第七話
白百合。
凛としてそこにあり、気高きも儚い一輪の華。
高貴なる香、力強き佇まい。
それでいて純真無垢。
何一つシミのない純白。
まさに白百合と呼ぶに相応しい人。
むせ返るような薔薇の中、一輪だけ咲いている白百合。
ノエルのいるその場だけは静寂を保ち、まるで時が止まっているかの様。
薔薇の咲き誇る中庭にある白い石造りの憩いの場。
いつものようにノエルの元へと押し掛けたモントレはアフタヌーンティーを楽しむ。
「ふぉっふぉっ、ノエル様の入れられた紅茶は格別ですなぁ」
「ありがとうございます」
口元だけをそっと笑ませたノエル。
新しい紅茶を入れ、お茶請けを用意する姿をモントレは目を細めて見守る。
「どうぞ、モントレ様」
「ふむふむ、美味美味」
猫舌のモントレを気遣って少し冷ませてから出される色濃い紅茶。
昔から何も変わらない、そう思う。
普通ならば大きくなった、綺麗になった、そう感慨深く思う所だろうが、ノエルは本当に昔から何も変わらない。
初めてノエルと会ったのはヴィンセントが産まれた頃。
母親を亡くしたばかりのたった七歳の少女。
アビントン伯爵家当主、ノエルとレヴィの父に当たるジェームズと息子のミストレが懇意にしていることから、自然と交流が多かった。
此度、王子も産まれ学友となるであろうレヴィを一目見ておこうとアビントン家に赴いたとき。
落ち着いた水色のドレスを身にまとったノエルは優雅に礼をしてみせた。
本来ならば伯爵家の女主人が取るであろう”歓迎”をされた。
大人顔負けの言葉遣いに、動作、気遣い。
出された紅茶の温度に、ぴくりと動作を止める。
モントレの最も好む温度で、舌を火傷することもなかった。
甘いものが苦手なモントレの前に、甘いお菓子は一切出されず軽くつまめるような軽食が出されていた。
招く客の好みを把握し喜ばせる、完璧なもてなし。
小さな少女は父親が来ると音もなく下がり、必要なときにはまるで始めからそこに居たように自然に入ってくる。
完璧なる理想の”伯爵夫人”がそこにはいた。
今年十二歳になる孫のシェーラは、まずこのような落ち着いた色のドレスは着ない。
ピンクや黄色と言った華やかな色、技巧の凝らされた派手なものを選ぶ。
初めて会う人には人見知りをし、挨拶は完璧なのだがどうしても気持ちが着いていかない。
できたとしても、それは稚拙で子供らしさがどうしても残る。
ノエルに感じたのは”違和感のなさ”。
余りにも自然で、目につく所が一つもない。
子供らしさに目を緩める事も、拙い対応に口をほころばせる事も一切ない。
何もかもが完璧な大人の女性がそこにはいた。
あの頃からノエルは何も変わっていない。
完璧なまま。
見た目こそ成長しているものの、達観したような表情はどこまでも変わらない。
静かに微笑むノエルを見て、モントレは不安を感じずにはいられない。
「……」
「? どうかされましたか、モントレ様」
「いや」と目の前に置かれたビスケットをつまむ。
何か言わなくてはと思うのだが、モントレが踏み込んでいい問題だとは思えない。
結果開いた口を閉じるしか方法はなくなる。
自分が何を言おうと、ノエルの人生は彼女自身のものでノエル自身が決める事。
何か言えばノエルはきっと真剣にその言葉に向き合い、答えを出すであろう。
しかし彼女のこれからを背負えない自分が言うべきではない。
「そう言えば、今日は準決勝に進む者が決まる日ですな。すでに三名は決まっておりますが……今日の最終戦はたしか……ふむふむ、レヴィ殿ならば負けはしないでしょうなぁ」
「ええ」
「準決勝戦からは王族も観戦されます。陛下もご覧になるでしょうがいつものようにご一緒されますか?」
「いえ、今回はやめておきます。ティアラ様にお任せしますわ」
「ふーむ、しかし前夜パーティーには出ていただきますぞ?」
「いえ、私は……」
断ろうとするノエルをよそに、モントレは時計を気にする。
そろそろ来る頃だろう。
そう思ったと同時に複数の声が聞こえて来た。
ノエルがぴくりと反応し、茶器を用意し始める。
困ったような顏をされたが知らん顔である。
「今日はお招きいただきありがとうございます、モントレ様」
「いえいえ、それはノエル様に」
にっこりと微笑むティアラと騎士の礼を取るジェラルドがそこに立っていた。
ノエルと違い、華やかで薔薇がよく似合う。
輝かんばかりの笑顔はあどけなさを含み愛らしく可愛らしい。
「今日はお招きいただきありがとう、ノエル。あなたのお茶大好きよ」
「まぁ、ありがとうございます。どうぞこちらへ」
ノエルに促され席に着くティアラの前には紅茶とノエルと同じ甘いマカロンが置かれた。
ぱっと顏を輝かせたティアラはニコニコと美味しそうに紅茶を楽しむ。
「ところでティアラ様はパーティーがお好きですかな?」
「ええ、大好きです! 華やかで煌びやかで、皆楽しそうにダンスや音楽を楽しむの!」
「ふぉっふぉっ」
年相応の娘の反応にモントレも顏を緩める。
「もうすぐ前夜パーティーがあるのでしょう? とても楽しみなんです。もうドレスも新調致しましたし、靴もそれに合わせた可愛いピンクの細身の靴で……ノエルはどんなドレスにするの?」
「え? いえ、私は」
「う〜ん、ノエルなら薄い水色……思い切って夜みたいな紺色で星のような宝石を鏤めるのはどう!? ノエルならとっても似合いそう!」
「え? あの」
「私、前夜パーティーなんて貴族以外の人も来るパーティー初めてだから緊張してしまって……でもノエルが傍に着いていてくれるなら百人力ね!」
「……え、と」
「本当にノエルって頼りになるわ! 本当のお姉様みたい」
「……」
「ふむ」
モントレが誘導しなくとも、ティアラはノエルを説き伏せ、尚かつ断れない状況を作ってしまう。
内緒でティアラをお茶会に誘った甲斐があった。
「ところでノエル、準決勝はどのような格好で行けば良いのかしら? 余り派手では駄目だとジェラルドは言うのだけれど……この後一緒に選んでくれないかしら? あ、その前にノエルのドレスを見せてくれない? 参考にするわ」
「いえ、私は準決勝にはいきま……」
「善は急げと言います。お茶会は切り上げて早速決めにいってはどうですかな? なぁに、ここの後片付けはこの老いぼれに任せておいてください」
「本当ですか!?」と喜ぶティアラとは真逆にティアラが少し恨めしそうにモントレを睨んだが諦めたように立ち上がったのだった。