救うべき者は既に無く
「これは……」
ギアを降りて白兵戦用の武器を装備、宇宙服を装着し基地内の調査を始めようと格納庫に降り立った時だった。
エルクは思わず基地内の光景を目の当たりにし、後ずさる。
基地内は死と血の匂いが漂い、人は肉塊と化し、まるでトマトジュースをぶちまけたかの様に空気が無いため血が大量に浮遊している。
その光景を見たシーアが思わずその場に膝をつく。
「大丈夫か?」
「う、うん…大丈夫……エルクこそ大丈夫なの?」
「初めてじゃ……無いからな」
厳しい眼差しで言うエルク。エルクやカイトはテロでの遺体処理で死体は見たことがあったが、やはり気持ちの良いものではない、シーアは無かった為その場で思わず嗚咽する。
「とりあえず先に進むぞ、俺達にできる事は一刻も早くこんな事をやった奴らを捕まえる事だ」
怒りを瞳に宿しカイトは廊下への扉をくぐる――幾つもの扉をくぐっても、死体はあった。
ある者は背中を銃で撃たれ、ある者は腹を切り裂かれ臓器が幾つも無くなっている者と様々だった。
「これじゃ、ただの殺戮じゃねぇか!」
エルクがはき捨てる。
「なんなのよ、一体……尋常じゃないわよ…こんなの…」
「司令室に行くぞ……監視システムを使って生存者を探すんだ、運がよければそこに原因を作った奴らがいるかもしれない」
カイトの言葉に二人は頷き、歩き出す。
宇宙では、ほとんどの『フェィ』が撃墜、あるいは発進する前にゲートを潰され、はもはや数えれる程に減っていた。
「クレス君、あらかた片付きました、後はあなただけです撤収してください」
「『スペリオル』の連中は放っておいて大丈夫なのか?」
言うクレスにディウンはつもの調子で、
「大丈夫ですよ、彼らもプロなんですから、まぁ、こんな事でやられる様ならそれこそ『そこまでの奴だった』って事ですよ、なのであなたも早く着艦して下さい」
「分かりました……撤退します」
――さて、この事件なにやら奥が深そうです、回収したブラックボックスで何処まで分かりますかね――
「どうだ、そっちは?」
無線を通じてエルセントの声がカイトの耳に届く、約十分程前から通信をして、状況を報告しているのだが言える報告は最悪なものばかり。
「えぇ、死体ばかりですよ何処も……」
カイトは司令室のコントロールパネルを操作し、基地内の監視カメラの映像を確認するが、映し出されるのはやはり死体――無論、司令室にも幾つもあった。
「カイト、監視カメラの録画映像今から流すぞ」
「頼む」
エルクがパネルを操作し司令室のメインディスプレイが分割され幾つもの映像が流れる、そこには資料を片手に行ったり来たりする者、上司に怒鳴られやる気を無くし机にうなだれている者が居たりするだけで、いたって平和な光景が広がっていた。
「これ、ホントに連絡がつかなくなる直前の映像か?」
エルクが訝った表情を見せる。
「そのはずだけど……あれ?映像が……」
映像は途中で途切れ、後は黒く塗り潰された映像が流れるばかり。
「どうやら、襲った相手も真実を簡単には明かしてくれないらしいな」
「『スペリオル』に恨みでもある奴らの仕業?」
言うシーアにエルクが首を横に振り、
「それなら声明ぐらい出すはずだろ?『俺達がやった』とかよ、でなきゃタダの自己満足でしかないぜ?」
「そっか…それもそうね」
と、シーアが言った瞬間――
けたたましい警告音が響き、赤色灯が光だす。
「なんだっ!?」
エルクは手元のコントロールパネルを操作し警告の原因を探る。
「おい、おい、まずいぜ!ジェネレーターに過剰に負担が掛かってる!――制御プログラムは……くそっ!だめだ機能しない!誰がこんな事を……」
「どうなるのよ?一体?」
「ジェネレーターに負担が掛かってるなら爆発するな……仕方ないこの場を放棄するぞ」
「そんな、まだほとんど調べてないのに!」
シーアがフリンスの言葉に反論するが……
「まとめて返してやればいいさ、こんな事をしでかした奴らにな」
エルクが冷静にたしなめ――それにシーアも頷く。
「誰か知らねぇが、この借りは必ずっ……!」
エルクはそう決意しカイト達と共に司令室を後にする。
「撤退準備急げ!」
エルセントの声が艦内放送で流れる、最低限の人数しか乗せていない為、乗員はあちこち急がしく飛び回っている。
「『ガーディアン』の戦艦撤退していきます、どういたします?」
慌てるオペレーターにエルセントは冷静な口調で、
「放っておけ、構っている暇はない、それよりも『イシス』基地からカイト達はまだか?」
脱出の連絡を受けてから約十分、脱出するには十分な時間である、しかし――
「いえ、未だに反応ありません、通信も応答なしです」
だが、帰ってきた答えは期待とは違うものだった。
「仕方が無い、いつでも撤退できるように準備を万全にしておけ、カイト、エルク、シーアの三名を収容次第撤退する」
「彼らが帰ってくるという保障は……」
萎縮しながらオペレーターが言うが、エルセントは勝ち誇った様な笑みを浮かべ、
「帰ってくるさ、必ず――アイツらならな」
その頃、カイト達は脱出しようと格納庫へと、来た道を戻っていた時だった。
青白い閃光がカイト達の側をすぎた――『ガード』この基地の自動警備ロボットである。
「なっ!」
カイトは身を伏せ、通路の右側にあった部屋にエルクとシーア達と飛び入る。
そして、宇宙服に付いているバッテリーに、とある武器から出ているコードを繋ぐ、
ガンブレード。
その名の通レーザーガンとして、モードを切り替えることによりレーザーソードとしても使える武器である。
しかし、欠点もある、長く使っていると出力が不安定になりやすい為、連続しての使用に向かない事。
カイトはガンブレードをソードに切り替え部屋を飛び出す。
「ダメ!先に撃たれちゃう!」
だが、カイトはシーアの制止も聞かず、突っ込む。
『ガード』の放ったビームガンをソードで上手く弾き、姿勢を低くし、加速をかける。
次のレーザーがカイトの頭上をわずかにかすめ、次の瞬間――
『ガード』は腰の辺りから一瞬にして真っ二つに両断され、鈍い音をたて、上半身が廊下へと崩れ落ちる。
「行くぞ」
「う、うん」
カイトの尋常ならざる動きに驚きつつ頷くシーア、その隣でエルクは『俺の出番は無しかい!』といった顔をしている。
だが、次の瞬間格納庫へ通じる道は馬鹿デカイ音と共に降りてきた分厚いシャッターによって行く手をふさがれる、が――
「こんなもん!」
言って、エルクの振るったガンブレードによって分厚いシャッターは人が通れる程の歪な穴を作り出した。
しかし、くぐると、すぐ先をまたも分厚いシャッターが塞いでいた、次も、そのまた次も。
「こりゃぁ、時間が掛かるな……運が悪けりゃココが俺達の墓場かもなぁ……」
不安げな半ば諦めた表情を浮かべるエルクだった。
「基地内のエネルギー指数既にレッドです!艦長、これ以上は!」
悲鳴に近い声でオペレーターが叫ぶ、
「いや、来たぞ」
エルセントが言い、ディスプレイに映し出される三つの機体――
「隊長、待たせましたね、着艦しますよ」
ディスプレイにエルクの顔が映し出され、ブリッジ内に安堵の声が漏れる。
「了解した、着艦し次第撤退する、急げ」
「了解!着艦します」
言ってカイト達は加速をかけ『シルバー・ナイト』へと降り立つ。
「『イシス』の爆発を確認!」
ブリッジではオペレーターの悲痛な報告が届く、
「前進全速!爆発の影響域から離脱しろ!」
エルセントの言葉と共に『シルバー・ナイト』は爆発に飲み込まれ崩れ逝く『イシス』を後ろに見つつ、離脱するのだった。
何処とも知れぬ場所で、十二、三歳程の一人の少年がイシス宙域での映像を眺めている。
――エルセント=ハイムを誘き出す目的だったけど――
――思わぬ獲物が掛かったね、カイト=セレオル――おそらく彼が……もう少し調査が必要だね――
そうつぶやくと映像は消え、光を失った空間は闇に包まれた。