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想い焦がれて  作者: 小宵
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第三話

 ヴィンセントの執務室から出たレヴィはいつものように任務に戻る……わけもなく、ノエルの元へ直行していた。

 いつもならば温かいミルクティーとノエルお手製のお菓子でもてなしてくれるのに、今日のノエルは冷たかった。

 眉を吊り上げ厳しい目でレヴィを見つめている。

 姉の剣幕にレヴィは大きな身体を萎縮させ、ノエルは身体ばかり大きく育った弟のそんな姿にため息を吐く。


 それもそのはず、レヴィは真昼間に離宮に来ている。……明らかに仕事の途中とわかる書類を片手にもって。

 

「もう、あなたは……。本当に副隊長なの? アドレー様に迷惑ばかりお掛けしているのではないの?」

「ヴィヴァース隊長は頑丈に出来ているから大丈夫です」

「何を馬鹿なことを言っているの……。ほら、戻りなさい」


「めっ」と怒るノエルは少しも怖くない。

 でもノエルに嫌われたくないレヴィは口早に言い訳を言う。

 

「ち、違います! 別にさぼっているわけでは……」

「嘘おっしゃいな。あなたはいつもあまり目を合わせないくせに、やましいことがあると目を逸らさないでしょう」


 普通は反対だろうに、レヴィは嘘を吐くとき目を逸らさない。

 その方が信憑性があると理解しているからこそ身についた習性なのだがノエルにはすぐにばれてしまう。

 レヴィはむっと押し黙った。

 基本無表情なレヴィにこんな顔をさせられるのは姉であるノエルだけだ。


「……だって、姉上に会いたかったんです」


 ノエルに少し会えないだけでうじうじとしているヴィンセントを見て情け無い、と思った。

 それと同時に感じたのは怒り。

 レヴィが腕を認められ、副隊長になったのは一年前。

 十五のときにノエルをヴィンセントに取られてから六年かかった。

 まだ若いレヴィにとって六年の月日は長い。

 

 レヴィを産むと同時に命を落とした母。

 母の記憶など少しもないレヴィは別に悲しくもなんともなかった。

 産んでくれたことのたいしての感謝の念はあるが寂しくなかった。

 母がいなくともノエルがいたから。

 時には母として、時には姉として愛してくれた。ノエルは厳しく、優しく、穏やかで。

 小さい頃からそんなノエルにべったりだったレヴィにとってヴィンセントは昔も今も敵だ。

 

 たまたま年の近い貴族の嫡男と言うだけでレヴィはヴィンセントの遊び相手に選ばれた。

 もちろんノエルもレヴィの保護者としてついてくることになったのだが、レヴィは初めからヴィンセントが大嫌いだった。

 たかが二つ年下というだけでノエルはレヴィよりもヴィンセントを優先する。

 王族だからと言うのもあるかもしれないが幼いレヴィにとってそれは許されざることで自分のものを取られた、と言う気持ちでいっぱいだったのだ。

 直悪いことにヴィンセントもノエルにべったりで、ノエルが自分以外の人間に笑顔を向けるだけでぴーぴー泣いてノエルを困らせていたのを今でも覚えている。

 それだけならまだ我慢できた。

 家に帰れば姉を独占できるのは自分だから。

 それなのに、そんなレヴィのささやかな望みでさえヴィンセントは奪っていったのだ。


 全く会えなかったノエルはレヴィの記憶にある姿のままで、六年ぶりに会う弟を以前のように温かく受け入れてくれた。

 やっと手に入れたこの地位をレヴィはフル活用しているだけだ。

 

「レヴィ?」

「……申し訳ありません」


 僅かに肩を落として踵を返そうとすると「待って」と静止の声がかかる。

 首を傾げてその場で佇めば、ふわりと香る百合の香り。

 目の前には満足そうに笑うノエルがいて、レヴィの首にかけたシルバーの十字架をなぞった。


「……これは?」

「御守り。最近時間が余っているものだから作ったの。もうすぐ闘技大会でしょう?」


 じわじわと足元から体温が戻ってくる。

 

「……陛下には内緒よ? 一つしかないから」

「姉上」


 ぎゅっと抱きつくと子供にするように背中をなでてくれる。

 昔からノエルはこうやってレヴィを特別扱いしてくれる。

 だからこそ、昔からヴィンセントを構うノエルを見ても嫉妬はするものの「俺よりもヴィンセントの方が好きなんだ」などと馬鹿なことを考えたことは一度も無い。

 

「……本当はね、最近時間を持て余しているからあなたが来てくれてとても嬉しいの。でもね」

「はい、ごめんなさい」


 謝るもののその声は弾んでいる。

 苦笑したノエルの笑顔がくすぐったかった。


「私、今日も暇なの。仕事が終わったら話し相手になってくれるかしら」

「もちろんです」


 滅多に見せない輝いた笑顔を見せるレヴィを目を細めて見て、ノエルは「温かいミルクティーとスコーンを用意しておくわ」と言ってレヴィを送り出した。

 

 


+++++++




「てめぇっ! いい加減姉離れしろっ!! 今一年で一番忙しい時なのわかってんのかゴルァっ!!」

「ああ、すみません」

「!?」


 すんなりと謝ったレヴィにアドレーは目をひん剥いた。

 ほぼ八割方機嫌の悪いレヴィが喜色を滲ませた声で謝ってきたのだ。

 

 鼻歌でも歌いそうなその勢いに他の兵士達が怯えている。

 

 目つきが悪い上に無表情なレヴィの醸し出すオーラはどす黒く、見た目通りの性格をしている。

 厳しく、容赦がない。

 それでもその実力は確かなもので誰も何も言わない。(言えない)


 そのレヴィが。


 アドレーは他の兵士達と一緒に唖然となりながら見つめていたが、レヴィが胸元で弄んでいるクロスを見て軽く目を見張った。


「おい、お前それ……」

「ああ、はい。姉上に貰ったんです。いいでしょう」

「……そりゃそうか。お前がそんなもん着けるとしたらノエル様からの贈り物くらいだろぉな」

「そんなもんとはなんです」


 抗議しつつもその声は弾んでいる。

 いつになく可愛らしい部下の様子にアドレーは意地の悪い笑みを浮かべてレヴィをからかう。


「俺はまた、俺に密かに憧れを抱いているのかと思ったぞ。まねしてんのかと」

「冗談はよしてくださいよ」


 そう言いつつ、服の中からアドレーが取り出して紐を軽く引っ張るそれはレヴィのクロスと酷似していた。

 ……真っ黒だったが。


「なんですかその汚いものは。まるで隊長の体毛が移ってしまったかのようですよ。髭ぐらい剃ればどうですか。どうでもいいですけど」

「ひっでー……って言うか本当にご機嫌だな。お前がそんなしゃべるなんて珍しい」


 服の中にクロスを終いつつレヴィに言うがもう聞いていなかった。

 普段もノエルに会いに行くため仕事を終わらすのが早いレヴィだが今日はそれを上回る早さで終わらせていく。

 アドレーの書類と違って、達筆で尚且つ見やすく整理されたレヴィの書類はほとんど一発で通る。

 ばさばさと積み上げられた処理済の書類と自分の書類を見比べて、アドレーは書いていた書類をくしゃくしゃに丸めてゴミ箱へ捨てた。


「……お前、なんでそんな字ぃ綺麗なんだよ。しかも細けぇ」

「当たり前です。姉上に恥はかかせません」


 つまりノエルの教育の賜物か、とアドレーは納得する。

 自分でもあんな姉がいればレヴィのようになっていたかもしれないと思うときがあるくらいだ。

 目つきは悪いがどこに出しても自慢の弟だろう。

 顔は整っているわ仕事はできるわ剣は強いわ。

 欠点はずばりノエルが好き過ぎるところぐらいだろう。

 きっと見合いだな……とアドレーは思った。

 それも姉の進め出なければ一生結婚などしそうにない。

 跡取り息子のくせに。

 

 レヴィは要領よく書類を上機嫌に片付けていく。


 きっと仕事が終わった瞬間席を立つであろう部下にアドレーは戸惑い気味に話しかける。


「あー……あー……あの、その、な。レヴィ」

「なんですか、さっさと言ってください。俺も暇ではないんで」

「お前なぁ!」


 今までさぼっていたやつの台詞か、と思わずつっこみそうになったがぐっと堪え、がりがりと頭をかいた。


「……あの噂、本当なのか?」

「噂? なんの噂です?」

「あ~……噂っつったらあれだよ、あれ」

「はっきり言って下さい。ややこしい」


 眉を顰めたレヴィにアドレーはふーと息を吐いて「もういいわ」と手を振る。

 しかしまだ何か言いたそうにしているのをレヴィは感じたのかぎろりと睨んできた。

 機嫌がどんどん悪くなってきている。


「……陛下とのことだ」

「ああ、陛下ですか。姉上に愛想をつかされて可哀想に」

「やっぱりそうなのか!? じゃあ、やっぱり……」


 ヴィンセントの名前を聞いてもっと不機嫌になったレヴィは鼻をならして顔を上げた。


「陛下も正妃を娶って忌々しい限りです」

「おまっ……いくら親しいからって不敬罪だぞ?」


 レヴィはひたすらヴィンセントを嫌っているが、ヴィンセントを嫌いな国民などこの世界にはいない。

 優しくて人格者で。皆に好かれている。

 そんなところがレヴィにはまた気に入らないのだろうが。

 

「まったく、俺の姉上が側室だなんて。……ああ、そうだ。今年の闘技大会で俺がまた優勝すれば、今度は姉上を実家に戻してもらおう」

「!!??」


 優勝者は出来る限りの褒美が与えられる決まりだ。

 レヴィは一年前優勝して副隊長の地位とノエルの護衛をもぎ取った。

 

 アドレーは椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がりレヴィを凝視した。


「な!? やっぱりそうなのか……!? って言うか隊長クラスはでれねぇ決まりだろ!?」

「そんなことはありませんよ。確かに暗黙の了解でそうなってはいますが別に決められているわけではありません」


 しれっというレヴィにアドレーは放心してどさっと椅子に身を落とす。

 呆然と足元に視線を落とした。


「そんな……まさか、あの陛下とノエル様が?」

「姉上だって二番目だなんて嫌に決まっています」

「でも、あんなに仲良くて」

「ここ一ヶ月まともに顔すら合わせていないんですよ? 姉上ももうあそこには居たくないんじゃないですか、きっと」


 レヴィの言葉を聞いてアドレーは俯いた。

 

「じゃあ、あの噂、本当なのか……?」


 しん……とその場にいた全員が黙り込み、聞き耳を立てる。


「だから、なんの噂ですか」


 いらっとしたレヴィは怒気も露に言葉をぶつける。

 アドレーは顔をあげない。

 ちっと舌打ちをしてレヴィはそこらへんにいる兵士を一人捕まえて胸倉を掴みあげた。


「言え」


「ひぃ!」と震えあがった兵士は涙目になりながらも何とか言葉を紡いだ。









「こ、今回の闘技大会の、ゆ、ゆゆ優勝者にノエル様が下げ渡される、と」




「……なんだと?」







 その噂は、闘技大会の優勝者にノエルが降嫁される、と言うものだった。




 

 

 





三陸沖を震源とする東北地方太平洋沖地震により被害を受けられた地域の皆様に謹んでお見舞い申し上げますと共に一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

微力ながら募金に参加いたしますが……こんなことしかできないのが心苦しい限りでございます。


皆様、ご無事でしょうか。

日々のニュースに耳を傾けつつ皆々様のご無事だけをお祈りしています。


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