第五話
場に金属のぶつかり合う音が響く。
男達の低い叫び声が所々で聞こえている。
「ぐあっ!」
「ひ、ひどいっ!」
「うああっ!」
「ぎゃあ!」
剣を弾き飛ばし、喉元に切っ先を向け、剣を振るうと見せかけて脚払いをした。
最後の一人もついでとばかりに足を引っ掛け、踏みつける。
そのままぎっと審判を睨みつけた。
「しょ、勝者、レヴィ・アビントン!」
大声で叫ぶがその声は周りの喧騒にかき消されてしまう。
それはそうだろう。
試合開始と共に決着をつけたのはレヴィの組だけだ。
余りにも参加人数が多いため、予選をする前に五人一組になって勝者を決めることとなったのだ。
汗一つ掻いていないレヴィは鼻を鳴らして戦っている他の参加者の間をすり抜けていく。
そこでレヴィの組と同じようにもう試合が終了している組があった。
少し興味が沸いて倒れている四人の中で一人立っている男を見た。
盛り上がった筋肉がいかにも武人であることを主張しているが、背は高くバランスが取れていた。
少し長めの硬質な黒髪を無造作に後ろで束ねている。
鋭い目に反してにっと笑みを讃えた顔は妙に色気があり、日に焼けた肌に反して笑ったときに覗く白い歯が妙に爽やかでレヴィは寒気を覚えた。
目が合ったのだ。
しかも片手を上げてこちらへ向かってくるではないか。
誰だ? と思うがこんな気持ち悪い奴の知り合いなんていないと再確認する。
ぽんぽんと気安くレヴィの肩を叩いた男は耳元で囁いた。
「これからよろしくな、未来の義弟」
「なっ!?」
ばっとその男を振り払うように振り向くが、すでに男は手をひらひらさせながら参加者の間を抜けていくところだった。
掴まれた肩を汚物でも払うかのように叩き、あの男と戦った四人を見た。
地面に転がった四人はぴくりとも動かない。
気を失っているらしい四人のうちの一人を仰向けに転がしてみると目立った外傷はどこにもなかった。
「っつ!」
外傷はどこにもなかった。
でも、簡略化された鎧の腹に凹みがあるのだ。
……拳型の。
驚いて他の三人も仰向けにすれば全員腹に拳の後がくっきりと残っていた。
「……」
地面を見れば剣が四本転がっている。
この大会に出場するぐらいだ、多少は腕に覚えがある者達ばかりのはず。
剣を握った四人を相手にあの男は拳で戦った。
そればかりか剣を持つ相手の懐に入り込み、腹に一撃を加え、気絶させたのだ。
はっきり言って、楽勝だと思っていた。
ノエルをヴィンセントから奪い返すのは自分だと思っていた。
しかし、あんな男がいる。
ノエルを奪おうとしている男がいるのだ。
唯でさえ鋭い目つきがさらに吊り上がり、前を向く。
目の前では勝ち抜いたらしいジェラルドがにやにやとレヴィを見ていた。
ぐっと血が出るほど拳を握る。
「姉上は、誰にも渡さない」
殺気が篭ったレヴィの視線を、ジェラルドは意図も簡単に受け止めた。
++++++
ノエルの呆れたため息が聞こえる。
それでもノエルがレヴィを嫌うはずが無いと知っているからもっと甘えてしまう。
座ったままの自分よりも小さな身体を後ろから抱きしめてその肩口に顔を埋める。
首に回った腕をあやす様に叩くノエルの優しい手が好きだ。
「もう、どうしたの? お腹でも痛いの?」
「……どうしてそうなるんですか」
普通は試合の結果を聞くものではないだろうか、とレヴィは拗ねたように言った。
するとノエルは驚いた顔をした。
「……負けたの?」
まさかあなたが? と心からレヴィの勝利を信じて疑わないノエルに今度は嬉しくなってぎゅっと抱きつく。
少し離れると「仕様の無い子ね」といつものように苦笑され、くすぐったくなる。
ノエルに貰ったクロスを胸元から取り出して小さくキスを落とす。
「このクロスに誓って、そんなことはありえません」
「大切にしてくれているのね。嬉しいわ」
ふわりと笑ってくれたノエルに嬉しくなって頬が緩むがすぐにぎゅっといつもの険しい顔に戻った。
あんぐりと口を開けてこちらを見ているあほ面に気づいたからだ。
思わず舌打ちしそうになったがノエルの手前、ぐっと堪えた。
「……姉上、なんでこれがここにいるんです」
「レヴィ、なんて口の利き方をするの。謝りなさい」
眉を吊り上げたノエルを見て、レヴィは「……申し訳ありませんでした」と小さい声だったが謝る。
それなのにまだ大口をあけたままの間抜け面を見てイラッとしてまた眉を吊り上げた。
すると「ひっ!」と飛び上がり、ノエルの後ろに隠れるという姑息なまねにでた。
「あ、ああああああなたね! わ、わたくしは正妃なのよっ! えらいのよっ!」
「…………」
「に、睨まないでちょうだいっ! あなた顔が怖いのよっ!」
「…………」
「ひぅ!」
ノエルの肩口に顔を埋めるティアラ。
そんなティアラを背にノエルはレヴィに向かってさらに眉を吊り上げた。
「レヴィ」
「……ごめんなさい」
本気で怒る一歩手前。
レヴィは素直に謝るが、ノエルは怒ったままだ。
「謝る相手が違うわ」
「……」
「大丈夫ですよ、ティアラ様」とノエルが怯えるティアラを宥めつつ、横へとずれる。
不安に揺れる煌くエメラルドの双眼がレヴィを見上げていた。
震える小さな身体に、確かに感情をむき出しにしすぎたか、と反省する。
「……申し訳ありませんでした、正妃様」
「わ、わかればいいのよ」
「ぶふっ」
「「「…………」」」
必死に虚勢を張るティアラと気まずそうにするレヴィと口元に手を当てたノエルが笑い声がした方へと顔を向けた。
肩を震わせながら笑いを堪えたジェラルドが時々堪えきれずに息の音が漏らしていた。
白けた眼でジェラルドが落ち着くまで三人は無言のまま見守った。
「あー……おかしい。姫も悪いんですよ。ノエル様を驚かそうと後ろから近づくから。そりゃぁ護衛のレヴィ殿が警戒しても仕方が無いですよ」
「あんな怖い顔で睨まれたのがわたくしのせいだって言うの!?」
ぎゃーぎゃーと言い合いを始めた主従にアビントン姉弟は顔を見合わせて少し笑った。
そしてノエルははた、と我に返る。
「レヴィ、あなたお仕事は?」
主催国の騎士が暇なわけが無いとノエルが不安気にレヴィを見上げた。
うっと詰まる。
レヴィはノエルのこの顔に一番弱い。
いつもしっかり者のノエルの不安に揺れる顔。
レヴィの負けだ。
「……いってきます」
「いってらっしゃい」
にこやかに送り出され、レヴィは少し拗ねた。
ティアラと楽しげに話すノエルは清楚でまるで凛とした白百合のよう。
控えめな仕草が女性らしく、男心を擽る。
しかし先ほど憤慨したティアラを宥めるジェラルドが見たレヴィを不安げに見上げるその顔は儚い
ようにも見えるが危い雰囲気も醸し出していた。
(色気のある地味美人……)
妻としてはまさに理想的だ。
試合に勝ち進めばヴィンセントやノエルも試合観戦をする。
ノエルは後の夫の雄姿をその眼に焼き付けることとなるだろう。
自然、上がった口角を隠すように片手で口を覆った。
ジェラルドが予選に参加して見た限り、上位者はもう決まっているようなものだった。
まずは自分。
ティアラ正妃付きの騎士、ジェラルド・オーウェン。
二人目は側室の弟、レヴィ・アビントン。
三人目は近衛隊隊長、アドレー・ヴィヴァース。
四人目は何者かわからない、拳で戦う大柄な男。
ただ力試しの者もいるだろう。
仕事を探して来た者もいるだろう。
……ノエルが目的の者が多数だろうが。
予選落ちしている男達の中に「ああ……憧れのノエル様が……」と涙して崩れ落ちた男を何度も見かけた。
それほど民に好かれている側室を下げ渡すなど、ありえるのだろうか。
いや、ノエルが幸せならば民は喜ぶのだろうか。
そこのところは分からないが、ティアラは怒るだろう。
それほどまでに、ノエルを好いている。
父王に溺愛され、兄達に溺愛されたティアラは嫁ぎ先で姉のような存在を見つけてしまった。
毎日のように会いにきている。
そのおかげでノエルと親しくなれつつあるジェラルドは万々歳なので何も言わない。
(……姫のせいで所帯なんて持てないと思っていた)
こんなところで嫁候補が。
しかも好みだ。
ノエルとならば穏やかに優しい日々を過ごせるに違いない。
ティアラとの生活は賑やかで疲れるばかりだが。
(あの笑顔で「おかえりなさい、あなた」とか言われたら疲れも癒されそうだ)
ティアラの子守で一生を終える覚悟をしていただけに、幸せな家庭像を脳内に描くと頬が緩みそうになる。
今までも出会いが無かったわけではない。
自分がそこそこもてるのも知っている。
しかしジェラルドはティアラの護衛騎士なのだ。
愛らしく、美しい、ティアラ姫の護衛騎士。
そんなティアラを毎日見ているジェラルドに秘めたる想いを伝えられるご令嬢は国にはいなかった。
自分からいけばいいのかもしれないが、逢瀬を重ねられるほど暇ではない。
見合いでもいいか、と思ったものの……尻込みしていたご令嬢達の予想通り、ジェラルドの目は肥えていた。
ようするに高望み。
そんな中、理想の相手が目の前に。
しかも闘技大会に優勝すれば手に入る。
優勝商品みたいに扱うのはどうなのか、と思わないでもないが、言ってこの話が無くなってしまっては困る。
じっと見つめていたことに気づいたノエルがジェラルドを見て微かに微笑み小首をかしげた。
「ジェラルド様もお座りになられては? ここには私達以外誰もいませんし……」
「ありがとうござ」
「駄目っ! ジェラルドはなれてるからいいのっ!」
このクソアマ……と引きつらせた顔でティアラを見下ろしたがツーン、と顔を背け何も無かったかのようにティアラは再びノエルに話しかけ始めた。
ノエルが申し訳なさそうに眼で謝って来るのを見て小さく首を横に振って「大丈夫」と答える。
将来を妄想していたら頬が緩んでいたらしく、ノエルとティアラの視線を感じた。
「……何笑っているの? 気持ち悪いわ、ジェラルド」
「何か楽しいことでもあったのですか?」
腹の立つティアラの言葉を無視してノエルににっこりと笑いかける。
「ええ、それはもう」
「ちょっと、わたくしを無視するなんてどういうつもりなのっ!」ときゃんきゃん吼えるティアラを尻目にノエルに極上の笑みを向ける。
「そうですか……よかったですね」とティアラを気にしつつ、控えめに返事をしたノエルの手を取り軽く握った。
ノエルはびくりと身体を揺らし、怪訝な顔をする。
「あなたにも関係のあることなんですよ」
「?」
ノエルはさらに怪訝そうな顔をして、くつくつと笑うジェラルドを見上げていた。
えーと。
主役はヴィンセントとノエルです。
念のため。
全然出てこないけど。
一応最後の山場でしかちゃんと出て来れないっぽい気がします。
作者なのに……。
決勝戦辺りにならなければ主役君たちの心情はでてきません!
こんな小説あっていいのか……と悩みつつ。
ネタバレに繋がるので……読者の皆様を焦らします。
申し訳ありません。にやり