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想い焦がれて  作者: 小宵
3/12

第二話


 まるで人形のように可愛らしいティアラ。

 天真爛漫、純真無垢なそのさまはまさに天使。

 

 しかしヴィンセントにとってはただの子供にしか見えない。

 確かに可愛らしいとは思うが四つも年下では女として見るのは中々に難しいことだった。

 想い人がノエルなせいもあるだろう。

 なにせ二人は太陽と月、陽と陰のように間逆だったからだ。

 ノエルを愛してやまないヴィンセントの好みはもちろんノエルのように落ち着いた大人の女性。

 いくらティアラが愛くるしく魅力的であったとしても、ヴィンセントの琴線には何一つとして触れなかった。

 

 確かに可愛いとは思う。

 思うのだが……。


「陛下、お仕事ばかりでつまらないですわ。少しはティアラに構ってください。……寂しいですぅ」

「……姫、申し訳ありませんがどいてくれませんか」


 執務中のヴィンセントの背中にべったりとくっついたティアラの甘えた声にヴィンセントは大きなため息を吐く。

 姫にはこの書類の山が目に入っていないのだろうか?

 ヴィンセントはティアラのほうには向かず、部屋の隅でぼけっと立っている男を叱責する。


「ジェラルド、何故姫がここに? 護衛ならばきちんと面倒を見ておいてくれるかな」

「俺は子守ではないので」

「……」

「……姫様~、そろそろ帰らないと陛下に嫌われてしまいますよ」


 ジェラルドのだるそうな声にティアラは頬をぷく~っと膨らませたが、さすがに自分でも自覚していたらしく名残惜しげにヴィンセントから離れた。

 首筋に刺さるような熱視線を感じてヴィンセントはもう一度大きく息を吐き出した。

 重石が居なくなったのでそのまま執務を再開したヴィンセントを挟んで主従が言い合いをし始める。


「もう! ジェラルド、なんで邪魔するの!?」

「はいはいはいはい」

「ジェラルド! 聞いているの!?」

「……っ。姫、声高いんですからそんなに大声出さないでくださいよ。耳が潰れそうです」

「なんでっすって!?」

「あ~、うるさいうるさい」


 書類の処理に勤しみながら、確か家臣達が「鈴の鳴るような可愛らしいお声」と称していたティアラの声を「うるさい」とばっさり切ったジェラルドに賛同する。

 どうしてこうも落ち着きがないのか、ノエルなら……とヴィンセントの表情が柔らかく緩んだ。

 

 ジェラルドは隣国からティアラについて来た護衛官だ。

 なんでも幼いときからティアラの子守……ではなく、護衛だったらしく扱いなれている。

 年は三十二らしい。

 老臣たちはまるで初孫を見るような目でティアラを見ているし、この前のパーティーのときなど年若い貴族の嫡男たちを骨抜きにしていたが、ジェラルドにはティアラが娘のように見えるに違いない。

 少し気になって二人に視線をやるとジェラルドは小指で耳をほじりながら面倒くさそうにきゃんきゃん吼えるティアラの相手をしている。

 その様がまるで年の離れた兄妹のようで苦笑を漏らせばティアラが気づき、真っ赤になって俯いた。


「……も、申し訳ありません。うるさかったですか?」

「当たり前でしょ。仕事の邪魔して騒音撒き散らして……あーあ、陛下に嫌われましたね。ご愁傷さまです」

「なっ……! なんであなたがそんなこと言うのよっ!?」

「姫、音量」

「~~~~~~~~っ!」


 ヴィンセントが口を開く前にジェラルドが辛辣な言葉をティアラに与えるが、ティアラは慣れているのだろう。

 両頬を風船のように大きく膨らませ上目遣いでジェラルドを睨みつけている。

 可愛い。

 これならば貴族や軍の兵士達、侍従や侍女たちがメロメロになっているのも頷ける、とヴィンセントは他人事のように納得した。

 再び書類に視線を戻すとジェラルドの大きなため息が聞こえてまた視線を上げる。

 ジェラルドは呆れた顔でヴィンセントを一瞥したあと、ティアラに向き直った。


「姫、一人で帰れます?」

「……な! 子ども扱いしないでちょうだい! ……って何? あなたわたくしの護衛のくせにわたくしを一人で帰らせる気なの!?」

「あーそうですか、一人で帰れないんですか。……っち、ガキ」

「……何か言ったかしら?」

 

 ティアラの低い声を無視したジェラルドはいきなり扉を開けて外で立っていた護衛に「あ~お前姫様……じゃなかった、正妃様を部屋まで連れて行ってくれる?」と言ってそのままティアラを押し付けた。

 暴れるティアラを渡された護衛官は戸惑いながらもヴィンセントをちらりと窺ってきたため、ヴィンセントは軽く頷く。

 それで安心したらしい護衛がティアラを引きずるように連れて行ったのだが……護衛の顔は少し赤らんでいたのをヴィンセントは見て取って苦笑した。

 どうやらティアラの魅力はそうとうなものらしい。

 

 これでやっと落ち着いて仕事ができる、と思ったのもつかの間。


「ああ、愛しの陛下!」

「……は?」


 胸に手を当て声高らかに宣言するジェラルドにヴィンセントは耳を疑った。


「栗色のさらさらの髪に蕩けるように甘い蜂蜜のような琥珀の瞳! 優しげな甘い顔立ちに気品溢れる身のこなし! なんて素敵なのかしら!」

「……ジェラルド?」


 ひくりと顔が引きつり鳥肌が立つ。


「ああ、なんて素敵……ヴィンセント様……。想像通りお優しくて落ち着いていてとっても素敵な方……。わたくし幸せよ、ジェラルド」

「……わかった、わかったから、近づかないでくれないか」


 うるうると目を潤ませ、顔を寄せてきたジェラルドを押しのけると「そうですか」とジェラルドはもとのふてぶてしい態度に戻る。

 

「……と、言うわけでうちの姫はあなたにぞっこんなんですよ。しかも一目惚れ」


 何が言いたいのか分からず、机を指でトンと叩き先を促す。


「なんでも初夜の床で愛せないだの愛さないだの言ったそうで」

「筒抜けか。構わないけれどね。……で、何かな?」


 にっこりと笑みで返してくるヴィンセントを見てジェラルドは「あー、くそ」と言いながらがしがしと頭をかいた。


「……陛下に溺愛している側室が居るのは知っていましたよ。俺も姫に言い聞かせたんですが、姫はあの通りの方ですからね。理解できなかったんでしょう」


 心底疲れた、とジェラルドは肩を落とす。


「あの愛くるしい顔と人懐っこい性格で誰もが姫を猫かわいがりしてきました。姫に好意を持たなかった人間を、俺は見たことがありません」

「……好意は抱いているよ。女性として見られないだけで」

「あーもう。だからですね、姫は信じているんですよ。あなたの愛がいつか姫に向けられることを」

「……やはり理解してもらえていなかったのか」


 はぁ、と露骨にため息を吐くヴィンセントをジェラルドは気の毒そうに見つめた。

 

「理解どころか勘違いもいいところでしょうね。今でもあなたに愛されていると信じて疑わない」


 ふとジェラルドは射抜くような視線でヴィンセントを見た。


「……何故、側室の下へ行かないんですか?」


 そう、ヴィンセントはここ一ヶ月ほどノエルの元へ通っていなかった。

 側室の下へと通わず、正妻の下にばかり通うその意味。

 ティアラでなくとも勘違いするはずだ、とジェラルドはヴィンセントに非難の目を向けるが視線が合うことはなかった。

 ヴィンセントは肘をついて両手で顔を覆って俯いていた。

 若干震えている。


「……あのー、陛下?」

「だって、行っても追い返されるんだからどうしようもないだろう!!」


「ああ……」と悲痛な声を漏らすヴィンセントをジェラルドはぽかんと大きな口を開いて凝視した。

 いつも穏やかで冷静なことで有名なヴィンセントが、ヒステリックに声を張り上げたのだ。

 今も「どうして会ってくれないの……」と呟きながら前髪をちぎってしまいそうなくらいに鷲掴みにしている。

 ヴィンセントの頭の中からノエル以外の何もかもが消えていた。

 新たに部屋に入ってきたアドレーとレヴィにも気づかず、ひたすら「ノエル、ノエル……」と名を呼んでいる。


「あー……またか」

「……」


 慣れているのか苦笑したアドレーにむっつりと黙ったままのレヴィがヴィンセントの机まで歩みより報告書らしきものを置いた。

「陛下ー! ここ、おいときますよー!」と大声で叫んでいるのにヴィンセントは今だ思考の殻に篭ったまま。

 そこではた、とアドレーとジェラルドの視線が絡まった。

 にっと笑ってみせるアドレーにしれっと返すジェラルド。

 

「………………」

「なんか言ったか、レヴィ」

「いいえ? 何も」


 レヴィが哀れみの目を向けるのも無理はなかった。

 アドレーとジェラルドは共に三十二歳。

 伸び放題の黒髪に生え放題の無精髭……良い様にいえば熊、ありのままを言えばただの不審人物のアドレーに対して、ウェーブした紫がかった黒髪を長く伸ばしすっきりとひとつに束たジェラルドは気だるげで色っぽいところがある。

 同じ人間でありながら全く違う人生を歩んできたに違いない、とレヴィは心の中で思ったが無表情でやり過ごした。

 

 そしてヴィンセントを一瞥して「……情け無い」と言葉を残し踵を返した。


「……あいつ、また職務放棄かよ」


「じゃあ、俺も失礼しようかね」とアドレーは一礼して部屋を辞そうとしたが足を止めてジェラルドを振り返る。


「興味あるならお前も出ろよ。申請してやるぜ?」

「?」


 それから数刻たってやっとヴィンセントが正気に戻ったころ、ヴィンセントの部屋には誰も居らず机には闘技大会の申請書が束になって置かれていた。







  


 


  

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