたのを確認したあと先頭に立ち、工具で外した窓枠からジンを含む数人を連れて屋敷内に潜入する。

同時刻に裏口やその他の窓などからも別の部隊が侵入しているはずだ。

作戦に狂いがない限りは相当数の騎士や兵が敵の根城に忍び込んだことになる。


「………っ、副隊長」

「あぁ。くそ呑気な笑い声が聞こえるな」


どうやらジン達が忍び込んだ窓が、予想通り目当ての人物たちの居る部屋に一番近かったらしい。


「絶対痛めつけてやる。お前達、足音立てるんじゃないぞ。…行くぞ」


直ぐに人の気配と話し声のする部屋のドアの前に陣取り、副隊長がそれを勢いよく開けた。


「全員動くな!抵抗すれば容赦はしない!」


鋭い声とともに、ジン達は抜き身の剣を構えた状態で一斉にドアから室内へとなだれ込んだ。

しかし目の前に飛び込んできた光景に、彼らは声を失う。



廃墟となって久しい城は家具らしい家具もない。

ただ隅に埃が溜まっているだけの空間だ。

唯一使用されているのは暖炉で、おそらくこの寒さに耐えられず使用出来るまでに整えたのだろう。

そこには薪がくべられ、室内を炎が煌々と照らしている。


炎の揺れる灯りに灯された広い部屋は、冷たい石造りの床。

その床の中央には直接何枚もの白いシーツが広げられていた。

シーツの上で何人もの男たちが団子のごとく固まって座ったり寝転んだりしており、予想していなかったらしい襲撃に全員が驚いた顔をして騎士達を見上げている。

だが、侵入した騎士たちはみな、転がる男どもには一切興味なく、ただ1点を呆然と見るしか出来なかった。


「っ…フ、……ラ殿下…」


誰かがかすれた声で呟いた。


彼らの目に映るのは、シーツの上で仰向けに横たわるフローラ王妃の姿。

彼女の美しく波打つ茶髪は白いシーツに無造作に広がっていた。

衣服のところどころが刃物のようなもので裂かれ、血をにじませており、露わになった部分や顔には強く殴られたのだろう青いあざがいくつも広がっている。

何よりもこの騒動にかかわらず、王妃の身体はピクリとも動く様子がなかった。

眼球を見開いたままで硬直している状態と血の気の感じられない顔色から、すでにこと切れているのだと、何度も人の死を見てきた騎士や兵士たちは悟り、息をのむ。


フローラ王妃は心身をとして国民に尽くす人柄で国民からの信も厚く、国王陛下以上に支持されているのではと密かに噂される程の王妃。


その信頼は騎士からももちろん得ていた。

彼女の悲惨な死に顔を前にした騎士たちの胸に沸いてくるのは、怒りを通り越した説明もしようもない激しい感情だ。


「き、さまらぁぁぁぁ!!!」

「っ……!副隊長っ!!」


そして荒々しく一歩踏み入った彼らは気づく。


王妃の死体の置かれた傍らで表情を凍らせている少女がいることに。

男たちが行った蛮行を一番見えるその場所に、柱に縛られて彼女は固定されていた。

室内に敷き詰められたシーツと同じ白色のドレスを着ていたことと、手前に居た大柄な男の陰になっていたことで、気づくのが遅れてしまった。

彼女の子供らしく柔らかそうな頬を伝う涙のあとは、もう白く乾ききっていて。

暗く陰った大きな紫の目は開かれたまま、この騒動にも何の反応も示さず、ただもう動かない母親である王妃を一心に見つめている。



「ひ、め…」


まだ10歳になったばかりの、ロザリア・ロイテンフェルト第一王女。


呆然とロザリア王女を見下ろすジンだったが、対峙した男たちの下卑た笑いに我に返る。


見ると数人が果物ナイフ程度の頼りない短剣を手にしていた。

しかし王宮で日夜鍛錬に励む騎士がここまでの人数集まり、囲まれている状況では既に彼らの負けは決まったようなものだ。


それなのに彼らは虚勢なのか本気なのか、にやにやと口元を緩め続けていて、騎士たちはこの上ない不快感を覚えた。

不審に思って周囲に視線を向けると、周囲には数えきれないほどの酒瓶が転がっていた。

そして酒瓶にまぎれて転がされている、法に反した薬の名が入った薬瓶。

彼らの黄味を帯びた顔色と、充血し濁った白目の色。

ロザリア王女を楯に逃げようとする一番有効なはずの手段さえ思いつかない状態らしく、つまりは酔っているだけでは無く、既に彼らは正気ではないのだとジンは理解した。


「小者ですかね」

「あぁ、ここで2人を亡きものとするように雇われたゴロツキだろう」


ジンが傍らの副隊長に呟くと、やはり肯定が帰って来た。

この様子では考えていた主謀犯と思われる本人はもちろん、彼が犯人とする証拠さえ、この屋敷内には残されていないのだろう。


ただ本能に突き動かされるままの思考能力しかもたないず、善悪の判断さえつかない状態の男たちの中へ、主犯の者は王妃と王女を放り投げたのだ。


「聴取しても情報は持ってないか」

「蜥蜴の尻尾切りかよ」


女王を救えなかったのはもちろん、反王一派を捕えられないのも痛手だ。

歯がみする騎士たちに、酔いか薬かで呂律も危うい男たちはシーツの上に尻を載せたままで声を上げる。


「おぅおぅ。ちょっと早すぎるぜ騎士様達よぅ。もう少し時間くれれば若い王女様も堪能出来たっつうに」

「はは!!そうだそうだ。フローラ王妃がなかなかしぶとく生きてくれてたからさー」

「高貴な女が俺らみたいなのに泣いて頼むんだぜ?娘は見逃してくれって、お綺麗な顔をぐっちゃぐちゃにしながらよう!」

「ぎゃはははは!!」


「っ…く、そっ!!!!」


ジンは持っていた剣を握り直し、地に這っている男に飛びかかった。

同じ思いらしい周囲の騎士たちも息を荒げて床を蹴る。


「う、おぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!」


騎士たちの雄叫びは尋問すべき数人以外の、他の部屋にも潜む全ての敵の首をはねる瞬間まで、途絶えることは無かった。




-----それはまだ戦闘の経験が浅かった若き騎士、ジン・カーベルの人生観を変える出来事だった。



ジンはこの後、一生背負うことになる。


民の羨望厚いフローラ王妃を守れなかった苦渋を。

母親が目の前で暴行され殺される場を、若干10歳の子どもであるロザリア王女の記憶に刻みつけてしまった後悔を。

そして、悲惨な光景と挑発に冷静を欠いてしまったことにより、既に傷付き過ぎたロザリアに追い打ちをかけるように、何人もの男たちが騎士たちの手で首を落とされる様子を真正面から見せてしまった己の浅はかさを。



まっさきに駆けつけて縄を解き、目と耳を覆ってやることこそ、ジンがあの時一番しなければならないことだったのに。




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